夏五 プリクラ「俺もプリクラ撮りたい」
悟坊っちゃまがそのようなことを言い始めたのは、硝子が歌姫と撮ったというプリクラを見せてくれたからである。否、正確には見せてくれたのではない。悟が見たい見たいと騒ぐので渋々見せることになってしまったのだ。(この図体で騒がれるともはや災害である)
「五条、撮ったことないの」
「だって俺んちアレだし」
「悟は撮る友達もいなかったからね」
硝子がニヤリと笑い、隣の悟はムと傑を睨む。
「大体男は撮らねーじゃん、普通」
「出た、それは男女差別だよ、悟。これからは男だってプリクラ撮る時代がくるかもしれない」
「ハイハイ、それってフェミニズム?俺正論嫌いなんだよね」
はいは一回などと母親のようなことを言うもんだから、悟は傑を小突いてやった。
「てかさ、夏油はあるんでしょ?」
「ん…まぁ…」
ふい、と露骨に目線を逸らす。
「なんだよ言えねーやつかよ」
傑クン、なんだネ見せてみたまえよ、などと茶化しながら悟がにじり寄ってくる。硝子は茶化しさえはしないが、ニヤニヤと煙草を口の端に咥えたまま、止めるでもなく特等席だとでもいうように一歩分椅子を近くに寄せた。
「いやそんなことはないけど今は見せたくはないかも…」
「かー!やーらし、んな、他人に見せれね〜プリクラがあるかよ」
「中学の時のだから嫌なんだよ、若気の至りというか」
「若気の至りって私ら高校生じゃん」
傑は大きく一つ息を吐き、スクールバッグの中をガサガサと探る。いつも2人分の荷物が入っているスクバは物で溢れかえっていて、探し物に不向きだった。やっとのことで見つけ出した手帳代わりの小さなノートの最後のページにそれは貼ってあった。
ぼんやりした画質の傑は今よりも大分幼くて、髪も結ぶ必要のない長さだった。隣にいる女の子は一言で言えば元気、あと少し気が強そう、目はぱっちりとしていてかわいかったがどう考えても女の方が傑を気に入っているのがわかる、という感じだ。
「……うっわぁ……」
「ねぇ、見せろって言ったのそっちじゃん」
「まさかこんな堂々と貼ってると思ってなかった」
「いや、当時も最初は恥ずかしかったけど慣れちゃって。外してまた貼るの面倒だし」
「一緒に撮りにいったんだよな?」
「うん。撮りたいっていうから撮って、次の日にはクラスの女子がみんな一緒に出かけたこと知ってて怖かった。女子って怖いよね」
「ふぅん」
傑は事も無げに当時のこと話す。それが俺は何だか気に入らなかった。
「別に、その子と付き合ってたわけじゃないんでしょ」
「うん」
「え?!この状態で!?」
「いや、付き合ってないよ。本当に全然」
「なんで?」
「何でって、別に好きじゃないからね。言われてもいないし」
「…………もしかして傑ってめちゃくちゃ鈍感だったりする?」
「どうだろ、人よりちょっと楽観的ではあると思う」
呪術師なんかやってるし、傑は小首を傾げて少し笑った。このプリクラの彼女に同情する。
「見る限りその女の子が傑のこと好きなのなんて明らかじゃん。気が付かなかったの?」
「え、そうなの?なんで?」
「恋愛に疎い俺でもわかるわ、なんで気づかないんだよ」
「いや、女の子って本当によくわからないよね」
「はぁ……」
「あ、でもこの子は本当にちょっと苦手だったな」
「……なんで?」
傑はうーんと少し悩んだ後、やっぱり何でもないと言った。傑が話したくないなら無理に聞き出すことはしたくなかったから俺はそれ以上何も言わなかったけど。硝子はわかるわ〜とだけわかっているのかわかっていないのかわからない相槌を打って離れていった。
「俺たちはこの前撮りましたよ!」
「まぁ…そんなところです」
驚愕。灰原と七海はプリクラを撮っていた。
「えっ、じゃあ俺だけマジで仲間はずれってこと!?」
「悟、私たちしか友達いないしね」
「うるせえよ」
「5日間地方で任務に当たった時、駅のゲーセンで…」
「これとか七海、ピースしてますよ」
「灰原、見せないくていい」
どれどれと覗き込んだ傑がダハー!と大笑いする。いつも飄々としているのにこういう時は豪快に笑うのが夏油傑という男だった。悟は傑が豪快に笑うところがなんだか好きだった。
