バームクーヘンむしろ配る男「それではお先に失礼。」
一足早く昼食を終え、先に席を立って自分の執務室へと戻ろうと廊下に出た、その時。
廊下にアオキが佇んでいるのに気づき思わずオモダカは眉を寄せる。
「……アオキ。お疲れ様です。今日は珍しい時間にいるんですね」
「お疲れ様です。少し事務方に届けなければいけないものを押しつけられたので……ところで、あなたが結婚したとかしないとかいう声が聞こえましたが」
「聞いていたのですか?」
思わず一瞬目を泳がせる。別にオモダカ自身に探られて困ることはないものの、本人に聞かれたくはない話をしていた自覚はある。
とりあえず彼を見返して冷静に事実を告げる。
「……あくまでもチリが見た夢の話です。現実の話ではありませんよ?」
「ええ。それが現実の話であれば自分なら結婚式の当日まで待たずに相手を黙らせた上で貴女を閉じ込めますので」
「止めなさい。そんな予定はありません。」
チリに問われておそらく、と付けたのは絶対にそんなことするような人間ではないと断言出来ないこういうところのせいだろう。
流石に本気でしないとは思うが……いや、そもそもそんな状況になりそうな危険なことをするつもりはないのだが。
「ちなみにチリの深層心理に残るような何かをハルトくんにしたということは」
「全く、何も、一切、そんなことはありません。彼を巻き込まないように。」
彼はパルデアの未来を担う大事な存在だとは思うが、恋愛的な視点から彼を見たことは一度たりともない。それならまだポピーを貰ってもらう方が現実的だろう。いや、ネモもボタンも気に入っているらしい彼にわざわざポピーを宛がう予定はないが。
呆れてアオキを見ていると、彼は視線を逸らしてぼそりと言う。
「いっそ、自分と結婚してしまえばいいのでは?」
「……は?」
彼の言葉に思わず眉をつり上げる。
「本気ならせめてもう少し場所とか雰囲気とか色々と考えて下さい。」
そんなリーグの廊下で思いつきで言われても。別にドラマティックに求婚されたいとか思っている訳ではないが、流石にその言い方では感慨も何もあったものではない。
「その辺を考えれば受けてくれるんですか?」
「まぁ今のところ結婚などする気はないのですが……その時と場合によります。」
「そんな関係になるなんてありえないとか、そう言って断るつもりはないんですね。」
「……ありえないと思うような相手が近付くのを許す趣味はないです。」
実際のところ結婚を意識なんて一切していなかったが。もし誰かと結婚するということになるのなら、相手はアオキがいい、と思う程度には彼のことを好ましく思っている。自分から本人に言うつもりなどないが。
「……そうですか。」
呟くようなアオキの声に、少し頭が冷える。
冷静に考えるといつ誰が出てきてもおかしくない廊下でする話ではない。オモダカはアオキから目を逸らし、踵を返す。
「では、私は仕事に戻りますので。」
そう言って自分の執務室へと戻る。逃げるように。
アオキから返事がないことにも気付かないまま。