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    類はオレに復讐をしに来たのだ。
    な類司です。
    捏造ありモブあり
    こっからすれ違いがあり類と司はバラバラになります。数年後アメリカで成長した司が出会ったのは、同じくアメリカで新進気鋭の演出家として活躍する類でしたが、すれ違ったあの事件がきっかけで類は司に対して恋心と言うにはドロドロしすぎたような感情を抱いています。
    まだ起承転結の起でもないです。

    引用は三島由紀夫の終わりの美学から。

    復讐類司A組の教室内は昼休みに入っていた。1人で気ままにランチを楽しもうと、弁当を持って廊下に出る。階段を登ろうとしたその時、司の耳に聞きなれた声が届く。
    「司くん」
    B組からこちらまでやってきたのだろう、ふらっと現れた類が司に向かってくる。遠くに見えた類はゆるい猫背のせいかすこし小さく見えるが、すぐ近くまでくると流石に大きい。もうすこしきちんと立てばもっと見栄えも良くなるのにと司は常に思っていた。
    類はショーキャストの癖に普段の外見にはひどく無頓着だ。舞台の上にいるみたいに胸を張り、背筋を伸ばせば、類の魅力はもっと校内中に知れ渡るだろう。コソコソと噂され遠ざけられるには惜しい人材だ。
    しかしこの無頓着さやある種の複雑性も類の個性の一つだと思い直す。そうしてそんなことを思う度に、学校中の皆が類を一般人とは違う、常軌を逸した変人だと一線を引いてしまう今の状況もつられて思い出してしまうのだ。
    類は気にしていないようだったが、司は類の魅力を皆にもっと知って欲しいと思っていた。

    「司くん?」
    長い間考え込んでいる様子の司に向かって、類は首を傾げながらもう一度呼びかける。
    「…ああ!いやなんでもない!ところでどうした、類。なにか用事か?」
    ようやっと意識をこちらに向けた司に、類はいつものような笑みを湛えながら、司に問いかける。
    「…司くんは今からランチかな?」
    「ああ、一緒に食べるか?」
    弁当を見せつけるように片手で掲げると、類は笑みを深くした。待ってましたと言わんばかりの態度に司も表情に嬉しさを滲ませた。
    「そうしようかな、購買にも行ってきたしね」
    類はそう言ってどこからかカレーパンを取り出した。司はその様子を見て何か違和感を感じ、無意識に笑みを引っ込めていた。「…なにか用事があったのではないか?」司が目を細める。
    大体こういう時の類は、ランチを本題としない。
    「ふふ、さすが司くんったら、僕をよくわかっているね――――これが本題なんだけど」

    類は乱雑な動作でポケットに手を突っ込んで暫く漁ったあと、長方形のチケットを2枚取りだした。印刷されているのはショーの内容や劇団についての簡単な煽り文と、荒野に一つポツンと佇むどこか陰鬱な雰囲気を醸し出す、石造りの屋敷だ。そしてその上に金の文字で「Wuthering Heights」という英文が書かれているのが見える。

    「…なんだこれは」
    いきなり目の前に出された2つのチケットに、司は弁当を掲げた体勢のまま固まってしまう。
    類は何も言わずに、その蜂蜜色の瞳を緩く細ませて、こちらを見ていた。
    「…わ、ぁ?んん?は、ハイツ?」
    英語に詰まった司を見て、司の次の言葉を待っていた類は口を開く。「司くんは知ってるかな?」

    「…いや、聞いたことがない」
    「そうなんだね、じゃあ教えてあげる」

    類の声が、いつもより甘い。
    類はこうやって、司に何かを教え込むことが好きなようだった。考察するに欧米の本が原作のショーだろうか。しかしそれ以上のことは何も分からなかった。いまいち思い至らない様子の司を類は一瞥した。
    類は無知を怒ったり蔑んだりしないのだ。こんなものも知らないなんてと怒ったりなんてしない。馬鹿だなんて思ったりもしない。
    司は類のそういうところが好ましくもあって、苦手でもあった。教えられることが気に食わないのでは無い。下に見られているとも思っていない。
    その声に載せられる妙な熱や、甘さが、司には少し怖かった。その声を聞くと、背筋に痺れが走るのだ。
    不快ではないのだ。だがどこか───むず痒いような気分になってしまう。

