推しのSNS※未来捏造の花流です。
二人ともNBA選手です。
NBAプレーヤーの流川楓のSNSが話題である。
更新が年に一回あるかないかだった流川楓のSNSが、週に一度必ず写真が上がるという事態が起こった。
ファンは歓喜の声を上げていたが、一部では「コレ、誰が撮ってるの?」「彼女じゃないことを祈る」と不安になるファンの書き込みも。
何故更新頻度が高くなってファンが不安になるのか、それは撮影者に対して流川が大変〝無防備〟な表情をしているからだ。一緒にいると楽になれて、寛げる相手。
コーチやチームメイトといる時の顔ではなく、心底安心していて、素を出し切っている姿が写されているからファンは心配なのである。
その話題が上がる前に、アメリカの地を踏んだ選手がいた。過去に流川楓と同じ湘北高校バスケ部だった桜木花道だ。
桜木は、流川が所属するチームと同都市のライバルチームへ加入。日本のファンからは「流川と桜木がNBA公認のライバルに?」「なにこれ熱すぎる!」「NBAの先輩として、桜木に色々教えてあげてほしい」「二人が仲悪いのは知ってるけどご飯とか行ってほしい」とSNS上でお祭り騒ぎとなっていた。
それから今回の流川を撮っているのはワンチャン桜木であってくれないだろうか、裏では仲良しで撮ってあげているとか、そうだと言ってほしいとファンは願った。
そしてその願いは神に通じたのかもしれない。桜木花道のプロフィールの一部が所属チームのホームページに新しく追加されたのだ。
今まで誕生日や出身、身長体重など簡単な情報しか載っていなかったのだが、新しく『趣味 写真を撮ること』と載せられた。
暫くして桜木花道のSNSに流川楓の姿が載るようになった。最初は1ヶ月に一回の頻度が、オフシーズンに突入するとほぼ毎日に。
その代わり流川楓のSNSはストップしてしまったが、ファンは満足だった。
流川楓に彼女が出来たワケではないからだ。
その通り、流川楓に彼女はいない。
彼女〝は〟いない。
「本当に、お前の方に写真載せなくて良いのか?」
桜木はSNSに新しい流川の写真を投稿した。デリバリーで頼んだピザを頬張っているだけだが、瞬時に拡散され、ファンからは「可愛いすぎて死ぬ」「マジでありがとう」と歓喜の声が上がった。その騒がしい様子を眺めながら、本当は本人のアカウントから見たいんじゃないかと思って桜木は聞いてみたものの、流川は横に首を振る。
「いらない」
「でも」
「どっちでも一緒だろ」
「まあ、もうオレのフォロワー、すっかりお前のファンばっかだしなぁ。お前の写真上げ始めたらフォロワー爆増した。ムカつく」
「次」
「あ?」
「次更新する時に載せる内容、もう決めてる」
載せる内容、そう聞いて桜木はバスケのことしか考えてない流川のことだからと頭に浮かんだ答えをそのまま口にした。
「優勝した時とか?」
「優勝は当たり前、チガウ」
「んだとー! ウチが優勝すんだよ!」
「はあ、やれやれ」
クッションを抱きしめてそのままソファに横になる流川。二人で座るには広すぎるソファは、体の大きい二人が座る以外の使い方をしても壊れないほど丈夫だし、黒い革の手触りも座り心地も良くて流川は気に入っている。
一応ここは桜木の家だけど、お互いが遠征でない時や、オフシーズンはほぼほぼ流川が寝泊まりしている。自宅よりも私物が多いし、居心地が良い。
「寝るならベッド行けよ」
「まだ寝ない」
「そんなこと言っていつも寝るだろ」
「テレビ見てる」
「野球のニュースか? 興味あったっけ」
「あんまり。でも日本人がいっぱい活躍してるから刺激になる。コッチ(アメリカ)のニュースで名前出るってのは相当だからな」
「それは確かに」
