拳修小話ーーちょきん、ちょきん
髪をひとつまみして、鋏を入れる。平生はふわっふわっとハネているそれが、思いのほか芯があり、しなやかであることを知ったのは随分前のこと。全体のバランスをみながら、リズム良く切っていく。
うんうん、今日も良い感じ。
「梳いてくれ」とだけ注文をつけた目の前のお客は、うつらうつらと船を漕ぎ出している。もうすぐ切り終わるし、起こす意味も兼ねてずっと気になっていたことを尋ねる。
「最近よく来るけど、何かあったのかい?」
お客ーー九番隊副隊長・檜佐木修兵が半年と空けずにここ、髪結床に来るのはひどく珍しかった。
瀞霊廷内にあり、安くて早く散髪ができるので隊士御用達となっているが、来る頻度は人によって様々だ。綾瀬川五席は三週間に一度は来るし、逆に斑目三席は自身で手入れされるので一度も利用されたことがない。そして目の前で揺れる黒髪は、半年に一度来れば良い方なはずだった。
檜佐木副隊長は髪に頓着がない。
院生時代に伸ばしていたのだという襟足も、護廷入りした際にはバッサリと切ってこざっぱりした短髪になっていた。(そういえば、その時のことを酷く動揺した様子で語る吉良・阿散井副隊長はなかなかの見物だった。)
基本前髪は自分で切って、全体的に邪魔だなと思ったら切りに来る。そんな人だったはずだけど、いつの頃だったか前髪をいわゆるアシメにしたり横髪を流すようになったりと髪にこだわりだした。
「……別に深い意味はないっスよ。身だしなみに気をつけようと思っただけです」
「なんだい。てっきりイイ人でも出来たのかと思ったのに」
「いたらいいんですけど、残念ながら」
と檜佐木副隊長があははと笑う。
しかし、それは嘘だなと直感する。これは女の勘であり、床屋の勘。
長年鋏を入れているから、髪を見れば本人が切ったのか他所で切ったのかぐらい分かる。この手癖は檜佐木副隊長のものではないが、他所で切っているわけでもないらしい。(それならわざわざここに来ることもない)
ということは、彼とは違う手癖で前髪を切って上げている存在がいるはずだ。
なんで誤魔化すのかねぇと思いながら、鋏を仕舞って剃刀を取り出す。うなじ辺りの産毛をじょり、じょりと整える。仕上げに天瓜粉をはたいていると、薄ら見える紅い痕。
勘はどうやら正しかったらしい。しかも相手はだいぶ熱烈なようだ。
「はい、終わり!」
「ありがとうございます!」
あんなに髪に無関心だった檜佐木副隊長を、ここまで変えるとはかなり魅力的な人なのは間違いない。だからこそ隠したいのかもしれないけど、これだけは伝えておかねば。
「どうやら前髪の君は鋏を力を入れて勢いよく使うようだから、もっと優しく切ってあげなって伝えとくんだよ」
「!?」