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    case669

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    case669

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    未来の自分の為に書くってのが信条だけど見事に今の自分がこれしゅきぃ♥ってなったので再放送する先輩不在のレオジャミ+らぎ

    開花静まり返った夜の校舎、その食堂。
    日中は飢えた生徒で騒がしいこの場所も夜ともなれば人も寄りつかず静まり帰っていた。唯一響くのはかちゃかちゃと軽い金属がこすれる音と、紙にペンを走らせる音ばかり。
    「ジャミルくん、マジャラマジャルに沈む明星って、ゼラとギグとベベランテとあと何スか」
    「ゼラとベベランテは合ってるがギグは違う。星売り商人の項目に説明がある筈だから読み直せ」
    へえい、とキッチンが見えるカウンターに陣取り勉強道具を広げたラギーが教科書を捲る。言われた通りに見つけた項目を一から順に目を通して行けば確かに求めていた答えが細やかな説明と共に書かれていた。
    カウンターの向こうではボウルを掻き混ぜる音が止んだと思いきや、じゅわ、と高温の油に素材が落とされた音。景気良く跳ねる油の音と香りは否が応にもラギーの胃袋を刺激する。
    「カリムは、頭文字を取ってゼレベラと繰り返し唱えて覚えていたな。俺は名称よりも星の形状で記憶していたが……そのやり方は全ての星命体の形状と名称が一致していないと覚えられないだろうからまあ、参考までに」
    「俺はゼレベラ方式っスかねえ…ゼレベラゼレベラ…ゼラレグムンベベランテラドラゼラレグムンベベランテラドラ」
    舌が絡まりそうな言葉を口で唱えながらノートにペンを走らせる。ゼレベレ、それから正式名称を四つ、ついでだから一応形状も簡単なイラストにして添えて置く。それからやっと本題とばかりにプリントの設問の下に数字を並べる。名に与えられた三桁の数字を掛け合わせ、そこに公式。
    「明星のエーテル反射率求めるのってマイナス3A18から始まる公式っスよね?」
    「ン・バヤ方程式」
    「そう、それっス!」
    こちらも見ずに揚げ物をするジャミルの方からはじゅうじゅうと絶え間なく油が鳴き、こんがりと食欲をそそる香りが漂い始めていた。ぐうぐうとラギーの腹も鳴いている。思考がそちらへと持って行かれそうになるのをなんとか手元へと引き摺り戻して当てはめた公式を解いて行く。
    「出来たぁ……ジャミル先生チェックお願いするっス」
    「こちらももう終わる。ちょっと待っていろ」
    丁度作業が終わったのか、鍋を温めていた火が落とされるところだった。傍らには山盛りになった茶色い塊。見た目では何かもわからないが、ジャミルが作る料理がおいしい事をラギーは知っている。ラギーの視線を釘付けにして離さないその茶色い塊の山に最後の仕上げとばかりに何かをばらばらと振り掛け、それから皿ごと持ち上げたジャミルが目の前までやってくると、どん、と目の前にその皿を置いた。
    「ジャミルくん……」
    「答えが合ってたら食べていいぞ。合ってたらな」
    「うぅ……」
    もう口の中が涎の海になっているが、ひとまずは大人しくジャミルがプリントに目を通すまで待つ。今まで火の傍に居たからか、汗ばんだ肌に張り付く髪を掻き上げながらプリントの上から下までじっくりとジャミルの黒曜石のような瞳がなぞっていくのを見届け、そうして最後にラギーの方を見た。ニヤァ、と目の前で音もなく吊り上がる口角に一気に不安な気持ちになる。
    「え、噓でしょ……間違ってた!?」
    「全部合ってる。お疲れ、食べていいぞ」
    「やったー!!いただきます!!!!」
    ラギーが怯えた顔をしたのがお気に召したらしい。すぐにてらいのない笑顔に変わったジャミルからお許しが出て喜び勇んで茶色の塊に手を伸ばす。
    「あつっ……ッあつ、……あちち」
    「揚げ立てだからな、火傷しないようにしてくれよ」
    まだ冷めきらない油の熱さに負けず、がぶりと思い切り噛み付くと、ピリッと刺激的なカリカリの衣の中から溢れる肉汁。
    「あっづ……うっま!めちゃくちゃ旨いっスよこれ!」
    ラギーの舌は細かい味の良し悪しなどわからないから、何がどう美味しいのかを伝える事は出来ないが、美味しいものは美味しい。アツアツノ肉汁で口内に火傷を負うのなぞ些細なことだ。一刻も早くこの美味しい食べ物を腹に詰め込みたいと本能が求めるままに次々にかぶり付く。
    「別に、誰も取らないんだからそんなに慌てて食べなくても良いだろう」
    「そーゆー話じゃないんスよ!止まらないんス!」
    「お気に召したようで何よりだ」
    そう笑いながら、キッチンの中から出てきたジャミルはラギーの隣へと腰を下ろすと、先ほどまでうんうん唸りながら書いていたノートをペラペラと捲って眺めていた。
    「なんか変なトコあるっスか?」
    「……いや。………君の字が、綺麗だなと思って」
    「スラム育ちのハイエナには似合わないって?」
    「そういうわけじゃ無いんだが……」