    「…教えてくれ」
    「ふふ、うん」
    類の長い角張った指がチケットを滑る。普段騒がしく聞こえる生徒たちの声は、遠くにいってしまったようだった。
    ふたりが立つ、屋上へ続く階段の踊り場には妙な静寂が立ち込め、その異様な雰囲気に司はたじろぐ。体は硬直してしまって、類が発する言葉を待つことしかできなくなる。この現象を司は最近よく経験する。怒気にも近い重苦しい空気が時折司の体にまとわりつく。それが類から発せられていることに気づいていて、しかし疑問を口に出すことは出来なかった。苦しいのになぜだか心地よい。しかし司はこの時間が苦手だった。

    類の金色の瞳が司を捉えている。瞳の中の司はぼう、とした表情をしており、酷くだらしない。

    「あのね」
    その声の甘さは初めて会った時とは明らかに違っていた。とろけるようなそれは司にとって毒だ。白い紙に黒いインクをひとつ垂らすような強烈な印象を与えさせるものだ。
    類の甘い声は、その教示を、脳髄に染み込ませていく。

    「ワザリングハイツって読むんだよ。嵐ヶ丘っていう話、司くんは知ってる?」


    「…ぁ……ま、まったく知らん!!」
    息の詰まる雰囲気を発散させるかのように、司はいつもの大声で言う。近頃類と話すと妙に緊張する。類は他人の思考に無頓着なように見えて実は敏感である。こわばりを悟られないように、最近の司は努めて自分らしさを強調するような仕草を取っていた。
    司の大きな声にももう聞きなれたのだろう、類はなんでもないように言う。
    「ふふ、だろうと思った。屋上に行こうか、そこで話そう。」
    類はチケットを1枚司に渡すと、もう1枚を自分のポケットに仕舞い込んで、ゆったりとした足取りで階段を登っていく。
    なんだがどっと疲れてしまって、司は俯きながら深くため息をついた。顔を上げると類の姿はもう見えなくなっており、急いで後に続く。
    その途中で、司は何気なしにチケットに書かれた煽り文に視線を落とした。

    『愛する者に裏切られた男の愛憎渦巻く復讐劇!嵐のように激しい愛、その末路をとくとご覧あれ!』






    神代類は熱心な読書家だ。大衆文学から専門書までを幅広く網羅しているようで、図書委員である冬弥とは様々な本の感想を言い合っている。ワンダーランズショウタイムのショーは児童書から着想を得ることも多いので、幼い子が読むものや大賞を受賞した本は勿論のこと、心理学、ロボットやプログラミングに関する書籍や、数学、量子力学、物理学、哲学、倫理学、その他諸々、類はとにかく食指を伸ばした。寧々いわく、その好奇心の強さと知的さは生まれた時から持ち合わせているものだそうだ。

    確かに、その集中力や好奇心旺盛な性格は他人と一線を期していた。気になったもの、気に入ったと自覚したものを類は手放したりしないしその作りがどうなっているのかについて、深く、より深く知りたがる。一度好いたものを嫌いになったりはしたことが無いらしく、ショーしかり、えむや寧々や(古い知り合いらしい)瑞希しかり、カモノハシしかり、信念であったりそういったものを一等大事にする性格だ。しかしそれは神代類の長所であると同時に、強烈な欠点でもあった。

    好きなものに対する熱が――――「常人」とは決定的に違っている。


    いつかの帰り道、寧々とふたりで帰る機会があった。ゲームや漫画の話、ショーの話やえむの話、類の話をしていると、ふいに幼少期の類のことを寧々が話し出した。
    「本だってボロボロになるまで読んでたの。しないでしょ普通。類って物を乱暴に扱うタイプじゃないんだけど、それでも紙が引っこ抜けるまで読んでるの。熱中すると類は回りが見えなくなるし。これはもう昔からずっとの癖だと思う。生まれつきなんだとおもう」

