非番中にも関わらず、俺からの呼び出しに2つ返事で応じたヤギヤマだったが、その頬は少しばかり赤く腫れてうっすらと手の跡がついていた。
それに関しては一旦触れず、昼下がりのカフェへ聞き込み調査に向かった。
俺はそこの店員や従業員と顔見知りなため、顔を知られていない人間に聞き取りを行わせたかったのだった。
調査が住み、その他所用を終えたところで時刻は19時をまわっていた。
「遅くまでにすまん」
「いえ」
「詫びになるか分からないが、飲みに行かないか?」
「ええ、喜んで」
もちろん俺の奢りでだった。
「で、なんなんだったんだ?あの顔は」
仕事の話がひと段落したところで、牛のモツ煮を頬張りながら俺はずっと気になっていたことを聞いた。
もうヤギヤマの頬の腫れはとっくにひいていた。
「・・・彼女を振りました。」
「え、かれこれ2年くらい付き合ってた?あの警察事務の子?」
「ええ」
「仲良さげだったじゃん、どうしたんだよ」
しばらく沈黙をしたヤギヤマは、残ったビールを一気に煽った後に、俺とは目を合わせずにいた。目線の先には枝豆のからが入った器がある。
「とある男性のDOMになると話したんです。いやらしい感情は全くないし、みだらな行為は一切しない。ただ支配欲を満たすためのプレイだけ行うと。」
馬鹿正直にいったのか。
「僕、彼女に言えないことはしない主義でして」
少しバツが悪そうな顔をしていた。
「今までありがとうとただ一言告げられまして。ついでにほおに一発、キツイのをお見舞いされました。」
「それは振られたっていうだろ。」
「いえ、僕が僕の意思で降ったんです。ですからお気になさらず」
ヤギヤマは自身の主張を曲げそうになかった。妙なところが頑固なのは既に知っていることだ。
「本当に悪かった。俺は別の相手さがすから、お前は彼女とヨリを戻せ。今からその子んとこに一緒に謝りに行くぞ」
そう言って上着に手をかけた俺をヤギヤマは制止した。
「いいんです。彼女は僕がいなくても生きていけますから。でも、あなたは僕がいないと困るじゃないですか」
あまりの唐突な言葉に目を丸くしていると裾を引かれ、着席するようにと促された。
「彼女かあなたかのどちらかひとつを取れと言われたら、初めからあなたを取るつもりでしたから。」
「おいおい・・・俺はそんなつもりで言ったんじゃ」
「あなたはやりたい放題でめちゃくちゃだし、誰かが隣で誰かが手綱をにぎっておいた方ががいいんですよ」
「俺のこと犬か何かかと思ってる?」
「比喩の話はしていません。事実を言っただけですよ」
それに、あなたの無茶振りについていける人間は少ないと思いますけど?と言いながら、俺のモツ煮を勝手につまんだ。
それは確かにそれはその通りではあるが。
酒が程よく回っているのか、ヤギヤマはやけに饒舌なまま言葉を続ける。
「腹心の部下なんでしょう?」
先日上司と飲みに行った際に話した内容がなぜかこいつにばれていた。何故、
「つまるところ、僕はあなたの懐刀(ふところがたな)なんです。肌身離さず持っておいてくださいね」
そうじゃなきゃいざって時に守ろうにも守れませんから、と
今度は濡れ羽色の瞳ををまっすぐとこちらに向けていた。
その顔にはこちらも覚悟を決めるので、貴方も覚悟を決めろと。そう書いてあった。
「お前もなかなかぶっとんでるよな。」
「だれのおかげだと思います?」
「え?俺のせい?」
こちらの言葉には答えず、そばを通りかかった店員をヤギヤマは引き止める。
「あ、すみません、生1つ」
「まだ飲むのかよ」
「上司の奢りですからね、しっかりと飲ませてもらいますよ」
そう言って空のジョッキを軽くかかげた。
すでに四杯も飲んでいるにもかかわらず、顔色ひと使えずに目の前にいる男ははにかんだ。