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    我楽(Garaku)

    @Gaku_2DMobOji

    原神/崩スタ
    字書きにも絵描きにもなれなんだ腐女子

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    我楽(Garaku)

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    穹ヒル穹
    幻肢痛に悩まされる🪦となんとかしようとする💫の話

    シリアスに見せかけたイチャ 付き合ってない
    書いた時期が🪦が本編未登場の時なのでキャラが違うかもしれません

    鉄と熱 扉を開けた途端に吹き抜けた空気に、穹は思わず顔を顰めた。鼻腔を満たし粘膜をツンと突く不快な刺激臭。穹にはまだ味わう事の出来ない香り。アルコール…酒の匂いか、これは。
     足音を立てない様にそろりと足を忍ばせ奥へと踏み入れると、その香りが更に濃く、充満した湿気と共に肌にへばりついた。今夜は雨だ。遠くの空では雷鳴が残響を残している。
     照明が消された部屋は暗く、カーテンの隙間から差し込む鈍い光のみがかすかに視界を明るくする。だがそれも僅かな助けであり、目を慣らすにはかなりの時間を要した。
     暗闇に慣れた目で部屋をぐるりと見渡したが、想像よりも酷い有様に眉間の皺を更に深めた。テーブルや床には大小様々な酒瓶が転がり、中には砕け散り破片を散乱させている物もある。中身が残っている物もある様で、混じり合った液体が床の所々に染み込み例の酷い臭いを漂わせている。匂いの強さからしてどれも度数の強い酒だろう。
     だがその中でも一際目につくのは、部屋の一番奥の人影だった。スラリとした長身をベッドに横たえ、肩を大きく上下させている。
     まるで自分を落ち着かせるかのような、深呼吸に似た呼吸。普段の溌剌とした気勢も衰え、その広い背中もいくらか縮んでいる様にすら見えた。
     縮こまった背中に釣られる様に手を伸ばすと、つま先が何かを蹴飛ばし、床の酒瓶に当たりガチャンと耳障りな音を立てた。どうやら床に散らばっているのは酒瓶だけではなかったようで、凝らした目の視線の先には彼の愛銃が転がっていた。他にも帽子や弾倉など、彼が普段身につけている品があちこちに転がっている。改めて彼の格好に目を向けると、辛うじて下は穿いているがそれも大分着崩され、上半身は何も身につけていないようだった。
     ベッドの淵に乗り上げて距離を詰める。露わになった彼の肩に触れるとぴくりと跳ねた。掠れた呻き声が鼓膜を揺らす。悪夢でも見ているのか?

    「…大丈夫なのか?」

     おっと、と手で自らの口を塞ぐ。思わず口に出てしまったようだ。更に運の悪い事に相手を起こしてしまったらしく、ベッドの影がもぞもぞと動いた後にむくりと起き上がった。

    「…誰かと思えばアンタか」
    「悪い、起こしちゃったか?」

     いいやとっくに起きてたぜ、とブートヒルは酒のせいか掠れた声でそう返す。よかった、起こしてしまったわけではなかったようだ。
     だが彼は変わらず調子が悪そうなままで、呼吸も先程と同様深い呼吸を繰り返している。起きていたなら悪夢でうなされていた訳ではない筈だが。
     ぼんやりと彼を見つめる。鈍色の指先が、しきりに同じところを擦っていた。外傷もなく、錆び付いているわけでもなく、動作不良を起こしている様子もない。ふと思い出したのは、事故により腕を義手にしたとある男の話。自分が失った筈の腕、それが痛みを訴える事があるのだと。まだそこに腕があるような感覚があるのだと。いわゆる幻肢痛というやつだ。
     ブートヒルは自らをサイボーグだと自称した。無事に残っているのは脳くらいで、他はすべて紛いものだと。もしかすると彼にあの男と同じ現象が起きているのかもしれない。だがあの男と違い彼はほぼ全てを義体へと換装している。であれば、その苦痛はいかほどのものなのか。痛いのか、と聞くとまあな、という味気ない答えが冷ややかさを伴い返ってきた。
     宇宙に名を轟かせる銀河打者といえど冷たい態度を取られれば少し傷つく。だが、痛みに苦しむかつての戦友を見捨てる事は開拓の名に泥を塗ると同義。必死に脳を働かせ、例の男同様に幻肢痛に悩まされていた人々についての情報を片端から思い出していく。そして数分後、数ある治療例の中に、精神を鎮静化させ痛みを治める方法があった事をようやく思い出した。
     靴とジャケットを脱いでベッドの上へ身を乗り上げ、シーツの間に身を滑り込ませる。怪訝そうな顔をしたブートヒルの目を見ながら穹は自身の隣の空間をぽんぽんと叩いた。