    「だからね、類の、司に対する熱?っていうのかな、それが私にはちょっと怖いの」


    「オレに対する熱…?」
    寧々は口の端を吊り上げこう言った。
    「…安心してよ、別に司が嫌って言うなら類はちゃんと引き下がれるからさ。」
    ローファーの踵がコンクリートを踏む音だけが響く。日もくれそうな住宅街の道には人っ子一人いない。
    「…あのね、これはね。もし類と司の仲が拗れた時のための、司への忠告なんだけど」
    ラベンダー色の瞳が伏せられる。どこか陰鬱な雰囲気が漂う。司はどうすることも出来ず寧々を見た。
    「…一度類のこと見限ってさ、離したなら、二度と手を差し伸べない方がいいよ」
    住宅街のどこからかカラスの鳴き声がした。嗄れた声だ。伸びるふたつの影がゆらゆら揺れている。思いのほか深刻そうな声色で寧々が、吐き捨てるように言う。
    「それは、どういう…」
    ぎょっとしながら司は寧々の顔を見る。
    「分からないならいい。というか、分からないまま過ごした方がきっと良いんじゃないかって思う。類にとっても司にとっても」

    「それは…」
    未だ暗い顔の寧々に、司は頭を抱えながら唸った。
    「ど、どういうことだ!まったくわからん!!」
    「声デカ!ていうかうるさい!!」
    「そ、それにあの類だぞ!?俺を飛ばしに飛ばして前髪も焦がすような類がそんなにオレに…」

    司の途切れる声に、寧々は静かになる。次の一言を待っている。司は内心、ひどく混乱していた。寧々から見て類はそこまでオレに強い思いを抱いているのかと。なぜだか胸に変な苦しさが掠った。でも辛くない、どこか暖かいものだ。
    しかしそれをかき消すみたいに返事を返さなければ、いつもの調子が狂ってしまいそうだった。それは司にとって負担だった。


    「熱なんて言い方は適切じゃないだろう。寧々の言い方だと、まるで類がオレに、オレに…オレに惚れているみたいではないか!!!しかし未来のスターであるオレに惚れるとは類もなかなか見る目があるな!!!ハーハッハッハッハ!!!」


    寧々は立ち止まり、それから呆然としながら司を見た。
    そしてがくりと肩を落とし、何かを言おうと口を開こうとしては失敗したように唇を動かした。数秒黙ったあと、絞り出すように言った。

    「……あんた……馬鹿じゃないの…?」
    「は?!馬鹿とはなんだ馬鹿とは!」
    寧々は急に早足で歩き出す。スカートを忙しなく翻しながら、寧々は司から距離を取り出す。
    「いや、ちょっとこれは本気で馬鹿だ。深刻さとか、変なところの鈍感さとか、絶対気づいてないじゃん…なにこれ…。ほんと言わなかったら良かった。次は類の味方しよう…」
    「な、なんだ、なんだ!?なんなんだ!?」
    「いやもう…疲れた…早く帰りたい…」
    露骨にショックを隠せていない寧々に司も戸惑いを隠せないでいた。失望されるようなことはなにもしていないと思って居たから尚更だ。予想外の反応に司も言葉を詰まらせる。

    しかし、と司は思い直した。このことについてだけは言わなければならないだろう。
    「寧々」
    「はあ…なに…」

    「心配するな寧々!類がオレのことを好きでいてくれることは嬉しいぞ。それに類がオレに演出をつけてくれることが嬉しいんだ。…あの日フェニックスワンダーランドで類の演出を見てから、類には魅せられっぱなしで、ずっと楽しいんだ。毎日退屈しない。期待されると楽しいし、寂しくないだろう?隣にいるとハラハラする時もあるし呆れるところもあるが、ずっと刺激的で。俺も類に惚れているようなものだ」
    「…」
    「寧々が類のことを大事なように、オレも類のことが大事だし、大好きだ」

    「…ねぇ、司」
    寧々は呆れたような目を、今度はしなかった。
    若緑の髪が揺れる。小さな笑いが零れる口に手を当てながら、寧々はなんだか幸せそうな顔でこう言った。
    「顔、真っ赤」

