花火、電車、初めて。《後編》《逆転律霊》 新隆がシャワーを浴びに浴槽に入ったのを確認した律は、新隆が脱いだ甚平と下着を洗濯機に放り込んでスイッチを入れる。タオル、新品の下着、Tシャツを脱衣籠の上に置いて、キッチンへ向かった。
律はケトルで湯を沸かしながら、今日会ってからの新隆の様子を思い返してみる。
電車に乗るまでは、いつもの新隆だったように思う。今思えば、電話を取ったときの声が震えていたような気もする。それに、改札から出て来た新隆がすぐに自分の腕に巻き付いて来たのは、車内で何かをされたことからの恐れからだったのではないか、と。その時の小さな変化を見逃した自分に、律はぎり、と唇を噛む。
どこまで何をされたかは定かではないけれど、自分と会ったときに新隆は平気なふりをしていたのだろう。本当は泣き出してもおかしくないくらい、不安だったはずなのに。
新隆が平静を装っていたのは、自分に気付かれたくなかったからだ。律の目を見れないくらいに本心では動揺をしていたにも関わらず。
男の自分が痴漢にあったことが恥ずかしかったから?それとも、自分がそんな目にあったことを、好きな人にを知られたくなかったからか。または両方ともか。
律は長く息を吐いて、目頭を押さえた。
どうしたものか。新隆のプライド、心を傷付けずに彼を安心させるには。目を瞑り思案する。
その時、洗面所からパタパタと足音がして、律のTシャツを着た新隆が顔を出した。
「律~、服もありがと。へへ、律の服やっぱ大きいな」
両手を広げてはにかむ新隆に、顔を上げた律は胸が締め付けられた。
「新隆はこれから成長期だから。すぐに背も伸びるさ」
「そうだといいな」
律の座るソファの隣に、新隆もポスッと腰を掛ける。律が自分の部屋に他人をあげるのは初めてだった。家族である兄のモブでさえ数回しか訪れたこともない、律のプライベートな空間だ。
「新隆の服、乾燥機も回してるから」
「そうなの?ありがとな律」
その声色から律は怒っていたわけじゃなさそうだと分かった新隆は頬を緩ませた。
「えっと、花火、もう行かない感じ?」
正直、新隆はもう花火大会のことはどうでもよくなっていた。好きな人の家に上がれたこと、律の服を着ているだけで満足だった。
「うん、新隆は行きたい?」
律の質問に、新隆はふるふると首を左右に振って答える。
「律と、一緒ならどこでもいい」
部屋に二人きり、隣にいる律を意識した新隆は頬を赤く染めてそう答えた。何だかそわそわと気持ちが浮き立ち、Tシャツから覗く膝の上で両手を握りしめた。
(やば、なんか緊張してきた。律、俺を部屋に上げてどういうつもりなんだろ)
チラチラと律の様子を伺うと、律は目を細めて新隆の顔を見ていた。ぱちっと目が合うと、律の手がそっと伸びてきた。優しく髪の毛を撫でられた新隆は、ガチガチに固まってしまった。
「ふふ、新隆。緊張してる?」
カチコチに固まった新隆の様子に律は思わず吹き出した。
「なっ!?だって!二人きりだし!り、律の部屋だし、急に触られたらビックリするだろ!?」
熟れたりんごのように真っ赤になった新隆は、キャンキャンと反論をする。熱くなった頬を両手で覆いながら、好きな人に触れられたら誰だって緊張するだろ……と、ぽそりと呟いた。
律はそんな新隆の様子に眉を下げて、柔らかい声で
「新隆は、僕のことが好きなんだ?まだ君の口から聞いたことないんだけど。ね、新隆は僕のことどう思ってるの?教えて」と、優しく問いかける。
「っ!、え、と。律が、す、き……」
「そっかぁ、嬉しいな。僕も新隆が好きだよ」
