* 僕がやりました。家にあったナイフ(証拠品・回収済)で。キッチンの流しの横にいつも置いてあります。はい。その、柄の折れたやつです。使ったのはそれだけです。後ろから首を刺したあと、いや、首を切ったあとか、胸を刺しました(検死確認済)。はい。心臓を狙ったけど、殺せているかわからなくて、お腹も刺しました。何回刺したかは、ちょっと覚えてないです。わあ、ふふ! そのくらい刺したかもしれません。柄が折れるまでです。はい。確実に殺そうと思いました。
いいえ。もともと殺すつもりではありました。いろんな方法を調べたんですけどどれも現実的ではなかったので、殴るか刺すかしかないと思いました。協力者はいません。僕一人で計画して、実行も一人でやりました。
現場にアルフレッドくん(被疑者ジョーンズ少年。別室にて取調べ予定)がいたのは、偶然です。いいえ。彼は関係ありません。間の悪いことに、僕があの男を襲っている時にたずねてきたんです。鍵をかけるの、忘れちゃってて。普段はぜったいそんなへましないのに、興奮してたのかなあ。だから、彼は巻き込まれただけなんです。すっごくかわいそう、アルフレッドくん。
通報したのも僕です(音声記録あり)。録音してあるんですよね。うふ、よかった。現場を離れたのは、ふたりとも混乱していたからです。でも冷静になって、歩き疲れちゃったから、休み休み電話できるところを探したんです(要捜査)。
後悔なんてしてないですよ。むしろいまはとってもすがすがしい気分です。お腹に収まってる内臓を取り出した時みたいな。わかります? あはは! 冗談ですよう。でもアルフレッドくんには悪いことしちゃったなって思います。なんにも関係ないのに、巻き込んじゃった。
なぜって、殺す理由なんて、考えなくてもわかると思うけどなあ。刑事さん達、ちゃんと写真見たんでしょう? これ以上に理由が必要ですか?(画像資料参照)うふふ。今朝の取調べ、僕とーっても嫌だったんですよ。ああでも、これは書面に残さないといけないんですよね? 同意するだけでもいいんですか? はい、はい、その通りです。もちろん! 殺したいほど憎んでいました。そういう子、刑事さんならたくさん知っているでしょ? 少年課の刑事さんなんだから。
ええ? 嘘なんて言わないですよ。ねえ、そうだ! 少年刑務所ってどんなところですか? 僕みたいなひとごろしの子っていますか? あは! いいです、答えられませんよね。だって刑事さんたちは守秘義務っていうのがあるんでしょ?
学校ですか? あは、じつは、学校に行きたくないから殺人をおかしました、って言ったら、刑事さん怒ります? そんなに怖い顔しないでくださいよ。ほんのマーダー・ジョークです。まあ、学校に行きたくないのは本当ですよ。つまんないし、友達だっていないし、僕協調性ないから。行く意味ないから、さぼったりしてましたよ。学校に行かない日は遊んでました。△△通りにいる子に聞いてみたらどうですか? よく行ってたんで、聞いたらわかると思いますよ。
アルフレッドくんですか。友達なんかじゃないですよ。さあ、うちに来た理由は知りません。だって僕、パーパの背後をどうやって取ろうかってことで頭がいっぱいだったので。彼は関係ないし、被疑者じゃなくて参考人ってことで解放してもらえませんか?
刑事さんって見た目は怖いけど、結構甘いって、よく言われません? え、警部補なんですか? じゃあそう呼んだほうがいいですか? うふふっ、ほらね!