    「…は、は、はっ!?」
    「うひゃっ!う、うるさ、うるさい!」
    司は自らの頬に手を当てる。なんだか熱いような気がして、必死に手で仰いだ。
    「オレはその、類のことが好きなのか…?たしかに、類の演出を見ると幸せだし、嬉しい、類のことをいっぱい考えてたり、声が優しいなって思ったり…でもそんな…そんなことあるか!?」
    「そんなの、私に聞かないでよ…」
    戸惑う司に寧々はまたもや呆れ返っていた。聞かれても困るといって、寧々はそっぽを向く。
    「でも本当に、気をつけてよ。あんたが手を離したんなら、絶対に二度と関わらないって勢いでいるべきだから」

    「それは…」

    寧々はもう、司の方を振り向かなかった。

    「1度捨てたのに、もう1回手を伸ばしちゃったりしたらダメだからねってこと。変な希望を類に与えないで。類が可哀想だし、それに…可愛さ余って憎さ百倍って言葉あるでしょ。恨みと愛情は紙一重なの。1度目は離してくれる。類は司のことを好きだし、優しいから。

    でも類は怖いからさ。───多分、2度目は無い」


    それは妙な存在感を持った、低く美しい声だった。




    煽り文に書かれた、愛憎渦巻く復讐劇の文字。それを見てふと思い出した寧々の言葉。
    「恨みと愛情は紙一重…か」
    司は1人つぶやく。窓から見えるのは晴天を覆い隠さんとする鈍色の雲だ。それに風が吹き荒び始めていた。昼休憩は1時間────せめて雨が降らなければいい、司はそう思いながら歩を進めた。





    神代類という人間は、周囲から見れば、神の寵愛をこれでもかというほどふんだんに賜った男に見えた。美しい上品な顔立ちという印象は、彼の長い睫毛であったり、形のいい鼻筋であったり、薄い唇であったり、瓜実の様に色白で整った輪郭がそう思わせる。
    しかし首筋から足の先に至るまでには恰幅の良い男の体が垣間見えている。一枚の皮膚を隔てた先にあるごつりとした喉仏や、ラインの出ない服を着ていても簡単に想起できる体格の良さは神代類という人間の生物としての出来をこれでもかというほど表している。
    神代類という人間は、知能という面に於いても秀抜していた。幼い頃から他の追随を許さぬ優秀な頭脳には、これでもかというほどの叡智が詰め込まれている。文学から科学、芸術に至るまで、人類が永い時間をかけて作り上げてきた学問は悉く、彼に敗北を経験させられなかった。彼は自他共に認める天才だった。そして天才というものは常々凡人に対して全く遠慮しない。

    神代類という人間は人類に容易く侵入しうる、諦観という病をばら撒く無症状性キャリアである。
    凡人に下を向かせ、秀才の心を折り、天才の創作意欲を地面の底に這いつくばらせる。人間全てが彼にとっては平身低頭であるように見えるのかもしれない。努力や小細工ばかりする『凡人』の死体を積み重ねた上に重厚で豪勢な王座を置き、悠々と足を組みながら他人を見下す。
    いや、彼は凡人を見下したりはしないのかもしれない。慈悲を与えるべき存在としてみている。子供の嫉妬を大人は真剣に取り合ったりはしない。劣等感をこれでもかというほど刺激する人間だった。
    憎たらしいやつなのだ、心の底から。
    神に愛された人間はいる。神代類という男はそれを体現するかのような存在だ。

    ――――ほらその証拠に、こんなに悪口を言いふらしたって、まったく彼は動じたりしない。



    「いや、それは違うぞ!」
    「…は?」
    2-Aという札が掲げられてあるクラスの扉をガラリと開けた司は、類に対する陰口を話していた男子生徒2人に向かって声を張り上げた(ように聞こえた)実際の所司自身は大きな声をあげている自覚はなかったが、司の胸を張ったまっすぐ届く声は陰鬱な空気を吹き飛ばす。
    司は教室に入ると、扉を後ろ手で閉めた。目線はまっすぐ男子生徒二名を捉えたままだ。
    「そういう悪口はやめろ、卑怯だぞ」
    「…は?司には関係なくね」
    「いや大いに関係がある」
    「なんでだよ」
    「オレが不快なんだ」
    3人しかいない教室に、その傲慢とも言える言葉はよく通った。額に青筋を立てた男子生徒の1人が司に対して喚く。司は男子生徒の持っていた用紙に目を向ける。テストだった。司は思い出す。この生徒二名は確かA組の中でも勉強熱心な方だったと。
    「はあ?別に何言ったっていいだろ!」
    大方、大声を出すのに慣れていない―――喉から必死に大声を捻り出したような音をだして、男子生徒の1人が司に反論する。男子生徒の怒気を遇らうように司はまたもハキハキとした声色で話す。

