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    ※夢
    ワーパレ24番/髭切

    ##夢

    .
     珍しく風邪を引いた。ここ数日の寒暖差にやられたらしい。常に無気力なくせに無駄に健康体なせいでこんなふうに体調を崩すのはこの仕事に就いてからはじめてのことだった。おかげで刀たちにはずいぶん心配をかけた。一部の過保護な刀たちから今夜は母屋で寝てほしいと乞われたのを拒否して、結局妥協点として私の住処である離れの、誰でも出入りしやすい庭に面した一室に布団を敷いて寝ることになった。就寝前、夕餉の膳を下げるついでに往診の真似事のようなことをしに来た薬研が「俺は離れに一番近い部屋で寝るから、なにかあったらこの鈴を鳴らしてくれ」と言って枕元にころりと小さな鈴を置いていった。なにか特別な術でもかかっているのかと思ったら「いや、それを思いきり鳴らせば俺たちには普通に聞こえる」と言われた。なにそれ怖い。さすが偵察値百越えの極短刀様だ。
     と、いうわけで小さな部屋にぽつんと敷かれた布団に横になっている。食後に飲んだ薬のおかげで数時間は眠ることができたのだが、なにせ今日一日床に臥せっていたのでさすがに寝あきてしまった。暗闇の中でぼんやりと薄暗い天井を見つめる。今は何時なのだろう。枕元にスマホを置いていたが、布団から手を伸ばしてそれを確認する気力はなかった。どうやらまた熱がぶり返したらしい。手足の関節が痛い。頬が熱を持っていた。だけど布団を払いのければ一気に寒気に襲われるだろうことはわかっていた。風邪とはそういうものだ。はあ、と吐いたため息は常よりも弱々しい。
     夜の静寂が耳に痛いようだった。すべてがしんと静止したこの狭い空間の中で、熱を放つ自分だけが異物のように感じられた。おかしい、いつも寝室でひとりで寝ていてもこんなふうには感じないのに。普段と違う部屋で寝ているからだろうか? それとも珍しく熱など出すから心細くなったのだろうか。まったく、幼い子供でもあるまいに。
     きしり、と縁側の床板がきしむ音がしてはっと息をのんだ。暗闇の中でじっと耳をすます。誰かがこちらに近づいてきている。あの足音は短刀の――薬研のものではない。もっと重い足音だ。少なくとも打刀以上。
     きしきしと床を鳴らして足音は部屋の前で止まった。息をひそめて障子に映る影を凝視する。すらりと細長い影だった。向こうは当然私が起きていることに気づいているだろう。

    「主? 入るよ?」

     緊張で身を固くする私とは裏腹にのんびりとした声がそう言った。そうしてこちらの返事を待たずにするりと障子をひらく。いや、私の返事を待てよ。
     色の薄い金髪が月光に輝いていた。夜だというのになぜか戦闘服を着ている。その白い服も月の光を浴びてしらじらと光っていた。夜空に浮かぶ月と同じ色の瞳がまっすぐにこちらを見ている。
     彼が部屋へ一歩足を踏み入れるとみしりと畳がきしんだ。後ろ手にすっと障子を閉めると月の光が遮られ、ふたたび部屋が薄暗くなる。しかし先ほどとは違い、部屋に侵入してきた男――髭切の身に纏う白が周囲をぼんやりと照らしていた。
     布団に近づいた髭切がぺたりと床に腰をおろす。刀は持っていなかった。少なくとも寝首を搔きにきたわけではないようだ、とホッとする――いや、別に自分の刀を疑っているわけではないけれど。決して。
     私は戸惑いのまなざしで髭切を見上げた。予想外の展開にまだ頭がついていけてない。一体なにをしに来たのだろう? 部下が深夜にいきなり寝所にやってきたときの声のかけ方など私は知らなかった。
     そんな私の戸惑いと狼狽を他所に、髭切は私を見つめたままちょっと首を傾げた。美しい金糸がさらりと揺れる。

    「うん、まだ顔が赤いね。苦しいかい?」

     普段通りの、穏やかでやさしい声だった。まるで今ここに彼がこうしていることがごく当たり前であるかのような。私はますます戸惑った。
     夜、許可なく主である私の寝室を訪れてはいけないというのはこの本丸の暗黙のルールだと思っていた。刀剣男士というものは総じて皆自由奔放でエキセントリックではあるが、うちの刀たちは女である私に対して常に紳士的で、ほどよい距離感を保って接してくれていた。だからこんなふうに夜私の眠っている所にやってくる刀がいるとは思いもよらなかったのだが。
     ――まあ、髭切だもんな。
     心の中でそうつぶやく。そうだ、髭切ならしょうがない。彼は常識やルールなどというものに捉われるような刀ではないのだ。おそらく普段風邪など引かない私が寝込んでいることを珍しがってこうして様子を見に来たのだろう。そこに深い意味などないはずだ。彼の弟は寝ているのだろうか、とふと考えた。起きていたのなら兄をひとりでここへ来させたりはしないだろう。なにも知らずにすやすや寝ている膝丸を想像すると少し和んだ。かわいい。……いや、のんきに寝てないで兄貴を止めてほしかった。
     まあ髭切だもんな、と無理やり納得した(諦めたとも言う)私は彼の問いかけにこくりと小さくうなずいた。まだ戸惑いが完全に消えたわけではなかったし、熱がぶり返したせいで声を出す元気はなかった。
     す、と白い手が伸びてくる。ひやりとした手のひらがそっと私の額に触れた。その心地よさに思わずふ、と口から息が漏れた。

