お上品なほうのカジノで雇われディーラーとしてルーレット台についてた1.5衣装のあきらくん、あまり見ない顔がいるなと気にしてたら目があって、(しまった、見過ぎた)ってなるんだけどとりあえず目細めてすいと逸らしておいたら、ルーレットが終わったあと別のテーブルに移動する時になぁって声掛けられて、
「何でしょうか」「あんた、次はどこにつくんだ?」「――あちらです。お客様も挑戦されますか?」「ブラックジャックか。いいな、是非頼みたい」ではとテーブルに案内してカードを準備していたら、スツールに腰掛けた男がじいとこちらを見つめてくる。その目は賭け事の様子をうかがうものというよりも、興味や好奇心の類だろうか。カジノに合わないその雰囲気につい頬が緩みそうになる。「…カジノは初めてかい?」「あぁ。連れに誘われて来たが、ここはいいな」少しだけ砕けた口調にしても気にした様子はない、むしろその表情はうれしげだった。変わった男だと思ったが、こういった場に縁がないのなら仕方ないなとも思う。けれど、その仕草や気配が浮くというわけでもない。ここを知らぬくせに場慣れしているのだ。面白いなと思う。随分ひさしぶりに、アキラも興味を持った。カードを置いて、まだゲームを始めずにドリンクをうながす。「何か飲むかい」「酒はあんまりでな、何かあるか」「なら、カクテルテイストのジュースは?」「ん。甘いのがいい」その見た目で、とまた少し頬が緩んだ。背も高く、体格もいい。体のバランスも良くて、さっきから女性客がちらちらと彼を見ている。当の本人はそれらの秋波を歯牙にもかけないようで、サングラスの奥の目は楽しげにこちらだけを見ていた。
「はい。葡萄のカクテル、を模したジュースだよ。どうぞ」「ありがとさん。…ん、うまいな?」「ふ、お褒めの言葉ありがとう。伝えておくよ」「あんたのは?」「僕はオレンジ。いつもこれなんだ」「へぇ」
ところで、と声を少し落とせば、傾けたグラスの向こうで男が目を眇める。「ここには、ゲームをしに?」「…連れの仕事の、な」「そう」「あんたに迷惑はかけん、が、邪魔か?」「いいや、あなたが僕と遊んでくれるのかどうかが気になって」「――はっ、そりゃ嬉しいな。俺もあんたと遊びたい。なぁ、名前は?」ぴ、と胸の名札を示せば眉を寄せて首を振られてしまう。ダミーの名前はお気に召さないらしい。それならと、アキラはようやくカードを手に取った。
「では、僕はソレを賭けようかな」「……、あんたは何が欲しい?」その男の返しにひどく心が疼いた。会話を楽しめる相手というのは、好きだ。
「そうだな。じゃあ僕も、あなたの名前を知りたい」「それぐらいすぐにでもやるんだがな」「駄目だよ。ゲームを楽しもう」「わかった」肩を竦めた男が仕切り直すようにテーブルに肘を置いて手のひらをアキラに対してひらりと振った。
「で、何ゲームしてくれるんだ?」「あなた次第だけれど、そうだね、お互いの名前と、…このあとの時間を賭けるところまでいけば考えようかな」男の目がふと丸くなる。それから、にいと緩く細められた。「乗った」低い声にぞくりと背が騒ぐ。カードを切る指が震えそうだった。こんなに興奮するゲームは、本当に久しぶりだ。
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1回目の勝負はアキラが勝った。むうと眉を寄せる男に笑って、両の手のひらを上向けてカードを示す。「僕の勝ちだね」「…わかった。俺の名前だな?」「あ、待ってくれ」「?」名前を告げようとしてくれた男を止めて、しい、と指を自分の唇に当てる。素直に口を閉じる男に笑みを向けて、場を離れて足を動かした。ふしぎそうにする目が追いかけてくるのを受けて男の隣に立つ。それから、アキラから耳打ちするように男の耳元に顔を近づけた。