第11回 「束縛」 捕まった後に男はこう言った。彼を一目見て、衝動がむくりと首をもたげた。抑えきれなかったんだ、と。
男の処遇をブラッドリーは知らない。ただ、魔法使いだって条件さえ揃えば人間に負けることもあるのだと学んだ。それだけだ。
ぞわりと肌が泡立って、ブラッドリーは反射的に首元に手を伸ばした。
まただ。ここ数日、外出するたびに肌をじっとりと舐められているような不快な視線を感じていた。立ち止まってきょろきょろと眺めても、姿が特定できないのもまた同じ。このあたりは長い間親父の縄張り下にあるが遂に狙うやつが出てきたということだろうか。親父を石にする材料を探ってやがる?
否、と自分でそれを否定する。仮に俺なんかを人質に取る策を講じるような魔法使いが動いているなら親父が知らないはずがないだろう。北の国は魔法使いに頼って生きる人間も多い。このあたりでは面倒を見てやる代わりに、見知らぬ人物を見かけたらずぐさま子分たちが親父に報せにいくこともその対価のひとつだった。
だとしたら狙いは俺か? 何のために? ブラッドリー自身、自分で言うのもなんだが今は石にされたってなんの徳にも足しにもならない程度の魔力しかない。そのくらいのことは理解している。最近は誰かに恨まれるようなことをしでかした覚えはないし、そもそも好意や殺意のこもった視線はもっと種類が異なる。こんな気持ち悪いものじゃない。
「あ、あのう……ベイン家のブラッドリーさんですよね!」
「っ、ああ? それがどうし――がっ!?」
自分が北の魔法使いだからこそ、強さへの渇望が勝ってその可能性に気づきもしなかった。
頭上からかけられた女の声に気をとられ注意が疎かになった瞬間、頭に衝撃が走った。脳が揺れ世界が回る。あれよあれよという間に数人の力でずるずると路地に引っ張りこまれ、首と手足に何かを巻かれた。拘束具だろうか。
革靴がゆっくりと石畳を叩く音がして、ブラッドリーの前方にいた一人が脇に寄る。初老の男の声が響いた。
「ああ、やっぱり僕の見立てた通りだ。赤にして良かった」
本当は僕が巻いてあげたかったのだけど、と顎を掴まれ無理矢理視線を合わせられる。身バレ防止の為だろう仮面の奥で沼地のような瞳がうっとりと細められた。もう一方の生温い手で首元を撫でられている感触に身震いがする。にちゃ、とした唾液まじりの言葉が男の歪みを強調していた。
さてはあの女もグルか、とブラッドリーが気づいたところでもう遅い。
「趣味悪いな、《アドノポテンスム》!」
怒りをあらわにいつものように呪文を唱える。魔法さえ使えればこっちのものだ。
けれど、魔法は発動しなかった。魔道具や呪文を必要としない軽いものでさえ。
初めてのことに狼狽えた。どうして、と思わず男を睨んでいた視線が泳ぐ。
「ふふ、抵抗しても無駄だよ。なにごとも備えは大事というだろう?」
では手筈通りに、と周りのやつらに指示を出す男の声がどこか遠くに感じる。何度小声で唱えても呪文は魔力を伴わない。腕力で解決しようにも既に手足の自由はなく、頭から麻袋を被せられたブラッドリーはされるがまま運ばれるしかなかった。