始まりここは薄暗いバンカラ街の裏路地。同じバンカラ街でも表と比べたら別世界のように感じさせる。
そこに虎のような風格を纏う女が身なりがボロボロの少年を見つめ静かに佇む。女は口を開いた。
「……アタシと来い」
時は少し遡る。
「チッ…どいつもコイツも…」
静かにぼやきながらロビーから出てきたインクリングの彼女の名は「トラ」。
つい先ほど賞金稼ぎのためのバンカラマッチを終わらせたところだ。
「アタシと組めば楽に稼げるっていう魂胆が丸見えで嫌になる…」
(クソ親父みたいに利用されるのはもうご免だ…)
トラは自身の生い立ちを思い出し顔を歪めた。
「……一服」
トラはあえて人気のない裏路地に足を運ぶ。一人静かに一服しようと奥の方まで来たが何やら騒がしい。様子からすると何か揉め事が起こっているようだ。
「チッ、誰かいやがる…」
バンカラ街の裏路地では物騒ごとは日常茶飯事だ。トラは特に気にする様子もなくその場を後にしようとした。その時。
「や…やめて…ください…っっっ」
弱々しくも必死に抵抗しようともがく少年の声。
「…はぁ〜っ…」
なんつー世の中だよと思いながらトラは大きなため息を吐き、頭をわしゃっとしながら声のする方へ向き直る。
向かった先に見えたのは数人に押さえ込まれながらもジタバタと抵抗するオクトリングの少年の姿だった。
※
「ははっ!まさかこんなところにカワイイ顔した弱っちそうなヤツがいるなんてな」
「ガールかと思ったらボーイで残念だが少しは楽しめそうだな」
「おまえボロボロじゃねぇか 俺らを楽しませられたら恵んでやるよ」
「うっ...やめ...っ...はなっ...して...っ!」
男たちが少年の体を貪ろうとしたその瞬間。
「うぐぅっ?!」
「なっ、なんだお前っ!!ぐは...っ!!」
一瞬にして男たちは吹き飛ぶように倒れた。一瞬の出来事に3人のうちの一人は混乱しながら腰を抜かした。
「え...は...」
鋭い金色の目をギラつかせながら番長服をなびかせながら女が近づいて来る。
トドメを刺すかのように胸ぐらを掴まれた。
「失せな」
女とは思えない圧倒的な力と重圧なオーラに男たちは抵抗する気も起きず、猛獣に怯え逃げるように裏路地の奥に消えていった。
「あ...あの...ありがとうございます...」
少年はへたり込み、少し怯えながらお礼の言葉を述べる。
「............」
女は少年を見据えたまま黙ったままだ。
「あっ....お、お礼...ですよね...っ!でもボク...なにも渡せるものを持ってなくて...っ あの...ボクにできることなら何でも...!」
「黙れ」
少年は必死に言葉を紡ぐも残酷に冷たく止められてしまった。助けてもらったのに怖くて泣きそうになる。
「お前、身寄りは?」
「へっ?あ...いません...ひ...ひとりです」
急な問いかけに少年は戸惑いつつも答えた。
「.................」
女はまた少年を見据えたまま黙ってしまった。
(こ...怖い...)
少年は恐怖と気まずさから沈黙の時間がとてつもなく長く感じた。
女が口を開く。
「お前、自由になりたいか?」
「...じっ...自由...ですか?」
突然の問いに思考が固まる。このインクリングの言いたいことがよく分からないし、理解が追いつかない。が、自然と口が開いた。
「...自由に...なりたいです」
「...ならアタシと来い。自由にしてやるよ」
そう言いながら女は手を差し伸ばしてきた。出会ったばかりで名も知らない、ましてや怖いインクリングについて行くなど普通は考えられないだろうと思ったが、手を差し伸ばす彼女の顔を見たらそんな考えは消えてしまった。
暗がりの裏路地。その中で金色に輝く真剣な瞳の中に憂いを覗かせた表情に少年は目を奪われ、体が自然と彼女の手を取っていた。
〆