刹那を踊れ ピカレスクへの潜入任務も無事完了し、本日声福ポイントの反映がされた。
「すげー! 見てくれよこれ!」
「だから、急に大声を上げないでください」
毎度のことながら大声を上げた白鷹さんを睨みつつ、指さしていた通称ビーカーに視線を送る。
「これは……」
「な? ビックリすんだろ?」
「ええ、予想以上です」
予想以上に——少ない。
とはいえ、一夜でここまで増えたのは大きな収穫ではあるが、セントヴァレンティノ学園に潜入した時と、さほど変わりはない。
「めちゃくちゃ増えたよなぁ」
「……そうですね」
恐らく、このペースでも白鷹さんは問題ないのだろう。
自分でも気が急いていることは理解しているが、その気持ちからは目を逸らした。
一刻も早く、目的を達しなければならない。
「光牙ー、どしたの急に大声出してー」
「さてはホワイト……遂に私の母星を発見したな?」
「ん、母星……?」
白鷹さんの大声を元に、皆が集まり出した。
「ロイ、今は昼だぞ。星は見えねーよ」
「ほう、地球人にはまだ昼間では星は見えない、とされているのだな」
「話がややこしくなりますので、そこまでです。白鷹さんが反応したのは——」
「ん? ああ、ビーカー? 結構増えたねぇ」
「本当だ。順調に声福出来ているみたいですね」
「そーだろそーだろ! 樹とも話してたんだよ」
「ふむ、グリーンと……」
ロイはチラリとこちらに視線を送ると、何かを察したようにくすりと笑った。
——その様子に、何故だか嫌な予感がした。
ロイの謎の意味深な行動は今に始まったことではないが、何故だか……全てを見透かされている気がしたのだ。
「……ロイ、どうかしましたか?」
「さて、どうだろうな」
「はぐらかさないでください」
「話す必要もない、そんな些細なことだ。だが……そうだな、一つ言葉を選ぶのなら……」
間をおいて、ロイは私に耳打ちをした。
「所詮この世は限りある刹那、とだけ言っておこう」
「は? なんです、急に……」
意味を理解する前にロイは何事もなかったかのように、ビーカーに視線を戻していた。
「ていうか俺たち、結構ホストいけてたんじゃない?」
「星々の瞬きのような喧騒も、私の高貴なオーラをより輝かせた衣装も、なかなか悪くなかったな」
「えぇっと、なんだか壮大な話になっているが……ロイも楽しめたってことで、合ってる……よな?」
あの夜の街を思い出すほどに、私にはこの空間が騒がしく感じたが……我ながら、絆されたものだ。
案外、悪くないと感じている自分が、心の何処かにいるのだ。
「樹は?」
唐突に黄島さんは私に声をかける。
いつものよう穏やかな笑みを向けた彼に沿うように、視線が集まる。
「樹も楽しめた?」
「任務に楽しむもなにもないと思いますが……まあ、そうですね」
自分の口から発せられる言葉に、自分で動揺してしまう。だって——
「悪くなかったですね」
なんて、今まで口に出そうと思わなかったのだから。
「やばい、樹がデレたよ⁉ 明日の天気荒れるんじゃない?」
「珍しいな、そんな素直なの」
「あの、私に失礼だとか……そういう発想はないんですか? 特に黄島さん」
「そうだぜ朝陽。人一人の機嫌で天気は変わらねーよ」
「光牙さん、樹が言ってるのはそういう意味じゃないです……。ともあれ、樹も楽しめたなら良かったよ」
「……別に、成果としては悪くなかったというだけです。勘違いしないでください」
「グリーンお得意の『ツンデレ』というやつだな? 全く、照れ隠しが下手だぞ」
軽口を叩いているのが、案外悪くないと思ってしまう。
そんな自分に呆れ果てる。
今一度自分に問いたくなる。緑埜樹、お前の目的は——使命はなんだ、と。
「素直が一番だぜ、樹」
「調子に乗らないでください、白鷹さん」
「ありゃ、いつものツンツンモードに戻っちゃったねぇー」
「人で遊ばないでください、黄島さん」
どうかもう少し。
「あはは……。なあ、樹。任務の帰りに寄ったあの店だけど——」
このまま。
「また今度、一緒に行かないか?」
「そうですね……まあ、また時間を見て行くのも良いでしょう。あの店はなかなか品揃えも豊富でしたし、私も結構気に入っています」
もう少し、このまま。
「そうか、良かった。俺も結構気に入ってるんだ」
「青斗の人格が一度も切り替わらないで任務を終えられたら、また行きましょうか」
「はは、手厳しいな……。でもその方が頑張り甲斐があるもんな」
「キャパシティを超える前に相談しろと言っているんです。任務中、白鷹さんもよく言っているでしょう」
このまま、このまま。
「……はは、肝に銘じておくよ」
「そーだぜ、青斗。俺たちは仲間なんだし、頼ってなんぼだろ?」
ふと、私の頭にあの日の記憶が蘇る。
そうだ、馴れ合うために居るわけじゃない。
このまま、このまま、と願う心を、他でもない私自身が許さない。
絆された心を、私自身が許さない。
もう少しと願う心を、またいつかの約束を、許さないのは全部——私自身だ。
「では、私はそらそろラボに戻ります」
「おー、飯の時間には戻ってこいよー」
「樹、たまに忘れて篭りっきりになって、空腹でよろよろになってたりするもんねー」
「なってないです……全く。青斗、申し訳ないですが、夕食はお任せしても?」
「ああ、任せてくれ。……樹も、あまり無理はしないでくれよ?」
「……ええ、勿論。では」
これ以上、この時間に浸らない様に足早に去っていく。
ラボに行けば私一人だけ。
それなら、私の目的にも向き合える。
忘れるな。私は——
「グリーン」
咄嗟に声の方へと振り返る。
そこには、いつもの余裕に満ちた笑みを失くしたロイがいた。
「気が急いても——判断を誤るな、と忠告しておこう」
「どういう意味です?」
「上手く踊ってみせろ、グリーン」
その言葉の真意は分からない。
けれど、ロイの表情は普段と同じ、余裕に満ちたものとなっていた。
「……意味が分からない」
私が呟いた頃には、ロイは既に去っていた。
廊下には、リビングからの光が差し込み、影で境界線が出来ていた。
——境界線の向こう側に、私は立っている。
まるで、いつか彼らと袂を分かつ、そんな未来を表している様に。