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    ⚓️♻️⚓️ 嫉妬する黒木くんの話(擬人化)

    嫉妬と足癖──ダァンッ!

    背にした壁の足元から、鈍い音がした。
    一瞬なにが起こったのか分からなくて、おそるおそる、音の発生源に目をやる。

    僕より少しだけ背の高い、年上の恋人。
    いつも被っているキャップの鍔で、表情は見えない。ただ俯いて、何も言わない。
    だから、遠慮がちに声をかけてみる。

    「……ねえロッキー、この足、何?」

    顔を上げると、琥珀色の瞳と目が合った。
    いつもは優しげな顔をしているくせに、今日は少し様子がおかしい。
    真顔を作ってはいるけれど、どこか不服そうな色を滲ませている。

    「さっきは随分、楽しそうでありましたね」

    ようやく出てきた一言に、思案を巡らせる。
    多分、あれのことだ。
    ついさっき、ロッキーとビーチで待ち合わせする、少し前。
    約束の時間まで少し間があったので、すぐそこの海でひと泳ぎしてきたのだけれど──陸へ上がると、複数の女の子たちに声をかけられたのだ。

    前から見ていました、だとか、連絡先を教えてくださいだなんて、色々言われた気がする。
    僕が心に決めた相手は一人だけだから、当然やんわり断ったけれど──もしかして、その光景を見られていたんだろうか。
    合点がいくと、小さく口角が上がってしまう。

    (つまりは、ヤキモチ妬いてくれたってこと?)

    やり方が若干怖いけれど、可愛い恋人に嫉妬されて悪い気はしない。
    壁際に追い詰められたまま、僕より少し細い肩に手を回してみる。

    「女の子達には、連絡先教えてないよ? 僕にはロッキーしか見えてないから」

    何も答えないのを良いことに、そのまま距離をつめて、耳元で囁いた。

    「不安になっちゃった? 心配することないのに。──ねえ、部屋行こうよ。約束してたでしょ」

    与えてしまった不安は、どろどろに可愛がって甘やかして、溶かしてあげるに限る。
    いつもは顔を赤くしたロッキーが小さく頷いて、そのまま甘い時間が始まるのだ。
    ──だけど、今日はどこか違う。

    「ロッキー? どうし──」
    「そういう事を言ってるんじゃないでありますよ」

    僕の右脚のそばに置かれていた足が、一度離れた。
    そのまま、また壁にダンッ!と打ちつけられる。
    今度は右脚じゃなく、両脚の間。
    ひゅ、と思わず息を呑んだ。

    「確かに連絡先は教えてないかもしれないけど、あんなふうに気を持たせる言い方はどうかと思うであります。きっぱり断るのも優しさでしょ?」

    普段はやさしく下がった眦が、めずらしく吊り上がっている。いつにない迫力に、しばし言葉を発せない。

    「ええっと……どういうこと?」
    「自覚してないの?」

    いつもの喋り方みたいに、語尾が伸びてない。
    多分これは、本気で怒ってる。滅多にないけれど、こういう時は口ごたえしないほうがいい。
    ロッキーはようやく壁から脚を退かして、軽くため息を吐いた。

    「断るなら、遠回しに言うのやめた方がいいでありますよ。気持ちは嬉しいよとか、君は可愛いからすぐ他の相手が見つかるよとか、声かけてくれてありがとうとか──そこまで言う必要、ある?」

    確かに言った。全部言った。
    勇気を出して声をかけてくれただろう女の子を前にすると、ばっさり斬り捨てることはできなかった。
    それにやっぱり、目の前ではっきりと好意を向けられてしまうと、正直どうしても悪い気はしない。
    付き合う気は全くなかったとしてもだ。

    色んな意図が織り重なって、結果的にああいう言い方になった。その場は丸く収まったし、女の子も泣かせることはなかったから、正直上手く対処できたな、とまで思っていた。

    「気持ちに応えられないのなら、気を持たせる言い方はやめた方がいいと思う。……それがズーマなりの優しさなのかもしれないけど」
    「……ロッキー」
    「まあ、いずれあの子と付き合いたいのなら、別にいいと思うでありますよ」

    結果的に女の子を苦しませてしまうだろうことと、恋人を不安にさせてしまったこと、両方を今初めて自覚した。

    申し訳ない気持ちが湧いてきて、ロッキーの肩に回していた手をするりと下ろした。
    そしてそのまま、手のひらを握る。

    「……ごめんね」
    「分かってくれたなら、それでいいであります。……ぼくもごめんね、きつい言い方して。それに、断る断らないはズーマの自由なのに」

    いつもの優しい声色に戻ってくれた方ことに、内心安堵した。
    このあとはちゃんと謝って、たくさん愛を囁いて、溶けるほど可愛がってあげよう。

    「断るに決まってるでしょ。僕が好きなのはロッキーだけだもん」

    それを今から、嫌というほど教えてあげる。
    手を繋いで、ゆっくりと歩き出す。二人きりで過ごすために用意した部屋の方へ。
    無性に愛しさがこみ上げて、ふと思いついたことを、心のままに伝えてみる。

    「お詫びに今日は、ロッキーの言うこと何でも聞くからね」
    「……なんでも?」
    「うん、何でも」

    どんな可愛いおねだりが待っているのだろうか。
    浮き足立つ気持ちで、次の言葉を待つ。
    けれど返ってきたのは、まさかの一言だった。

    「じゃあ、今日はぼく上がいい」
    「えっ?」

    耳を疑った。上って言った? 聞き間違いかな?

    「えーと、今なんて……あ、上に乗ってくれるってこと? たまにはいいよねそういうのも」
    「そうじゃないであります。ぼくが男役ってこと」
    「ま、待って、え、嘘でしょ!?」
    「本気だよ?」

    さっと顔が青ざめる。そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。

    「で、でもほら、準備とかしてないしさ……さすがに無理じゃない?」
    「ぼく慣れてるから教えてあげる。心配しないで」

    目を細めて笑う顔は、最高に可愛いのに最高に恐ろしかった。
    前を歩く役が逆転して、手を引かれたまま呆然とただ歩く。

    数時間後、僕は思い知ることになる。
    いつも好きなように組み敷かれていた恋人が、実は思いもよらぬ底力を隠していたことを。
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