无双創作番外1-1「生きてお前に会えて、よかった」
微笑みに見とれていた凤崔はその言葉が聞こえた瞬間、夢遊病患者のようにフラフラと崔不去に歩み寄った。
気づいたときには寝台に乗り上げて崔不去を押し倒し、深く口づけしていた。
崔不去の舌の甘さを味わう凤霄の脳裏にはここが左月局の局内であることや崔不去の部下が近くにいるということがうっすらと浮かんだが、崔不去が凤霄の腰に手を回して口づけを返してきた衝撃に思考はすっかり霧散してしまった。
凤霄は夢中で崔不去の口の中を舐めまわし、舌を吸って唇同士を擦り合わせた。崔不去は大きな反応は見せないが、息継ぎの際の苦しそうに弾んだ息と時おり小さく漏らす低い呻き声は凤霄の脳髄を大いに刺激した。崔不去が掴んだ腰から甘いしびれが生じて凤霄の背筋を駆け上る。凤霄は熱く固くなったものを崔不去に押し付けてどうにかしたかったが、相手は意識を取り戻したばかりの病人である。名残惜しく何度も離れかけてはまた吸い付いてやっとのことで唇を離すと、崔不去の顔は酸欠で赤らみ目には涙が浮かんでいた。やや眉根を寄せて目を伏せた表情は日頃の冷静さを保っているが、頬と目元に赤みが差し、唇が腫れていることによって、とてつもなく扇情的で魅惑的に見えた。
その顔を見ているとどうにかなりそうな衝動を感じ、凤霄は崔不去の耳元や首筋に飛びついて荒い息を吐きながら唇を擦り付けたり歯を立てたりする。
崔不去は身をよじって凤霄の狼藉を止めさせようとした。
「おい……」
「一月だ」
「は?」
「いくらお前が私に情けを懇願しようとも、慈悲深い私は病人には手を出せない。看病してやるから、必ず一月以内に体を治せ。もしそれ以上待たせたら、例えお前がすがりついても他の者のところへ行くからな!」
凤霄は崔不去に人差し指を突きつけて激しい剣幕で言い募ると、崔不去に冷笑する暇も与えずに立ち去った。
しかしそれから一時辰後に再び馬車で現れると、崔不去を抱き上げて無理矢理攫って行ってしまったのだった。
凤霄が「看病する」と言ったのは本当だった。
毎朝馬車で左月局に崔不去を送っていき、日中は長孫菩提に崔不去の健康状態を見張らせたり薬を飲ませたり、必要があれば内力を送らせたりした。また、凤霄は崔不去がベッドの中から指示を与えて仕事をするのは構わないが、無理をさせたらお前を殺すと長孫によくよく言い含めるのを毎朝欠かさなかった。
そして毎夕退庁時間になると再び馬車で崔不去を迎えに来て、城内にある自分の屋敷に連れて帰った。
凤霄の屋敷は街中にあるにしては広々としていて設えも立派なものだった。崔不去も城内にそれなりの屋敷を借りているが、比べるとだいぶ見劣りがする。凤霄の屋敷は内部の調度品も新しく華やかながら品のよいものばかりで、主人の垢抜けた感性と底知れぬ財力を感じさせた。
凤霄は屋敷の料理人に細々と指示を与え、崔不去のために消化に良く滋養のある食事を用意させた。
中でも崔不去の心を掴んで健康状態の改善に大きく寄与したのは入浴設備と絹生地にガチョウの羽毛を詰めた布団だった。
この時代の入浴は三日に一度程度寝室にたらいを出し、沸かした湯を何杯か注いで使うのが普通だ。全身で浸かることはできないし、湯気が逃げる寝室では髪や体を洗っているうちに湯がどんどんと冷めてくるのだ。夏はいいが、寒がりの崔不去には秋冬のみならず春も堪える。
凤霄邸には専用の浴室が設けられていた。狭いがすきま風が入らないよう頑強な造りになっていて、部屋をほぼ埋め尽くす大きな風呂桶が設置されている。風呂桶の底には栓がついていて、栓を抜くと中の水が排水路を伝って流れ出るようになっている。重たい桶をいちいち持ち上げなくても湯が捨てられる特注の代物だ。この風呂桶は大の男二人が入れるほどの巨大さで、これほど大きな風呂桶を満たすには数人がかりで大量の湯を沸かして運ばねばならない。水汲みだけでも重労働で燃料も大量に使う。ましてや、凤霄は毎日風呂に入る男だ。これほど大きな風呂に毎日入るのは、たくさんの使用人を恒常的に雇っていなければできない大変な贅沢だった。京城中を見渡しても、これほど立派な浴室を持っている者は数えるほどだろう。