クッションを抱き、寝転がってテレビを見る流川の姿をまたスマホのカメラにおさめる。
チームの広報からバスケ以外の趣味を聞かれ、仕方なく『写真を撮ること』と答えたが、そんなに大袈裟なことじゃない。
一眼レフなど大それたカメラは持っておらず、スマホで流川の写真を撮るのが好きなだけだ。流川以外は滅多なことがなければ撮ることはない。
「コーヒー」
「あ?」
「淹れろ」
「ぶっ飛ばすぞ。自分でいけ」
「コーヒー」
「だから、自分でいけ!」
「コーヒー」
「だから」
「スマホ見てる暇があるならコーヒー淹れろ」
「………………」
つまり、流川はスマホばかり触っていてつまらないから自分に尽くせと言っている。桜木はそう判断してわざと「はあ〜あ」と大きな溜め息をついて立ち上がる。緩む頬を押さえながら。
「大体なあ、テメーのはコーヒーじゃねーだろ。コーヒー牛乳っつうんだよ! しかもバカみたいな量の砂糖入り! 偉そうにブラック飲んでるみたいな言い方すんな!」
「コーヒーが入ってるからコーヒーだ」
「牛乳が半分以上入ってんだろ! 割合で言えばお前が飲んでんのは牛乳だ!」
「早くしろ」
「偉そうにすんな!」
すっかり流川好みの〝コーヒー〟を淹れられるようになってしまった。どうしてこんなワガママキツネなんか……と考えたことは星の数ほどあれど、別れたいと思ったことは一度もない。なんだかんだ言いつつも、こんな風に甘えられるのが桜木も嬉しいのだ。
「おら、甘党子供舌キツネ」
「ん」
青いマグカップを差し出し、流川が起き上がり受け取ってから桜木もソファに腰を下ろした。
「砂糖制限しようとは思わんのか」
「これだけは譲らん」
「あ、そ」
シーズン中は食事制限をしているため、ピザも食べない。今日のピザも一年振りくらいで、はしゃいでしまった二人。酒は揃って弱いため、コーラをお供に食べまくった。
「明日朝のランニング、ちと多めに走らねーとだな」
「食い過ぎ」
「お前もだ!」
「あ、こんな時間にコーヒー飲んだら眠れなくなる」
「いや、お前のは眠れるだろ。8割は牛乳だし。オレのがまずい。ブラック無糖だし」
「カッコつけんな、どあほう」
「つけてねーよ! 事実を述べてんだよ!」
「眠れなくなった」
「あーあ。お前のせいだな」
部屋に充満するコーヒー豆の匂い。流川が夜に〝コーヒー〟を飲みたがる時は大抵――。
「眠たくない」
「ジゴージトク、だ。せっかく淹れたのに……コーヒー冷めちまうな」
「オレはもうすぐ飲み終わる」
「お前は温泉入った後にコーヒー牛乳一気飲みする子供か? いや、子供だって普段は一気飲みはしねーか」
「飲んだ。ごちそーさま」
「早すぎだ……ったく。オレはゆっくり飲みたかったのに」
「飲めば?」
「冷めても美味いからいい」
ソファの前にあるガラステーブルに、コトリと、それぞれの赤と青のマグカップを置いた。
「ここ?」
「あっち行くのメンドクセー」
「いっつもオレが運んでんだろ」
「知らん」
「お前寝てるからな」
「チガウ、意識飛ばしてるだけ。誰かのせーで」
「そっ……そゆときも、あるかも、ダケド」
「野獣だ」
「あのなあ! お前が元はと言えば……」
「元はと言えば?」
座る桜木の上へ流川が正面から跨り、首に腕を回す。甘える子供のように抱きついて肩に頭を置いた。
「こっ、こういうことをするから、抑えが効かなくなる」
「なんで? 嫌だから?」
「嫌なワケあるか、アホ」
「どあほうはテメーだ」
「間違いなくお前もアホなんだよ!」
流川は桜木に抱きしめられるのも抱きつくのも好きだった。抱きしめ心地が良い。クッションやぬいぐるみのように柔らかいワケじゃないけど安心するのだ。
