それはまるでこの世界でも朝に小鳥は窓辺に止まり囀るものなのだと知った。
いまだに重たくて開かない瞼には、外から朝日に照らされているのがよくわかる──やっぱネットスーパーで遮光カーテン買おうかなぁ。でもフェル達は外の景色が見える方が良いかもだよな、なんてぼんやりと考えたりして。そもそもこのカレーリナの家の窓に合うカーテンのサイズってネットスーパーには置いてない気がする。
うーん、眠い。
意識は少しずつ起きているのに体が全く目覚めないったらありゃしない。許されるならこのまま昼まで寝ていたいけど。
『…ぅ…?う〜〜ん……』
ありゃ。やっぱり起きちゃったかスイちゃんは。瞼は開けないままで、腕の中でぷるぷると身じろぎする可愛いスイの感触に思わず頬が緩みそうになった。
『お腹すいたー。おはよー』
そっち先に言うんだ、ホントに可愛いな俺のスイちゃん!
俺が内心で萌え転がってるとそこに返事する声が聞こえた。
『うむ。良く眠れたかスイ』
フェルの声だ。なんだお前起きてたのかよ、全然気配しなかったからまだ寝てんのかと思った。
珍しいこともあるもんだと思っていたらスイは体を弾ませてベッドから降りてゆく感触。下に居るフェルの元へ行ったのだろう。
『おはよーフェルおじちゃん。スイたぁくさん眠れたよぉ、昨日あるじのお手伝いがんばったもん!』
『そうだったな。偉いぞスイ』
『えっへん!』
へぇ〜二人でだとこんな優しい声色でスイと会話してんだなフェルのヤツ。まぁ元々スイに優しいと思ってたけど、褒めたりしちゃってまぁ…ちゃんと保護者してんじゃん。
そんなフェルも昨日はちょっと久しぶりの狩りでゴン爺と一緒に頑張ってくれたしな。集めた獲物をギルドに持って行って解体してもらったり、ついでに前出しそびれた素材の買取もしてもらったりして。そんなこんなであとどれだけの素材があるかとか数え直して管理しとこうかってなって、それをスイが手伝ってくれてたんだよな。もちろんドラちゃんもだ。スイが飽きたりしないように話し相手も兼ねてくれて俺は大助かりだったよ本当に。
──そんなこんなで少し夜更かししていたらこの通り、起きるのが惜しい体になってしまったのである。
『ねぇねぇフェルおじちゃん。あるじまだねんねしてるね』
『そうだな、昨夜遅くまで作業していたからまだ寝入っておるのだろう』
『え〜早くあるじにおはよーって言いたいよぉ。あとお腹すいたぁ』
『うむ…』
気配しか感じないけどフェルがこっち見てるな…ていうか俺が狸寝入りしてるの気付いてるな?コレ。あ〜どうしよ、起きるタイミング逃してる気がする。
よし!今起きるか!
と気合を入れた瞬間にスイが『あっ』と声を上げてドキリとした。
『あのね〜こないだミリーナちゃんが教えてくれたお話があるの』
『む?』
『悪い魔女さんに眠らされたお姫さまをね、王子さまがキスで起こしてあげるってお話!』
『ほう…?』
…えっ、こっちの世界でもそういうのあるんだ?〈眠り姫〉的な話って異世界問わずポピュラーな題材だったりするワケ?でもまぁロマンチックな話ではあるから不思議ではないのかもしれない。
そう、今ここでスイがその話を思い出した方が不思議ではあるよな。
『あるじにキス?してあげたら起きないかなぁ、魔法じゃないからムリかなぁ』
音だけだけどぽいんぽいんって音がするからスイが跳ねてるのはわかる。ていうかスイ、キス知ってんのか?
『ふむ、どうだろうな。やってみる価値はあるかもしれんな』
『じゃあスイやる〜!』
そんな声の後に布団の上を這う心地良い重み。それはあっという間に俺の胸元までやってきて少しだけ息苦しい。
『うーん……きす…?』
少しの逡巡のあと。
スイはぐにぐにとその体を俺の顔──おそらく口に押し付けてきたらしく、柔らかくて弾力のある感触が口元をやたらめったら触ってくる。なんかプニプニとツルツルがすげー気持ち良くて顔が緩みそう、ヤバい。つーか今思うとスイの口って本当にどこにあるんだろ。
『スイよ、それは体を押し付けてるだけではないのか…?』
そこにすかさずフェルがツッコミを入れてくれた。
『え〜これキスじゃないの?』
そうだね、少なくともあるじはこういうキスは知らないかな。スイが可愛いから何でも良いけど俺は。あ〜ひんやり気持ち良い…なんて呑気に思ってたらスイの体が離れた。
『スイよくわかんない。フェルおじちゃんやって〜!』
『む、むぅっ!?』
『ねーねー、やって〜あるじ起こしてぇ』
えっちょっスイちゃん?無茶振りしちゃうのそこで?