    「お前が真実を言っているならな。まずあいつは確かに顔もいいし体格も良い、これは事実だ。だがな、あいつがなんでもできるというわけではない。類はああ見えてすごく口下手だ。友人を作る能力ならどう考えても類よりお前たちの方が勝っているだろう。ところで、あいつはこれを座右の銘にしているんだ。『僕は巨人の肩に乗っているんだ』とな。巨人の肩、どういう意味かわかるか?
    ――――先人の肩だ。あいつが得意としているロボット制作もショーの演出だって、何一つとして先人の力を借りないものはなかったと類は言っていた。類は自分の才能を自分だけのものにしない。努力せずに舞台に上がれるほど劇というものは甘くない。あいつは六歳の頃ショーを見てから寝る間も惜しんで絶え間なく努力してきた。いろんな本を読み、いろいろなものを見て、色んな事を考え、道具を持ち寄り様々なものを作った。ショーに触れてきた時間ならきっとあいつに勝てる人間はなかなかいない。努力してないわけがない。」

    その瞬間、どこかから微かにガタリと何かが揺れる音がした。しかしその音は司の耳にも男子生徒達の耳にも入ることなく消えていく。
    「惚けるな、まだある。類は確かに天才だが、他人をそう簡単には侮ったりしないし、凡人を無価値なものだとは思っていない。その証拠に類は人間観察が好きなんだ。なに?それが下に見ているだと。違うな、あいつはそんなに生優しい人間ではない。本気で無価値だと思う人間には近づかないんだ。近づくか遠ざかるか…それを能力によって決めているわけではない。類が凡人や自分より能力が劣る人間を本気で見下しているなら、類は人間に対して演出のインスピレーションを得ようとしないだろうな。だがそうじゃない。あいつは多分誰よりも人間が好きだ」
    饒舌に語る司に、男子生徒達も呆気に取られている。司は続ける。
    「あいつは確かにオレにちょっかいをかけまくるし、前髪を焦がすし、多分誰よりも迷惑している自信があるが。あいつは案外可愛いんだ」
    可愛い。緊迫する空気の中飛び出した言葉に、男子生徒達は目を丸くする。可愛い?あの182センチのふてぶてしい男が。

    「まず野菜をのこす。そしてオレやえむに食べさせようとする。泣き真似みたいなこともする。あれで和むのと思っているのもまた呆れる。なんだかんだ意固地なところもある。自分のテリトリーが侵されることを嫌うし、一度離れてしまったらなかなか引き戻せない。…オレも経験がある。その癖にオレが怪我したりすると本気で心配して、そのせいで本気で自分のことを曲げてしまって。何度も喧嘩をしたがその度に話し合って、ショーをして、分かり合えたんだ。今まで何にもわからないし、今だってわかっていないが。……不器用な奴だって思えるようになった」
    司は脱力したような笑みを浮かべる。何かを愛おしむような目をしていた。思わず男子生徒の1人が目を背ける。何か見てはいけないものを見た気になったからだ。

    「それで、これが一番言いたいことなんだが…あいつは案外こういう悪口、気にするやつだ。」

    もう一方の男子生徒の握りしめた紙がより一層音を立てた。
    「ッッ気にしてないだろ!!あんな奴!!」
    「いや、言われ慣れてるらしいが、やっぱり傷つくんだって言ってたぞ」
    「はあ?!あんなことやってるやつが!?自業自得だろ!!」
    「爆発とかか?まあそれはわかるが。それでも悪口を言っていい理由にはならないだろう。お前に被害が及んだわけでもあるまいしな。まあ精々音にびっくりするくらいか?それに言いたいことがあるなら面と向かって言えば類もきちんと話を聞いてくれる」
    「いい子ちゃんぶりやがって、んなもん誰でも言ってるだろ」