ライバルだと言われていた二人の関係が進展したのは高校3年の夏大終わり。
流川はアメリカへ留学した。見送りには湘北バスケ部や、そのOB、桜木軍団、流川親衛隊など大勢が集まっていたが、ギリギリまで姿を現さなかったのがこの桜木花道。
水戸には「ああ見えて花道、流川がいなくなんの、寂しいんだよ」と言われたが、流川自身は最後にどうしても会いたかった。高校3年間、密かに桜木のことが好きだったからだ。付き合いたいとかそういう気持ちはなかった。最初からその勝負だけはしないと決めていたから。諦めというより、桜木に自分からのいらぬ恋心を知らせたせいで、バスケに支障が出てしまったら嫌だった。
桜木には何も考えずにバスケをして、自分を全力で倒しに来てほしかった。そのギラついた目に、自分も全力で応える。そういう関係。
だから空港に見送りに来たら、流川は言ってやろうと決めていた。「アメリカまで追いかけて来い」と。それが精いっぱいで、流川の中では半分くらいは告白のような意味も含まれている。〝待ってる〟と言いたかった。
しかし、桜木花道は現れない。水戸はああ言ったけど、毎日喧嘩ばかりしていたから、見送りなんかしたくなかったのだろう。
そう結論付けて、手を振る皆へ軽く会釈をする。もう保安検査の締め切りまで15分も無い。皆は2時間くらい前から一緒にいてくれた。桜木も同じ時間に約束していたハズだ。ここまで来ないのなら、きっともう来ない。待っていても仕方がない。肩を落とさず、なるべく胸を張って一歩を踏み出そうとした。
すると、手を振る三井の中指と薬指の間、少し後方で見覚えのある〝赤〟が揺れている。まだハッキリと確認したワケではないのに、体は勝手に動いていた。
持っていたキャリーを倒しそのまま〝赤〟の元へ。今生の別れじゃないのに、冷静になれなくて流川はそのまま思い切り……グーで殴った。
殴られた頬っぺたを押さえて「なにすんだ!」と文句を言う桜木も、その時の流川の顔を見てすぐに黙って、半袖から伸びる白い腕を掴み、ゆっくり引き寄せた。
「なんで、殴った側のお前が、ンな顔すんだよ」
「……こねーと思った」
「き、来て欲しかったのか? この天才桜木花道に」
「ん」
素直に頷かれるなんて桜木にとって予想外だった。声が上擦ってしまう。
「ど、どーせすぐにオレが抜くからな、せいぜいアメリカでも練習しろよ」
「抜かれるか、どあほう」
ぎゅうぎゅうと抱き合いながら交わされる会話は、見送りのメンバーに見られてはいるが、割り込む者はいなかった。ただライバルの熱い抱擁を見守り、ハルコの場合は号泣しながら見つめていた。流川の両親も留学先まで一緒に着いて行って手続きや荷解きを手伝うらしく、その様子を眺めて笑みをこぼす。
流川自身は「桜木が好き」なことを両親に言ったことはなかったが、たまにポツリポツリと桜木の話をする横顔は明らかに恋をするソレで、母親も父親もその気持ちに気付いていた。
一人息子の恋を密かに応援していたため、桜木が来なくて落ち込んでいる背中を見ているのは辛かった。恋が成就したわけではないけれど、桜木が駆けつけてくれてホッとしている。思いっきり桜木を殴ったのは後で叱るつもりではあるが。
「お、オレのこと、忘れんなよ」
「忘れない」
「ぜったい、忘れんな」
桜木は流川の髪をグシャグシャと撫でて一旦二人は体を離して見つめ合う。
「今更……もっと早く言えば良かったのに、決心つかなかった」
「なにが?」
途切れ途切れにそう言う桜木に、流川は首を傾げた。なにを言うつもりなんだろうか。
「は、離れたくねぇな、クソッ」
「………………」
「離したく、ない」
「……ッ」
「夢に向かっていくお前を送りだしてやらなきゃいけねーって、分かってっけど……」
