【めでたしめでたしで笑うのは誰?(仮タイトル)】皆さんごきげんよう。
アタシはこのお話の主人公。
このお話の中に出てくる人物の中で、1番可愛くて1番美しいって設定を持つ勝ち組。
好きな食べ物はマカロン。
夢は王子様と結婚すること。以上よ。
現在のアタシは不幸な事にお母さんが死んじゃって継母がやってきた場面にいるらしい。
アタシ、自分の物語の流れを知っているの。
どうしてって?主人公だから。
継母がアタシを虐めて、床を磨けだの、皿を洗えだの煩いわ。
でもアタシは黙ってこき使われて虐げられているの。
ちょっと辛いけど、この先にとてもハッピーな事が待ってるって知っているから。
それは、フェル王子様との結婚式…!!
とってもイケメンで素敵な方なんですって。
お会いしたことはないのだけど、お話の設定が「イケメン」て言ってるからすごく期待しているの。
きっとこのアタシと釣り合うような美男子に違いないわね。
フェル王子様と結婚してめでたしめでたしするためにアタシは黙々と今床を磨いているのよ。
でもちょっと気になるのは、時々お話の設定が書き加えられているという点ね。
重要なところだとこの国の王族の設定よ。
この国の王族には呪いがかかっていて、昼は魔獣の姿、夜は人の姿になるらしい。
国王のゴン様は昼間はドラゴンの姿に。
第1王子のフェル様はフェンリルの姿に。
第2王子のドラ様は小さなドラゴンの姿。
第3王子のスイ様はスライムに。
昼間は獰猛な魔獣にされ、夜にしか人間に戻れないなんてあぁなんてお可哀想なの…。
でもきっと真実の愛が呪いを解くのよ。
つまり、フェル様の呪いを解くのはアタシということね!
フェンリルのお姿は怖いし野蛮だから、早く呪いを解いて差し上げませんと。
アタシの幸せのためにもね。
床を適当にこすって…何なら最後は足でやってたけど、それでもちゃんとお話は進むから大丈夫ですの。
キタキタ!
国で王子様の結婚相手を選ぶ舞踏会が開かれることになったわ。
継母と、その意地悪な娘達がそわそわしながら飛び跳ねているのを「モブが」と思いながらお部屋の掃除をしている。
はしゃいじゃって、可哀想ね。
選ばれるのはアタシって決まっていることなのに。
継母と意地悪な娘たちが着飾って城に出かけて行くと、アタシはロープで罠を作った。
魔法使いが出現するポイントは分かっているの。
案の定、一定時間が経過したら魔法使いが現れてまんまと罠にかかっていた。
何事も時短が大切ですものね。
アタシは魔法使いを脅して必要なアイテムを渡すととっとと馬車を作って貰い、綺麗なドレスと靴を出して貰った。
この先、結婚が決まっているとはいえ、早く王子様にお会いしたかったし、そのお姿を見てみたいわ。
正規の時間よりもかなり早めに支度を終え、アタシは城に向けて出発したの。
待っててねフェル王子様!!
パーティーは夕方からはじまっていて、アタシが城に着くと、ドラゴンのお姿のゴン様がちょうどスピーチをしている所だったわ。
まぁなんて大きなドラゴン…!
色が暗いし何か不気味で恐ろしいわね…!
フェル王子様と結婚したらアタシはこの城に住むことになる。
ゴン様にこのお姿で話しかけられたりしたら失神しちゃうわね…!
そして、ゴン様のお隣にいらっしゃるのが…!!
フェル王子様…!!
呪いのせいで今はフェンリルのお姿になっている。
あぁ、長い毛並みが美しい。
魔獣の容姿は恐ろしいけど大きなわんこだと思えばいけるかしら…、まぁ早く呪いを解いちゃえば良いわよね!
フェル王子様の隣には小さいドラゴンとポンポン跳ねてるスライムが。
あれは第2王子と第3王子ね。
この子たちも今日のパーティーで自分の結婚相手を探しているのかしら?