    「そうだな、だが類の口からは聞いたことがない」

    「…ッ!!お前!!」
    突っかかっていた男子生徒が、一際大きい声を出す。空気がゆれ、思わず司も目を見開くが、そこから一歩も足を後ろにはやらなかった。こちらも伊達に鍛えていない。この程度ならいなせるだろう。
    そんな司の様子に堪忍袋の尾が切れた男子生徒が片手を振りかぶりながら床を乱暴に踏み、司の方に足を進めたその時。
    閉めたはずの扉がガラッと開いた音を司は聞いた。
    「…は?え?なんでお前がここに」
    勇んだ様子で司の頬を殴ろうとした生徒は、司の後ろをギョッとした目で見た。怒りで赤くなった顔面が途端に紙のように白くなる。司を殴ろうと振りかぶった腕が、途端に防御姿勢をとった。大人しくしていた一方の男子生徒も腰が引けており、こぼれ落ちそうになるほど目をかっぴらいている。ずり、と誰かが足を後方に下げた音がする。
    「…類」
    司は背後を振り返らず言った。後ろの気配がゆらゆらと大きくなるほど、この教室中の空気が詰まっていく。
    「…行くか、類。練習に間に合わなくなるぞ」
    「…こいつらを」
    類はそこで言葉をとめた。今だに男子生徒達は動けないままだ。正直なところ、司は振り返るのが怖かった。何かを言い出すこととナイフで喉を掻っ切られるような恐怖感。しかし止めなければならない。
    「良い、良いんだ」
    「…わかった」

    司の手を強引に引っ張って、類は踵を返す。
    大きい手だった。厚い手だった。そして血の気が引いたような冷たい手だった。ゴツゴツとして、骨の形がよくわかる。工具を触っている影響か、類の手には様々な凸凹やささくれがあった。深爪だが彼の生来の指の長さはまったく無様に見せない。司は類のそんな手が好きだった。時折類は司の頭や頬を撫でたりする。その意味はわからない。嫌な気分ではなかった。指が司の輪郭をつうっとなぞるたび、妙な気分になる。彼は非情な人間ではない、だってあんなにも優しい手つきで触るのだから。
    …恋愛的に好きではない人間にも!

    「類」
    「なに」
    呼びかけに反応はしたが振り向こうとはしない。類は司の手を引っ張ったまま大股で廊下を歩く。怒りながら手を繋ぐアンバランスさに、司は混乱する。
    「怒ってるのか」
    「…当たり前だよ」
    「もしかして、悪口が堪えたのか。オレが言えることではないが、あいつらのいうことなんて―――」

    類がふいに立ち止まると、こちらを勢いよく振り返った。その顔色は真っ青だ。
    「ッ君が!殴られそうになってた!僕の、僕のせいで!!」
    悲鳴のような怒号だ。普段の飄々とした態度からは打って変わって、まったく必死そうだった。

    「お前、オレのこと女だとでも思ってるのか?鍛えているしあれぐらいなら大丈夫だ」
    「君が女にみえるか!それに!鍛えてるとかそういう問題じゃないだろう!?2人だった、どうにかなると思った?次は?次は3人?4人?そうなったら君でも勝てない!僕の悪口をいう人たちにいちいち反論してたらキリがない!!今後もうそんなことはやめてくれ!君が僕のせいで他人に詰られたりしたら、僕のせいで君が舞台に立てないことがあったら、ぼくは!」
    「どこから聞いてた?」
    「今そういう話は……!はあ、それは違うって言ったところからだよ」
    「最初からじゃないか」
    「君の声は大きいもの」
    「初めから聞いていたのなら話は早い。オレはこう言ったはずだ。オレが、不快だったからだ。お前が根拠のないことで貶められるのは我慢ならなかった」
    「…」
    「オレのためだ。類が誤解されたくなかった」
    司は類から目を逸らさずはっきりと言った。類は司の力強い眼光に思わず目を逸らした。下を向く。…ああ、あいつらはわかってないのだ。類のことを。なにかわからない時、迷子になった時、類は下を向く。他人を馬鹿にする時に下を向くような人間ではない。類はおずおずと話す。