流川から桜木にまた抱きついた。実は、流川が桜木を好きだと知っていたのは両親だけではない。赤木晴子や、流川親衛隊も流川を見つめるあまり、気付いてしまっていた。
バスケ一筋の流川楓が、唯一、桜木花道を見つめる時だけ眩しそうに目を細めるのだ。そして、その想いは秘めたまま告げるつもりがないことも彼女たちは知っている。
複雑な気持ちはあるものの、何があっても流川の味方であり、幸せを祈る彼女たちはただ見守ることしかできない。
「困らせたくないし、足枷にもなりたくない。変な同情なんかいらない。だけどハッキリさせて、次会う時までにお前のことを〝ちゃんと〟見られるようにするから言わせろ」
「なにを?」
もう一度体を離し、桜木は流川の真っ黒な瞳を真っ直ぐに見つめた。今までの告白なんか比にならないほど緊張している。手が震え、一つの単語を口にするたびに唇まで震えた。
「テメェのことが……いつの間にか、すげー好きになってた」
「は…………」
「振られてんのは分かってる。すぐに諦める。付き合ってほしいとは言わねぇ。ただ、アメリカに行っても……お前のライバルはオレだって覚えとけ。そ、そういうことだ。じゃ、行けよ。飛行機、もうすぐなんだろ」
「もうすぐ、だけど」
流川は離れて行こうとする桜木の背中に腕を回した。また肩に顎を乗せて、桜木にしか聞こえない声量で答えた。
「オレも好きだ、どあほう」
「えっ! え、え……え!」
「だから、振らない」
「……ンだよッ! もっと、もっと……早く言えよバカ、バカキツネ」
「テメーが言うの遅かった。ずっとマネージャーのことが好きだと思ってた」
「ま、まあ、自分でも気付いたの……お前の留学決まってからだったし。急に、離れたくねぇって、もっとお前とバスケットしたかったって」
「ん」
「クソ、もっと早く自覚していれば……もしかしたら、夢が叶ったかもしれないのに」
「夢?」
「好きな人と一緒に登下校すること」
「なんだそら」
くだらない。てっきりバスケのことだと思ったのに。でも今それを叶えてやれるのは自分だけだと思うと悪くない。流川は桜木にだけ、見えるようにフッと笑った。
「それは今、叶えられねーケド、他は?」
「……っその、ロマンチックなシチュエーションのは……全部したい、そのいろいろ、あのえっと」
ロマンチックと言われてもよく分からない。そういうのに流川は疎いのだ。母親が観ているドラマで見かけて、なんとなく恋人同士がするのは分かるけど……。
「分かんねーけど」
とりあえず流川は桜木の手を握った。それだけで桜木はビクついて体を硬らせる。顔が茹で蛸のようで真っ赤っか。面白ェ〜とか思いながら、桜木の唇に己の唇を重ねた。
やり方が合っているかは分からない。くっつけて直ぐに離した。
「今はこれしかできない、じゃ、行ってくる」
我ながら恥ずかしくて桜木の反応は見ずに逃げるように背を向けた。見送りに来ていた者たちには「おめでとう!」「お熱いね〜」と祝福された。晴子や流川親衛隊は涙を流して二人のロマンスに喜んだ。同じく涙を流して拍手をしている石井からキャリーを受け取り、皆に会釈をして両親と共に保安検査の列に並ぶ。
両親にも「やったね楓〜」と祝福され、流川は照れながらも深々と頷く。
「おい、る、ルカワ!」
振り返れば、桜木が真っ赤な顔で柵を乗り越える勢いで飛び跳ねて手を振っていた。流川はクールで手を上げさえしないが、その代わりに両親が流川の両手を取って振り返す。
「アメリカでも絶対に、誰にも負けんじゃねーぞ! お前をぶっ倒すのはオレだからな!」
「当たり前だどあほう」
「あっちに着いたら……あの、そのッ」
