少しでも長く一緒に居たい「兄上、ここに軍着の内容をまとめた資料を置いておきますね」
「ああ、ありがとうスタルーク」
そう言ってスタルークは、腕に抱えていた大量の紙束を執務机に置いた。机に向かって筆を進めていたディアマンドは、資料の1枚をめくり目を通しながら、ちらりと横目でスタルークを見つめる。
「それでは僕はこれで失礼します」
一国の国王であるディアマンドは何かと忙しい。大好きな兄であり、一生を誓ったパートナーである彼ともう少し一緒にいたいところだが、多忙な彼に迷惑をかける訳にはいかない。そう考えスタルークはいつも、用事が済むとすぐに部屋を去ろうとする。
「…………」
今日もまたすぐに部屋を出ていこうと踵を返したスタルークの背を見つめ、ディアマンドは口を開いた。
「スタルーク、ちょっと」
「はい、何でしょうか?」
呼び止められたスタルークは、不思議そうな表情で振り返った。目が合うとディアマンドは優しく笑い、手招きをする。疑問を抱いたままディアマンドの目の前に立つと、ぽんぽんと自らの膝を叩いて座るよう促す。
驚いたように目を見開いたスタルークだったが、無言で座れと訴える眼差しに、おずおずと歩みを進める。
「わっ!?」
そのもどかしさに、ディアマンドはスタルークの腰に手を回し、グイッとと引き寄せた。体勢を崩したスタルークは、ぽすんとディアマンドの膝に着席する。
「あ、兄上!これでは仕事の邪魔になりませんか?」
「何を言ってる。邪魔になどならない」
慌ててこちらを見上げるスタルークに、ディアマンドはこつんと額を合わせ答える。息もかかるのが分かるほどの近い距離に、スタルークは顔が熱くなるのを感じた。
「むしろ、こちらの方が仕事が捗る」
「えぇえ〜……っ」
スタルークだけじゃない。ディアマンドだって、スタルークと過ごす時間を楽しみにしているのだ。少しでも長い時間、愛するパートナーと共に過ごしたい。お互い同じ事を考えていた。
「……ふっ」
「どうしましたか?」
しばらくの間静かに書類と向き合っていたディアマンドだったが、ふと笑みが零れた。スタルークはまたも不思議そうに兄を見上げる。
「いや、こうしていると昔を思い出してな」
スタルークがまだ幼い頃、こうしてディアマンドの膝の上で過ごす事が多かった。その時の事を思い出し、スタルークも笑い返す。
「そうですね。昔はよくこうして、兄上の膝の上で本を読んだり読んでもらったりしましたね」
暖かい午後の陽の光を背に浴びながら、穏やかな時間が流れていく。
「懐かしいな。たまにはこうしているのも悪くない」
「はい……!」
*
「ディアマンド、失礼するわ」
コンコンと扉をロックしたシトリニカだが、返答が来ないことに首を傾げる。
「居ないのかしら……?ディアマ……」
そう思いながら、そっと扉を開けて中を確認したシトリニカは、ばっと口を抑えて体の向きを変えた。そしてもう一度部屋を覗く。
中には机に伏してすやすやと寝息を立てるスタルークと、それに覆い被さるようにして寝ているディアマンドの姿があった。
「…………」
その姿を見てシトリニカは、しばらく目をぱちぱちとさせていたが、ふふっと笑うとどこからとも無く毛布を持ってきて、2人の背中にかけた。
「こうして見ていると、昔のことを思い出すわね」
シトリニカは、ディアマンドとスタルークの従姉妹だ。幼い頃から2人の近くにいた彼女もまた、幼き日の事を思い出して懐かしむのであった。