    否定しきれずに言葉を濁すジャミルにラギーはシシシッと笑った。脳味噌まで筋肉で出来ているようながさつな者が多いサバナクローにおいて、字が綺麗な者はとても少ない。教育が悪かった者、単純に手先が不器用な者、丁寧に書けばそれなりの字が書けるのにせっかちなせいで字が崩れる者と、理由は様々だが字の美醜に拘る人間は殆ど居ない。
    「まあ、実際入学した当初はすげー字が下手だったんスけどね」
    ラギーは学校にさえ登校していれば勝手に卒業証書をもらえるような所で育った。学ぶのは知識よりも他人に迷惑をかけてはいけないだの、人を殺すのは犯罪だの、違法薬物に手を出すとどうなるか等の道徳ばかりだ。
    それがNRCに来てからは習ったことも無いのにさも当然のように全生徒が基礎を理解しているものとして進められる授業の数々。せっかく入学出来たのに追い出されてはたまらないと必死にラギーも勉強したが、レポートを書いても読めないから書き直せと突き返され、テストでは答えが合っていても読めないからとバツをつけられていた。
    「レオナさんに、稼ぎたかったら字の書き方くらい覚えろって毎晩のように呼び出されてみっちり字の練習させられたんスよ」
    「へぇ……」
    「あ、信じて無いっスね?」
    「いや、そうではないが」
    「じゃあ、妬いた?」
    ラギーが最後の一つにかぶりつきながら聞けば、ジャミルはきょとんとした顔で瞬き、それからううんと唸りながら首を捻る。
    ラギーが、レオナ自らに字を教わっていると聞き、その風景を思い浮かべた時にざわついた心を表す言葉を、まだジャミルは知らない。嫉妬、という程尖っておらず、でも心地よさよりも不快感に近い何か。ジャミルが自覚するより先に目敏く気付いたラギーに、今更取り繕う気は無かった。
    「……羨ましい、かな?」
    「うらやましい……?」
    「俺もたまに、勉強を教わることはあるが……なんかこう、あっさりしているというか」
    「それはジャミルくんは頭が良いからでしょ」
    「わかってはいるんだが……」
    余るかと思われた食糧の山をあっさりと片付けたラギーが制服のスラックスで手を拭う所を見たジャミルがおい、と咎める声をあげる。それから、待っていろと立ち上がるとキッチンへと戻り、濡らしたタオルを持って戻って来た。あざっス、とへらりと笑ったラギーが受け取って油にまみれた手を拭うのを眺めながら再び腰を下ろしたジャミルはテーブルに頬杖をつき、此処ではないどこかを思い浮かべているようだった。
    「……以前、マジフト部の練習を見たことがあったんだが。あの人、人に何かを教えるの、結構好きだよな」
    「そうっスね、教えることでレオナさんの為になるなら率先して教えに来るみたいなとこあるかも」
    実際、ラギーは自分からレオナに教えを乞うたことはほとんどない。いつだってレオナの方からあれやこれやと数多の知識や技能を身に付けろと勝手に教えてくれるのだ。言葉にしてしまうとまるでレオナがお節介焼きのようだが、レオナがお節介になるのは主に自分の手駒となる者、つまりはラギーやマジフト部だけであって、誰彼構わず発揮されるわけではない。
    「どう説明したら良いのかわからないんだが……やりゃあ出来るじゃねえか、って先輩が笑いながら部員の肩を殴っているのが、良いなと思ったんだ」
    「あー……なんとなく、言いたいことはわかったような気がするっス。雑な扱いが羨ましい、みたいな」
    「雑……?雑、とも違う気はするが……たぶんそうなんだろうな。いや、現状に不満があるわけではないんだが」
    「まあ、そこのところはもう仕方無いっスよね。ジャミルくんはレオナさんの大切な人になっちゃったんスから」
    「………」
    「え、何スかその反応」
    ぽかりと口を開けて呆けた顔で見られてラギーの方が狼狽える。問われたジャミルと言えば、我に返ったと思いきやもごもごと何事か口の中で言葉を蟠らせながら視線を彷徨わせ、そうしてやがてべしょりと机に突っ伏した。
    「ぅあー……」
    そして呻き声。見た事の無いジャミルの姿にラギーの口角が上がる。これは、たぶん、きっと。
    「照れてるんスか」
    「違う」
    「今更恥ずかしがらなくたっていいでしょ」
    「違うんだ」
    「じゃあ何スか」
    突っ伏したまま不明瞭ながらもはっきりとした否定を聞き流しラギーは首を傾げた。ラギーよりもよっぽど優秀で何でも出来るジャミルのこんな姿、滅多に見れるものではない。どうしても揶揄するような色が滲んでしまう。
    「――……慣れない」
    「あれでもレオナさん、ジャミルくんに合わせて押さえてる方だと思うっスよ。獣人の番同士の愛情表現って、半端ないんで」
    「あれでか」
    「あれで、っス」
    「うああ……」
    再び上がる呻き声にラギーはついに声を上げて笑った。レオナとジャミル、二人の関係がじれったくも慎ましやかに深まる様を一番傍で見て来たのはラギーだ。漸く此処まで来たのだなあと感慨深いものを感じてしまう。
    レオナがせっせとジャミルに「教えて」いた物が実ろうとしている。それはそう遠くない未来できっと盛大に花を咲かせるのだろう。
    出来れば、その時までに。
    「俺も彼女欲しいっス……」

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