取り壊しが決まった九龍城砦についに立ち入ることができなくなってから、洛軍は信一が買ったばかりの古くて狭いビルの2階の隅に寝泊まりしていた。
少し前にここからやや離れた地区にある理髪店に何とか雇ってもらえて、今はまだ掃除しかさせてもらえていないが、来週からは道具の手入れを教えてもらえることになった。少し浮き足だった気持ちで帰途を歩いて、屋台で適当なおかずを買って、元々ビルに打ち捨てられてあった木箱をテーブルがわりにしパイプ椅子に座って、それらを素早く平らげた。外で車が行き交う音以外は何も聞こえない。信一がいつか夢見ていたカラオケ屋に改装するには狭そうだが1人で間借りするには広すぎる空間の中に、洛軍のげっぷの音が響いた。
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