律のその言葉に、新隆は、え!?、っと目を見開いて顔を上げた。律は新隆を見て微笑んでいる。その優しい表情に、新隆の胸は高鳴りを隠せない。
「ほ、ほんと……?律も、俺のこと好き……?」
「うん、ほんとだよ。だから今日、僕の家に君を上げたんだよ」
律は、嘘は言っていない。
モブとは別に自分に懐く新隆のことは思春期の子供らしくて可愛いと思っていたし、新隆が自分に恋心を抱いているのも勘付いていた。そこに、情愛が含まれているかは別として。
だが、十五歳も年下の新隆に欲情するような大人にはなりたくないとも、律は思っていた。
ただ、新隆の熱っぽく潤んだ目や色のある表情を見たとき、しかもそれが他人にいたずらをされたせいであることに律は嫉妬し、猛烈に執着をし始めた。
自分の好きな子が、知らない男に悪戯をされた。その事実だけで律の独占欲が一気に膨れ上がったのだ。
新隆は律に好きだと言われ、さらに顔を赤くした。律も俺のことが好きだったんだ……と、夢心地でぼーっとする。そんな新隆の熱くなった頬に律の手が触れた。
思わずピクリと身を縮こませた新隆は、あ、キスされる!?と、ぎゅっと目を瞑った。
しかし、新隆の唇に律の唇が触れることはなかった。新隆がおそるおそる目を開けると、律は、ふ、と笑って新隆の髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。
子供扱いをされた、そう思った新隆は、恥ずかしさや緊張で夢見心地だった頭が一気に冷静になっていく。
そして、律にからかわれていたんだと思った新隆の目には涙が溜まっていく。
「~~っ」
新隆の様子に気付いた律は、新隆を抱き寄せた。
「ごめん。新隆が好きなのは本心だよ。でも、子供の君に僕は手を出せない。」
涙を堪える新隆は、律の背中に腕を回してぎゅっと掴む。
「っ、律、やだ……、俺、律とキスがしたい、今、したい」
「新隆、好きだよ。だから、君が大人になるまで待って」
律はそう言って、新隆を落ち着かせるようにゆっくりと背中を撫でた。
「やだよ、俺っ、律と、えっち……なことだってしたい……」
肩を震わせた新隆は、律の胸にぎゅうぎゅうと顔を押し付けてそう訴える。
「ごめんね」
答えずに謝罪する律に向かって、勢いよく顔を上げた新隆は唇を突き出してキスをせがんだ。
「新隆。」
律は近付く新隆の唇を人差し指で抑えて阻止した。途端に、ム、と新隆の眉毛が八の字に下がる。そして、何を思ったのか新隆は添えられた律の指先をぱくりと口の中に含んだ。
新隆の薄い唇から、ちろりと覗く赤。その舌と口内で、ねっとりと指を舐め回される感覚に、律はゴクリと生唾を飲み込んだ。
新隆は、律の指をちゅうっと吸い上げ、ゆっくりと口から離す。
そして、その濡れた指先で自分の唇をなぞって、震える声で律にこう尋ねる。
「……なぁ、絶対にダメ?」
律の理性がプツンと切れた音がした。新隆をソファに押し倒し、口内に指を突っ込むと、戸惑う小さな舌を捕まえて撫で上げる。
「ん、っふ、ぁ!」
吐息を漏らしながら、新隆は律の指に舌を絡ませる。その指が上顎をなぞり、歯列を撫でていく度、背筋にぞくぞくとした快感が走る。半開きの口からは飲み込みきれなかった涎が溢れる。
「はっ……、ぁ、ぁ、はぁっ」
口内を指で犯されながら、新隆は熱い眼差しで律を見上げた。もっと、もっと触って欲しい……。そんな願望を滲ませた目で律を見つめ、必死に律の指に舌を絡める。
じゅぽ、じゅぽといやらしい水温が部屋に響き渡る。その音すら新隆の興奮を煽り、うっとりとした表情に変わる。
