窓の外 人の気配の少ない艦内を進む。
僕は今、藤丸を探していた。
既に行ったマイルームは不在。では医務室にいるキリエライトの元かと訪ねてみたが、これも空振り。
スタート地点の管制室に戻った方が良いかと思いながらも、ひとまずストームの後部へ向かって歩いていた。
別に、急ぎの用という訳ではない。
どこかのタイミングで偶然顔を合わせた時に、数分もかからずに終わるような、些細な用事だった。
それなのにこうして探している理由は、そう、ただ何となく。何となく、藤丸を見つけておきたい気分というだけの事だった。
藤丸は自身の体内に発生した特異点へのレムレムレイシフトを短期間に二度も行った。こちらの心配をよそに、帰還後の様子はけろりとしたもの。ただ、キリエライトからの密かな要請もあり、藤丸は暫しの休養期間に入っていた。
人理定礎値に、カルデア所属サーヴァントの状況。
藤丸の帰還を機に変わったものは大きい。
だが、それを引き起こした本人はどうなのだろう。
彼女自身にも、何か変化があったのだろうか?
機関部にほど近い廊下の窓際に佇む藤丸を見つけて、僕はそんなことを考えていた。
ノウム・カルデアの決戦礼装を身につけて、彼女はじっと窓の外を眺めている。僕が来ていることには気付いている筈だが、蜜色の瞳はこちらを見もしない。
声をかけるのがどうにも躊躇われて、少し離れたところに立ったまま、同じように外を見た。
窓の外には、澄み渡るような空の青がどこまでも広がっている。
異聞帯ロシアでは、雪雲の切れ間に僅かに霞んで見えるだけだった空の色。
何度か旅を経験して、世界の法則が異なれば、血を垂らしたような朱にも、宙のない閉じた青にもなることを目の当たりにしてきた。
当たり前にあるようで、本当はそうではない空。
小さな雲が千切れて青に溶けていく様を、僕たちは言葉もなく見送る。
「……特異点では、ずっと曇り続きだったせいかな。ゆっくり見ていたい気分になって」
ぽつりと溢した声に釣られて顔を向けると、藤丸は目を細めてにこりと微笑んだ。
光の中、彼女の赤毛がどこか寂しげに揺れたのは、きっと気のせいではないのだろう―――『接続不能』。彼女にとって大切な仲間たちとの別れを迎えたばかりなのだから。
ふと、用件を思い出して、僕はポケットからあるものを取り出した。三本の指で摘まんで持つ小さなそれが何なのかを知ろうと、目を細めた藤丸が何歩か距離を詰めてくる。
「それは……データチップ?」
「僕のおすすめの曲を知りたいって前に言ってただろ。おまえとの作戦会議の時間が無くて空いた分、僕も暇だから、いくつか見繕ってきた」
「ありがとう、カドック。聴くのが楽しみ」
受け取る藤丸。視線を合わせてはにかむ彼女の顔色が良い―――元々、不健康なイメージがあった訳ではないのだが、レムレムから目覚めてからの様子を見ていると、何故だかそう感じることが多かった。
腰のポーチにデータチップをしまった後、藤丸は「そうだ」と明るく声をあげる。
「ねえ、今日のお昼ご飯、一緒に食べない? 今日はデザートも解凍していいって話だから、ハニートーストにしたくて」
「ひょっとして、あの食パン半斤に蜂蜜かけたデザートのことか?」
「そうそれ。量が多いから、マシュも呼んで、三人で分けっこしようよ」
「三等分か……分配しやすさを考えると、もう一人は欲しいところだが」
「じゃあ、管制室に行って、他の人にも声かけてみよっか!」
軽やかな足音が僕を通り越して、管制室の方向に向かい、その途中で止まる。早く行こうと名を呼び急かす、いつも通りの朗らかな声。
ほっと安堵の息をつく。
ほら、やっぱり心配するだけ無駄だったじゃないか―――そんな言葉を心の中で呟いた。
再び、今度は少しだけ焦れたような声色で名前を呼ばれる。
はいはい、とおざなりに返事をして、一歩前へ。青空を映す廊下の半ばに立つ彼女を追って、僕は歩き出した。