私の名前は鬼舞辻無惨、太陽克服という大願成就を夢に鬼の王としてこの世に君臨してきた。 しかし、私の崇高な夢は鬼殺隊なるストーカー異常者集団の卑怯な手によって潰えた。
そして私は地獄に堕ちた。 阿鼻地獄ではリンチ、モラハラ、尊厳破壊etc···私はありとあらゆる拷問を受けた。
そして気の遠くなる悠久の時を経て、気が付くと私は再び人間として生を受けた。
「······はやく起きるなりよ」
「···うるさい···誰だ···」
眉根を顰めて、ゆっくりと瞼を上げる。
目の前には丸っこい変な動物がいた。ネズミのような猫のようなうさぎのような···とにかく例えようもない珍妙な生き物だった。
「なっ、なんだお前は!!??」
「無惨様!起きたなりか!」
謎の生き物はポテポテと歩き、私に向かってにっこりと微笑んだ。きもち悪っっ!!
「だからお前はなんだと言っている!!」
「マロはあなたを鬼にした張本人であり、あなたに殺された平安時代の善良な医者なりよ」
「ッッ!??」
「お久しぶりなり、無惨様」
こんな奴は知らん!!と思いたかったが、あの底知れない不気味さを持つ貼り付けたようなニヤケ面には見覚えがあった。
間違いない!!コイツは私を鬼にして、私が鉈で頭をカチ割ってぶっ殺した侍医だ!!
「お、お前のせいで···!!私がどれだけ苦労したと思ってるんだっっ!!」
私は医者を持ち上げて、力の限りムギュムギュと圧迫した。
「ふにゃ~!やめるなり~!!そもそもマロは無惨様にぶっ殺されたのだから怒りたいのはこっちのほうなりよ!!」
「黙れ!!お前が青い彼岸花の情報をもっと残していれば私の夢は叶っていたのに!!」
「乱暴はだめなり~!!」
「~~ッッ!???」
瞬間、ビリリッッ!!と身体中に電流が走る。私はあまりの痛さに卒倒した。
「···何をした···ッッ!!」
「無惨様が悪さをしようとしたら、このおしおきボタンで身体に電気を流して懲らしめてやるなりよ」
「ころ、してやる···ッッふぎゃ!!」
「今、悪い言葉を使ったのでおしおきなり✩」
再び、電流を流されて私は床に腹這いになり、ぷるぷると怒りと痺れに震えた。
「マロも図らずも無惨様を鬼にしちゃったことを、後悔していたなりよ···たくさんの人が不幸になったなり···マロ···善良だからめちゃくちゃ心が痛んだなり···」
「この畜生がァ···ッ!!ウッギャアッッ!!」
医者は少しでも私が侮蔑の言葉を吐けば、容赦なく電流を流し込んでくる。
こ、こいつ···そんなのほほんとした大福みたいな顔してやることが鬼畜だな!! 学習した私は、糞医者を睨み付けながらギリギリと奥歯を噛み締めグッと耐えた。
「だから無惨様には、これからいっぱいみんなをしあわせにして欲しいなり」
「ハァ?お前何を言っている···」
「しあわせポイントがたまると無惨様はどんどん無敵になれるなりよ」
「意味が分からん、もう少し論理的に話せ」
要点を得ない医者の言葉にイライラする。
すると医者は先端に星のついたスティックを一振りした。
「な···っ!?」
目も眩むような眩い閃光が私の全身を包み込んだ。
次の瞬間、私は目を疑った。
私の身体を西洋のビスクドールのような青いフリルのワンピースが身を包んだのだ。
「ハッッ!?なんだコレは!?」
「無惨様はみんなをしあわせにする魔法少女になるなり✩」
「···ッ!?」
次に気付いた違和感は声質、明らかに関〇彦のダンディイケボでは無い。
酷く甲高い声だった。 急いで携帯している手鏡を手に取って容姿を確認する。
私は思わず瞠目した。
「無惨様可愛くなったなり~♪」
「·········!!???」
鏡に映った私の姿は歳の頃は12歳くらいの少女の姿になっていた!!!