「ふっ、ぁ、ぁ、りつっ」
新隆は堪えきれずに出た自分の甘い声に、恥ずかしくなって目を閉じる。目を閉じると感覚が敏感になり、ますます声が漏れる。すでに腰が重くなり、新隆のペニスは勃起していた。
「り、つ、ぅっ、あ、はっ」
こんなの、こんなの俺、知らない。新隆は初めての快感に身を震わせて、律の腕にしがみ付く。
「ふぁっ!ぁ、あ、」
閉じた目からは涙が流れ落ちる。痛いくらいに勃起した新隆のピンク色のペニスはふるふると揺れて、先端からは先走りが溢れてTシャツを濡らす。それがTシャツに引っかかっているのがもどかしくて、新隆は無意識のうちにもじもじと足擦り合わせて快感を逃がそうとする。
「はっ、はぁっ」
「新隆。」
律に名前を呼ばれて、新隆はそうっと目を開ける。涙でぼやけた視界の中、律と目が合う。
「新隆、可愛い。」
と耳元で優しく囁かれた新隆は、ゾクゾクと腰が震えるのを感じた。律の唇が耳の縁にそっと触れた瞬間、新隆は足先をぎゅっと丸めて身を縮こませた。
「んっ!!、あぁっ!?」
びくびくと大きく身体を震わせたあと、くたり、と力が抜けた。新隆は律の胸に身を寄せて、甘い呼吸を吐く。
「っ、はぁ、はっ……っ……」
Tシャツには染みが滲んでいる。混乱した新隆はボロボロと涙をこぼした。
「っ、ひっく、、ぅっ」
律はそんな新隆を抱きしめて、背中を撫でる。
「新隆、泣かないで、大丈夫だから」
どうやら、初めての精通に心が付いていけずにパニックになっているようだった。
「あっ、は、っ、ひっ、りつっ……、俺、おれ……」
「うん」
「おもらししちゃった……?」
「違うよ新隆。これはおしっこじゃなくて精通だよ。新隆の身体が大人になる準備ができたんだ」
「せいつう……、よかった、おもらしじゃなかった」
律の言葉に、ほっとして力が抜けた新隆は、ぽすん、と律の胸に身体を預けた。
しばらく抱き合っていた後、少し落ち着いてきた新隆の唇が開く。
「律、大好き」
「うん、僕もだよ」
そのとき、窓の外、遠くから花火が上がる音が聞こえた。
花火を見に行く予定が、このような状況になるなんて。律は目を閉じて、静かに息を吐き出した。
「ピザでも取ろうか。選んでいいよ」
律の提案に新隆は、ピザ!いいの!?と嬉しそうに目を輝かせた。食べ終わった頃には乾燥機の服も乾いているだろう。新隆の涙がおさまったことに安心した律は、ピザを頼むためにスマホを取りだした。
「新隆?決まった?」
「うん、これとこれ食べたい」
「わかった。頼んでおく。飲み物はコーラでいいよね?」
「うん!あ、あのさ!律」
「ん?」
「……へへっ、なんでもない!」
新隆はだらしなく頬を緩ませてそう答えた。律はその姿を見て困ったように眉を下げて笑った。
◇
家に帰った新隆は、ベッドに寝転んで今日一日のことを思い出す。
(律の家に行っちゃった、俺。痴漢はこわかったけど、そのあと……律の家に連れて行ってもらったし、律も俺を好きだって言ってくれた。せ、精通もしたし。律、俺のこと好きだって言ったよな?これって付き合うってこと?俺と律は恋人になったのか?なったんだよな?)
律の笑顔を思い返すだけで胸が高鳴り、新隆は枕に顔を埋めて悶えた。
(ファーストキスだってしたし!!あれ?待てよ。俺、律とキスしてなくね?律の指は舐めたけど。えーー!!嘘だろ。あんな良いムードだったのに)
新隆は足をバタバタと動かして悔しがった。
(次は、俺からキスして律を照れさせてやる)
新隆は、これから律との未来に胸をときめかせながら眠りについた。