《資料》検死報告書より被害者状況。
死亡推定時刻は7月4日19:30から20:30の間。
頸部後面から側面にかけてナイフ等による切創あり。胸部後方より心臓へ至る刺創あり。腹部前方より腹膜へ至る刺創、十二か所。
死因は外傷性あるいは失血性ショック。
以上の外傷はすべて凶器(シェフナイフ、八インチ、柄が折れている。ブラギンスキ少年とジョーンズ少年の指紋多数。被害者の指紋が検出)と一致。
他、致命傷に至らない外傷として左肩峰部の打撲痕あり。
《被疑者少年について》
取調べに対し抵抗する様子もなく従順。供述は宛転だが、語調は強くやや興奮している様子。手や足の動きがあり落ち着きがない。
胴、四肢に新旧複数の打撲痕や熱傷痕あり。被害者である保護者による虐待と、虐待に連なる殺意について肯定。
被疑者ジョーンズ少年の犯行への関与を否定。
7月5日 12:41-14:37 第一取調室にて
取調官:一課主任 ギルベルト・バイルシュミット
***
ホンダさんって、本当に三十歳? ハハ! 俺より身長もちっちゃいし、高校生に見間違えられないかい? おっと! そんなに怖い顔しないでおくれよ、今のはナシ! 謝るから。
アー、殺したのは俺だよ。凶器は現場にあったナイフ。もう回収されてるんだろう? その、俺とイヴァンの指紋が出るはずだ(別紙資料参照)。殺したのは俺だけど、凶器を捨てようとしたのはイヴァンだからね。それから、ウン、イヴァンが持ち出したナイフ(証拠品・回収済)だけど、犯行に使われたのとは別のものだ。血液は付着したかもしれないけど、なんというか、それは誰のことも傷つけてない。それにイヴァンには殺すつもりはなかったと思うよ。脅すだけに見えた。
えーと、そうだな。経緯を追って話すよ。昨日の夜に、俺はイヴァンと、その、約束をしてたんだ。どんな約束かって、夜中に家をこっそり抜け出して、いちばん高い丘で星を見ようってね。昨日は新月だっただろう? だから、うん、よく見えると思ってさ。俺から誘ったんだ。バスでちょっと走ったところに、いい場所があるんだ。だからバス停で待ち合わせして。イヴァンも楽しみにしてたけど、アー、なんというか、どうしてだか、約束の時間に来なかったんだ。俺も彼も携帯電話は持ってないし、家の電話にはかけてほしくなさそうだったから直接尋ねたんだ。
夜八時ごろだったかな。イヴァンの家は、アー、刑事さんも見たと思うけど、ちょっと古めかしい建物でね。ドアベルが壊れてたんだ(立入確認済)。家の中に、その、ちゃんといるような気がしてノックしたけど返事が無かったから、急に出かけの用事でも入ったのかとおもって、悲しかったけど諦めて帰ろうとしたんだ。そしたら、家の中から物音と悲鳴がした! イヴァンの声だった。絶対にイヴァンの声だった。ドアノブをひねったら開いたから、そうだ、迷わず家の中に入った。入ってすぐキッチンがあって、アー、イヴァンとイヴァンのダディはそこにいたよ。それで、ああ、そうだ、イヴァンは何をされてたとおもう? 殺されかけてたんだ! あの男、シンクにご丁寧に水をはって、そこにイヴァンの頭を突っ込んでた! なあ、正気じゃいられないだろう?!
俺が、俺は男の気をひこうとして、大声で何か言った。なんて言ったか覚えてないけど。男が振り返ったから、ぶん殴ってやろうと思ったけどイヴァンのほうが早かった。で、アー、イヴァンは父親を突き飛ばして、果物ナイフ(証拠品・回収済)を手にして距離をとった。これ以上近づいてくるなとか、呂律のまわってない口で、ウン、そういうことを言ってたよ。殺されかけたのに立ち向かっていた。
ごめん。ちょっとだけ休憩してもいいかな? なんだか、そう、この部屋、ちょっと暑くないかい?
(13:45、取調官一時離席)
(14:00、取調再開)
ホンダさん、ありがとう。それで、どこまで話したかな?
