花火、電車、初めて。《前編》《逆転律霊》 普段なら乗らない時間帯の電車に乗った新隆は、他人と密着し合う状態でこの電車に乗ったことを後悔していた。
暑いし気持ち悪、最悪。もっと早い時間に乗ればよかったな。
新隆は息を詰めて、握りしめたスマホ画面に目をやる。
《 花火楽しみだな!今から電車乗る! 》
今夜は花火大会が開催されるのだ。
十五歳年上の律を花火大会に誘った新隆は、花火を見ながら律に自分の思いを告げようと計画し、告白するシチュエーションを何度も頭の中で思い描き、そのときめきに胸を高鳴らせていた。この日のために新調した甚平を着込み、新隆は自然と口角が上がった。
律に早く会いたい。
ガタン。電車の揺れに合わせて、新隆は違和感を感じた。
(へ、なんか俺、尻掴まれてる?)
密集する車内では後ろを振り向くことも出来ず、新隆は身をよじろうと試みるが、臀部を掴む手はさらに大胆に新隆の柔い尻を揉み込む。
尻の間を撫でられ、後孔にたどり着くと指をぐぐっと押し込まれる。
(や、何だよこれ!)
新隆は思わず、ピクリと身体を震わせた。指は後孔と会陰の間をゆるゆると刺激を続ける。足の間にまで手が伸び、玉を優しく揉み込まれる。他人にそんなところを触れられたことのない新隆は、男の自分が痴漢されている現状が飲み込みきれずにただ身を固くする。
新隆の尻をなぞっていた手が正面にまわされた。その手は軽く立ち上がった陰経を鷲掴みにする。
(嫌だ、うそ、俺、勃ってる!?何で!?)
身を固くする彼を逃がさないとでも言うように、新隆の腰辺りに硬くなったものを押し付けられる。
(ひ、気持ち悪い。)
するりとその手はズボンの中に入り込み、ボクサーパンツの上から陰茎を握り込み擦り出した。性に目覚めたばかりの新隆は他人から与えられる刺激に耐えられるはずもなく、嫌でも自然と腰が揺れてしまう。
は、は、と息が荒くなるのを、片手で必死に抑えて堪える新隆。
(やだ。バレたくない、こんなの恥ずかしい。)
目をぎゅっと閉じて身体を弄られる刺激に堪えていると、電車が駅に着いた。扉が開くと人の波に乗って逃げるように新隆は電車を降りた。
(……。)
新隆は痴漢に触れられて火照った身体をどうにかして冷まそうと深呼吸をした。その時、握っていたスマホが震えた。律からの着信だ。
「新隆、駅に着いてる?」
「あ…………、律。うん、今着いた」
電話越しに律の声を聞いた新隆は、安堵から声が震えてしまいそうになるのをぐっと堪えて会話を続ける。
「花火の日は混雑するから迎えに来たから。改札から出ておいで」
「うん、ありがと律」
通話を終えた新隆は改札を出て、律の姿を探した。
(いた)
「あ……」(かっこいいな)
律は黒地のシンプルなサマーニットにベージュのパンツ、焦茶色のサンダル、黒のサコッシュというシンプルな格好で新隆を待っていた。
事務所で会うときはスーツなので、私服を見る機会は滅多になく、新隆は思わず律に見惚れてしまう。
律は新隆に気がつくと、ふ、と微笑んで片手を軽く上げた。
新隆もそれにならって手を上げてぶんぶんと律に向かって振る。
自分を待つ律の元に駆け寄った新隆は、思わず律の左腕にしがみ付いた。
「律!迎えに来てくれてありがとな」
律は、腕に巻き付いてぐりぐりと頭を押し付けている新隆の頭を撫でた。
「うん。とりあえず、移動しようか」
律の左腕に巻き付いていた新隆は、名残惜しそうに離れると律の隣に並んで歩き出す。
その間にもたわいもない会話をする新隆だが、律はそれに違和感を覚えた。
新隆は律が知る限り、いつも自分と話す時には目を合わせる。
しかし今日は一度も目が合っていない。
律は新隆の顔を覗き込むように首を傾ける。だが、視線が合いそうになると、ふい、と視線を外されてしまう。
(おかしい。)
律は新隆の肩に手を回し立ち止まらせる。不思議そうにする新隆の顎に手を添えてこちらを向かせると、新隆は驚いて目をぱちくりとさせた。
律は新隆の目を見て、違和感の正体に気が付く。
その目は、熱っぽく潤んでおり、頬は上気したように赤く色付いている。そして何より、律が今まで見たことのない表情をしていた。
「新隆。何かあった?」
思わず低くなった律の声に、新隆はびくりと肩を震わせて口を結んだ。
新隆の全身をよく観察すると、甚平の背中より下、尻の位置に白濁した何かがかけられているのを見つけた。新隆は自分の尻にかけられたそれには気付いていないようだ。
「何?別に何も……っ!?」
新隆が言い終わる前に、律は新隆の身体を担ぎ上げていた。突然の律の行動に、新隆は驚いて背中にしがみつく。
「な、何?どうしたの律?」
律は新隆を担いで歩き出す。
「新隆。これから君を僕の家に連れて行く。花火は中止」
有無を言わさぬ物言いで、律は新隆を連れてタクシーを拾い乗り込んだ。
新隆は今まで一度も律の家には訪れたこともなく、どこに住んでいるのかも知らなかった。それが急に何で?
「あの……、俺なんかした?律、なんか怒ってる……?」
不安そうな表情を浮かべる新隆に、律は苦笑する。
「君は何もしてないよ。」
それっきり二人は黙ったまま。タクシーは律のマンションに到着した。
律の家に上がるのが初めての新隆は、物珍しそうに辺りを見回しながら律に大人しく着いて行く。
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
律らしくシンプルな家具にミニマムで生活感のない空間。新隆はそんな律の部屋にに思わず感嘆の声を漏らした。
「すげー」
「そうかな」
律は淡々と答えると、新隆を洗面所に案内をする。
「新隆、シャワー浴びておいで。脱いだ服はここに。」
「え……?うん」
律がなぜそんなことを言うのかわからなかったが、新隆は素直に律の言葉に従った。
(律、どうしちゃったんだろ。シャワーって何で?まさか俺、汗臭すぎたとか?)
新隆の思考はぐるぐる回る。
まあ、とりあえずシャワー浴びるか、と新隆は服を脱ぎ浴室へ入った。
後編に続く