    「ここ。こっちに来てくれ」
    「…一体オレにナニするつもりなんだ?ベイビー」
    「俺が添い寝してやる」
    「ハァ!?」


    * * *


     今日一番の大声を出した気がする。
     ありったけの酒を買い込んで痛む体を引きずって、適当に決めた宿屋で酒を呑んで痛みを誤魔化して寝てやろうと思ったのに。今日に限って天候は荒れに荒れ、痛みは微塵たりとも治まらない。それに加えて偶然同じ宿屋で泊まっていたのだろう奇人にベッドを占領された。しかも頼んでもいない添い寝のルームサービス付きだ。
     声を出すのも億劫で表情筋の許す限り嫌そうな顔をしたが、ナナシビトというのは要らない世話を焼くプロフェッショナルの集まりで、コイツも例に漏れずめげずに添い寝を敢行しようとしている。どんなに不平不満を込めた視線を送ろうともこちらを真っ直ぐに見つめる瞳は一切揺らぐ事はない。何をやっても無駄だと諦めて側に寄ることにした。
     どちらにせよ痛むことに変わりはない。多少悪化しようがここまで来れば痛みの程度など大した差ではないだろう。
     少し距離をとって横になってやると穹はなんのためらいも遠慮もなく懐へと飛び込み、シーツを引き上げブートヒルの肩まで掛けた。

    「…これで合ってるか?」
    「やる側が疑問に思ってんじゃねーよ」
    「俺列車に乗る前の事なんも覚えてないから」

     やった事あるかもしれないし、やられた事もあるかもしれない。一瞬、金の瞳が陰る。他人の過去に深入りするつもりはない。ただそうかよ、とだけ返す。穹は一瞬物言いたげだったが何も言わず、ブートヒルの背に腕を回しぎゅうっと抱きついた。手のひらが長い髪束を裂いて背中に触れて、柔らかな頬の肉が胸の装甲に押し付けられ形を変える。

    「お前の肌って超冷たい」
    「サイボーグに暖かさを求めるのはナンセンスだぜ」
    「でも俺あったかいサイボーグが居ても良いと思うんだよね、ベロブルグとかに」

     はっ、ぬかせ。思わず失笑する。穹もブートヒルの様子を見てか満足そうに頬を緩めていた。
     それからはもう何も言わなかった。静けさの中、雨が地面を打つ音と時計が時を刻む音だけが聞こえる。穹も目を伏せ黙ったままだ。
     長い時間が経ったのだろう、シーツに籠る温度は人肌と遜色なく、互いの体温が混じり自他の境目を曖昧にしている。
     今は何時なのか、どれくらいの時間が経ったのか。それを確認しようとするのが憚られる程、この温度はあまりにも心地よかった。
     目を閉じる。オレらしくもない。武器すら持たず丸腰のまま懐に他人を侵入させるだなんて。
     ああ全く、絆されちまって。ガキみてぇにあやされて、いい歳こいた大人なのによ。
     …ああだが、人肌の暖かさを感じるのはいつぶりだったか。この身体になってからも色々な奴と一夜限りの、はたまたそうでない夜を過ごしたが、こういうふうに誰かと寝るだけの夜は随分と久しぶりだ。
     忘れかけていた暖かさを、一度たりとも身体の関係を持ったことのない子どもから教わるだなんて。色気のいの字も無い、こんな芋臭いガキに。
     だが痛みが治まっているのも紛れもない事実で、冷え切っていた鉄の体は人肌の熱を取り戻し、意識を蝕む痛みはいつの間にか熱に融け消えて無くなっている。今はただ、胸元に当たる吐息がこそばゆい。

    「もういいぜ。離れなスウィーティー」
    「…」
    「…おい、聞いてんのか」

     耳を澄ませど返事はなく、雨音に混じり聞こえるのはすぅすぅと規則正しい呼吸音のみだ。
     嘘だろコイツ。寝やがった。
     ピノコニーで知り合って数ヶ月、恋人などではなく、友人とも仲間とも言い難い。だというのにこの男はそんな相手の腕の中で無防備に眠るのか。
     今の自分に言えた事ではないが、警戒心がないのか、それとも負けるわけがないという慢心からか。いずれにせよ常識はずれである事に間違いはない。
     更に面倒な事にこの男、背中まで腕を伸ばししっかりと抱きついている。生半可な力では引き剥がせないだろうし、引き剥がそうとすれば傷つけかねない…いや待て、何故オレがそんな心配をする必要がある?
     ため息と共に眼下を見れば、穏やかに瞼を閉じ、口の端から涎を垂らしたいかにも「気持ちよく寝ています」といった風情の寝顔が見えた。

    「あぁ…本ッ当にキュートだぜ、アンタ」

     もういいか、どうでもいい。考えるだけ無駄だ。機体の温度が下がればまた痛みがぶり返してくるかもしれないし暖房代わりにはなる。使えるものは使うのが吉だろう。
     全て諦め睡魔に身を任せれば、意識がほろほろとほどけていくように、とろりと溶けていくように離散していく。痛みに耐えるあまり無意識に強張っていた体もじわじわと脱力していき、ぬるくやわらかくほぐれてシーツへ沈む。
     完全に眠りに落ちる前に、腕の中で寝息を立てる穹の額に唇を寄せた。なぜそうしたかは分からない。脳が誤動作でも起こしたのかもしれない。
     だがこれも悪くはないのかもしれないと、薄れる意識の中ぼんやりと思った。
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