漂泊者♂アイドルパロブラックショア芸能事務所
所長→ショアキちゃん
マネ→アールト
同僚→ツバキちゃん
光り輝くスポットライト。
ステージに上がれば、大勢のファンからたった1人自分だけに向けられる黄色い歓声!
たくさんの笑顔!!!
何もかもが光り輝いていた。
「絶対にまた会おう!!」とファンと笑顔で約束した。
俺は漂泊者。ブラックショア芸能事務所に所属しているソロアイドルだ。
大学生時代に、ティッシュ配りのアルバイトをしていたところ、現在の社長…ショアキーパーにスカウトされた。
顔だけは昔から褒められることが多かったが、まさかアイドルにスカウトされるなんて思わなかった。
スカウト当時は、平穏に安定した暮らしを送りたいから、と断ったのだが、ショアキーパーと、現マネージャー…のアールトに何度も頼まれて今に至る。
なんでも、この事務所は小さな事務所で資金繰りに悩まされており、借金まであるらしかった。
俺には正直全く無関係な話ではあったが、彼らの必死な姿を見て、結局はOKしてしまったのであった。
歌もダンスも未経験からのスタートではあったが、意外にも自分には向いていたようだ。
俺はたった数ヶ月のレッスンでCDデビューすることができてしまった。
一般人から突然アイドルになったことで、俺の生活は一変してしまったが、活動は順調だったと思う。
来週から、今年のライブツアーが始まる。
アルバムを引っ提げての全国ツアー。
ライブツアー自体は初めてではないが、来てくれるファンは初めての人、何度も来てくれている人どちらもいるのだから、そのどちらも喜んでもらえるような演出やセトリを考えた。
アルバムの新曲、ライブのリード曲はファンにも業界にも、かなり好評。
ここ数日は多数の音楽番組に出演し、新曲を披露した。
個人的にもとても好みな曲調で、歌っていて、踊っていてすごく楽しい。
早く、この曲をファンの前で披露したい…!
明日にでもライブがしたいな、なんて思っていた俺は、今思えば浮かれていたのだろう。
ライブ直前なんて、1番周りを警戒しないといけない時期なのに。
ライブの約1週間前、俺は窮地に立たされていた。
「今をときめく人気アイドル、まさかの熱愛発覚!!お相手は女優の◯◯!?」
「…なんだこれ」
早朝からマネージャー…アールトの鬼電で叩き起こされ、ネットニュースを今すぐ見ろと言われた。
眠い目を擦りながらネットニュースを確認すると、全く身に覚えのない事実が面白おかしく記事にされていて、思考が停止しかけた。
これが俗に言うスキャンダルか…?
この女優は先日の歌番組にゲスト出演していたが、そこで話したのが初めてだし、交わしたのも当たり障りない世間話や軽い挨拶くらいだ。
そんな相手と、なぜ俺が熱愛に…???
そして本当に謎なのは、相手はなぜか完全否定していないらしいし、撮った記憶のないツーショットがネットニュースに掲載されていた。
どうしたものかと固まっていると、今度はショアキーパーから電話がかかってきて、今すぐ事務所に来るように言われた。
今日は午前は久々のオフだったのだけどで仕方ない。
急いで準備して、俺は事務所へ向かった。
事務所に着けば、俺を呼び出したショアキーパーに、最初に連絡をくれたアールト、そして同じ事務所のアイドル(同僚みたいなものだ)のツバキがいた。
当然だが、朝の挨拶もそこそこに、すぐに例の話題について話し合いになった。
「…全く疑ってはいないのだけど、事実無根でいいのよね?」
「事実無根も何も、その人とはこの前の歌番組で初めて会ったんだけど…」
「やっぱりか…俺もそうだと思ったよ」
「よく見れば写真も合成ね。けれど…向こうが関係を仄めかす発言をしているから…」
「こんな大事な時期に……この女、許せない」
話はすぐにはまとまらず、少し休憩を挟むことにした。
休憩中、ついSNSを見てしまったことを後悔した。
だって、真実は事実無根なのだから、正直大変なことになっている実感があまりなくて。
ずっと応援してくれていたファンが、こんなデタラメ記事を信じてしまう可能性なんて想定していなくて。
「………」
幸いにも俺に対してあまり過激な内容はなかったし、俺のことを信じてくれているファンの投稿がほとんどではあったのだが、記事のほうを信じてしまっているファンの投稿も一部見られた。
俺のことを応援してくれていた筈なのに、よく知りもしないライターが書いた記事をどうして信じるのか。
まあ、何を信じるかは個人の自由であるから仕方ない。
仕方ないが…1番悲しかったのは、SNSではファン同士が対立してしまっていたことだ。
俺に文句を言うのならまだ分かるのだが、どうしてファン同士で…?
SNSを見ているうちに吐き気がしてきた。
青ざめている俺を見て、ショアキーパーが「SNSは今は見ないで、漂泊者」と声をかけたが、もう遅くて。
俺は、気づけば仲間の声を無視して事務所を飛び出していた。