凤霄は崔不去の世話を使用人に任せず、自ら風呂に入れた。凤霄は崔不去を裸にすると自分も下着一枚になり、崔不去をそっと抱き上げて湯船に浸からせた。崔不去が気持ちよさそうにしているのを確認すると、凤霄は手ぬぐいを手に取り、まるでこの世にまたとない玉を磨くかのように崔不去をそっと洗い始めた。
生まれたときから人にかしずかれて来た凤霄が他人の世話をするとは、驚くべきことだ。
ましてや、凤霄は超がつくほどの潔癖症だ。他人の垢を擦るなど、以前の彼であれば血を吐いて末代まで呪ったに違いない。
凤霄はきれい好きの名に恥じず、崔不去の全身を隅々までぴかぴかにした。股の間を洗うのだけは崔不去が断ったため自分でやらせたが、崔不去が「見るな」と言っても、きちんと洗っているか監視するのは忘れなかった。
隅々まで洗われて温まった崔不去は再び抱き上げられると何枚もの布で水気を拭われた。水気が取れたら今度は下着と夜着を着せつけられ、湯冷めしないうちに雲のように軽く驚くほど温かい羽毛布団に詰め込まれるのだ。その間、凤霄は下着の上に適当に部屋着を羽織った格好のままだ。凤霄はまだ乾いていない崔不去の髪を拭いては丹念に櫛を通し続ける。それが終わると今度は布団の外から添い寝し、後ろから崔不去を抱き込んで真気を注ぎ込む。
崔不去はぽかぽかと温かくされていつの間にか眠ってしまうことが多いが、起きていれば凤霄は耳の後ろに口づけたり舌を這わせたりと、我が物顔でイタズラした。無理矢理後ろを向かされてしつこく口づけされ、崔不去の息が上がる頃には尻の間や太ももにずっしりと重く熱いものが押し付けられているのに気づくが、崔不去は病身のせいで応えることもできず、かといって拒絶する気にもなれず、毎度あえて無視するしかなかった。
凤霄は真気を注ぎ終えると自分も風呂に入りに行き、夜中に戻ってきて崔不去の隣に滑り込む。特に冷える明け方に崔不去が寒そうにすると、凤霄はなぜか必ず気がついて熱気を発する胸に抱き込んでくれるのだ。
崔不去は物心ついて以来、こんな風に甲斐甲斐しく世話をされたのは初めてだった。申し訳ないような気持ちと、女子供でもあるまいしという反発と、幼い頃の境遇への悔しさが入り交じって心は乱れたが、これほど満たされたのも生まれて初めてだった。
崔不去は己を抱きしめたまますやすやと眠る凤霄にそっと口づけした。
寝ている凤霄は「私の美貌に見とれているな? 無理もない! 崔道長には特別に至近距離で見つめる栄誉をやろう」とか「崔崔、本座に抱かれたくて我慢ができないのか? 可哀想に、もう少しの辛抱だ」などとうるさく囀らない。崔不去は凤霄の腕の中から寝顔を見つめ、夜明けの薄明かりに浮かぶ長い睫毛と穏やかに弧を描く男らしい眉、みずみずしい唇や精悍な顎が織りなす美をじっくりと堪能した。
「家に帰る」
半月が経った頃、崔不去は突然言った。この頃崔不去は寝床を出て起き上がれるようになっており、二人は膳を並べて朝食の最中だった。
崔不去の言葉に凤二府主は愕然とし、ぽかんと口を開けた。噛みかけの粥と漬物が覗いている。
崔不去にはこの七日ほど毒の発作は出ていなかったが、油断した頃や崔不去の体力が弱ったタイミングでぶり返すことも十分ありえる。凤霄は気を抜かず、常に崔不去の体調を見張っていた。崔不去が自宅に帰ってしまっては夜間に真気を注ぐ者がいなくなり、朝まで保たないということはなくとも健康を取り戻すまでにかかる期間はずっと長くなることだろう。
「おい! 私が内力を注がねば治りはずっと遅くなるぞ。一月以内に治すという約束を違えるつもりか?」
「それはお前が勝手に言ったことだ。私は承知していない」
「なっ、ずるいぞ……! お前は私と同衾したくないのか? 一度だけでもいいから慈悲をくれと美女が大挙して群がるこの私だぞ? 無論したいはずだ!」
崔不去はフンと冷笑した。
「お前は『好きだ』と言ったが、私の方は何も言った覚えは無い。凤二府主は自惚れすぎではないか?」
凤霄はギリギリと歯ぎしりをした。もし今二人が板の間に座っているのではなく地面に立っていたとしたら、地団駄を踏んでいたことだろう。
「貴様……っ」
そしてこの日以降、崔不去は自宅に帰ってしまったのだった。