    「可哀想にねえ」

     あんまりそうは思っていなさそうな声でおっとりと言う。あまり喜怒哀楽が表に出ない刀なのだ。
     やさしく放たれたその言葉と、額に乗せられた手のひらの温度がふいに私の心のやわらかい部分を刺激した。幼い頃、熱に浮かされてぐずる私の頭を、母がやさしく撫でてくれたときのことが思い出された。誰かにこんなふうに慈愛のこもった手つきで触れてもらったのは一体いつぶりだろう? 幼い頃の情景を思い浮かべるように、私はそっと目を閉じた。

    「こんなに熱があったら寝苦しいだろう。そうだ、僕を抱いて眠ったらどうかな」

     ――なにを言い出すんだこいつは。童心に帰りそうになっていた意識が一気に現実に引き戻される。ふたたび目を開けて胡乱な目つきで髭切を見上げれば、彼は名案だと言うようににこにこと笑っていた。

    「僕は刀だから冷たいし、刀の姿なら風邪がうつる心配もないしね。そうだ、そうすればいいよ」

     いや、話を勝手に進めないでくれ。心の中でそう突っ込みつつ、彼の言葉を頭の中で繰り返す。なるほど、今のままの姿ではなく、刀に戻って一緒に寝ると言っているのか。ようやくそう合点する。どうやら刀に戻った自分を抱き枕のようにして寝たら冷たくて気持ちがいいだろう、と提案しているらしい。

    「ね? 僕を抱いて眠れば寂しくないし。もし鬼が来ても僕が斬ってあげるよ」

     すごい売り込んでくる。こんなにぐいぐい来る刀だっただろうか。なぜそんなに私と一緒に寝たがるのだろう。ていうか刀持ってないから鬼が来ても斬れないじゃん。
     薄闇の中で金の瞳がじっと私をのぞき込んでいる。鬼を斬ったという逸話が残る刀だけれど、こうして暗闇の中で見つめ合っているとまるで彼自身が鬼のように思えてくる。あいかわらずひやりとした手のひらが私の額に触れていた。熱で身体がふわふわする。どうやら自分で思っているよりもだいぶ熱が高いらしい。もしかしてこれは夢なのだろうか? 彼の瞳を見つめたままふとそんなふうに思う。それとも彼の妖気に惑わされているのだろうか。

    「ね? 主。いいだろう?」口ぶりはやわらかいのに、まったく引くつもりのなさそうな声がそう念を押した。

     ――まあ、別にいいか。
     だんだんぼんやりしてきた頭でそう思った。もうこれが夢か現実かの判断がつかなくなってきていた。そうだ、別にいいじゃないか、刀と寝るくらい。
     よろよろと布団から腕を伸ばすと、金の瞳が満足げににこりと笑った。やはりその美しい顔は神というより鬼に近いような気がした。
     白い衣装に触れた瞬間、ぱちりと音がして彼の姿が消えた。


     手の中に大振りの太刀がある。ずしりと重く、とても病身では持てそうもないのでずりずりと引きずって布団の中へ招き入れた。横向きになり、鞘に収まった刀身をきゅっと抱き込むと薄い寝巻き越しにつるりとした鞘の感触を感じた。火照る頬を固い鍔に押し付けるとひやりとした金属に自分の熱が移っていく気がする。無機質な刀を抱いているだけなのに、なにかに包みこまれているような安心感があった。すがるようにきゅう、と抱き込む力をさらに強める。
     ――ああ、ひやっこい。気持ちが良い。口から満足の吐息が漏れた。ゆるゆると身体から力が抜けていく。なにかを抱いて眠るとどうしてこんなに安心するのだろう。子供の頃、大きなクマのぬいぐるみを抱いて眠っていたことを思い出した。今腕の中にあるものはあのぬいぐるみみたいにやわらかくはないのに、その固さと温度のなさが私を安心させた。
     うとうとと眠気の波がやってくる。その波にそっと身を委ねようとした瞬間、おやすみ、主、とどこかで穏やかな声が聞こえた気がした。


     翌朝、隣に兄がいないことに気がついて『兄者の気配を辿って』離れにやってきた膝丸が私を抱いて眠る髭切(人間の姿)を見つけて絶叫し、その声に飛び起きた私は同じく目を覚ました髭切から「いやあ、共寝をしてしまったねえ。これは責任を取ってもらわないといけないよね」と晴れやかな顔で言われて仰天することになるのだが、それはまた別の話だ。いや私が責任取るんかい。どうやらこの刀、とんだ策士だったらしい。
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