忘却 約束できたことが奇跡に近かった。
普段は、お互い都合がいい時に連絡をして、主に俺が面堂がひとりで暮らしているタワーマンションに向かう関係だ。夜に到着し、夜更けを面堂のマンションで過ごして、朝になったら俺は電車で帰り、眠い目をこすりながら大学の講義を受ける。面堂はどう過ごしているのか俺には分からない。俺と同じように欠伸を噛み殺しながら講義を受けているのか、そういう時は用意周到に午後からの講義しか入れていないのか、大学ではなく財閥グループの会社で欠伸する暇もなくインターンをしているのか。
こうしていくつかのパターンを想像できるあたり、俺の方が奴に惚れているんだと思い知る。
(まいったなぁ)
俺は駅から少し歩いた所にある商業ビルを背に立っていた。日が辛うじてまだ登っている程度の時間帯。舗装された歩道の両端に植えてある木々にぐるぐる巻かれた物々しい黒い電線が光り始めた。暖色に見える白い光が枯れた木に灯り、点滅する。道行く人がスマホで写真を撮っている。俺もすぐそばの木を見上げる。ずっと見ていると目がチカチカしてきそうだ。
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