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    ⚓️♻️三部作③ 🏄デートする話

    ふれてもいいよ 空は快晴、海には白波。
     眩しい太陽の下、きらめくビーチの上。
     ホバークラフトを走らせて、ズーマがやって来る。尻尾も腕も、ぶんぶん振りながら。

    「おまたせーっ、ロッキー!」
    「ううん、そんなに待ってないでありますよ」

     なんて定番のやりとり。これって何だか、世間一般に言う「あれ」みたいだなあ、なんて思っていると──

    「よしっ、じゃあ行こっか。デートに!」
    「……デートじゃないでありますよ!?」

     たった今思い浮かべていた単語を当てられて、強めに突っ込んでしまった。ズーマは「えー、いいじゃん」なんて言いながら、いたずらっぽく笑う。
     そしてぼくの手を取り、こう言った。

    「今日は一日、全力でエスコートしちゃうよー!」

     小慣れた台詞と手の温もりに、小さく心臓が鳴った。そんなぼくの動揺にはお構いなしに、ズーマはぐいぐい攻めてくる。
     今この瞬間、ふたりきりの休日が始まった。




    ******************




     事の始まりは、少し前。
     とある任務をきっかけに、ふたりで海に出かけようとズーマに誘われた。
     いつもなら海への誘いなんて断る一択なのだけれど、そのときはなぜか、行ってもいいかなと思ってしまったのだ。そこまではまだいい。

     約束を取り付けてしばらくしたあと、なぜかズーマがぼくに対してよそよそしくなった。避けるとまではいかないし、普通に会話はしてくれる。だけど体が触れようとすると、顔を赤くして避けられてしまう……という具合だった。
     自分が何かしてしまったのか、もしかして嫌われてしまったのか。色々不安に思っていたけれど、結局つい昨日、誤解は解けた。──ただ、その理由は意外なものだったけれど。

    『ロッキーのことを嫌いになったんじゃない。好きだから、触れなくなっちゃったんだ』

     聞いていくうちに、理由がわかった。
     たぶんズーマは、ぼくのことを好きでいてくれている。友達としてだけじゃなく、特別な相手という意味で。
     そのあとはまあ、色々なことがあったんだけど……誤解が解けたあとのズーマは、なんというか、凄かった。

     ぼくに触れないと照れていた頃が嘘みたいに、こうして手を取ったりしてくる。しかもさっきみたいに、さらりと口説き文句のような台詞付き。まるで、開き直って吹っ切れたかのようだった。
     今日だって別に、パウステーションから一緒に出発すればよかったんだけど、ズーマの「だって待ち合わせした方がデートっぽいじゃん」という一言で、こんな形になった。

     正直言うと、嬉しかった。
     だってぼくもズーマのことが、同じ意味で好きだったから。まあ、この気持ちが何なのかを自覚したのはつい最近──というか、昨日の夜なんだけど。

     だけどぼくには、今の関係を変える気はない。

     すべてのものは、いつか壊れる日が来る。たとえそれが、どんなに頑丈で、絶対的に思えるものでも。
     壊れたのが物ならば、まだいい。修理さえすれば、元の形に戻せるからだ。
     でも、相手との関係はそうはいかない。昨日まで優しかった相手が突然突き放してくるなんて、野良時代に嫌というほど経験している。

     ぼくにとってパウパトロールは、一番大切な居場所だ。互いに認め合えて、助け合えて、自分らしくいられる場所。
     みんなとは仲間として、上手くやっていけてると思う。だけど、そのなかで特別なひとりができてしまったら? 想いが通じ合って一時はうまくいったとしても、もしそれが壊れてしまったら?
     そう思うと、仲間という今の関係が、変わってしまうのは怖い。

     だからぼくは、この淡い想いを胸に秘めたまま、なかったことにしようと思っている。
     ズーマも今はぼくを好きと言ってくれているけれど、このままはぐらかしていれば、いつか他の誰かを好きになるかもしれない。そのときはきっと、辛くてたまらないだろうけど……また仲間として一緒に居続けられる。

