来年も テーブルの上には蕎麦の入っていた器が三つ。それから、チラシを折って作った屑入れにはみかんの皮が山盛りになっている。テレビの液晶の中ではあまり見慣れない芸人がスタジオを賑やかしていて、どこからともなく聞こえてくる除夜の鐘はまだ鳴り止まやない。年が明けて間もない、なんとも言えない雰囲気だ。
暖房で温まった部屋には三人の姿があった。こたつ布団の中から出てこない者、テレビに釘付けの者、コートを羽織りマフラーを巻き、外出する気満々の者。各々が好き勝手にする。
「——初詣、俺も行こうかな」
こたつから顔を出してぽつり。乙夜がそう零した。先ほど訪ねた時は寒いからパスと即答していたのに。彼が持つスマホを覗き込むとSNSが開かれていた。そこには神社に来ている女の子たちの写真が何枚も映し出されている。現金な野郎である。
「俺はもう出るけど、行くなら早めにしなね。人混みやばいらしいよ」
「なんで。ユッキーと一緒に行く」
「もう家出るだけだよ、俺」
「すぐ着替えるし」
「こたつ布団に肩まで入ってる人に言われてもな」
スウェット姿の乙夜がモゾモゾとこたつから這い出てくる。伸びをする猫のようなポーズをしてから自室に消えた。しょうがない、一人でさっさと行って帰ってくる算段だったが、話し相手がいた方が長蛇の参拝の列も気がまぎれるだろう。
着替えたらすぐ行くからねと告げてソファに座る。するとクン、と下に引っ張られるような感覚。視線を下すと服の裾を掴まれていた。烏だ。
彼も乙夜と同じく留守番を宣言していた一人だ。お◯しろ荘を見て寝る!と高らかに言い放ちテレビの真正面を陣取っていたのに。今は液晶を背にして何かいいたげにこちらを覗き込んでくる。上目遣いの視線はとろんとしていて今にも寝てしまいそうだ。
「お留守番よろしくね、烏くん」
「……ゃうやろ、」
「んー? なに、もう一回」
「……ひとり置いてくんは、なんか…、ちゃうやろ…?」
「えー……?」
「乙夜が行くならユッキーはいたらええやん…。」
「なにその謎理論。もしかして眠い?」
「ねむない!」
「そんな瞼くっついたまま言われてもな…。」
「〜〜〜…!」
「……烏くんもいく?」
「んー…。」
「えー、どっちなのそれは」
「外連れてったら嫌でも目ぇ覚めるだろ、ほれ」
「うわ、」
「というわけで、烏の分も服持ってきた」
「なんだ、聞こえてたの」
「バッチリね。ほい烏、腕あげろ、髪は…適当に結ぶかんな」
「んぁ〜〜…。」
「下は自分で履きかえて、…おいこら、寝るな、置いてかれて〜の」
結局三人で行くことになった。すっかり目の覚めた烏と元気になった乙夜は仲良く小突きあっている。宥めながら肩を並べて歩くと、家族、カップル、色々な人とすれ違った。
ふと、疑問に思う。他人の目に、俺たちはどう映るだろう、友達? それとも兄弟?
「言ってへん!」
「この耳で聞きました〜」
「しつこいねんお前、」
「……やめなよみっともない。ほら、小さい子に笑われてるよ」
向かいからやってきた親子。その子どもが二人を指差して何か楽しそうにしているのが視線に入った。一緒に歩きたくなくなってきたな。すれ違いざまに会釈をする。すると、
「お兄ちゃんたちとっても仲良しね!」
なんて言われてしまった。そっか、仲良しか。純粋な目にはそう映るのか、と。なんだか急に気分が良くなってきた。
「ほら、仲良しなんだから喧嘩しない」
子どもの言葉に倣ってみた。二人の間に入って、手を掴む。前後にブンブンと大きく振り回して、呆気に取られた二人の顔を交互にみる。残念、振り回されてばかりなのは柄じゃないんだよ。
「……あけましておめでとう。今年もよろしくしてあげるね」