ソロモンはクローゼットから取り出したばかりの、丁寧に整えられた衣装を眺めていた。赤と黒を基調とし、金色の装飾が施されている『魔王の礼装』。皆との日々を過ごしていく中で唯一ソロモンのために作られていない、特別な衣装だった。オーパ山の小屋にしまい込まれていたそれはソロモンへと受け継がれ、彼がソロモン王であることを知らしめる目印になっていた。
「懐かしんでいるのかい?」
「……バルバトス」
こっそり眺めていたことは、どうやらまだばれていないらしい。俺が近づくと、彼は手元の衣装に視線を戻していた。
「またこれを着る機会もあるのかなって……考えてたんだ。これってメギドラルでの正装みたいなものだから」
「正装……。戦装束だから、メギドラルにおいては間違いじゃないか」
彼がこれを着たのは、この服が発見された時と彼が議席に参加した時、おそらくこの程度だろうか。確かにソロモン王の正装ではあるにしても、彼のそのままのいで立ちがソロモン王として認知されているからわざわざこの服を纏う必要はないのだが。
どうして彼がこんなことを言いだしたのか。これはただの勘だが、期待をしているのではないだろうか。この服は彼にとってもソロモン王にとっても大切なものだし、彼自身もこの服装を気に入ってるように見える。
「戦争……を始めるのは俺の趣味でも担当でもないから。俺が舞台を作ってあげようか」
「舞台を作る?」
「ああ。ソロモン王の伝承を君が体現するんだ。物語があれば、そこに人が集う。歌や曲に脚本もあれば、演劇にだってなるだろう。君が主役の舞台ってことで、どうだい?」
「そ、そんなに大げさにしなくてもいいかな……。主役になりたいわけじゃないし」
そう話してから、また衣装に視線を落とす。
「……これを着るとしたら、次はどんな時なんだろうなって考えてたんだ。平和な時だったらいいんだけど」
期待もあるが、彼は不安だったのか。これを着ていた時に問題が起きたこともある。だがそれは彼のせいじゃない。そもそもが戦装束であるとはいえ、今のこの服着て戦地に赴くことはほぼないだろう。彼が心配しているのはそういう事ではないだろうけど。
「大丈夫だよ。少なくとも頼りになる面子が着いて来てくれるさ」
「ああ。……そもそも危ない時に着るって決まってるわけでもないし」
「そうだな。次も俺が君の傍に居るよ、それだけじゃまだ不安かな?」
いつものように、すこしキザに。彼を和ませるつもりの軽い冗談だ。まあ冗談だけではないけど。ほんの少し呆れた彼がありがとう言って、さらっと流してくれるだろうと。
「本当?じゃあ大丈夫かな。ちゃんと一緒にいてくれよ」
そう思っていたのに、嬉しそうに輝いた目をこちらに向けてくるものだから。この天然ものにはいつも悩まされている。さらに、とんでもない約束をしてしまったのかもしれないという事にも思い至る。いつものメンバーならまだしも、それ以外の面子で同行する時に俺の名前を呼ばれたら、どうなるかは想像できてしまう。
先のことより今のことだ、無言は一番良くない、平然を装って返事をしなければと頭を巡らせる。
「……とりあえず、しわになる前に戻しておいたほうがいいよ」
「そうだな。ありがとう、バルバトス。……そういえば、何の用事だったんだ?」
ちょうど君しかいなかったから声をかけた、とは流石に言えなかった。いつもなら言ってただろうけど、今だとボロを出していまいそうだったから。
「偶然ここに通りがかったら姿が見えたから、声をかけただけさ。気にしないでくれ」