「着いたら電話する。待ってろ」
「!!!!! おう!!!!」
桜木も皆に祝福されたが、目には涙を浮かべていた。好きな人をアメリカに送り出すのは容易ではなく、家を出るのも遅くなってしまった。寂しさと自分の女々しさに泣けてくる。
桜木軍団は「やっとお祝いができる」と嬉しそうで、流川と恋人になれたのは桜木も死ぬほど嬉しかった。
夢に挑戦する流川にだけは負けたくない。自分だって今まで以上に練習する。金銭的なこともあるし、留学はできないかもしれない。
でも流川がNBAプレーヤーを目指しているのだ。自分だって負けたくない。今すぐはアメリカに行かなくたって日本でも流川のことは追いかけられるし、追い越すこともできるハズだ。
長い年月をかけ桜木はひたすらに汗を流し努力を重ねた。
そして今や流川と共に日本を代表するバスケットマンとなった桜木花道。前年からNBAで活躍し、同都市のライバルチームである流川をぶっ倒すために日々邁進している。
日本とは丸っきり生活環境などが違うため、大変な事もあるが、ひと足先にアメリカにいる流川に教わりながら充実して暮らしている。近所に美味い日本食レストランも見つけたし、よく二人で食べに行き、食事をする流川の写真を撮ってここに帰ってくる。
「テメー自分の写真は、上げねーのか」
ソファでの〝運動〟後、後処理をしてキングサイズのベッドまで流川を運んで横たわらせた。その隣でスマホを触る桜木をボーッと流川が見つめる。
「スポンサー関連のは上げてるし、オレのはたまーにで良いんだよ」
「なんで」
「良いんだよ」
ある時、桜木は流川の人気の度合いを分かってるつもりだったのだが、全然理解できていなかったことを思い知った。流川はファンに対してファンサービス的なことを行わないが、それが逆に〝良い〟と評判だ。流川親衛隊は今じゃ何千単位の人数を誇り、日本支部とアメリカ支部とある。高校時代から応援にかけつけていた者たちは今も現役で先頭に立ち声援を送る。
流川のためならなんでもやるし、口の硬さも折り紙付きで、金庫よりも厳重だ。桜木と流川が結ばれた日に居合わせ、辛くないハズがないのに、ただただ尽くす……その姿に桜木は頭が上がらなかった。
そして赤木晴子も中学時代から流川のことが好きだった。それなのに、今も桜木の悩みや相談を聞いてくれたり、背中を押してくれたりする。感謝してもしきれない。
いつも喧嘩ばかりして、正直流川を傷付け怒らせたことは数えきれないほどある。そんな自分なんかが皆に愛される『流川楓』を独占していることに申し訳ないという気持ちがあった。
かと言って、誰かに流川を渡すのかと言われればノーだ。だからせめて、流川のことが好きな人たちにSNSを通して流川が元気でやっていることを伝えたかった。
最初こそ、自分が撮った写真を流川に送って更新させていた桜木だが、面倒だといって流川はやらなくなった。仕方ないので自分のSNSに写真を上げると、流川のファンはしっかり確認してくれたためもうこっちで良いかと今に至る。
二人揃って隠し事が出来ない性格なので、コーチやチームメイトには桜木がチームに加入して少し経った頃には公認の仲となった。あんまり仲が良すぎて試合に影響が出ると良くないと最初は懸念された。
しかしひとたび試合で当たればコーチには「本当に恋人同士なのかい?」と心配されるほど、お互いを負かすため本気でぶつかり合った。その〝懸念〟は一度の試合で払拭された。
「お前のアカウントなんだから、たまには自分の写真上げろよ」
「だからオレのは良いんだって」
「お前のファンはオレばっかじゃつまんねー」
「オレのファンは別にオレの写真なんか期待してないんだよ。ファン層の違い」
「はあ。どあほう」
