溺夜の海…いや、かなり日が傾いた夜になる数秒前の海。暗い蒼に、僅かな光が反射してキラキラと光る。その冷たい水面にそっと手を浸して…………
「髪の毛、気になります?」
突然海が動き、その水に触れることは叶わなかった。海のように深い、青。夜のように暗い、紫。
「別に。髪にゴミがあるように見えただけだ。気のせいだった」
適当な嘘をついたが、それくらいで誤魔化せるような相手ではない。案の定本当ですか?とにやにや笑いながらこちらの顔を覗き混んでくる。
「この長い髪、どうして伸ばしているかわかります?」
「知らん。興味もない。」
「またまた。気になって、触れてみたいと思ったんでしょう?」
「違うといっているだろう。というかさりげなく首に手を回してくるな。」
そういいつつも押し返すことはしなかった。押し返したところでその扱いに興奮した見たくもない相手の顔を見ることになる。
そのまま無視をして手に持っていた本を読み始めると、そっと頭を撫でられ、反射的に相手の腹を蹴りあげてしまった。
「う"っ、っつ…………っはぁ、イイですねぇ……もっとえぐり混むように、さぁ…」
…しまった。こいつを喜ばせる気など毛頭ないのに。
「……喜ぶな。あと撫でるな。」
「撫で…?あぁ、サドさんの髪が綺麗でしたので…思わず。」
ふふふと目を細めて笑う。いつまでたっても馴れない気味の悪い笑顔……見ていると思わず殴りたくなるような、忌々しいその顔を、
気がついた時には、冷たくなったその顔が足元に転がっていた。
「……あぁ、」
やってしまった。また、こいつの手のひらの上だ。とっくに息のついえたその顔は軽く口角があがっていて、やはり気味の悪い笑顔だった。その笑みは青い髪に、海に浮かんでいる。
今度こそ、海に手を浸して水を掬うと、さらさらとすぐにてのひらからこぼれ落ちてしまった。