「オイ!!ふざけるな!!こんな姿···まるで私が変態みたいではないか!!」
「鬼時代は女の人や子どもの姿になっていたじゃないなり?」
「あれは必要があって姿を変えていたのだ!!こんな小娘の姿など耐えられるか!!」
「何を言っても無駄なり~!少女の姿じゃないと魔法は使えないなりよ~」
「この腐れッうぎゃあ!!」
またビリビリと感電した。この畜生はこの上なく極悪非道である。
「とにかく、無惨様はこれから不幸な人達を助けてあげて、悪い人たちをこらしめてしあわせポイントを貯めるなりよ」
「············っ!!それをして、この私に何の利があると言うんだっ!!」
「だからしあわせポイントを貯めれば貯めるだけ無惨様は無敵になるなり」
「だから無敵とは具体的に何なのだと聞いている!!」
「レベルが上がれば上がるだけ特殊能力がたくさんつかえるようになるなり☆」
「フン···つまりは血気術の練度が上がるわけか」
「ま~大体そういうことなり☆無惨様の知り合いで不幸な人はいないなりか?」
「知り合いなどいる訳無いだろう···私は今まで何千年も阿鼻地獄に居たんだぞ」
「このまじかるタイムトラベリングを使えばどの時代にでも逆行出来るなり」
医者は何の変哲もない懐中時計のようなものを掲げて見せた。
「時間を逆行だと!?そんな非科学的なことがあってたまるか!!」
「鬼として1000年以上生き恥を晒した人が言うセリフなりか?」
「き、貴様···っ!!」
怒りで血管が焼き切れそうだった。しかし罵詈雑言を飛ばせば、また電流攻撃なので我慢するしかないのがやるせない。
「さあさあ、不幸な人を誰か知らないなりか??鬼たちでも良いなりよ」
「············」
鬼達だと···?確かに私はかつて鬼にした奴らの記憶も思考も全て視てきたが、不幸というとピンと来なかった。
何故なら、私に選ばれて鬼にされるということはこの上なく幸福で名誉なことだからだ。
「不幸な奴など知らん、というか興味が無い」
「ほんっと、無惨様って最低なりね~!えいっ☆」
「うぎゃぁぁぁぁああああ!!??」
特に暴言も吐いてないというのに電流を流された。酷すぎるだろ!!この糞医者!!
目の前が明滅して火花が散る。まるで花火のようだった。
·········花火、そして私はハッと思い付いた。
「思い出したなりか?」
「············とりあえず、江戸時代に時間を逆行しろ」
*
ドンッと爆音が鳴り、同時に夜空に美しく見事な大輪の華が咲いた。
視界の先、二人の男女が並んで花火を背に立っていた。
「私は狛治さんがいいんです···私と夫婦になってくれますか?」
少女はそう言うと、真っ赤な顔で震えながら目の前の男の手を取った。
二人の目には涙の膜が張っている。
「はい···俺は誰よりも強くなって、一生あなたを守ります」
花火の音が五月蝿すぎてよく聞こえないが、どうやらふたりは結婚の約束をしているようだ。
横で糞医者が感動して号泣しているのを私は酷く冷めた目で見つめていた。
「か、感動なりね~」
「どこがだ······」
私は糞医者と一緒に、川沿いの草むらに隠れてプロポーズの現場を覗き見ていた。
男の名は狛治、私の元臣下、上弦の参猗窩座の人間だった時の姿だ。
たしか記憶ではこの後、この娘は毒を盛られて父親と共に死ぬ運命だ。
そしてその後、空虚にふらふら歩いていた狛治に私が血を施して鬼にしてやったのだった。
空っぽだった奴に強さを極めるという生きる希望を与え、良いことをしてやったと我ながら自負している。
「いやいやいや!!どこが良いことなりか!?」
「生きる目的を失っている奴に生きる座標を示してやったのだから良いことだろう?」
「はぁ~~!?ありえないなり!!この共感性の無さ!!そんなんだからまったく人望も何も無いなり!!この非モテ!!」
「は、はッ!?私が非モテだとッ!?」
「モラハラで嫁を5人も自殺させた男は本当にダメダメなりね」
「~~~~~ッ!!!」
この腐れ畜生が!縊り殺してやる!!電流ビリビリが恐ろしいので声には出さずに、私は心の中で罵倒した。
「無惨様には人間の情愛とか心の機微とか絶対理解出来なそうなりね~」
「ば、馬鹿にするな!!要するにアイツらが幸せになればいいんだろう!!」
「どうするなりか?」
「娘と娘の父親が死ななければ良いのだ!!」
狛治は娘と娘の父が毒殺された憎悪と怒りで隣の剣術道場に殴り込みに行って大量虐殺をしたのだ。
その根本である毒殺を回避すればいい。至極簡単な事だ!!
