人として生きる「ごちそうさま」
そう言って丁寧にスプーンを置く光景を見るのはもう何度目だろうか。
トランの英雄と呼ばれる彼を初めてここに連れてきたのは数年前。彼が食事をするのをやめたと聞いた後のことだった。
「アレは人でなければなりません」
そう僕に告げたレックナート様は、彼を迎えに行きご飯を作り食べさせるようよう命じた。
無理やり引っ張ってきた彼に食べたいものを聞けばシチューと答えた。紋章に取り込まれた彼の下男が得意としていたものだ。彼のように上手く作れる気はしなかったが、それでもと思い作ったシチューを口へと運んだ彼から出た言葉は「まずい」の一言だった。
「まずいなら食べなくていいよ」
思わず口をついて出た。皿を引っ込めようかと思ったけど頑として譲らない。そしてシチューを食べ続けた彼はポロポロと涙を流し始めた。
「グレミオがね『人は美味しいご飯食べたら幸せになれるんですよ!』って……いつも言ってたんだ。でも……まずいご飯を食べて嬉しくなることもあるんだ……ね」
そう言って笑った。正直失礼な話だ。でもここに連れていた時の虚な目に少し光が見えた気がして僕は口から出かけた苦情を飲み込んだ。
結局完食した彼に「また食べにきなよ」「こなくても連れてくるけど」そう告げてから何度ここに連れてきてご飯を作っただろう。来る度「シチューが食べたい」という彼のために何度も作ったシチューはセラが「好き」というほどに上手くなった。
彼はあの後も人里離れた地に一人で住んでいる。人との関わりを極力避けて過ごしている。真の紋章をその身に宿したものが人として生きること、それは決して容易なことではない。だが微笑みながらセラと話している彼を見ると不可能なことではないのではないかと思える。これから先どうなるか僕にはわからない。それでもその先にある未来を少し信じたい。そう思いながらシチューを混ぜる右手を見た。
「ほら、シチューができたよ。とっとと食べなよ」