「秘密ごと、にしたほうが楽しいだろう?」「――いい趣味だ」「ふ、ほら、教えてくれないかい」ライトだ、と男がこちらに顔を寄せて小さく名乗る。アキラは教わった名を口中で繰り返し、にこりと笑った。「いい名前だね。呼ばせてもらっても?」「あんたの好きに」「じゃあ、…ライトさん、二戦目は何を賭けようか」男の、ライトの目が器用に眇められた。「同じものじゃつまらんか。なら、そうだな、あんたに恋人がいるのかどうか」「…オーケー。じゃあ僕は、あなたは犬と猫ならどっちが好きかな」
小声で誘ったゲームの二戦目、勝ったのはライトだった。に、とその口角が上がる。楽しそうな顔をするのに釣られてしまいそうだ。これでもディーラーとしてポーカーフェイスや表情のコントロールは褒められるほうなのに、と肩を竦めてアキラは答えを口にする。「いないよ。いまもむかしも、恋人はいない」「へぇ?」「その声、意外かい?」「あぁ。あんた綺麗な顔してるのにな」「あ…は、そんなこと言われるのは久しぶりだな」「なんだ、言われはするのか」「オーナーの娘さんとかにね。つまり身内だ」「見る目がないな」「ふ、なんで不満そうにするんだい。こういう場所でモテるのは、あなたみたいなひとだよ」「へぇ」今度は興味のなさそうな返事をするのに、アキラはとうとうくすくすと笑う。「では、三回目といこうか」
賭けたのはライトが「好みのタイプ」、アキラは「バイクに乗るのかどうか」だ。ゆるく眉を上げたライトは、その場では何も言わずにカードに手を伸ばす。「なんでその質問が、て顔かな」「まぁな。それもあんたが勝てばわかる」「そうだね」「だが俺も勝ちたい」「そう」「…が、運が無さそうだ」ぐうと顔を顰めてカードを返すのに、アキラも頬を緩めてカードを繰る。勝ったのはアキラだった。
「バイクに乗ってる。なんでわかった?」「手首と指の関節にグローブの跡があるからね」「あー、…よく見えるな、こんなの」「テーブルの下に明かりがあるだろう。僕からはあなたの手元がよく見えるんだ」「なるほどな」「それと、そう思った理由はもう一つあるけれど」そこで区切って首を傾げれば、ライトの口元がゆるく笑む。「なんだ? それは教えてくれるんだろ」「似合うだろうなと思ったんだ。きっと格好良い」「あんたさえよけりゃ乗せてやるが」「いいね。じゃあ次はそれを賭けよう」そう返せばまた少し不満そうな顔をする。そういったことを隠さないのはわざとだろうか、それとも無意識なのか。かわいいひとだなと思いながらカードを切った。「あなたは?」「――俺とキスができるかどうか」「おや、急だね」「だめか?」「いいや。賭けるものに制限はつけていない、構わないよ」ふんと息を吐いてジュースを飲む顔はまだ不満そうだ。何が気に障ったのか、はわかるが、どうしてそこまで、とは思う。そんなことを考えていたせいか、次はアキラが負けた。結果を見たライトの眉がくっと上がる。それから見上げてくる目は期待を隠せておらず、まったくあなたは、と苦笑してしまった。
「できるよ、あなたなら」「へぇ?」「ふ、うれしそうだ」「嬉しいな」「…キスは良い目安だよね。顔を近づけられるかどうか、プライベートゾーンに触れられるか、どうか。あなたはどうかな」「それ以上、だな」「ふ、あは、くすぐったいよ、あなたの視線」「悪い、つい」「悪いと思ってないね?」「あんたが不快なら反省もするがな」「そう、なら仕方ない」じいと口元を見つめられているのがわかる。グラスを傾けてオレンジジュースを喉に流し、湿った唇を指先で拭った。それから目を合わせれば、緩く細められていく瞳に射抜かれてしまいそうな気持ちになる。
「……次は、この後の時間を賭けたいな」「賛成だ」「まずは食事を」「――朝まで空いてる」「じゃあ、最後のゲームを始めようか」