*
狛治が父親の墓参りに行ってくると道場を旅立った数刻後、となりの剣術道場の跡取り息子とその手下が連れ立って素流道場へと忍び込んだのを私は物陰に隠れて確認した。
跡取り息子は憎悪と嫉妬に狂った顔で、ドプドプと井戸に毒を注ぎ込んだ。
「これで···アイツらは結婚出来ない···!!ざまあみろ···!!」
男は頬を吊り上げて、顔は狂気に歪んでいた。
そう、ここまでは猗窩座の記憶の通り、何一つ変わらない。
私は男達に背後から声を掛ける。
「···何とも、醜悪な姿だな」
「···ッ!!だ、誰だお前!!」
「なんだこの小娘は!!」
誰が小娘だ!!このクソたわけ!! もうずっとイラついていて誰かれ構わずぶっ殺したい気分だった。
丁度良い、私の血気術でコイツらを亡き者にしてやる。
そう言って手を翳すが、いつまで経っても私の血気術は発動しなかった。 私はギロリと糞医者を睨みつけた。
「オイ!!医者!!どういうことなんだ!!」
「馬鹿なりね~無惨様は今は人間の女の子で魔法少女なりよ?血気術なんか使えるわけないなりよ?」
「ハアッ!!?」
聞いてない!!この糞医者ホンットぶっ殺すぞ!! そうこうしてるうちに男達は私に躙り寄ってきた。
「見られてしまったなら殺すしかない!!」
跡取り息子はすらりと剣を抜いた。
うおぉぉい!!女相手に即抜刀とかお前らサムライとしてのプライドも何も無いのか!?絶体絶命だ!!と私が死を覚悟した瞬間、突如、私の手のひらに青い透明な光が宿る。 そして、自然と口をついて言葉が出た。
「聖なるパワーの癒しの女神!!ブルーリコリス只今参上!!」
ビシリと身体も勝手に動いてポーズを決める。
「!!????」
私の頭の中には感嘆符と疑問符が駆け巡った。
な···っ、なんだこのセリフとポーズはーー!!??ふざけるな!!ふざけるな!!ふざけるな!!ふざけるなぁぁぁッ!!!!!
「なんなのだこの娘···頭がおかしいのか?」
キチガイでも見るような目で訝しげに私を見る男達の視線に羞恥が込み上げてくる。
お前···っ!!これは私の意思とは違う!!身体が勝手に動いたのだ!! そうこうしているうちに剣術道場の息子が私めがけて剣を振り上げて来た。
「セ、セイント☆ブルー!!」
またしても口から勝手に言葉がこぼれ落ちる。
私の手のひらからは青い光がビーム状に迸った。
その閃光は男達の身体に命中した!!よっしゃ!!と思わずガッツポーズをしたが、あれ?様子がおかしい。
男達は別に死んでないし、傷すらも無い。
「···············どういうことだ?」
光に貫かれた男達は何処か茫洋とした虚ろな表情をしていた。
そのまま私を素通りして、ふらふらと焦点が定まらない目付きで素流道場を出て行った。
「······なんなんだ···アイツらは···」
「無惨さまよくやったなり~☆」
「オイ!!あれはどういうことなんだ!?」
「無惨さまの技セイント☆ブルーは悪い人間の悪の心を取り除く聖なるパワーがあるなり~♪」
「······なんだ···と」
「でもあんまり性格が悪すぎるとあんな風に白痴状態になることもあるなり~☆アイツらもしかしてあのまま廃人コースかもなり~☆」
「·········!!」
なり~☆じゃないだろ!!??私が言うのも何だが、あのまま廃人ってとんでもなく鬼畜で恐ろしい技だな···こいつ···一体どこらへんが善良なんだ···!? 私はゾッと青ざめて糞医者を見つめる。
「さて、問題はこの井戸なりね~」
「もう毒が入っているぞ?どうするんだ??」
「これも無惨様の魔法でどうにかなるなり☆」
「えっ!?」
急に青い光がパァンと弾けた。
「リコリス☆デトックス!!」
またしても私は意味不明なセリフを勝手に口走ってしまう。 すると、井戸の上に『浄化完了✩』というカラフルな文字が現れた。
「これで井戸の水の毒はすべて無くなったなり☆」
「本当か~?」
私は訝しげに目を眇めて糞医者を見下ろした。
基本的にコイツの言うことは信用出来ない。
おもむろに糞医者は星の付いたスティックを一振りする。
「ッ!?」
私の目の前の空間にブォンと音を立てて、たくさんの文字列が映し出された画面が出現した。