もしこの物語で絶世の美女であるアタシをこの子たちも見初めてしまったらごめんなさいするしか無いわね。その代わり姉になります、て伝えましょう。
ゴン様のお話がエンドレスで長いからなかなかダンスパーティーが始まらないみたい。
ゴン様ったら何か同じ話をエンドレスでしているわねぇ。
フェル様が「くどいぞ」とひと言。
それでスピーチは終わりになりましたけど、あんな恐ろしいお姿のゴン様にそれを言えるフェル様ってすごいのね。
お城の鐘が鳴って、夜の訪れを告げる。
鐘が鳴り始めるとフェル様もゴン様も2人の王子達も1度城の中に引っ込んだ。
「それではお待たせ致しました!これよりダンスパーティーを始めます。今宵はお近くの人と手を取り合って、お楽しみ下さいませ」
アナウンスの係の者がそう喋ると着飾った女性たちが競うように動き始める。
「フェル様!」
「フェル様は何処かしら?」
フェル様は先程お召し替えに行きましたのよモブさんたち。
だってこの城の王族たちには呪いがかかってますの。
先ほどは魔獣の姿でしたけど、夜になれば…!
キャーッと言う歓声とどよめきが人だかりの中から聞こえてくる。
アタシはサッと髪の毛を整えると胸を張ってそこに近づいていく。
あぁ、フェル様。
アタシの王子様。
呪いの解けたお姿はどんな感じかしら?
キャーキャー騒ぐモブさん達を押しのけて、人だかりの中央へ進む。
「……っ」
あぁアタシ。
どうしましょう、嘘をついてしまいました。
人の壁を越えて進むと、そこは眩しい光で満ちていましたの。
この世の中で1番美しい者はアタシ。
この世の中で1番可愛らしい者はアタシ。
…嘘でした。
ヒトの姿に戻った王族達を見た瞬間、あまりの輝きに言葉を失いましたわ。
人垣の先には予想通り、呪いが解け人の姿に戻った王族達がいらっしゃいました。
ゴン様は暗い鋼色のお髪に長いお髭の渋いおじ様のお姿に。
ダンディ…めちゃくちゃダンディですわ!
そしてその隆々とした筋肉!
国王様ですけれど、武将のようなオーラがありますわね!
あぁフェル様!!!!
白銀色の輝くばかりのお髪は腰くらいまでの長さでフワフワと揺れている。
ペリドットの切れ長の目が涼やかで綺麗ですわ。
スッと通った鼻筋、少し大きくてワイルドな口元は大人の色気を感じる。
少しお身体がガッチリしていらっしゃってて、正統派の王子様ではありませんが、これはこれでアリって思わせる美しさがありますわ!
あぁ、このお方がアタシのものに…!?
今からトキメキが止まりません…っ!!
第2王子のドラ様は朱のツンツンした髪の毛の元気な少年という感じの若王子様。
背は少し小さめですけど、きっとこれから成長期ですのね、将来は素敵な殿方になりそうな予感がしますわ…ウフフ!
第3王子のスイ様はあらまぁ可愛らしい!!
水色のまんまるした坊ちゃんカットの幼児でした!
小さいのにいっちょまえに付けたマントをズリズリ引きずっててふくふくとしたほっぺをピンク色にしている。思わず抱っこしたくなる愛らしさですわね…!
…なんてひとりひとり王族の皆様方を見ていたらモブ達が我こそは、とキンキン声でダンスのお相手を申し込んでいる。
「フェル様ー!ぜひ!この、ワタクシと!!」
「ゴン様素敵です!!」
「ドラ様、ダンスなどいかがでしょう?教えて差し上げますわ」
「きゃースイ様可愛らしい!抱っこさせて下さいまし!」
あらあら。
フェル様だけではなく幼い2人の王子までも狙っているお馬鹿さんがいらっしゃいますの?
淑女として恥ずかしくないんですの?
アタシはフェル様一筋の女ですから。
この物語の主人公で、世界で一番美人で可愛い設定の勝ち組。
これから決められた幸せな結末に向かって歩もうとしている…!
さぁ、選んでフェル様。
運命の相手はここに居ますわ!!
フェル様のペリドットの瞳が、一歩前に出て恭しくおじぎをしたアタシに向けられる。
さぁ、選んで!
「フェル様、アタクシは…」
お話で決まっている台詞を喋り出した、その時だった。
ん?
