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    Komori_4_4

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    Aiden L Baily に関する文章。

    ***


     Aiden L Bailyにはトラウマがある。

     彼はずっと、ひとりの女の子に恋をしている。明るく朗らかで可愛らしい、身体は小さくとも芯のある素敵な女の子。幼い頃から仲良しで、友達から恋人になるのはそう難しいことでは無かった。
     彼のミドルネームは「Liam」という。両親が功績のある親戚の名前からとってつけたものだ。勇敢な守護者という意味を知った彼女が、ぴったりだと言って呼び始めた。他に呼ぶ人は誰もいない。
     16か17か…身体も大きくなって、嫌々ながらも続けさせられている訓練のおかげで彼が強くなった頃、二人で出かけた先で、とある事件があった。当然彼は彼女を守ろうとしたが、映画のヒーローのようには出来なかった。
     目が覚めるとそこは病院で、自分の身体は傷だらけ。特に左頬が痛かった。しかしそんなことよりも彼女のことが気になった。付き添ってくれていた兄に聞けば、同じ病院にいると言う。病室を飛び出し駆けつけた。
     彼女は脚に大きな傷を負っていた。もう歩くこともままならない。眠っている顔色は白く、エイデンは自分の無力に打ちひしがれた。

     目を覚ました彼女は、泣いている彼を見つけて言った。
    「リアン、生きてる。良かった。傷が痛むの?大丈夫?」
     傷なんて痛くなかった。謝ることしかできなかった。

     それから、彼女の傍にはいられなくなった。また守れないかもしれないことが怖い。自分では守る自信が無い。もっと頼れる人を見つけて欲しい。彼女ほど魅力的ならすぐに見つかるはずだ。逃げるように日本への留学を決めた。

     彼女から手紙が届く。連絡先は何もかも変えたのに住所だけは兄が教えてしまった。
     一通も開けていない。
     届くたびに箱にしまっている。




    ***


     ずっと封を切ることの出来ていない手紙がある。読むことは出来ない。捨てることも出来ない。

     コトリ

     狭いアパートのポストに、手紙が投函される音が聞こえた。
     新聞はとっていないし、貧乏学生の一人暮らしの家に広告を送るような会社もなかなか無い。聞こえた音は固く、光熱費の請求書のようにぺらぺらと薄いものでもない。
     何度も聞いた音だ。
     もう、確かめなくてもなんとなく分かってしまう。固く丈夫なエアメールの封筒にしまわれた、数枚の便箋。
     エイデンは少しだけ逡巡し、その手紙を無骨な手で優しく拾った。

     くるりと返して宛名を見た。
     「Mr.Aiden Liam Baily」
     整っているが、どこか勢いを感じる筆跡。可愛らしい見た目に反して、あの子は中性的な文字を書く。
     エイデンは久しくこの名を名乗っていない。ミドルネームで呼んでいたのはこの送り主一人だったからだ。枝折なら知っているはずだが彼に呼ばれたことはなく、もしかすると忘れているかもしれない。
     それでもいい。呼ばれたらきっとあの子を思い出してしまう。今、こうして手紙を見つめて、表情が暗くなることを止められない。
     自分はあの強くて優しいお姫様に相応しくないのだ。

     結局また封を切ることは出来ず、箱の蓋を開けた。和菓子が入っていた箱だが、作りがしっかりしていて綺麗だったのでもらったのだ。その中には、これまで送られてきた手紙が何通も未開封のまま納められている。
     
     ピロン

     手紙をしまい、蓋を閉じようとした時、スマホが鳴った。LINEだ。
     差出人はアキラ。もう一人の友人とイルミネーションを見に行かないか、という誘いだった。
     スイスイと快諾の意を返す。イルミネーションや花畑に特別興味があるわけではないが、断る理由にはならない。
     大学やバイトで出会ったわけでは無く、出会いは実に妙だった。年齢も違う。だが接しやすく親切な彼をエイデンは気に入っていた。
     先日も二人で熱田神宮へと出かけたばかりだ。
     あの時は酷い目に遭った。主に辛そうだったのはアキラの方だが。
     血の気の引いた顔というのはまさにああいうことを言うのだろう。日焼けのしていない端正な顔立ちに華奢な体躯がそれに拍車をかけ、掛け値無しに人形のようだった。
     しかし彼はそんな状況で激しく、人間らしく叫んでいたのだ。

     変われないのは怖い、嫌だ、と。

     思い返すと耳が痛い。

     エイデンは怖がっている。
     何を怖がっているのだろう。

     自分が守り切ることができなかったあの子に責められることだろうか。
     いいや、そんなことをする子では無いとよく知っている。
     むしろ、責められないことが怖いのだ。
     自分は自分を許すことができないというのに、あの子の傍にいたくなってしまうことが怖いのだ。
     手紙を読んで、あの子の言葉を受け取ってしまったら、きっと自分は会いたくなってしまう。もう会わないと決めたのに。
     あの子を守ることの出来なかった自分ではない誰かと幸せになってほしいと願ったのに。

     大事な人のことをきちんと知らなくてはならない、と青い顔をした彼は言った。
     停滞する平穏を壊してでもそれを選びたい、と骨董屋の彼女は言った。

     エイデンは怖がっている。
     変われないことも怖いのだと、言われて気がついた。

     あの子を守れなかった自分のことが許せない。だからあの子から離れた。
     でもそれだけでは駄目だ。

     変わりたい。変わらなければ。

     弱くて情け無いままでいることの、なんと恐ろしいことだろう。
     
     本当はわかっている。
     傍にいたくないなんて嘘だと。
     自分が許せなくて、また同じことが起こることが怖くて、逃げているだけなんだと。
     だけど逃げてばかりでは何も変わらない。
     あの子のことも、自分のことも、向き合わなくてはならない。

     閉じようとしていた蓋を再度横に置いた。
     一番古い日付の手紙を手に取った。

     知らなくては。大事な人のことを。
     偽りの平穏を壊しても、大切なあの子の言葉を受け取らなくては。
     己を変える為に。強くなる為に。



     責めてくれたらいいと思った。
     そうすれば自分は心置きなく離れることができるから。
     そんなことあるわけが無いとわかっていながら、なんて我が儘なのだろう。

     封を切った。
     何通もたまっていた手紙を全て読んだ。
     あの子の文字を指でなぞった。

     忘れるべくも無いあの子の声が聴こえるようだ。毎日のように聴いていた他愛も無いおしゃべり。

     花が咲いた。映画を観た。レポートの成績が良かった。ケーキを焼いて失敗した。

     今度は向日葵を植えたい。あの小説が読みたい。この授業を履修したい。林檎のパイを焼きたい。

     そして、必ず添えられた、異国の地での暮らしを案ずる言葉。
     帰ってきたら一緒にやりたいことがあるという誘い。

     シャーリーは待ってくれている。
     こちらがどんなに離れようとしても、全く無視して傍にいようとしてくれている。

     我が儘だ。
     あの子も自分も。

     もしも強くなることができたら

     もう一度あの子の傍に行きたい。


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