ああ! そうだ。イヴァンはナイフを両手に持って、なんというか握りしめるような感じで。腕が折れてたみたいだから、それで震えてたのかも。ああ、そうだよ。いつからかはわからないけど、右腕の手首のあたりさ。うん。とにかく、イヴァンは父親が大人しくなるのを待った。でも、残念ながら彼はひるまなかった。イヴァンがあきらかに怯えてたから、何もできないと思ったんだろう。男は顔を真っ赤にして、イヴァンに詰め寄ろうとした。
俺はそこで急に頭が冷えてきたんだ。この男さえいなくなれば、イヴァンは解放されるんじゃないかって。今度こそ殺されるんじゃないかと思ったから。イヴァンに傷痕が……イヴァンが暴力を振るわれていたのはホンダさんももう知ってるだろう? それにイヴァンが他人を傷つけるところは見たくなかったよ。
俺が男の後ろを走ってあらたにナイフを取ろうとしたとき、イヴァンが果物ナイフを落とすのが見えた。イヴァンの父親は頭に血がのぼってて、俺のことなんて眼中になかった。で、それで、俺は一番大きなナイフを手に取って、心臓目掛けて突き刺した。殺すつもりで。でもやつはまだ暴れそうだったから、床に転がったあとに首の動脈を切った。人を斬るのって思ってたより手が重くて、逆手に持ち替えて、そのあとも腹を、アー、十回ぐらい刺したかな。そこまでしなくてよかったのにね。柄が折れたとき我にかえって、自分が血まみれなことに気づいた。イヴァンを見たけど、ナイフをじっと見てたから、壊してごめん、って謝った。
それで、イヴァンはナイフを捨てたがってたけど、俺はイヴァンを連れて逃げた。ホンダさん、俺なんでそんなことしたんだろう。混乱してたのかな。二人とも血まみれだったから、そう、そうだ、明かりの少ない道を選んで走った。そのぐらいの理性はあったけど、通報しなきゃとか、人を殺しちゃったとか、そんなことは考えもつかなかった。誰もいないところに行きたかった。
イヴァンがなにも言わなかったから、俺たちは歩いたり、止まったりしながら、やみくもに移動したと思う。戻ったりもしたんじゃないかな。正直どういうルートでホテルまで辿り着いたか覚えていないけど、血痕か足跡を解析すれば辿れるだろう? まあ次の取調べまでに思い出してみるよ。
アー、そうだ。途中でイヴァンが言ったんだ。自首しようって。俺は否定しなかった。イヴァンがそうしたいなら従うって言った。やったのは俺だけど、殺されたのはイヴァンの保護者だから。
公衆電話を探してたどり着いたのが◯◯◯ホテルで、入り口のドアを叩いた時、血がぱりぱりに乾いてて驚いたな。そう気づいたら急に痒くなったっけ。ホテルの人はびっくりして、通報しようとしてたけど、自分でするって言って電話を貸してもらったんだ。まあ驚くよな。血まみれの高校生が夜中に来たら。
俺が電話するって言ったけど、イヴァンは譲らなかったんだ。でも、でも嫌な予感がしてた。その時イヴァンは「父を殺しました」って言ったんだ。嫌な予感っていうのは、もしかして彼は、俺の罪を共有するつもりじゃないだろうね、って思ってね。でも言い合うのはやめたよ。イヴァンがかわいそうになったから。それからは黙って、パトカーのサイレンが聞こえてこないか待った。そう、ホテルの夜勤の人が濡れタオルを差し出してくれたけど、申し訳ないから断った。
それですぐに君たちが来て、シャワーでさっぱりしてゴワゴワのベッドで四時間ぐらい眠って、いまここにいるってわけだ。
《資料》捜査報告書より。
犯行現場は被害者とブラギンスキ少年の住居内のキッチン。通報十分後の回収時には心肺停止状態の被害者が倒れており、現場で死亡が確認された。
遺体のそばに凶器と思わしき、刃渡り八インチの柄の折れたナイフ(被疑者少年二名の指紋が検出)と、三インチのペティナイフ(ブラギンスキ少年の指紋のみ検出)が落ちていた。調理台には歯抜けの包丁スタンドがあり、以上の証拠品と一致。
回収時、キッチンシンクに水は満たされていなかったが、現場はシンク含め荒れていたためジョーンズ少年の供述の真偽は不明。
被疑者少年二人は同市◯◯◯ホテルの協力のもと、7月5日02:51にホテルロビーにて回収。
《被疑者少年について》
取調べはスムーズです。
終始気丈そうではありますが、どもりや訂正が多く混乱した様子。うそやごまかしの可能性は否定できません。
自らの犯行を主張しており、ブラギンスキ少年の犯行を否定。
検死報告書とジョーンズ少年の供述は一致しています。
午後も取調べ予定ですが、甘いものや冷たい飲み物などがあった方がいいかもしれません。好みを確認しておいてください。ブラギンスキ少年にも同様に。
7月5日 12:38-15:30 第二取調室にて。
取調官:一課捜査班 本田菊
***
こんにちは。はい。名前はアーサー・カークランド。⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎校の3年生で、ふたり(被疑者少年2名)の同級生です。はい。アルフレッドのことは昔から知ってます。ええと、と、とも、友達、というよりは、幼なじみみたいな感じです。小学校から一緒で。