鼻を掠めたのはすごく美味しそうな料理の匂い。
…ナニコレ、嗅いだことがないくらい美味しそうな…。
「肉が焼けましたよ-!!皆さんおまちどおさま!」
その声は今居るダンスホールより遠くだった。
恐らく、中庭。
中庭には飲食スペースが設けられており、パーティーの出席者はそこで好きな食事を取ることが出来る。
勿論王族狙いのモブ女さん達はそんな場所には目もくれずここに大集合しているから、兵士や、モブ女さんのお付きの者たちが食事を楽しんでいるのだろう。
そんな遠くの方から聞こえた声だった。
たまたま風が吹いてて、それに乗って届いただけの。
「皆さんどうぞー!熱いですから気をつけて…」
「馬鹿新人!!空気読めよ!!」
「え?」
「今、王子がダンスをする相手を選ぶ大切な場面だろうが!!何が肉が焼けましたよ、だ!!そんな大きな声で!!」
「ひぇ。すみません!!」
あらあら怒られてますの。
でも当然ですわ。
アタシの大事な台詞を遮ったのですから!!
コホンと咳払いして改めてフェル様に。
「フェル様、アタクシは…」
『………行くぞ』
「え?」
フェル様はペリドットの瞳を一瞬大きく揺らして、そしてからスッと歩き出した。
大きな靴がカツンと石床を鳴らす。
歩み出したフェル様にゴン様もドラ様もスイ様もひとつ大きく頷いてついていく。
え?
え?何が……!?
フェル様はアタシの横を通り過ぎる。
1回もこちらを見ることなく通り過ぎる。
その足は進むべく方向を完全に捉えた歩みで。
カツンカツンと靴音が遠ざかっていく。
え……。
な、……なぜ………?
集まっていたモブ女達も突然のフェル様や王族達の動きにシン…となって、固まっている様だった。
『…そんなところにいたとはな』
背後からフェル様の声がしてハッと振り返る。
先ほど風に乗って声が届いた中庭の方だ。
一体何が?
アタシは金縛りが解け、慌ててフェル様の後を追う。
フェル様!
アタシはここですのよ!?
「え?」
ダンスホールと中庭の繋ぐ石の扉をくぐると、そこには信じられない光景があった。
ひとりの男がそこに居た。
使用人の格好をして肉の沢山乗った皿を持っている、きっと飯炊き係という身分の低い男だ。
それなのに、一体どういうことですの…!?
フェル様はその男に跪いている。
後から付いてきた国王のゴン様も、2人の王子もそれにならった。
「え?」
と男が戸惑う声が聞こえる。周囲の者も皆「え?」と、声を漏らしていた。
『お主をずっと探していた』
「えぇと…あ!肉!ですか?ダンスホールまで良い匂い届いちゃいましたか?俺の特製ソースで仕上げたんです」
「馬鹿新人!!王族様に口をきく奴隷がおるか!!」
側でお給仕をしていた男が、のほほんとした男の頭を下げさせようとする。
『そいつにさわんな!』
「ひっ」
第2王子のドラ様がお給仕の男を睨み、下がらせる。
『どんな姿になってもどんな世界になっても、我はお主を見失うことはない……』
「あの…」
『フェルおじちゃん、もーいい?スイ、ガマンできないよー』
『こいつ分かってねぇみてぇだけど、オレもスイに賛成する!』
『ふぉっふぉっふぉ、実は儂もじゃ』
フェル様は王族の方々を振り返り思い切り眉間に皺を寄せた。
『…我が終わってからだ』
戸惑う飯炊き係の男はフェル様が一歩踏み出すと、あの…と、先ほど怒られたからか小さく声を出し、困り顔をする。
『その皿の肉を貰おうか』
「は、はい!」
フェル様は男の手から皿を受け取ると、豪快にほぼ一口で肉を食べてしまう。
「え……」
男はポカンとし、周りで見ている者もポカンとしてしまった。
『あぁ……これだ!これがずっと食べたかったのだ』
フェル王子は近くのテーブルに皿を置き、自分を見上げるようにしている男に笑う。
『会いたかった……我が主、ムコーダ』
「え?何で俺の名前しっ………」
