ティータイムは贅沢に「……」
「……」
「……アオキさん、」
「? はい、何でしょう」
「チリちゃんな、このくっそ暑い中の視察で喉カラッカラやし身体の中めっちゃ熱籠っとるしでアイスコーヒー頼もうと思っとってん」
「ああ……まぁ、その気持ちは解ります」
「せやろ!?せやからメニューは軽く摘まみたい軽食やったり、良い感じにサラッとさっぱり食べれそうなデザードでも合ったらええんやけどなって思うて見とったんやけど……これ、ここ!見て!?」
自身の手にしっかりと握られたメニューをくるりと反転させ、チリは今まで自分が見ていたページを彼――正面で静かに耳を傾けているアオキへと見せつけるように突き出す。机に立てられたメニューを片手で倒れないように支えながらも、ぐっと身を前のめりに乗り出し、メニューの中で写真付きで紹介されていたある一文を熱量いっぱいに黒色の皮手袋を纏った指先で示してみせた。
「これは……3Dラテアート、ですか?」
「そう!それや!」
「……成る程、理解しました。貴女はここの写真に載っているウパーの姿に惹かれてしまった、という訳ですか」
「せやねん……、こんな可愛いウパーが乗っとる飲み物を頼まん訳にはいかへんやないですか!……汗だくなのにホットなんて飲んだら死んでまいそうやけど、四天王の一番手、じめんタイプ使いのチリちゃんがここでウパーのラテアートをスルーするなんて事……ッ出来るはず、な――」
「チリさん、これアイス対応もされてるらしいですよ」
「……へ!?アイス!?……ラテアートって冷たくても出来るん!?」
片手で握り拳まで作り、後の視察はアオキさんに頼んだで、と言わんばかりに熱弁していたチリだったが、アオキからの思いもよらぬ指摘に普段から大きく落ちそうな印象さえも与える唐紅色の瞳をより見開くと、慌ててメニューを自分の方へと翻して食い入るように覗き込む。そこには確かに“夏場はアイス対応もさせて貰っています”と一言添えられており、まるで死地にでも行くのかと言わんばかりであった表情もすっかりと緩み、「せやったらこれにするわ!」と漸く注文は決まったようだ。
「では、自分はアイスコーヒーで」
チリに続いて自身の希望を述べるアオキであったが、そう告げると同時に目の前のチリはメニューを開いたまま小首を傾げて彼を見据える。
「え、アイスコーヒーでええんですか?」
「ええ、昼食もしっかりと昼間に取りましたし……デザートには惹かれる物もありますが、今日は特にはいいかなと」
「いやいや、ちゃいますよ」
「……? 何がです?」
「3Dラテアート、ムックルもラテアートの一覧に入ってんで?」
「!」
表情の解り難いポーカーフェイスが乱れ、彼の武骨な指が伸びチリの持つメニューを搔っ攫っていく。アオキの前にももう用済みと化した彼用のメニューが置かれているのにも関わらず、咄嗟に手が伸びてしまうほどには寝耳に水だったのだろう。
「確かに写真には載ってませんでしたけど、対応ポケモンの一覧のとこ。そこにあるでしょ、ムックルの名前」
「…………対応ポケモン……、ニャオハ、ホゲータ、クワッス、ハネッコ、パモ、ホシガリス、ウパー……――ムック、ル」
「ほらな? チリちゃんの言うた通りやろ?」
「……はい、完全に見逃してました。写真掲載こそされてないのでどういった出来になるかは想像出来ませんが、他の見本写真を見るにきっとクオリティは中々な筈……あ、」
「ん?」
おしぼりの袋を一つ手元に引き寄せ、チリが黒色の皮手袋を手首の釦から外して抜き去ろうとしていると、メニューを見下ろしていたアオキがふと声を上げる。片手の指先をいつものように引っ張って引き抜こうとした矢先だったためそのままの姿勢で彼を見上げると、メニューに隠れていた顔が丁度良く露となり、そのメニューはというと彼の手によって机にぱさりと広げられていた。ある一ページが開かれたそこにチリも思わず釣られて視線を落とすと、彼の指が流れるように紙の上を滑り、ある一点を指差してぴたりと止まる。
「ここ、見てください。ティータイム時限定、ポケモンをモチーフとしたデザートプレートをご用意しております、だそうです」
「えっ!それって、」
淡々とした口調でメニューに書かれた文章を読み上げるアオキの指先を追い掛けながら、思いもよらぬ内容にくしゃりと乱れた手袋をそのままにテーブルへと手を付き、チリは身を乗り出して食い入るように続きの文を視界に捉えようと半ば睨むかのように唐紅色の瞳が力強くメニューと睨めっこしていて。そんな彼女へと視線を上げて一瞥すると、恐らく彼女が考えているのは自分と似たようなことなのだろうと険しいくらいの表情から悟ったアオキはまたメニューに視線を戻して続きを読み上げていく。
「対応のポケモンは日替わりで、プレートの内容はケーキ一点にアイシングクッキー数枚と季節のフルーツが添えられているようですね。ここに例も載っていますが……、ムックルだと黒ゴマとパンナコッタのムースケーキ、マンゴーソース仕立てともっちり粒あん大福と書いてあります。ええと、ウパーは……」
「ウパー、ウパー……あった!ええと、ウパーはブルーベリーたっぷりのチョコレートタルトに……ドオー型ミニエクレア付きやて!?えっ、今日何曜日でしたっけ!?」
「今日は……」
そう言ってアオキがロトムフォンを取り出す前に、チリが大きめな声で呼び出したロトムフォンが伝えた曜日は“木曜日”。二人揃って視線がメニューに落ち、木曜日に記載されたポケモンの名前を辿っていくと――。
「木曜日……パピモッチ、アマカジ、ムック……あ!ムックル入っとる!ええと、それからカヌチャン……あ、」
「ウパー……入ってますね、どちらも」
「……」
「……」
二人してほぼ同時に顔を上げると、互いに恐らく考えている事は同じなのだろうと悟り、誰に聞かれているという訳でもないのにアイコンタクトを交わし合う。トントン、とチリがメニューのデザートプレートを指先で指し示すと、アオキは顔の前で手を組んでテーブルに両肘を付き、まるで覚悟を決めたかのようにこくりと一つ頷いてみせた。
チリの細く、長い手がすらりと伸ばされ、続いて店内に彼女のよく通る凛とした声が響き渡る。
「すんませ~ん!注文いいです?3Dラテアートをアイスにしてもろて、デザートプレートとぞれぞれ二つずつ。ポケモンはウパーとムックルで、……あ、砂糖もミルクも無しでええです。以上でお願いしますわ!」
まだまだ、この後に残っている山積みの仕事がアオキの脳裏を掠めるものの――。静かに首を左右へと振り、たまには良いだろうと余計な思考には蓋をして、自分そう納得させるのだった。