     だから今日は、ただの友達として、一緒に過ごすだけにしよう。好きな相手とふたりで出かけられるだけで、もう充分すぎるくらい幸せだ。そう思うことに決めた。




    *****************




     ふたりを乗せたホバークラフトが、蒼い海上を走る。涼しい海風のおかげで、火照った頬が冷えていくのがありがたい。
     操縦席のズーマの顔を、少し後ろから眺めてみた。褐色の毛並が、海風に靡いている。金色の瞳が太陽を反射して、宝石みたいに輝いていた。

    (……かっこいいなぁ)

     つい浮かんだ感想を、頭を振って振り払う。
     そうこうしているうちに、目的地が見えてきた。


    「ついたよー!」

     停泊したのは、少し沖合に入った場所だった。
     陽の光を照らして、きらきらと輝く海。青々とした波は揺れ、涼風が吹きぬける。
     最高の景色を背景に、ズーマの笑顔が映えている。──だけど、その手に持つのはサーフボード。

    「やっぱりウインドサーフィンやるのぉ……?」
    「うん、前にやってみたいって言ってたでしょ? いい機会かなぁと思って!」

     確かに言った。言ったけど、やっぱり濡れるのは御免だ。それに、せっかく今日のために嫌いなお風呂にまで入ってきたのに……。

    (──あ、でもあれって……)

     ズーマが持っているのは、昔ぼくが直したサーフボードだった。コーニーを助けるために、一度はぽっきり折れてしまったそれは、ぼくの貼り合わせた帆と、流木をリサイクルした支柱でできている。パーフェクトだと褒めてくれた、思い出のサーフボードだ。
     あれからずっと手入れして長く使ってくれているみたいで、それはとても嬉しいけれど。

    「でも濡れちゃうし……」
    「え、大丈夫だよ?」

     心底意外だと言うように、きょとんとした顔で答えるズーマ。

    「……? ていうか、持ってきたサーフボードって一枚だけでありますか? もしかしてぼくは見てるだけでいいの?」
    「そんなわけないじゃん。──こっち来て!」
    「うわぁ!?」

     ぐいっと腕を引かれて、サーフボードの上に乗せられる。背中側にズーマが立って、片手でぼくを支えつつ、もう片方の手でマストを掴んでいる状態。
     うそでしょ、こんなの予想もしてなかった。波でぐらぐら揺れる足元が怖くて、必死でズーマの体にしがみつく。

    「僕がついてるから安心して。ロッキーのこと、一滴も濡らさないから!」
    「わわっ、ちょっとぉ!!」

     直後、マストを繰って発進した。ゆったりとしたスタートだけど、波の音がだんだん早くなる。
     なるべく動かないように体を硬直させているけれど、それでも足元はおぼつかない。

    (やってみたいとは思ってたけど……ウインドサーフィンって、こんなにスピード出るの!?)

     速度が上がることに耐えきれなくて、ぎゅっと目を瞑る。するとズーマが、後ろから声をかけてきた。

    「ロッキー、目を開けてみて!」
    「い、いやであります! こわい……!」
    「大丈夫だよ、僕を信じて」

     おそるおそる、目を開けてみる。するとそこには、絶景が広がっていた。

    「うわぁ……!」

     光に満ちた海の上を、まるで空を飛ぶみたいに滑っていく。風切り音が耳をかすめて、火照った頬をやさしく冷やしてくれる。
     サーフボードはぐんぐんと、風をきって進む。エンジンも積んでいないのに、風と波の力だけでこんなに速度が出るんだ。

    「ねっ、気持ちいいでしょ?」
    「うん!」

     ズーマは最高の笑顔を咲かせて、「イエーイ!」といつもの口癖。水の上にいるのにこんなに余裕そうな姿、ぼくからすれば本当に信じがたい。
     すると突然、大きな波につかまった。ぐらりと傾く感覚に、落ちちゃう、と小さく悲鳴をあげる。すると、ぐっと腰を引き寄せられた。

    「しっかり掴まってて」

     口元は微笑んだまま、真剣に前を見据える横顔。マストを掴む腕には、しっかりと力が込められている。どんな波が来ても、ぼくを支える腕はびくともしない。
     ズーマはぼくより少し背が低いけれど、いつも水に潜っていることもあり、意外と鍛えられている。何たって、あの上背のあるチェイスといつも良い勝負をしているくらいだ。