その後は声にならなかった。
フェル王子がムコーダを抱きしめ、その口に接吻をしたからだ。
『あ、フェルズルいぞ!!』
『うわぁぁ!スイのあるじ、いたの!!気配があったからもうすぐ会える気がしてたのー』
『ふぉっふぉっふぉ、灯台下暗しじゃあ!まさか自分の膝元にいたとはのぅ!』
「え?えっ?」
その後はもっと大変なことになっていた。
二人の王子がムコーダに抱きつき、後から来た国王様が跪いてムコーダの手の甲にキスを落とす。
「ひぇ…っな、何が……!?」
『こいつまだわかってねぇな』
『元々が鈍いのだから仕方あるまい。大丈夫だ。我がこの後床の中で思い出させてやる。お主が一体何者で誰のものなのかを』
フェル王子は逞しい腕でムコーダをかき抱くと、呆気にとられている国民達に向かう。
そして国中に届くような遠吠えのような大きな声でこう、告げたのである。
『全国民に告ぐ!我はこの者ムコーダを生涯の伴侶とし、永遠に続く愛を誓う!誰にも邪魔はさせぬし、反論も許さぬ!』
大きな声と、その告げられた言葉の内容に固まる国民達である。
しかし、国王が『めでたいことじゃー』と拍手するものだから、それにならって拍手をする。
パチパチ…とまばらだった拍手は波紋のように広がり、すぐに大きな歓声となった。
フェル王子はかき抱いたムコーダに向き直り、すぐにキスの雨を降らせる。
『お主を……ん、幸せにすると…っ誓う……!』
「えぇぇえ!?どういうこ……んっ!お断りしま……んんっ!」
『反論は許さぬと言った。断ることも…許さぬ!』
「何で俺……っ、ぁ、フェル、まっ…!……あれ?…………フェル……って……」
歓声が鳴り響く中庭の一角で、床に座り込み、呆然としている女がいた。
「どう…して?何で?……こんなの、お話が違うじゃない…!結末は……?アタシの約束された幸せな結末は何処に行ってしまったの……?」
石床に座り込んでブツブツと呟く彼女を、憐れむように見ながら、人が避けて通っていく。
この子もフェル王子狙いだったんだな、可哀想に、というように遠巻きに囁く声が聞こえた。
「アタシは世界一美人で、世界一可愛くて、この物語の主人公……?」
あぁ、と女は自身の手のひらを見つめる。
「そもそも、いつの間にか……アタシ、主人公じゃなくなって……ますわ……」
ぼんやりと呟く声が人々の歓声にかき消えた。
「驚いた」
思わず呟いて本をぱたんと閉じた。
「あのフェンリル…この世界線でもしっかりムコーダを選ぶとは!」
あらかじめ筋書きが決まっている在り来たりな童話に当てはめてみたが。
フェンリルは姫になる女ではなく、モブ中のモブの配役にしていたムコーダをしっかり見つけるのだった。
ムコーダだけではないか、あの従魔たちも。
自分の主である男を見逃さない。
どんな世界になっても、運命が決まっていたとしても。
魂同士が惹かれ合っている。
それほどまでにもう彼奴らの魂同士の絆が深いということか。
「いやはや、天晴れじゃあ!」
ふぉっふぉっふぉ、と笑い、ムコーダが供えてくれた酒とつまみを戴く。
小さな箱庭の中では、時が進んで、フェンリルとムコーダが笑い合い、結婚式の真っ最中らしい。
「……この世界はしばし残しておくかの」
この小さな箱庭は、世界に何かを創り出すとき、それがどう作用するか実験的に調べるためのもの。
何度も作っては消し、作っては消しする世界線なのだが、ムコーダたちの幸せそうな顔を見てたらもう少し話の続きがあっても良いかもしれないと思えた。
そしてそれは神の手を離れ、この世界の彼らが創っていくのだ。
「また後で覗きに行くかの」
主人公として頑張ってくれた女にもささやかだが祝福を。
取りあえず『めでたしめでたし』と書き込んで、また酒をひとくち。
グイッと煽ったそれは、甘くて優しくてまろやかな、ムコーダみたいな味がした。
おわり。