コウノトリを信じる「ゴ───ッティ‼︎」
船に怒声が響いた。ベッジの部屋の扉をシフォンが激しく音を立てて入ってくる。
「あんたァ‼︎ゴッティはどこだい⁉︎」
「……今、席を外しているが、一体どうした?」
ベッジは驚きつつ尋ねた。シフォンは怒りでぷんぷんしながら返事をする。
「ゴッティたら、ローラを泣かしたのよ‼︎話を聞いたら、ゴッティがとても素っ気ないって言うの‼︎私の妹を悲しませるなんて許せないわ‼︎見つけ次第引っ叩いてやるんだから‼︎」
そう聞き、ベッジは怪訝に思った。ゴッティとローラは先日結婚をしたばかりの新婚夫婦だ。ローラはゴッティの側にずっといて、ゴッティも嫁が可愛くて仕方ない様子で、傍目からも仲睦まじい熱々っぷりである。ゴッティがローラに冷たくしているところなど想像もできない。
しかし、慌てて後から部屋にやってきたローラのアイメイクは涙で崩れていた。本気で悩んで泣いていたようで、
「ちょ、ちょっと!シフォン……私は大丈夫だから!これは私たちの問題だから……!」
と鼻声で言う。
「しかしな、お前はシフォンの妹だし、ゴッティの嫁だ。身内の憂いごとなら、俺も力を貸せるかもしれん。話してみてくれねぇか?」
「そ、それは……」
みるみる赤面し、口ごもるローラ。「やっぱり私が……!」と怒るシフォン。
ベッジは一つ息をつき、
「なら、俺がゴッティに聞いてみる。男同士なら話せるものがあるかもしれねぇからな。それまでちょっと待っててくれ」
と席を立つ。
ゴッティとヴィトが共に船に戻ってきたところを、ベッジはなるべくシフォンたちに捕まる前に呼びつけた。
要領を得ていないヴィトとゴッティだったが、部屋の扉が閉まった時、
「近頃、ローラとは仲良くやってるか?」
とベッジがゴッティに尋ねた。強面のゴッティの顔がパッと緩んだ様子を見て、やはり不仲ではなさそうだ。ヴィトが、うへぇと舌を伸ばした。
「頭目やめてくレロ。こいつ口を開いたらずっとローラさんのことばっかり喋ってるからうるせぇレロよ!」
「なるほど、それだけデレデレなのに、なぜ夫婦間で行き違いがおきている?」
ベッジの質問に、ゴッティは首を傾げた。
「俺たち仲良くしてますぜ」
「そうだレロ。少しは控えて欲しいくらいだってのに、何が行き違ってるっていうんだレロ?」
「それがな、お前が冷たいとローラが言うんだ」
ゴッティは仰天したようだった。その様子から見ても、やはり何か誤解が生じているようだ。
「俺、ローラに優しくしてる!ローラといっぱいおしゃべりして、いっぱいハグして、仲良く寝て、起きておはようのキスしてる!」
「へ〜え割と聞きたくない内容だレロな」
「……ん?寝る……だけか?」
「寝る!夜遅くまで起きてたら、ローラの体に悪いから!」
「「ん?」」
ベッジとヴィトが見つめると、ゴッティはキョトンとした。
「とっくに初夜終わってるだロレロ。頭目とおかみさんはちょっと特殊な例だっただけで」
「おい」
「なあ、お前まさか、その……セックスしてねえのかレロ?」
「なんだそれ?」
ふしぎそうな顔をしたゴッティに、ベッジとヴィトは唖然とした。次の瞬間、ヴィトは腹を抱えて爆笑した。
「マジか!お前本当に頭のネジぶっ飛んでるレロな!ニョロロロロ〜!」
「ヴィト!何がおかしいんだ!」
「……ゴッティを擁護できんなこりゃあ。ガキじゃねえんだ、あんまりだぞ」
子供の喧嘩のように言い合い始めた2人に、ベッジが顔をしかめながら言う。
そして『とてもわかりやすい性教育』という本を用いて、ゴッティに教育が課せられた。
「ローラごめん!俺、ローラの気持ち、わかってなかった!」
顔を真っ赤にしたゴッティが床に頭を打ちつけながら、ローラに謝罪していた。困惑するローラに、ローラの積極性が何を示していたのかわかっていなかったことを話した。
「まあしょうがねえ。ゴッティは女を捕獲しても犯さずそのまま殺すようなやつだったレロ」
フォローになってないようなことを言うヴィト。ベッジが、
「言いにくい悩みだったとは思うが、こうやって本人も反省してるんだ。許してやっちゃくれねえか」
とローラを伺う。
ローラは呆気に取られたような顔をしていたが、やがて、プッと噴き出した。
「……あはは、まさか、ゴッティみたいなお兄さんが初心だったなんて、可愛らしいじゃないの!ますます素敵よ、ダーリン!」
そう言い、ゴッティに抱きついて頬にキスをした。てっきり怒られると思っていたゴッティは安心するやら、逆に教育の賜物によりローラを意識しすぎてぎこちなくなっているやら忙しい。
「肝っ玉すぎるレロぉ……」
ヴィトが呆れたように言う。
「あんた、昼間は頭に血が上っちゃって……大騒ぎしてごめんなさい」
随分塩らしくなったシフォンが、ベッジの部屋で謝った。ベッジがデスク越しに見上げると、
「可愛い妹が傷付いてたらつい、いてもたってもいられなくて……」
「そういうところがシフォンの良いところだぜ」
ベッジがサラリと言うと、シフォンは驚いたような顔をした。
「俺だって、可愛い部下たちや妻子が落ち込んでいたら、全力を尽くして問題を解決してえ。似たもの夫婦だな、俺たちは」
笑いかけるベッジに、シフォンはホッとしたように笑顔になった。