    (……こんなにカッコいいの、ずるいであります)

     小さな呟きは誰にも聞こえることなく、ただ海面に吸い込まれていった。





    ****************



     
     しばらくウインドサーフィンを楽しんだあと、ホバークラフトをサブマリンへ変形させて、ぼくたちは海中を進んでいた。

     近海を潜り、岩礁を抜けて、さらに少し先へ。
     たどり着いたのは、海蝕洞。自然の力でできた洞窟だ。洞窟内の三分の一ほどは海水で、差し込んだ淡い光で、青く澄んでいる。少し薄暗いけれど、怖いというより幻想的だ。

    「アドベンチャーベイに、こんな場所があったんだぁ……! 知らなかったであります」
    「でしょ? 僕の秘密の、お気に入りの場所なんだ! サブマリンでしか来れないからね」
    「秘密なのに、ぼくに教えちゃってよかったの?」
    「うん、ロッキーにならいいよ」

     ズーマはそう言うと、目を細めて笑う。いつもは太陽みたいな笑い方をするくせに、たまにこうして、大人びた笑顔を見せるときがある。そんな顔を見るのも、ぼくは好きだった。


     水辺に座り、しばらく他愛のない話をした。そのまま話に夢中になっていると、足先にひんやりした水の感触。

    「ひゃっ……!?」

     いつのまにか、潮が満ちてきたようだ。寄せてきた水が足にかかりそうで、慌てて避ける。ズーマとの会話が楽しすぎて、水がこんなところまで来ていたなんて、全然気づかなかった。

    「──やっぱり、そろそろ帰ろっか」
    「えっ?」

     隣にいるズーマが、申し訳なさそうな顔で言う。

    「一応ここは満潮になっても、三分の一くらいは濡れないんだけど……ロッキーは嫌だよね。ごめんね、やっぱり行き先海じゃなかった方が──」
    「ち、ちがうであります!」

     本当に違う。ぼくは水に触れたら、反射的に避けてしまう。それはそうなんだけど、でもだからといって、帰りたいわけじゃない。

    「でも、濡れたくないんでしょ? じゃあ帰ったほうが……」
    「それはそうだけど、そのぉ……そうじゃなくて、えっと」

     どうしよう。帰りたくない気持ちが思わず口をついて出てしまったけど、上手く説明ができない。というか、理由を正直に言うのはちょっと……いやかなり恥ずかしい。一瞬、適当にはぐらかしてしまおうか、と思ったけれど──

    「ロッキー、大丈夫?」

     ぼくの背に、気遣うように手を添えてくれる。ズーマはいつもそうだ。ぼくが濡れそうなとき、度々さりげなく気遣いの言葉をくれる。任務で水に入らざるを得ないときは、心配を含んだ目で見守ってくれる。
     そんなズーマが、ぼくに無理強いさせたと思って、申し訳なさそうな顔をしている。
     想いを受け入れないと決めてはいたけれど、悲しい顔をさせたかったわけじゃない。

    「もしよかったら、聞かせてくれる? ロッキーのしたいようにしていいから」

     言い淀んでしまったぼくを、ズーマは優しく見守ってくれている。どうしよう、言っちゃだめだ。だって言えば気づかれてしまう──ぼくの本心を。
     だけどやっぱり、言ってしまいたい。ぐるぐるぐるぐる、頭の中が渦巻いている。
     もういっそ、いっそのこと、ありのままを──

    「だって……濡れたら、一刻も早く体を乾かしたいと思うでしょ?」
    「えっ?」

     とうとう、口に出してしまった。思いのままをそのまま言葉にしたから、当然意味が通じない。
     さすがのズーマも、何が何だか分からないという顔をしている。それはそうだろう。なんかちょっと心が折れそう。でも、ここまで来たらもう言うしかない。

    「……体が濡れたら、タオルで拭いて、ドライヤーかけるために今すぐケイティのお店に行かなきゃいけないでしょ?」
    「え、うーん、どうかな。僕は別にそこまで──」
    「……つまり、濡れたら帰らなきゃいけなくなるでありますよね?」
    「──ん?」
    「だからそのぉ、つまり……」