「ンだとー!」
「自分で思ってるより、お前の見た目も好きなヤツいると思うぜ」
「そんなヤツいるかよ」
「いる」
「そりゃ、世界のどこかにはいるかもだけど……」
「世界のどこかじゃない。目の前にいる」
一瞬耳鳴りかと思った。パチパチと瞬きをして流川の顔を覗き込むと、得意げな顔で頷いた。
「エッ、おあ、あ、おう。そ、そうなのか? お前が? オレのこと世界一カッコいいって思ってんのか!」
「それは言い過ぎ」
「そこは嘘でもそう言えよ!」
「でも、そう思うヤツは他にもいるから、もしかしたら世界一カッコいいって言ってくれるファンだっているかもな」
「そうか……」
「だから自分のファンのためにも写真上げた方がいい。オレじゃなくて」
「いや、お前の写真はオレが載せる。それは譲らん」
「なんで」
流川のファンに対して近況を伝えてやりたいという気持ちがある。それに花道は今の流川の発言を聞いてますます自分の写真はどうでもいいと思った。
「お前が、オレの見た目とか、中身とか好きだってんならそれで良い」
「良くねー。自分のも載せろ」
「だから、オレは良いんだよ」
「ダメ」
バスケ以外だとのほほんとしていて大抵のことには頷く流川なのに、今回は珍しく引き下がらない。ただ桜木がSNSに自分のことを滅多に上げないというだけなのに。
「しつこいな、オメーがバスケ以外にそんなムキになるとは」
「遠征中で顔見れない時、アルバム見返してたら冷やかされる。でもただテメーのSNS見てるだけなら、周りにも多分、言われないから……載せろ」
「なんっ……じゃあ、まあ……たまには」
「ん」
スポンサー関係の写真以外はすでに流川で埋め尽くされている桜木のSNS。ファンからは『流川楓の写真BOT』とネタにされている。そんな中、今更自分の写真を上げるのか、自分のSNSだけど、でも。
「世界一オレのことが好きで遠征中も恋しいって言うヤツがいるからなー、仕方ねーか」
「ん」
「……え、否定しねーのか?」
「なんで」
「お前が世界一好きなのはジョーダンだろ」
「好きっていうか、目標、そんで越える」
得意げに流川はそう答えた。世界一好きってワケではない?
「……………じゃあ、一番好きなのはオレ?」
「今更気づいたのか。はあ、ヤレヤレ。どあほうにもほどがある」
「だって、ジョーダンの本とかいっぱいあるし、お前ん家。実家にも山積みだった」
「目標だから当たり前」
「そーだけど」
「それより、オレをほったらかしでSNSの更新ばっかしてるオメーはどうなんだ?」
「どうって?」
「一緒にいる時にどっちかがスマホばっか触ってるのは良くないってチームメイトが言ってた」
「お前の写真上げてんだけど、そうだな。じゃあ写真は撮り溜めて、離れてる時に更新すっかなあ」
「ツーショット上げれば」
「あ? なんで」
「なんでって……」
流川の胸の奥がチクリと痛んだ。自分と二人でいるのが恥ずかしいとか? 桜木は今まで一度もツーショットを上げたことない。流川が次にSNSを更新しようと思っている内容は、実は桜木との関係を公表することだった。桜木は自分で理解している数倍モテているし著名人にもファンがいる。
幸いにも本人が鈍感な上、流川の写真ばかりを投稿するため『流川楓の強火オタク』扱いを受け、モテてはいても直接迫らるようなことはないようだが、正直流川は不安なのだ。男の自分よりもっと魅力的な女性に桜木が出会うと離れていってしまう気がして。
「オレとお前だけの思い出はあんま見せたくねーんだよなぁ。なんかこう、オレの中で線引きがあんだよ。だからツーショットは上げない。それはオレだけのモン。あ、チガウ、オレとお前のモン」
「………………」
