Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    伊吹⛰️

    たまに小説を書く人
    焼きそばが食べたい

    ☆quiet follow
    POIPOI 1

    伊吹⛰️

    ☆quiet follow

    面あたアドベント参加作品です❄
    日にち感覚がズレていて遅刻してました!🙇

    忘却 約束できたことが奇跡に近かった。
     普段は、お互い都合がいい時に連絡をして、主に俺が面堂がひとりで暮らしているタワーマンションに向かう関係だ。夜に到着し、夜更けを面堂のマンションで過ごして、朝になったら俺は電車で帰り、眠い目をこすりながら大学の講義を受ける。面堂はどう過ごしているのか俺には分からない。俺と同じように欠伸を噛み殺しながら講義を受けているのか、そういう時は用意周到に午後からの講義しか入れていないのか、大学ではなく財閥グループの会社で欠伸する暇もなくインターンをしているのか。
     こうしていくつかのパターンを想像できるあたり、俺の方が奴に惚れているんだと思い知る。
    (まいったなぁ)
     俺は駅から少し歩いた所にある商業ビルを背に立っていた。日が辛うじてまだ登っている程度の時間帯。舗装された歩道の両端に植えてある木々にぐるぐる巻かれた物々しい黒い電線が光り始めた。暖色に見える白い光が枯れた木に灯り、点滅する。道行く人がスマホで写真を撮っている。俺もすぐそばの木を見上げる。ずっと見ていると目がチカチカしてきそうだ。
     約束の時間から15分くらい過ぎていると思う。思う、というのはスマホを持ってくるのを忘れたからだ。やってしまった。肝心なときに文明の利器が手元にないとは。
     風はないが、空気が芯から冷えている気がした。吐く息が白くなるのも時間の問題だった。うーん。薄着だったかもしれん。もっと防寒してくるべきだった、と俺は後悔する。厚手のグレーのパーカーに黒いブルゾンだけだった。これは秋の装いなのか? でも昼間はこの格好で充分だった。前を過ぎていく人を見たら女性だけでなく男性でも手袋をしている人がいた。寒暖差のばっきゃろーだ。商業ビルのカフェにでも入っていればいいのだが、スマホがないので面堂にそのことを伝えられないし、そのことでわざわざ電車を乗ってここまで来たのに会えなくなるのは嫌だった。 
     女の子相手なら絶対遅刻などしないだろうに、相手が男になると気が抜けるのか。それとも忙しいのか。いや、両方だな。うん。
     俺はブルゾンのポケットに手を入れた。

    * 

    「忘年会をしよう。面堂の金で」
    「なんで僕の金で、君と忘年会をせにゃならんのだ」
     寝室のダブルベッドで提案すると、面堂は少し眠たそうな顔で隣にいる俺を見た。言葉はツンケンしているが、口調は柔らかかった。
    「世は忘年会シーズンだよ」
    「クリスマスもまだじゃないか」
    「まぁまぁまぁ」
     俺はベッドの毛布にくるまる。寒いなら何か着たら、と面堂は言ったが聞こえないフリをした。
     クリスマスに野郎2人で過ごそうなんて、女好きの面堂が思うわけがない。俺とチョメチョメしようが、面堂は面堂だ。となると、会う口実は「男2人で忘年会」にするしかない。……しかないってわけでもないけど、俺が思いつくのはこれくらいだった。
    「今年も俺との出来事で忘れたいこといっぱいあるだろぉ。何回エッチしたよ。さっきもしたけど。それを綺麗に忘れましょうっていう会だよ」
    「その会をしたら忘れたことになるのか?」
     面堂は呆れた顔で俺を見た。
    「なるね。忘年会だから」
    「忘れたことにして、それでどうする」
    「来年もよろしくお願いしますってわけ」
     話しながらなんと切ない。俺は別に忘れたいわけではないのだが。とはいえ、ずっと覚えておきたい事なのかというと微妙ではある。そんなに綺麗な関係ではないからだ。
    「君が忘れたいなら、そうしよう」
     面堂はゆったりとした口調で言って、自然と目を閉じた。人間の本能だな。やっぱり、あれのあとは眠たいらしい。



