拳修小話「本当に……これからあの人に抱かれるのか……?」
一人、湯浴みをしながら思わず呟いてしまう。拳西さんは俺を抱きたいと言った。俺も、拳西さんが俺に抱かれる想像が出来なかったからそれはかまわない。かまわないのだが。
「……幻滅されねぇかな」
男の、しかも傷だらけの身体を見て、拳西さんは幻滅しないだろうか。興醒めたなどと言われたら立ち直れない。女々しいと思われるかもしれないが、考えれば考えるほど不安だけがいたずらに募っていく。
それでもと、なんとか風呂を出て寝室に向かうと、綺麗に敷かれた布団にあぐらをかいて拳西さんが待っていた。
「……お風呂、ありがとうございました」
「おう。随分と長風呂だったな」
「え、えぇ……」
「どうした?風呂でのぼせたか?」
そう言って拳西さんは心配そうにこちらを見つめ、立ち上がろうとする。俺を案じてくれているその表情は、初めて見るなんとも甘やかな顔で。それを真っ直ぐ視界に捉えたらなんだかいっぱいいっぱいになってしまった。
「す、すみません!!」
「は?修兵?」
拳西さんに背を向け、急いで玄関へと向かう。とにかくあの場から逃げ出したかった。拳西さんを前にすると冷静でいられない。自分が自分でなくなるようなその感覚が怖くてたまらなかった。
引き戸に手をかけ、もう少しで出られる!と思ったところで背後から影がかかる。
「そんな今にも抱かれますみたいな格好をして、どこへ行くつもりだ?」
平時より低く荒い声が耳に吹き込まれる。身体は背後から抱きとめられ、取手を掴もうとした俺の手に拳西さんの手が重ねられた。手のひらが厚くガッシリとしたその手は、灼けそうなくらいに熱い。
「こっちは長いこと待たされてんだ。そう簡単に逃げられると思うなよ」
そう拳西さんが呟いたかと思えば、首筋に鋭い痛みが走った。