もうすこし、しゃべりましょ 満員電車から駅のホームに吐き出され、アーサーはほっと息をついた。冷えた夜風が頬を撫でる。日本の冬だ、とアーサーは考える。地元であるロンドンの刺すような寒さではない、どこか温和な冬。
改札を通り、夜の街を歩き出す。半月が夜空の向こうへ消えていく頃合いだった。持ち慣れたはずのビジネスバッグはひどく重く、職場で一日中酷使した脳はどこかぼんやりとしている。夜道を機械的にたどりつつ、家路につく。手癖のようにコートのポケットからスマホを取り出して、チャットアプリの画面を呼び出す。一番上にある名前をタップして、打ち込む。
「駅着いた」
「おかえりなさい」
すぐさま返された一文に、アーサーはようやく頬を緩ませた。疲弊しきって熱を持った思考回路にあたたかな慈雨が降るような感覚だった。
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