あ? いや、すいません。髭……じゃない、そいつの話はやめましょう。あいつは仲良くもなんともなくて、今日は一緒に来ただけなんで。いまは関係ないでしょう。本題に入ってください。いえ、部活じゃなくて委員会なんで、べつにいいんですけど。あんまり抜けても申し訳ないんで。はい。いえ、今日は大丈夫です。
ええ。知ってることなら答えます。といっても、あいつは秘密主義なやつで、家のことはまったく知りません。両親が高齢でひとりっ子だってことぐらいしか。学校でどんな感じだったか、って説明しかできないと思います。あいつが孤児院出身なのも、事件のあと知りました。
え。いや、それも知りませんでした。そっち(ブラギンスキ少年)のほうはもっと知りません。一度ひどい喧嘩があって、それ以来まともに話していません。はい。なので、あまり参考にはならないと思います。
学校でですか。アルフレッドは目立ちたがりで、クラスでは中心的な存在でした。正義感がつよくて、喧嘩の仲裁が趣味みたいなやつで、知らない人とも物怖じせず話してました。見た目は馬鹿っぽいけど、試験の成績は上から片手で数えた方が早いです。そうですね、優等生でしたよ。殺人だなんて、とても。はい。いや、平気です。
たしかに気は長くない方かもしれません。でも自分から手出ししたりは絶対にありませんでした。そもそもあまり喧嘩慣れしてなさそうな感じで、いや、俺は喧嘩ふっかけてくるやつがいるんでわかるんですけど。アルフレッドはそもそも暴力を嫌ってた。
さあ? さっきも言いましたけど、あいつは秘密主義なんです。親御さんも見たことぐらいはありますけど、血が繋がってないとは思いませんでした。仲は良かったんじゃないですか。毎日弁当持たされてたし。小遣いだって多すぎるくらいだった。自転車や靴も新品を使ってた。制服だっていつも皺ひとつない。愛されてないと思いますか?
失礼な言い方をすると、悩みなんて無さそうなやつでした。いつも笑ってて能天気で、学校も休んだことないはずです。
まあ、とびっきり変わったやつですよ。正義感が眼鏡掛けて歩いてるみたいなやつなんです。心配になるくらい、へんにまっすぐ伸びたやつでした。そうですね、自分を、省みないところがありました。自分の行動で他人が変わるって、信じ込んでました。
なんなんでしょうね。昔からでしたよ。俺がその、アルフレッドの違和感? みたいなのを初めて感じたのは小学生のころで、湖っていうか溜め池で釣りをしてて、仲間のひとりが溜め池に落ちたんです。みんなパニックになって、俺は大人を呼びに行こうとしました。そしたら、ええ、アルフレッドは自分もそこに飛び込みました。みんな呆然としてたし、俺はもっと焦りました。めちゃくちゃ走って近所の大人呼んで通報もしてもらって、現場に戻ったら、アルフレッドは俺が走り出す前にいた場所に戻ってたんです。落ちたやつを助けて。ああ、なんだ、知ってたんですね。俺は腰抜かしながら、なんて馬鹿なやつなんだって、呆れて、ちょっと怖くなりました。いや、良いやつだったんで。そういう気持ちは一瞬生まれて、すぐ忘れました。でもあいつが誰かのために走り出すのを見ると、その時のことを思い出すんです。いや、今回がそうなのかって、それはわかりません。俺は事件の概要を知らないし、アルフレッドとイヴァンの関係も知らないから。
イヴァンについてですか。俺から話せることは少ないですが。はあ。いや、構いませんけど。あいつはアルフレッドとは真逆で、孤立してました。
イヴァンは一年生の新学期に転校してきたんです。俺はクラス委員やってたんで、やつの世話をしてました。さっき言った喧嘩っていうのは、そのときのことなんですけど。
あいつ、転校初日に遅刻してきたんです。信じられないでしょ。しかもその時の送迎が、ピッカピカの高級車だったもんで、みんな驚いた。でも俺は何かおかしいと思いました。聞いた話だと、そいつの家は△△△区だって。あそこは貧民街だって、みんな知ってましたから。
じつは、越してくる一週間まえに、県境の町で強盗があったんです。田舎の小さな銀行です。
***
***
うふ! 待ってましたよ。昨日ぶりですね。
ええと、そのことは、すみません。僕も腕が折れてるなんて、思ってなくて。痛いなとは思ってたんですけど。黙ってたわけじゃないんです。本当に! 腫れたりしなかったし、もとからあざなんていっぱいあるから気づかなかったんです。ほら、大仕事の後だし、ね。
ねえ、刑事さん。ホンダさんから聞いたんですけど、僕はどうやら大人と同じ法律で裁かれるかもしれないらしいですね。この調書で裁判するんでしょ。ぼく、弁護士なんて雇うお金持ってないし、終身刑でもいいですよ。これは計画殺人なんだから。
やけになってるわけじゃないですよ。それが妥当でしょ? はあ、出た。刑事さんの正論! まあ、その通りですけど。
僕とアルフレッドくんの意見が食い違ってる? そんなこと言われてもなあ。僕はうそを言ってませんし、アルフレッドくんが僕を庇おうとしてるんじゃないですか。
さあ。虐待を受けてたのは認めますけど、僕もそんなにいい子じゃなかったんですよ。そもそも引き取られたのもたった2年前のことだし、その前もいろんな親元にありました。それだけ僕が問題児だっていうことです。わかるでしょ?
