神竜様には敵わない ソラネルでは、よく仲間内で食事を摂っていた。特に神竜リュールは、いつも仲間を二人ほど誘って食卓を囲んだ。誰が呼ばれるかはその時々で違ったが、信仰の対象でありながら親しみやすい神竜に呼ばれることを、軍の仲間達はとても楽しみにしていた。
その日神竜リュールが呼んだのは、ブロディア王国第一王子のディアマンドと、イルシオン王国第一王女のアイビーだった。ディアマンドやアイビーが呼ばれる際はこの二人の組み合わせであることが不思議と多かったが、きっと神竜様はブロディアとイルシオンの和平を望んで自分たちを一緒に呼んでいるのだろうと、ディアマンドは推測していた。
そしてディアマンドは、アイビーと共に食事に呼ばれるのは悪い気はしなかった。彼の中にはいつしかアイビーに対する恋心が芽生え、それは誰にも言えずに胸の内に巣食っているのだった。
想いは告げていない。そもそも双方の立場を汲めば告げてよいものかわからない。この想いは墓場まで持っていくかもしれない、と思うことさえあった。
ひるがえってアイビーは、神竜を熱心に信仰している。だから食事の度に「神竜様と食事ができて嬉しい」と必ず言っていた。
先日、リュールが仲間の一人にパートナーとしての指輪を贈ったらしいと聞いた。その話が広まったとき、アイビーがやや塞ぎ込んでいたのはディアマンドの見間違いではないだろう。リュールのパートナーになることを夢見ていた訳ではなかろうが、今まで信仰していた相手が誰かのものになる、となると、少なからず衝撃を受けることは想像に難くない。ただ最近のアイビーは落ち着きを取り戻したようで、以前のようにため息ばかりということもなくなった。ディアマンドはアイビーをよく見ていたから、彼女の変化は手に取るように分かった。
「さあ、いただきましょう」
配膳が済むと、リュールはディアマンドとアイビーに食べるよう促した。今日の料理は大成功のようで、二人の好物の肉団子と豆の煮込みがおいしそうに並んでいる。
「いただきます」と食事を始めると、すぐに雑談が始まった。
「神竜様と食事ができて、嬉しいわ。そういえば……ディアマンド王子は、今日何をしていたの……?」
話を振られたので、今日は景色を見ていたと答える。ブロディアを今後どう治めていくかについて悩みごとがあったから、高いところから景色を見下ろして考えを整理していたのだった。
「そう……。考えに詰まったことがあったのね」
「そういうことってありますよね。私達でよければ、必要なときはいつでも話を聞きますから」
「ええ。貴方の力になれるなら、いつでも……」
アイビーとリュールに助け舟を出されて、ディアマンドは二人の優しさに胸が温かくなった。
「ありがとう。二人ももし何かあれば、話を聞くことくらいならできるから遠慮なく言ってほしい」
「ありがとうございます!」
「ありがとう。何かあったら、頼むわね」
食事は和やかに進む。何らか悩みごとができたら協力し合おうという話になって、ディアマンドは、後でブロディアの政治についてアイビーに意見を聞こうと思った。
ただ、もう一つの悩みであるアイビーへの想いについては、まさか本人に語る訳にもいかない。リュールも口は堅いだろうが、話そうという気にはなれなかった。ディアマンドが少し黙り込んでいる間に、アイビーはリュールと会話を弾ませている。心の底から信仰する神竜を、アイビーは穏やかな眼差しで見つめている。それはアイビーが他の誰にも見せない顔だった。ディアマンドの胸にちくり、と針が刺す。
くだらない嫉妬をしているのだと、自分でもわかっていた。アイビーはディアマンドにもにこやかに接してくれるが、リュールに向けるあの表情をディアマンドに向けることはこれまでなかった。やはりリュールはアイビーにとって特別な存在なのだろうと改めて感じた。
「ディアマンド王子? 聞いている?」
上の空だったところをアイビーに問われてはっとした。気づけば二人が心配そうにこちらの様子を覗きこんでいる。
「やっぱり、悩みごとがあるのね」
「そうだな……いや、その通りだ。後でアイビー王女に、ブロディアとイルシオンの今後の国交について伺いたい」
そのこと自体は本当だったから、すらすらと言えた。「君が神竜様と仲良く喋っていたから気になった」などとは言えるはずもない。アイビーは熱心な信仰者だから、そのことには何の不思議もないのだ。
しかしこうしてアイビーが自分を心配してくれることが、嬉しくないといえば嘘になる。後に二人で話す口実もできた。まさに一喜一憂である。ディアマンドはそうした自分の感情の機微に少々疲れていた。
「わかったわ。これから少しすることがあるから、夕刻頃でもいいかしら?」
「構わない。助かる」
気づけば、リュールはディアマンド達二人の顔を交互に見ていた。
「お二人は、そうやって自分達の国のことを一緒に考えているのですね」
「そうだな、時折意見交換をしている」
「ええ。両国の和平のためには、必要なことだわ」
その返答を聞いたリュールが、顔をぱっと明るくして言った。
「いいですね、仲が良くて何よりです!」
一瞬、口に含んだ水を吹き出しそうになったがなんとか踏みとどまった。アイビーの方を見てみると、白く滑らかな肌が朱に染まって、目線が泳いでいる。照れているのだと、ディアマンドにも分かった。
「あ、あの、神竜様……私とディアマンド王子は、その、仲良しという訳では……いえ、そうも言い切れないわね……」
何故かしどろもどろにアイビーが答える。リュールは決して二人を男女として冷やかしたのではないとはディアマンドも、おそらくアイビーも知っている。しかしディアマンドとしては、意識している異性と仲が良いと言われることがなんとも面映ゆく、どう返答すればいいか迷っているときの、このアイビーの発言であった。アイビーが「仲良し」を否定しなかったこと、何よりこんなにも照れていることにディアマンドはつい期待をしてしまう。これは、脈があるということなのか?
そう考えつつも、ディアマンドも返答を考える。
「そうだな……仲が良いということなのかもしれないな。アイビー王女」
そう言ってアイビーと顔を見合わせてみたら、アイビーの顔がまたぼっ、と熱を持った。
「そ、そうね、ディアマンド王子……」
最後の方は俯き加減で語尾も小さくなった。なんと可愛いひとだとディアマンドはつい見惚れてしまった。
そこで二人をにこにこと見ていたリュールが一言。
「それなら明日は二人で、果樹園でリフレッシュしましょう!」
名案だと頷くリュールに、ディアマンドとアイビーはもはや声にならない声を上げた。こんな状態になった後で果樹園の作業に放り込まれたら、まともに会話ができるだろうか。そういえばこの後は政治の話をするはずだったが? どうにも意識をしてしまって仕方がない。
何も言えなくなってぷるぷると真っ赤な顔を震わせるアイビーの隣で、ディアマンドはなんとか「わかった」とだけ伝えた。
〈了〉