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    sika_blue_L

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    krs誕の345です。謎の大学生パロ

    ぬるいかぜ 長期休み期間にしては珍しく客の入りが疎らだった夜。締め作業に入ろうとした瞬間に鳴る、入店を知らせる合図に眉を顰める。ラストオーダー直前にやってくる客を咎めていい法は、まだこの日本には存在しない。客を迎えるのはホールバイトである俺の仕事だ。キッチンを任されているフリーターの彼と目が合った。めちゃくちゃ嫌そうな顔。そんなん、同じに気持ちに決まっとる。
     
     何が悲しくて誕生日をバイト先で迎えにゃいかんのか。日付け超える前に帰れると思っていたのに。
     
     現在、ラストオーダー十分前。ならいいです〜という言葉を客に期待する。しかし、それを悟られてはいけない。仕事用の笑みを声音を貼り付けて客の元へ向かう。
     
    「突撃隣の晩ごはーん」
    「いやお前かい」
    「俺じゃ不満かよ」
    「人の心があんねんなら回れ右せえ」
     
     貼り付けた顔も声も瞬時に削げてしまった。見知った顔の来店に胸を撫でおろす。乙夜なら返しても問題ない。良心に訴えてこのままお帰り頂こう。
     
    「なんか勘違いしてね?」
    「は?」
    「今日は客じゃないんだなこれが」
    「あれ? 烏くんまだ退勤してないじゃん」
     
     乙夜の後ろから声がする。遅れて暖簾をくぐって姿を見せたのは、これまた見慣れた顔。雪宮の手には車の鍵が握られていた。
     
    「嫌な予感すんねんけど」
    「ステキな予感の間違いだよ」
     
     日付が変わったら、俺はひとつ歳を重ねる。ガキの頃こそ、多少心踊るものがあったが、今ではただの平日に過ぎない。
     
     シフトを確認したらバイトは休みだった。日課のロードワークと筋トレ、滞っている大学の課題で丸一日を潰す算段である。
     
     だというのに、適当に理由をつけては騒ぎたい友人はお構いなしだ。俺の誕生日はかっこうの場らしい。
     
    「夜中のドライブっていいよね、視界がひらけてて気持ちいいし」
     
     あれから、他に来客もなく店を閉めることに成功した。裏口で待っていた二人に連行されやってきたのは、バイト先近くの駐車場。停まっていた車の後部座席に詰め込まれたのは、つい三十分ほど前のこと。
     
     前も後も走る車の見当たらない高速道路、控えめにあけた窓から入ってくる温い夜風、片手にはコンビニで調達した缶ビールを持たされていた。
     
    「不満そうな顔」
    「ちゃんと前見てろ」
    「見てるよ。そんな雰囲気感じるってだけ」
     
     雪宮はハンドルを握りしめたまま、器用に話しかけてくる。
     
    「お誕生日サマにそんな顔されると立つ背がねえんだけど」
    「別に。バイト終わりで疲れてるだけや」
    「ふーん?」
     
     気まずい時間が流れる。ペースを乱されるのは苦手だ。
     
    「あ、もう少しで日付け変わる」
    「ぬるいの飲みたないねんけど」
    「法律遵守でいこうよ」
    「分単位でか」
    「分単位でも、だよ」

     水滴の伝う缶に苦言を呈しているうちに、腕時計の中の針が、三本とも真上で重なった。
     
    「誕生日おめでとう、烏くん」
     
    「二十歳おめでと。大人の仲間入りじゃーん」
     
     運転席と助手席からなげかけられる祝いの言葉は…なんというか、ちょうどよかった。顔を突き合わせて受け取るには、かなり、そばゆい気がしたから。
     
    「…ちゅーか、なんでドライブなん」
     
     手元にあったビール缶をあけるとカシュ、と小気味のいい音が鳴る。飲み口からは、バイト先でよく嗅ぐアルコールの香りがした。
     
    「烏くん、何欲しいか聞いても答えてくれなかったでしょ」

     欲しいものならバイト代で買う。バイト代で買えないような、身の丈に合わないものは持たない主義だ。人からも、物は極力貰わないようにしている。無為に物を増やすのは好きではない。
     
     いらないと突き放しても、祝わないという思考にならないのかコイツらは。
     
    「だったら、俺たちがしたいことに付き合わせようかなって」
    「は?」
    「俺、久しぶりドライブしたくてさ。ひらけた道を思いっきり、ね」
    「おい、」
    「俺はね、日付変わった瞬間、烏に酒飲ませようと思って」
     
     なんでお前らのやりたいことを…と言いかけると、
     
    「振り回されたくないなら…自分の要求を通すしかないんじゃない?」
    「無理難題押し付けて困らせるくらいじゃねーと、俺たちは好き勝手するぜ」

     なんて勝手な奴らなんだ、思わず大きな声が出る。コイツら相手に遠慮なんて一ミリもない。ない…つもりだったが、
     
    「…ひとつ、頼みごと出来たわ」
    「なになに」
    「迎えに来るにしても…事前に言え。こう言う…急なのは、あんま好かん」
    「だってユッキー」
    「覚えておこうか、乙夜くん」
     
     アテもなく車を走らせる。サービスエリアに寄って、適当に飯を食って、それから俺の家で雑魚寝をするプランらしい。
     
     放置気味だった缶ビールに口をつけると、少し気の抜けた液体が喉を通る。
     
    「ぬっるい」
     
     この何ともいえない気持ちにさせられる時間と、同じくらいの温度だった。

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