『ブルーリコリスのレベルが上がった!!ブルーリコリスは「治癒」の魔法を覚えた!!』
と、どこからともなく機械的な声が聞こえ、私のレベルが上がったことを伝える。
「治癒だと···?」
薄々気が付いていたが、私の能力とは浄化や治癒に長けていて、全く戦闘向きでは無いらしい。
どこが無敵になれるだ···やはりこの糞医者は1ミリも信用出来ない。
すると向こうからパタパタと人の足音が聞こえて、私と糞医者は慌てて建物の陰に隠れた。 現れたのは狛治の婚約者、恋雪だった。
「あら···誰かがいたような気がしたけど···?」
恋雪は少し戸惑ったような表情を浮かべた後、井戸の水を汲み上げて美味そうに飲み干した。
どうやら井戸の毒は本当に消えているようだった。
しかし···、思わず私は目を見張る。
どういう訳か私の視界は恋雪の身体が透けて見えていた。
恋雪は一見、病気が治ったように見えてはいるが、その肺腑にはうっすらと病の影があった。
今はまだ良いが、おそらく三十路に差し掛かる前にこの娘は病で倒れて死んでしまうことだろう。
ふと、私は自分が人間だった頃、二十歳になるまでに死ぬと言われていた病床の日々を思い出していた。
気付くと私はすっくと立ち上がり、恋雪に向けて「治癒」の魔法を発動していた。
「ブルー☆ヒーリング!!」
「······!!」
パァァァと青い光が恋雪の全身を包み込む。
光が落ち着くと彼女の肺の病巣は綺麗さっぱり消え去っていた。
「無惨様!?」
「············!!」
突然の私の行動に糞医者と恋雪はあっけにとられている。
私自身も何でこんなことをしたのか分からなかった。
「い···行くぞ!!娘、邪魔したな!!」
「なり~☆」
私は混乱のあまり、糞医者の手を引っ張りそそくさと道場の敷地内を出ていこうとした、その時だった。
「あ···あ、あの···!待ってください···!!」
恋雪が躊躇いがちに声を掛けてきた。 マズイ、このままだと道場に侵入した不審者として捕まってしまう。
私の魔法は悪人にしか効かないのだ。
私は無視して一気に逃げようとした。
すると、逃走する私の背に向けて恋雪は驚くべきことを口にした。
「あ···ありがとうございます···!!」
「···!!」
「あなたの放ってくれた···光···とても、優しくて···あったかくて···染み入るようで···心も···体も癒されました···あの、本当に」
恋雪は花が綻ぶように微笑んで、私に向かって感謝の意を伝える。 瞬間、私は目を瞠った。
次いで恋雪が紡ぐ言葉を何故だか聞いていられなくて、私は彼女の言葉を遮るように無言のまま道場から走って出ていった。
そのまま全速力で数百メートル程走りきり、私は荒く息をついた。
「ハァハァ···ッ!!」
無意識に抱え込んで走っていた糞医者を私は地面に投げ付ける。 ぼよんっと非常に間抜けな音がした。
「良かったなりよ~☆無惨様!!これでかなりの幸せポイント貯まったなり~☆特に最後の恋雪ちゃんにブルー☆ヒーリングをかけてあげるとことか、すっごく魔法少女っぽかったなり☆」 「い、言うなッッ!!」
自分でも柄にもない事をしたという自覚はある。
別に操られて強制力でやったわけでは無かったというのが、酷く羞恥に苛まれた。
ただ、他人からこんな風にまっすぐに感謝の笑顔を向けられたのは自分にとって初めてで、私は混乱していたのだ。
「······無惨様、顔真っ赤なり~☆」
「五月蝿い!!黙れ!!」
「あの二人は無惨様のおかげで、これからずっと幸せでいられるなり☆」
「黙れと言っているッ!!」
私はムギュムギュと糞医者を圧迫した。
糞医者は電流を浴びせるわけでもなく、揶揄うように気味の悪いニヤケ面で私を見ている。
「人を幸せにして感謝されるのって、とってもとっても気持ち良いものなりね☆無惨様☆」
「···············しつこい」
·········たしかに······悪い気はしなかった。 しかし、そんなことを言うとコイツは死ぬほどムカつくドヤ顔になるのは火を見るより明らかだ!!だから死んでも言わない!!
そんなこんなで、幸せポイントとやらを集める私の魔法少女としての旅はこうして始まったのだった。
おしまい