「それで、もっとオレが選手としても人間としてもしっかりしたらさ、お前とのことちゃんと発表したいし、そん時に撮りためたツーショット上げようかなって。だからツーショットはリアルタイムには上げたくない。今はオレたちのモンにしときてーから」
「発表……すんのはオレのSNSでやる」
「お、そうか?」
「ん」
「じゃあ頼む」
「ん」
流川は変な思い違いをしてしまったことが恥ずかしくて堪らなかった。桜木には気付かれないように掛け布団を頭から被って〝キツネ〟のように丸まる。
「おい、相手しろって言ったのに布団に包まるなよ。やっぱり寝るのか?」
「………………」
「おーい、どうしたキツネ」
掛け布団の上から抱きしめられて頭を優しく撫でられ、つい安心してしまう。
桜木が自分のことを好きだってことは付き合ってからの言動で十分理解している。しかし、初めて好きになったのが桜木なため、確かめようもないけど、自分が他の誰かを好きになることなど考えられないため、恐らく男が好きなんだと思う。
それに比べて桜木は元々女が好きで、たまたま流川を好きになっただけ。バイセクシャルであるのは間違いないが、タイプの幅は広く、これから先、桜木にとってもっと魅力的な人物が現れたら、いくら負けず嫌いな自分でも太刀打ちできそうにない。人の心は努力をしても変えることはできないから。
いつかそんな日が来ると覚悟していたのに、桜木も流川との関係を公表すると言う。流川が公表できたら自分のSNSで…と一人考えていただけで、桜木と自分たちの関係を公にするかなんて一度も話したことはない。
「ルカワ? 具合わるい?」
「どあほう」
「誰がどあほうだ、おら、布団から顔出せ」
「嫌だ」
「こんのやろ〜〜〜ふぬ〜〜〜!」
「引っ張んなっ、入ってくれば」
「エッ」
「入ってくればいいだろ」
言われた通り、布団をめくって中に侵入する桜木。パンツだけ履いている流川の曝け出された太ももを撫で、後ろから抱きしめた。
「今日はいつもに増してセッキョクテキだな、キツネ」
「ただ入ってくればって言っただけ。何言ってんだか」
「世界一」
「あ?」
「世界一、す、す……好きなヤツに、布団に入って来いとか言われて我慢できるワケないだろ!」
「………………」
「なんか言えよ!」
「べつに、言うことない」
「は?」
「……満足だから、言うことない」
流川は背中を向けたまま、自分の腹に回された手に指を絡ませてギュッと握った。
「ふぬ〜〜〜! ったく、こっち向け!」
「……やれやれ」
仕方ない、手を握ったまま流川は振り返って桜木と向き合った。繋いでいない手で桜木は流川の輪郭をなぞる。柔らかい唇を親指で潰し、それから己のソレを重ねた。
「ふ、ん……ん」
「……たいに」
「は?」
「ぜったいに、そんなことオレ以外の誰にも言うなよ! ぜったいに布団に入れんな!」
「オレの布団に入りたいヤツなんか、そーいない」
「バカ! めちゃくちゃいるからオレは困ってんだよ! 自覚を持ていい加減にッ!」
「お前だって……他のヤツの布団に入ったら殺す」
「入るか! お前みたいに綺麗なヤツ見たこと……あ、いや。今のナシ」
「あ?」
自分の容姿を褒められようが、褒められなかろうが流川にとってはどうだって良い。でも〝ナシ〟と言われてしまうと、他に〝アリ〟の人物がいることになる。桜木にとって、誰かが〝アリ〟なのだ。自分は〝ナシ〟なのに。
「じゃあアリは誰?」
冷静に言ったつもりでも、体は正直だ。繋いでいた手に爪を食い込ませる。怒りを一点集中させ、桜木にもそれは伝わっていた。