署名か?と思うぐらいの達筆で七海、灰原の文字(なぜかヒョウ柄でアンバランス)。プリクラの加工の灰原の目は元々大きいが1.5倍になり、その横で同じような加工をかけられたもはや別人のピース姿の七海がいて、悟もやっぱりダハー!と笑ってしまった。七海は始終不機嫌だった。
お金を入れてね!と言われるので言われるがまま400円を投入する。指示に従ってればそれでいいから、と言うので、ほーんそんなもんか、と思いながら画面の指示に従っていく。流行りの曲を流すプリクラの狭いカーテンの中で、でかい男が2人。異様である。こりゃあ男同士でプリクラって、よっぽど正気を失ってなきゃ撮らんわなと悟はしみじみ思った。ごめん傑。心の中だけで謝っておく。
「加工を選んでね」
「どれにする?」
「普通」
「美白にしちゃお」
美白、の選択肢をタッチする。
「知らないよ、顔と髪が同化しても」
「しませーん」
ポーズを決めてね、と女の子の声で機械が言う。思ったより時間はあるらしい。
「ポーズなんか知らねえ〜!経験豊富な傑くん、女の子にするやつ俺にやって」
「あのねぇ悟…人をヤリチンみたいに言うのやめてくれる?」
ぐい、と体を引き寄せられる。うわ近い、と悟は目を泳がせた。傑はそんなことは気にならないらしい。
「…悟は恥ずかしがり屋だね」
耳元で囁かれる。茶化さなきゃ良かった。
別に恥ずかしいわけではないが、男二人で狭い撮影ゾーンに密着して顔を寄せ合ってもなにも楽しくはないのは確かだ。傑が嫌とかでなく一般論として。
画面の中の女の子を真似て首を傾げる。これでいいのか?とちらと横を見ると、傑の顔が近づいて来た。えっちょっと待てよ。これはもしかしてあれか。あれなのか。
悟は慌てた。慌てている間にも傑の顔は迫ってくる。後ろはカーテンで、逃げる場所はどこにもない。
「はい撮るよ!3・2・1……」
たのむからせめて目は閉じてくれ!と祈るような気持ちになった瞬間、カシャシャシャシャカシャシャ、とけたたましい音が鳴った。傑から体を離すが時既に遅し。明らかに男二人でキス寸前、といった写真が画面に残された。
「おい!傑!!なんでこんなところでちゅーしてんだよ!」
「え?したかったから…でもしてないよ?未遂」
しれっと言ってのける傑。悟はそれに心底引いた顔をした。
「正気か……?」
「うん」
いや、うんじゃねーよ……。とドン引きしている悟に構わず、カーテンをめくってさっさと移動して傑に、はいこれ描いてとらくがき用のペンを渡される。ここでも男二人でぎゅうぎゅうになりながら、何だかわからないネオンペンだのぷっくりペンだの何だのでらくがきをした。そしてかなりの時間をかけて一枚のらくがきを完成させた。完成したのはハートまみれ『LOVE♡』の文字。その下に『さとる♡』『すぐる♡♡♡』と描いてある。それをドヤ顔で見せられた傑は目を丸くしたあと腹を抱えて笑った。
一枚だけキス寸前のプリクラには何もらくがきをしなかった。いろいろ思うことはあったがもうどうでもよくなっていた。
前言撤回、男二人でプリクラを撮っても普通に楽しい。
「おまえの顔、意外と整ってんのな」
「そう?」
「うん」
「まぁ私、悟よりモテるしね」
「褒めてやったのに当たり前みたいに言うのやめろよ、ナルシスト?」
ふっと息をかけて前髪を揺らす。馬鹿。傑の顔面は普通にイケメンだった。まじまじと見たことがなかったので、モテると聞いてもどこか他人事だったが、傑もモデルであれば、もしかしたらスカウトされてたかもしれない。そんなレベルだ。しかしそれをわざわざ言うのもなんだか悔しいので、ぐっと押し黙る。そして二人で肩をくっつけながら帰路についた。
「いや〜楽しかったな!」
帰りの電車で悟は満足そうに笑いながら言った。傑もまぁそこそこに楽しかったので素直に頷いておく。
「また行こうよ」
その言葉に、おう!と答える。
そして電車が走り出してすぐにすぐに悟はうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
「寝るな」
そう言って傑に肩を軽く殴られた悟は目を擦った。
「ふぁぁぁ……あ〜ねみぃ……」
「じゃあ私起きてるからちょっとだけね」」
あくび混じりの返事をする悟は、そのまま頭をかくんと自分の肩によりかけさせて目を閉じた。結局降りる駅につくまで悟が起きていたことはない。高専の最寄り駅に着いた時にはもうほとんど夢の中だった。