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    ※夢
    ワーパレ21番/肥前忠広

    ##夢

    .
     まさに犯行の瞬間を目撃してしまった。

    「あ! つまみ食い!」

    「チッ」

     畑仕事を手伝った帰りに水を一杯もらおうと厨に足を踏み入れたところだった。調理台の上には焼きたてと思われるクッキーがずらりと並べられていて、その一枚を肥前が口に入れるところを私は目撃した。
     私の言葉に肥前は小さく舌打ちをすると、いかにも面倒くさそうにじろりと私を睨んだ。とても主に対する態度とは思えない。

    「……うっせえなあ。別にいいだろうがよ、こんなにあんだから一枚や二枚ぐらい」

    「いやいや、ダメでしょ~。ちゃんと枚数計算して作ったのかもしれないじゃん。もし『みんなに配ろうと思ったのに数が足りない~』なんてことになったら『肥前がつまみ食いした』ってちゃんと言うからね」

     鋭い視線をものともせず中へと入っていきながら言うと「へーへー、そうかよ」とまるで悪びれない返事が返ってくる。かわいげのない刀だ。
     肥前のすぐそばまで近づいた私はちらりと調理台を見下ろした。端が少し焦げたクッキングシートが調理台のほぼすべてを覆っている。そしてそのクッキングシートの上に、ハート、星、花の形をしたクッキーがびっしりと並べられていた。おそらくオーブンから取り出したそのままの姿なのだろう。たしかに肥前の言うとおり、一枚ぐらい数が減っていても気がつかないのではないかと思うほどの量だった。中には表面が少し焦げていたり形がいびつなものもあり、私は首を傾げた。

    「誰が作ったんだろ? 燭台切たちじゃないよね?」

     おもに厨を使用している刀たちの中で洋菓子を作りそうなのは燭台切や小豆だったが、彼らが作るお菓子にはなんというかもっと隙がない。もっと売り物みたいにきれいで、焦げなど一切見当たらないのだ。それに燭台切たちならば作ったものをこんなふうに放置してはおかないだろう。これを作った刀たちはどこへ行ったのだろう。

    「……知らね。俺が来たときにはここにあった」

     そっけない返事に私は呆れ顔で肥前を見る。誰が作ったかわからないものを勝手に食べるんじゃありません。そう母親みたいな小言を言いたくなるのをグッとこらえて小さくため息をついた。どうせ聞く耳を持ちはしないのだ。

    「……うーん、乱たちかなあ。型抜きのチョイスがそれっぽいし」

     気を取り直し、ふたたび調理台の上に視線を向けながら独り言のようにつぶやいた。そういえば今はちょうど乱や加州たちがハマっているドラマの再放送がやっている時間じゃなかったか。クッキーを焼き終え、冷ましているあいだ広間にテレビを見にいった、と考えるとしっくりくる。
     そんな推理をしていると視界の端で赤い袖がサッと動いた。

    「あっ! コラ、また!」

     私の叱責もむなしくさらに一枚のクッキーが肥前の口の中へと消えていく。ボリボリとクッキーを噛み砕きながら、肥前はふふんとこちらを馬鹿にするように笑った。ムカつく。

    「これでも気ぃ遣って形がいびつで焦げてんのを選んでんだ。むしろ失敗作の処分をしてくれたって感謝されてもいいぐらいだぜ」

    「そんな屁理屈言って~……」

     ふてぶてしい盗人をジトリと睨みながら口をとがらせる。まったく。何百年も生きている刀の神様だというのに、まるで生意気な弟を相手にしているような気分にさせられる。よし、絶対あとで乱たちに告げ口してやる。そして後片付けの手伝いでもさせられればいいのだ。本丸の主としては他力本願にもほどがあるような気もするが、私はそう決意した。

    「もう、絶対言いつけてやるんだから。誰かが一生懸命作ったものを許可なく勝手に食べるなんて――」

     悔し紛れにそうお説教をしようとした矢先、不敵な手がふたたび調理台へと伸びていった。しかもその手は並べられたクッキーの中でもひときわ形が良く、焦げが一切ないハートのクッキーを選び取ったではないか。私は思わず焦りの声をあげた。

    「ちょ、さすがにそれはダメだって! 絶対怒られ――っ!?」

     むぐ、と私の言葉は強制的に遮断させられた。深紅の瞳と視線が絡み合う。こちらに伸ばされた腕が引っ込められる気配はなかった。
     私は仕方なく、口の中のものをサク、と噛んで受け入れた。舌の上に素朴な甘みと檸檬の爽やかな酸味が広がる。檸檬クッキーだったのか。甘い匂いがふわりと香った。
     まるで野菜を差し出されたうさぎのように、口に押し込まれたクッキーをサクサクと食べ進めていく。最後のひとかけらを押し込まれたとき、かさついた親指がかすかに私の唇にふれた。指が離れていったあともその熱さが唇の上に残っているような気がした。

    「――これで共犯。だろ?」

     私をじっと見つめたまま、無理やり私を共犯者に仕立て上げた男はニヤリと笑った。


     トタトタと近づいてくる足音に心臓が跳ねる。入口から乱がひょこりと顔をのぞかせた。

    「あれ? あるじさん、どうしたの? そんなところにボーっと突っ立っちゃって。――あ、ねえ、見て見て! このクッキー、ボクと加州さんたちで作ったんだよ! あとであるじさんにも――あー!! クッキーが減ってる! 誰かつまみ食いした!? あるじさん、ここに来る途中で誰か見かけなかった!?」

    「し、知らない……」

     憤慨する乱の問いかけに、私は消え入りそうな声でそう答えることしかできなかった。頬が赤くなっていることが乱にバレませんように、と願いながら。


     このときの私は知らなかったのだ。あのクッキー作りにはたまたま厨に立ち寄った肥前も無理やり参加させられていたことを。クッキーを作っている最中、彼が乱から「これはハートって言って、『好き』って気持ちを表す特別な形なんだよ♪」と教えられていたことを。
     あのときなぜ彼はハートのクッキーを選んだのか――いやいや、そんなのただの偶然だ! そう自分に言い聞かせながらも、私はしばらくまともに肥前の顔を見ることができなくなってしまったのだった。
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