     大きく息を吸って、ひと思いに告げる。これが、ぼくのできる精一杯の気持ちの示し方だ。

    「濡れたら、デートが終わっちゃう……」

     つまりは、帰りたくないから濡れたくない、ってことを言いたかった。我ながら、なんて遠回しな言い方なんだろう。

    (どうしよう、ズーマの顔が見れない……)

     ただでさえ静かな洞窟内に、さらにシーンと広がる静寂。
     しばらくうつむいて、だけど空気に耐えきれなくなって、ついにちらりと顔を上げる。──そこには、何も言わずに固まっているズーマがいた。
     えっ何これ恥ずかしい。いっそひと思いにイジってほしい。

    「ちょっとぉ、せめて何か言ってよ! ……って、ズーマ?」

     すると突然、ずいっと顔を近づけられた。
     目が座っているようで、だけど眼光はちょっと鋭い。金色の瞳だけが、薄暗い洞窟の中で、ぎらぎらと光っているみたいに思えた。

     顔と顔が近づいて、あと少しでも動けば鼻先が触れそうな距離。そこまできたところで──

    「あっぶな……!」

     寸前でズーマが顔を逸らした。瞳はいつもの優しく澄んだ色に戻っていて、頬が紅潮している。
     ズーマは深くため息をついたあと、少しだけキッと視線を鋭くしてぼくを見た。

    「──あのさあ、昨日も言ったけど、あんまりそういう可愛っ──誤解されるようなこと簡単に言うの、よくないからね…!?」

     時おり見せる、ジトッとした目つき。あっ、これは結構本気の説教だ。

    「僕、ロッキーよりひとつ年下だけどさあ……これでも一応雄なんだから、好きな相手にそういうこと言われると、困るんだよ」
    「すっ……困るって?」

     ズーマは頬を染めたまま、少し苦い顔。
     嘘でしょなんで分かんないの、みたいな顔をしている。大人びたところはあるけれど、ズーマはけっこう顔に出るタイプだ。

    「……期待しちゃうってこと!!」

     赤い顔で言い放って、もう行こうか、と立ち上がる。思わず咄嗟に、体に触れて引き留めた。もう、歯止めが効かない。

    「……き、期待しても、いいでありますよ?」

     ついに言ってしまった。決定的なひとことを。だけどもうここまできたら、後戻りはできない。
     ズーマはそのまま、ゆっくりと体をおろして、僕と目を合わせる。

    「またそういうこと言っ、て……」

     言葉尻が小さくなって、そのまま消えた。たぶん、ぼくの顔が赤くなってるのがバレたから。

    「……ほんとに?」

     もう声が出ない。だから、小さく頷いた。
     うつむいていた顔を上げると、また目が合う。そのまま、がしっと肩を掴まれた。
     押された勢いのまま、後ろに倒れる。あ、またこの体勢だ。そう思う間もなく、ズーマの顔が迫ってくる。

    「…………!」

     口と口が、触れている。鼻と鼻じゃなく、口を合わせている。人間でいう、いわゆるキスだ。
     熱い吐息がかかって、そのまま口をこじ開けられる。角度を変えて、何度も何度も、性急に口づけられる。どう呼吸をすればいいのかわからなくて、息が荒くなる。それでも、やめてはもらえない。時おり開く目から覗く、金色の瞳。太陽みたいな眼光で、ぼくを射抜いてくる。


     ようやく解放されて、しばらくふたりで息を整えた。心臓が張り裂けそうで、身体の芯からよく分からない震えが生まれている。
     ぼくよりも少し早く呼吸を整えたズーマが、気まずそうに言った。

