雨と言い訳 ──雨が降っている。
小さく溜め息を吐くと、雨粒を乗せた窓ガラスが薄く曇った。
憂鬱な顔で外を眺める僕とは裏腹に、部屋の中では、何やら作業に精を出している恋人。
(……せっかくのデートだったのになあ)
懲りずに海へ誘うのは、いつものこと。
水に濡れるのが苦手なロッキーは、それでもたまに根負けして了承してくれる。
無理を言って申し訳ないな、とは思っているけれど、僕が付いていれば一滴も濡らす気はないから大丈夫。
そして今日が、その約束の日曜日だったのに──朝から生憎の雨。結局こうして僕の部屋に篭って、時間だけが過ぎていく。
「雨、全然やまないねー」
「そうでありますねぇ」
振り返って、声をかけてみる。返事は返ってくるけれど、視線は合わない。またいつもみたいに、作業に夢中になっている。
「ねえ、何作ってるの?」
「内緒であります」
えー、と抗議の声をあげるけれど、「またあとでね」と軽くあしらわれるばかりだ。
こういうときは、年下扱いされてるみたいでちょっと切なくなる。ロッキー本人には言わないけれど。
──そこで、ふと芽生えた悪戯心。
真剣な顔で、作業台に向かうロッキー。その背後に回って、作業する手元を一緒に覗き込んだ。
僕の方が少し背が低いけれど、かろうじて肩の上には顔を置ける。背伸びはせずに済むくらいの身長差でよかった。
「ねえ、これ布を繋ぎ合わせてるの?」
「……! う、うん」
僕が喋ると、少し声を上擦らせるロッキー。
それも当然の反応だ。だってわざと耳元で、吐息がかかる距離で話しかけているのだから。
「前もこういうの作ってたよね。確かクジラの赤ちゃんを助けた時に、ロッキーがいっぱいタオル持ってきてた。で、全部繋ぎ合わせてさあ」
「ね、ねえズーマ……ちょっと作業しにくいであります」
「え、そう?」
なんでもないような声で答えた。けれど僕の片手は、ロッキーの腰に回している。
さっきまで涼しい顔で僕をあしらっていたくせに、今はほんのりと耳が赤くなっている。
それがちょっとだけ良い気味で、だけど可愛くて、思わず顔が緩んでしまう。
「ねえ、もう少しで終わるからぁ……手、離して?」
照れながらも、ロッキーは腰に回した僕の手を優しく退かしてくる。
そしてそのまま、また作業に戻ってしまった。
「……いいじゃんちょっとぐらい。だって今日、せっかくのデートだったのに」
さすがに拗ねた態度を隠しきれなくなった。
そんな僕を見て、小さく微笑むロッキー。だけどまた、てきぱきと手を動かし始める。
──それから少しして、軽やかな声が部屋に響いた。
「よしっ、完成であります。ズーマ、ちょっと手伝って」
「ええー、何?」
呼び出されたのは、部屋の隅に立てかけておいたサーフボードの前。
以前ロッキーが修理してくれた、僕のお気に入りのサーフボードだ。
ロッキーは僕にボード本体を持っておくように指示して、手早く古い帆を外していく。
それから、ついさっき完成したというリサイクル品──すなわち、新しい帆を持ってきた。
つまりこれは、もしかして。
「そろそろ貼り替えの時期かなって。雨だし、たまたまぴったりの布もあったし……ちょうど良かったであります」
「……気づかなかった。ずっとこれ作ってくれてたんだ」
ロッキーは微笑んで、それから少しだけ、視線を逸らした。気恥ずかしいことを言うとき、たまに見せる仕草。
「晴れたら海に行くんでしょ? ……まあ、ぼくは海には入らないけどね。それに、まだ雨やまないし」
言いながら、照れて少し早口になっている姿がおかしい。
もう一度背後に回って、抱きしめた。今度は片手じゃなくて、両腕でしっかりと。
「雨、まだ止まないね。それまで何する?」
僕の方を振り向きはしないけれど、じわじわと耳が赤く染まっていく。腕に力を込めて、続く言葉を待った。
「──さっきまで、ぼくの作業を優先させちゃったから……今度はズーマのしたいこと、してもいいでありますよ」
少しだけ上擦った甘い声が、か細く響く。
遠回しな言い方に、すっかり表情が緩み切ってしまった。だけど、あえて隠さないでおく。
後ろを向いた恋人をくるりと回して、顔を合わせる。そしてそのまま、零距離まで近づいた。
窓の外ではまだ、雨が降っている。
さっきまであんなに恨めしかった雨が、今はまだ止まないでほしい。
そう願いながら、やわらかい淡灰色の髪を、やさしく撫でた。