「いたっ、チガウ! 正しくはお前は綺麗だけど、本当はバカで隙だらけで、たまにちょこーっと優しいところもあるって、ホソクするつもりだったんだよ! 容姿だけ褒めるんじゃ、なんか足りないし、それこそSNSの写真と一緒だ。デート中とか、どういう気持ちでオレが撮ってるとか、ただ写真見てるだけのヤツらには伝わらない」
「………………」
「容姿に限定すると、お前みたいに綺麗なヤツを見たことないのは本当だ。でも容姿だけって思われたくねぇ。中身も全部オレのツボをついてくるからいつも大変なんだぞって言い直したかった」
「タイヘン」
「そう、大変なんだよ! 我慢すんのが」
「我慢してるのはテメーだけじゃねえ」
「そ……そういうことをストレートに言ってくるとこだよ! バカ!」
「ンだと!」
「キレるとこじゃねえだろ!」
「バカって言われたらキレる」
そう言いながら流川は桜木の唇を吸った。離れる時に舌でぬらりと唇を舐める。
「ンぅ……ちょ、き、キレてるヤツのすることか? コレ!」
「良いから黙ってされてろ」
「何偉そうに言ってんだよ! お前がオレにされんだよ」
「チガウ。オレ」
「オレだ!」
体格の良い二人が布団の中で取っ組み合いのように暴れ始めたため、ギシギシとベッドが悲鳴を上げた。
「ベッドが壊れるだろ!」
「壊れるか。いつももっと暴れてる、お前が」
「暴れとらんわい!」
主導権を握りたがったため、とりあえず〝今は〟流川に譲ってやることにする。デコや頬っぺたなどに降り注がれるキスの雨を、瞼を閉じて受け止めれば、流川はますます上機嫌になる。
こういう流川の可愛いところはSNSを見るだけじゃ分からない。自分しか知らない。SNSを更新して、それについたコメントを見れば、たまに言い表わすことの出来ないような気持ちを抱く時がある。
例えば、バスの窓に頭を預けてイヤホンで耳を塞ぐ流川の写真には『カッコいい。なんの音楽聴いてるのかな。やっぱり洋楽かな?』『このイヤホンは〇〇のメーカーのだよね。同じの買います!』とか、さまざまなコメントが来た。
本当はこのイヤホンは桜木のもので、片耳ずつ付けて一緒に桜木の好きな邦楽を聞いている。ファンが真相を知ればショックで卒倒すること間違いない。
近況を教えたいだけなのに、たまにファンを騙しているようで罪悪感を抱くこともある。でも、流川が本当に自分だけのものだと実感して、誰かに自慢したくなる時もある。
もちろんファン相手に自慢することはない。そんな時は親友の水戸や桜木軍団のメンバーに電話して「惚気るなー!」と怒られるのだが。
明日の朝にはランニング中の流川の写真がSNSにアップされる。その数時間前まで二人が愛し合っていたことを知らないファンが〝いいね〟とコメントを送る。これぞ知らぬが仏。
でも実は、イヤホンが桜木のものであること、ランニングで流川が着ているジャージも桜木のもので泊まりの後であることも、生粋の流川推しであるハルコや親衛隊には全てお見通しであることを桜木も流川も知らない。
それから5年後。
NBAで日本人初の〝リバウンド王〟が誕生する。その一日のトップニュースとして取り上げられ、桜木花道もこの日ばかりは自分のピンショットをSNSへ上げて全国民から祝福された。
そして次の日、流川楓のSNSが約6年ぶりに更新された。写真は桜木花道と流川楓のツーショット数十枚を敷き詰めて一枚にコラージュしたものと、もう一枚はお互いの左手の薬指で光る指輪のアップであった。『#桜木花道なら仕方ない』『#桜木花道なら許す』『#流川楓ロス』『桜木花道ロス』『#推しの結婚』というハッシュタグが次々とトレンド入りし、その日は二人を祝う会(お互いのファンが傷を舐め合い二人の魅力を語らう会)もとい、花流ロス会というのが巷で多く開かれたらしい。
終わり