目を閉じてるから見えないけど困ってるフェルの顔が目に浮かぶ。おねだりモードになったスイを止められるのは我が家には誰も居ない、ドラちゃんもゴン爺もスイには甘いし。
するとふぅっ、とフェルが大きく息を吐くのが聞こえた。
『…致し方あるまい。よく見ておくのだぞ』
『は〜い』
のしのしとこちらに歩いてくる音。てか待って、マジでやるんだ?フェルさんそういうの乗っかるタイプだっけ。まぁスイのおねだりに弱いのは俺もフェルも一緒ってことか。
〈おい、起きておるのだろう〉
俺にだけ聞こえるフェルからの念話にギクリとする、が。
〈まだ寝させてやりたい気持ちもあるが愛しき我が子の夢を壊すのは我も望むところではない〉
ふっと眼前に迫るフェルの気配。
〈──起きよ、我が姫〉
それはキスと言えるほどには優しく、物足りない。ふに、と唇に当たるフェルのキス。
…観念した俺は瞼をゆっくりと開ける。
フェルはなんだか照れくさそうな、それでいて慈愛にも似た目で俺を見下ろしていた。
「…おはようフェル。スイ」
じわじわと胸に満ちる温かさとくすぐったさに俺は笑う。スイはぴょんぴょんとベッドの上を跳ねて俺の腕の中に収まりながらも興奮しているようだった。
『わ〜〜!すごいすごい、あるじ起きた!おはよー!!フェルおじちゃんはあるじの王子さまだったの!?』
「スイちゃんや落ち着きなさい」
スイを撫でて宥めようとしてもスイは『すごいねすごいね』とはしゃぎっぱなし。俺はすぐそばに居るフェルに体を寄せる。
「…王子様だってよ」
『ふん。どこぞの寝坊助な姫のせいだぞ』
「悪うございましたね」
そんな悪態をついてどちらともなく笑った。王子様と呼ぶには厳つすぎだろ、と思わなくもないけど俺も姫ってガラじゃないからおあいこだな。
まぁ、しかし、なんだ。ほんのちょっと。ほんのちょっぴりだけど思ってしまった。
恥ずかしいから誰にも言わないけど。
──まるでお伽話みたいだ、なんて。
『眠くてしゃあないのに横であんな茶番してたら起きざるを得ないよなぁ』
『ほっほっ、朝から可愛らしいことをしよる。しかしアレじゃな。フェルは王子様なんてのから程遠いじゃろうて、主殿は姫なのはわからんでもないが』
『飯ウマお姫様なんて攫われちまうぞ〜』
『ホントにの。……攫ったらどうなるかの?』
『おいおいやめてくれよマジで』
『冗談じゃよ冗談』
そんなやり取りをしながらも幸せそうな顔をしている主人を優しく見守るドラゴンが2匹、頬杖をついて横たわっていたとか。
* * *
オマケ。
「はい、おはようドラちゃん」
『うひゃあ、くすぐってぇ!』
「おはようゴン爺」
『ほう…これはこれは』
ベッドから降りた俺は知らぬ間に目を覚ましていたドラちゃんとゴン爺の頬へおはようのキスをした。さすがに気持ち悪がられるかな、と思ったけど存外イヤではなかったみたいでドラちゃんはキャッキャとはしゃいでるしゴン爺はゴン爺で満更でもなさそうだ。みんな結構スキンシップ好きだよな、元野生なのに。
そんな事を思っていると後ろからものすごい殺気を感じた。
『お主…何をやっている…?』
そこには目付きが凶悪極まれり、なフェルが居て。
「何って、おはようのキスだけど。フェルもスイもしたんだから2人にもするよ。家族が不平等なのは俺が嫌だし」
『ムムム…!』
もっともな言い訳にフェルはギリギリと奥歯を噛んでいる。どうした、さっきの余裕はどこ行ったんだよ王子様。
ふぅ、と溜息を吐いて俺はフェルの元へ行きその耳へ口を寄せる。
「おはようのキスはみんな平等。──だけど、他のキスはお前のだけだから」
それはあとで、と付け加えてやるとフェルの眼はパァッと輝きを取り戻した。あーもーそういうとこはホント可愛いんだよな。
『…そう言われては仕方ない。で?それはいつ出来るのだ?』
「そっそれはまた朝飯のあとで!コラ体押し付けてくんなってば!」
『お主はいつも体よくはぐらかすからな、飯を食ったら良いと言うことか』
「〜〜だぁっ、もう!夜!夜までおあずけ!!」
『なっ、何ィ!?』
がっつき系王子様、少しは自重ってもんを覚えてくれよ。
俺は迫り来るモフモフを押しのけながらそんな事を思ったのだった。
『王子さまとお姫さまは幸せに暮らすんだって〜。スイ、大きくなったらフェルおじちゃんになって王子さまにもなるぅ!あるじを幸せにするのー!』
『俺は応援してるぜ』
『儂もじゃよ』
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