    「……ごめん、ちょっと強引だったよね」
    「う、うん……」

     ちょっとどころかだいぶ強引だった、とは言えなかった。頭の中が大混乱でそれどころじゃない。
     だけど、けして嫌じゃなかった。むしろ、もう一度──

    「僕たち、両想いってことでいいんだよね?」

     確認するような言い方に、ぐっと喉が詰まる。改めて言葉にされると、なんだかものすごく照れ臭い。

    「えっとぉ、そのぉ…………わ、わざわざそういう確認するの恥ずかしいであります」
    「だっ、だってちゃんと言葉にしないと分かんないじゃん! ロッキーすぐ本気か天然か分かんないこと言うし! 別にそういう意味じゃないのに、僕のこと好きだとか、カッコいいとか、触ってほしいとか色々さあ……!!」
    「な、なんかごめん……」

     勢いに押されて謝るぼくを見て、ズーマは長い深呼吸をした。それから、額をこつんと合わせてくる。

    「僕だって言ったでしょ、ロッキーのこと、特別な意味で好きだって。……そっちも言ってよ、ちゃんと言葉にして」

     少し上目遣いで、まっすぐにぼくを見つめてくる。正直かわいい。さっきまでぎらぎらしていたくせに、こういうときには年下の顔をするの、ずるいと思う。

    「……す、好きであります、よ……?」

     僕のたどたどしい言い方に、ズーマは目を細めて笑う。緊張していた表情が、ちょっとだけ柔らかくなった。

    「ええー、この前までは普通に言えてたじゃん。どうしちゃったの?」

     今度は少しだけ、意地悪な顔。上がった口角が、ちょっとだけ腹立たしい。

    「だって、好きの意味が変わっちゃったからぁ……」

     これ以上面と向かって言うのは無理だ。そう思って顔を逸らしたら、ふいに抱きしめられた。

    「顔、見ながらじゃなければ言える?」

     いつもみたいな優しい声。彼のこういうさらりとした気遣いが、ぼくはたまらなく好きだ。だからもう、思いのままを伝えてみることにした。

    「……だいすき……」

     息を呑む音がして、それから、ぼくを抱きしめる腕に力がこもる。

    「僕も!」


     しばらく抱き合って、余韻に浸った。心臓の鼓動は少しずつ落ち着きを取り戻している。なんだか幸せだなぁ、なんて思っていると。

    「……ねえ、もう一回していい?」
    「何をでありますか?」
    「さっきの続き」

     えっ、と半ば濁点混じりの声が出た。改めて言われると恥ずかしいし、正直もうキャパオーバーだ。
     さすがにぼくも一応年上だから、断るときはちゃんと断ろう。そう思ってズーマの顔を見たら、またも金色の眼光に射抜かれた。そして結局、つい絆されてしまう。

    「ちょ、ちょっとだけなら……」
    「やったー!」

     この関係もいつか、壊れるときがくるのかもしれない。でもぼくの頭の中には、アイデアが満ち溢れている。もしそんな日が来たとしても、ぼくの持つものすべてをかけて修理して、必ず最高の状態に仕上げてみせる。そんな覚悟を決めながら、ぼくより少し小さな体を抱きしめ返した。
     ──そして。



    『パウ・パトロール、パウステーションに集合!!』

     甘い時間は数分後、けたたましく鳴り響くパウタグによって終わりを迎えたのだった。




    *****************




     パウステーションのエレベーター内で、ぼくとズーマのふたりだけが、肩で息をしている。
     他のみんなはとっくに来ていて、ぼくたちふたりだけが全身びしょ濡れだった。

     当然のように心配してくれた皆には、遊んでいたらちょっと水に落ちちゃって、と苦しい説明をした。
     チェイスとスカイは少し怪訝な顔をしていたけれど、おおらかなラブルは言葉通りに受け取ってくれた。マーシャルに至っては、あたたかいタオルをかけて体調まで心配してくれた。その純粋な親切心が、良心にちくちくと突き刺さる。

     昇っていくエレベーターの中、隣のズーマにだけ聞こえる声で、恨み言をこぼした。

    「ぼくのこと一滴も濡らさないって言ったのに……!」
    「だってしょうがないでしょ……!? あれだけお互いの匂いが付いちゃったら、水でも被らないと消えないじゃん!」
    「声が大きいであります!!」

     ただひとり、誰よりも鼻が効くチェイスが匂いで察して頭を抱えていたことを、ぼくたちは知る由もなかった。
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