    (さすがに言えんだろ。クリスマスに会おうとは)
     行事に敏感に反応するのは女の子だけと言われているが、そんなことはない。男も同じだ。というか、片思いをしている人間は、全員そう。言える関係なら楽だが、そうじゃないから、面堂を相手に線引きを間違えたくない。弁える人間でありたい。間違えたら、と思うと気持ちが暗くなる。
     気持ちが暗くなるのと反対に木々は相変わらずピカピカと点滅していて、歩道を歩く人が増した気がする。空気は相変わらず冷たくて、息は白くなった。
    「スマホで予報見た? 6時から雪らしいよ」
    「えーもうすぐじゃん。寒いから入ろ」
    「だよねー。女2人で見てもねぇ」
     2人の女の子が商業ビルに入って行った。おいおい。雪ってまじかよ。一体今が何時なのか教えてくれ。確かに、時間が経つにつれて底冷えする寒さになっている。
    「諸星」
     少し離れたところから控えめに呼ぶ声が聞こえた。声がする方を見ると、若者らしい紺色のスーツに冬物の黒いコートを羽織った面堂が歩道の人の群れを颯爽とかわしてこちらへ来た。なるほど、インターンだったわけね、今日は。
    「中に入っていれば良かったのに。スマホを見ていないのか君は」
     ビジネス用なのだろうか。襟元がすっきりしたステンカラーのコートだった。前が開いたコートから少し見える紺色の上着に白いシャツ、上着に合わせた同系色のネクタイが、まだ学生のはずの面堂によく似合っていた。
    「持ってくるの忘れた」
     あぁー、と面堂は呆れた声を出してから、走った際に上がった息を整えていた。俺は面堂を冷めた目で見ながら(まずは遅れてゴメンナサイだろーが)と心の中で愚痴った。
    「既読がつかないから、遅れた事に腹を立てて帰ったのかと」
     面堂は身体を少し折って息を整えている。
    「もしかして焦った?」
    「焦ってはいない」
     すぐに返事が返ってきた。焦っているから駅から走って来たんだろ、と思ったが言わないでおいた。面堂のプライドである。
    「俺が先に中に入ったら、お前が後からここに来た時に、帰ったと思われそうだったから……」
    「僕に会えなくなると思って、こんなクソ寒い日に外で我慢して待っていたのか」
    「お坊ちゃまがクソとか言うな」
     そーゆー言葉遣い似合わないよ、と話をはぐらかすと、面堂は黒い革手袋を外した。寒そうな俺に貸してくれるのかなと思ったら、自分のコートのポケットにしまった。
    「ケチだなー。俺の格好見て可哀想とか思わんかね。御曹司殿は……」
     文句を言っている途中で、面堂の白い手が俺の両手を握った。
    「………え、何してんの?」
    「恐ろしく冷たいな」
     面堂の手は温かい。
    「いやいや、男同士がこんなね、手繋いでも」
     人肌で握ったらすぐ温かくなる、と面堂は言った。自分の手が小さいと思ったことはないが、面堂の色白の手にすっぽり握られると、俺は自分の手が小さくなったように感じる。でも本当は小さくはない。男同士だし、差なんかない。それでも、面堂の手が大きいと思ってしまう。こういうところだ。俺の方が好きになっていると自覚する場面は。
     自分の体温が上がっていくのを感じて、少し焦る。目の前にいる面堂の顔が見られず、顔を反らした。
    「み、店に入った方が遥かに暖かいから!」
     と言うと同時に周りから「わぁ」と、ふんわりした歓声が聞こえて、なんだろうと思ったら俺の視界に粉雪が、ふっ、と舞い降りた。歩道にいる殆どの人が空を見上げていた。面堂も、俺の手を握ったまま空を見ていた。
     都会で降る初めての雪には、みんなわりと好意的だ。「やだー寒ーい」と言う声が聞こえたが、どこかはしゃぐトーンがあった。
    「初雪か」
     面堂もなぜか機嫌が良さそうで、街に少しだけ降る粉雪の景色を見ている。木々のイルミネーションの暖色の灯りと、芯から冷える空気と、空から降ってくる粉雪が美しかった。そこに面堂がいることも。
    「まさか君と見るとはな」
     面堂はそう言って、空を見上げて少し笑った。なんだか子どもみたいに嬉しそうで、白い息が見えた。
     スマホってダメだな。
     あったら何でもできるけど、持ち忘れたら面白いくらい何も出来なくなる。地図もコンパスも時計も電車の時刻も全部スマホに入っているから、代わりになるものを持っていない。いまカメラがあったら、俺は間違いなく写真を撮っていたと思う。そのうち消えてしまうであろう、瞳に写るこの男を忘れないように。時を刻んで。
    Tap to full screen .Repost is prohibited

    伊吹⛰️

    DONE面あたアドベント参加作品です❄
    日にち感覚がズレていて遅刻してました!🙇
    忘却 約束できたことが奇跡に近かった。
     普段は、お互い都合がいい時に連絡をして、主に俺が面堂がひとりで暮らしているタワーマンションに向かう関係だ。夜に到着し、夜更けを面堂のマンションで過ごして、朝になったら俺は電車で帰り、眠い目をこすりながら大学の講義を受ける。面堂はどう過ごしているのか俺には分からない。俺と同じように欠伸を噛み殺しながら講義を受けているのか、そういう時は用意周到に午後からの講義しか入れていないのか、大学ではなく財閥グループの会社で欠伸する暇もなくインターンをしているのか。
     こうしていくつかのパターンを想像できるあたり、俺の方が奴に惚れているんだと思い知る。
    (まいったなぁ)
     俺は駅から少し歩いた所にある商業ビルを背に立っていた。日が辛うじてまだ登っている程度の時間帯。舗装された歩道の両端に植えてある木々にぐるぐる巻かれた物々しい黒い電線が光り始めた。暖色に見える白い光が枯れた木に灯り、点滅する。道行く人がスマホで写真を撮っている。俺もすぐそばの木を見上げる。ずっと見ていると目がチカチカしてきそうだ。
    3340