《資料》音声記録より作成。
7月5日02:51に緊急センターへ通報あり。
通報はブラギンスキ少年自身によるもの。市内のホテル内の公衆電話からの通報(ホテル従業員への聴取済)。
殺害犯行時刻、死亡推定時刻より八時間以上経過してからの通報。
刑事さんは、服薬自殺をためしたことありますか? うふ。薬ってね、たくさん飲めば死ぬもんだと思ってました。頭痛薬が瓶いっぱいあったので、ミキサーのちっちゃい方で全部潰して、ボウル一杯の粉末を、ウィスキーと一緒に飲んだんです。大目にみてくださいよ。それでね、
***
もういちどアルフレッドくんと会えるなんて思わなかった。
僕らは施設どころか、乳児院の頃からいっしょにいた。親が会いに来る子もいたけれど、僕らはふたりして、ずっとひとりぼっちだった。
親のいる子は苦手だった。親のこと、幸福に思っている子も、不幸に思っている子もいたけれど、どちらも僕らにとっては鮮烈な毒だった。アルフレッドくんはよく泣いたし、ぼくはいつも怒ってた。職員は手を焼いてた。僕らはわるい子だった。だから、アルフレッドくんだけが仲間みたいに思えて、きっと彼もそうだったから、よくふたり並んでた。きょうもフレディちゃんとイヴァンちゃんはおそろいね、って僕らを見た人はおきまりみたいにみんな言った。
小さい子は八人部屋に全員押し込まれていたけれど、僕とアルフレッドくんは問題児だったから、僕らだけ別の部屋だった。その方が、誰にとっても都合がよかったから。
アルフレッドくんはとっても目が冴えてる子で、月のない夜には「あかりを消して!」と叫んだ。読書を邪魔されてむっとしてると、アルフレッドくんは僕の手を引っ張って窓の外に飛び出そうとした。「あぶないよ!」言ったけど遅くて、ふたりで窓から転がった。さいわい、屋根があったから、僕らはからだを打っただけで済んだ。「ちょうどいいや!」
窓をぴしゃ! と閉めて、アルフレッドくんはそらに手を伸ばした。
「きょうは星がよく見えるだろう?」
言われて、僕もぼけっと夜空を眺めたけれど、アルフレッドくんは毎日上を見上げているのだから、僕とは違う。
「わかんないよ」いつもとなにがちがうのか、わかんない。と唇尖らせて言った。
「あそこにさ、おっきぃスプーンみたいな星座があるんだ」
「アイスクリーム食べるやつみたいな?」
「もっと大きいの!」
空をなぞる指を、こんなにうらめしく思ったことはなかった。今だけはアルフレッドくんが何を見ているのか、きらきらの青い目が、どんなに輝く星を見ているのか、気になった。
「ひときわ光る星が七つあるんだ。わかるかい?」
「うーんと、うーん」
「四つは四角に並んでるんだ」
「スプーンってこれぇ?」
「きっとそれだ!」
「全然スプーンじゃないよ。中華料理のお鍋みたい」
「はあ? きみ、見たこともないくせに、思いつきでものを言うなよ」
「うるさいよ」
「この星のさ、しっぽのひとつ手前の星がわかるかい」
「しっぽ? スプーンの持つとこ?」
「中華鍋の持つところだよ!」
「あのふたつ重なって見えるやつ?」
「それだよ! アメイジング! やっぱりふたつ重なっているよな?」
「うん、ふたつ見えるよ。いや重なってはないかな。弟みたいにもいっこいるね」
八歳になったとき、アルフレッドくんは里親が見つかった。
2022