町の風景を少し上から見下ろす少女は、いつもの見回りに行っている最中だ。少女は何事もなくそこにある町の中の家や人を見て少し微笑む、そして今日なにかあったら今度こそ町のために戦ってみせるという意思を固めた。
「…でも」
少女は呟く、少女は力があるにも関わらずずっと戦えないままでいた。別に戦うなと言われているわけではない、むしろ逆だった。
『─むすび』
「っ！？」
聞こえるはずのない少女の…むすびの母親の声、むすびは家の者たちに戦う術を教えられていた、なのにずっと戦えない、ちょっと身体が動かなくなるのだ。
「…もっと、もっと、私が…私が、強かったら…」
自分では守れないかもしれないという不安からなのか、なんのせいかは本人にもよくわからない、ただしっかり戦えないということを重ねる度に自己肯定感は下がっていく、そしてそんなとき頭に過るのは自分を教育している母親の声。傷だらけになるような厳しい訓練をさせられて、弱音など吐こうものなら怒鳴られて罰を受けて…でも、それでもむすびは母親や家の者を恨んではいない、でも…頭の中を過る声はこわいままだった。
『─家の跡取りとしてちゃんと頑張らなくちゃ』
『戦おうなんて、ほんとは誰よりも弱虫な癖に』
『姉として弟や妹にも誇れるような強さを見せなきゃ』
またむすびの頭の中に流れてきたのは別の声、ただこれは誰の声でもない、むすび本人の声だった、もう一人のむすび、本人がなにも言い返せないようなことばかり言ってくる、そんな声をむすびはずっと聞いている。
「…やめ、よう…こんな…こと考えるのは…まだ…今日は…戦ってすらないし…」
頭を抱えて必死に声に耐えていたむすびは、なんとか落ち着けようとそう呟いて考えることをやめる。そしてふと、考える、この声ははじめてだと、いままでこんな自分と同じ声が聞こえてきたことなんてない。あれ…？じゃあ…とむすびは思考を巡らせる。その後はきっと後ろになにかが"いる"、そう判断するのに時間はかからなかった。
『そうやって、また自分の弱さと向き合おうともせずに逃げるの？』
『自分が嫌なんでしょ？自分を嫌にしたあいつらは？町のやつは？』
『そんなやつら、守らなくていいよね、守らなくてもいいんなら、全部壊せば…』
「うるさい！」
『…』
むすびは強く声を上げる。
そしてむすびは武器を強く握り、後ろに振り返る、そこでむすびの視界に映ったのは黒い影、それも、むすびそっくりな。
「私は…私は…自分のことが嫌い…身体が動かなくなる自分が大嫌い…それは認めるよ…でも…！」
むすびは続ける。
「でも！私はそれでもみんなを守りたい！跡取りとして！姉として！だから全部壊すなんてそんなことは…！しない！」
影は少し黙る、そして
『へえ、面白いこと言うんだね、でも、身体は動いてないみたいだね、やっぱりあなたは、誰よりも…』
『弱い』
むすびが本来の力を発揮できれば、こんな影相手に勝てるだろう、しかし今のむすびは身体の震えもあってただの虚勢のよう、これではとても戦えない。そんな状態で自分と同じ声で弱いなどと言われ、少し武器を持つ手が緩む。
『ほら、すぐこうなる。そこがあなたの弱いところ、すぐ考えるんだよね、逃げようって、そんなことを』
「…ちが…っわた、私は…っ」
『違うわけないでしょ？私はあなたを映した鏡みたいなものなの、あなたのことならなんでもわかるよ、ずっと怖がってることも、心の底では…』
「それ以上はやめて」
『…まあいっか。あなたはこのまま自分の弱さを恨みながら生きればいいよ、あなたをこんなところを殺す気にもならないし。また会おうね、"むすび"』
そういってむすびの姿をした影は消えていく、一気に力の抜けたむすびはへたりとその場に座り込んだ。
「あの影は…私…？じゃああの影が言ってたことは私が…」
私が、心のどこかで思っていることなの？