過去ログ18血を吸った革靴がひどく重たい。中に海水が潜り込んだせいで一層重たく、さらには不快な冷たさがつま先を痺れさせている。悪夢は潮が引くように静かに終わったはずだった。ビルゲンワースの冒涜の果てに悪夢に潜み、子を産み落とした母の憎悪。母も亡くして生まれ落ちた子の嘆き。それらの命を絶って海に沈め、すべてに終止符を打ったはずだというのに悪夢は消えることはなかった。
館の主人を失っても館ごと消えるわけではないということなのだろうか。
人の気配もない。獣もいない。静謐と呼ぶには血腥さだけが残る悪夢の残留を一人の狩人は歩いていた。
実験棟の下に構えられた地下牢の石で作られた冷たい壁を手袋越しに撫でる。ここで幾ばくの命が失われたのだろうか。そして無念の死を遂げたのだろうか。正気を失った、ヴァルトールの同胞もまたここで正気は果てていた。医療教会が産み落とした負の産物に指で触れ、鼻腔で血の上に芽吹いた黴の匂いを確かめる。そこにあるのは確かな狂気と悲壮だけだった。
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