恋する凡人***
春の夜は湿っぽくて苦手だ。空気も小さな虫のようにさわさわと騒がしくて落ち着きがない。この世界で自分ひとりだけが停滞しているのだと、そんなくだらない錯覚をしてしまう。
弱々しい照明がまばらに灯った駐輪場に背を向け、飲食店のネオンが眩い駅前の本通りへ愛車を押しつつ向かう。バイトの疲れが詰まったせいか行きよりも重い気がするリュックを背負い直し、さて家路へ漕ぎ出すかと視線を上げたところで厄介な光景を目にしてしまった。
――本通りとの対比で更に暗く見える裏路地で、力なくしゃがみ込む男性とそれを囲む見るからにやんちゃなそうな男がふたり。
深く俯いた男性の表情までは分からない。しかし、かっちりしたスーツと磨き上げられた革靴を身に着けた彼と、お世辞にもガラが良いとは言えないふたり組が親しい間柄には思えなかった。酔い潰れた人間の介抱をしているなら履き潰したスニーカーの先で肩を小突いたりはしないだろうし、脇に置かれた男性の所持品らしいビジネスバッグを漁ったりもしないはずだった。
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