    「…僕は君が思ってるような人間じゃない。だって、司くんが悪口を言われないように自分を戒めるって選択肢もとれるはずなんだ、なのに僕はそうしたくないって思ってる。ねえ、僕は君が思うような、そんな人間じゃないのに……なんで…」
    類は本気でわからない様子だった。金色の瞳が司を見つめたまま揺れていた。司は小さく笑う。ほら、完璧じゃないのだ、類は。人並みにわからないことなんていっぱいある。人の心に敏感な時もあれば、とんでもないくらい疎い時もある。司は繋いだままの手をそっと離し、そして類の頬に手をやった。類の紫の髪を少し退け、肌をなぞる。
    ひどく冷たい。
    大体の人間は怒る時顔が赤くなるが、時折真っ青になる人間も存在するとどこかで聞いた。なら、足はきっと暖かいのかもしれないなんて場違いなことを思った。司の行動に最初こそ体をこわばらせた類だったが、次第に司の体温に身をまかすように手を頬に擦り付ける。
    「オレは、類にそうなってほしくない」
    「え?」
    「お前は常々「自分らしく」という言葉を使うが、大事な人にはずっと自分を隠してほしくないと思っているんだろう。それはオレもだ。おとなしいお前はきっと優等生なんだろうが、それではきっと類が、類自身が楽しくないだろう。自分を大事にすることの何が悪いんだ、オレはまったく…いや少しは気にしているが、お前が深刻な顔をするほど悩んでるわけではない!それに…押し殺して笑うなんてらしくないんだ。らしくない類を見たいとは思わない。誰だって笑ってほしいだろう、心の底からな!」
    司が輝くばかりの笑みを浮かべるのを、類は目を見開いたまま見るばかりだ。何も言わない類に対し、司は続ける。この声が届いてほしいという思いを込めて、柔らかく丁寧に言葉を続ける。
    「それに――――類は自分が思っているよりもずっと優しい」
    「…」
    「きっとえむも寧々も皆も、そう思ってる」
    頬骨から顎の輪郭をなぞった。類の輪郭から手が離れる。
    「つかさくん、ぼくは、ぼくは、君が」
    拙い声でそう言った類だったが、次の言葉は出てこないようだった。
    「…類、みんなが待ってる」
    「…」
    「行こう、2人で」
    今度は司が類の手を引く。類が徐々に司の手に強く力を込めていく。2人で階段を下っていく間、2人の間にはなんの会話もなかった。心地良くもないが、気まずくもない沈黙だった。2年A組の教室からは一拍置いてバタバタと焦った足音が聞こえてきて、どこか遠くに消えた。

    「練習、できそうかこれは?」
    いつからか風が吹いていて、2人がエントランスまで下る頃にはいつもは大きく開かれている正面玄関が閉まっていた。誰もいないのは珍しい。太い窓枠さえも震えて大きな音を出している。手を繋いだまま外に出ると、強い風が2人を打った。カラカラとした風が吹いていた。まるで荒野のように、清々しく澄んでいる。
    「いきなり吹き出したね。…今日は風が強いだなんて予報なかったはずだけど」
    「ああ…えむと寧々には練習中止の連絡を入れるか」
    「そうだね…ねぇ司くん」
    司が先導していたが、いつのまにか類は司の隣に並び立っている。類のご両親は背が高い、きっとこれからも背は伸びるんだろうなと思った。いつのまにか手は離されていた。類からの呼びかけに、司は類を見上げた。
    「…あのね司くん。ごめんね。…それと、ありがとう」
    「は?」
    いきなり投げかけられた謝罪と感謝の言葉に司は目を丸くした。類は司の剽軽な表情を見て、思わずと言った様子で小さく笑う。
    「嬉しかった」
    「…何が」

    「僕、あんまりああいう言葉には反論しないようにしてるんだ。主観だし、キリがないし、反論したって人の意見は変えられないから。別に自分は傷つかないから他人に何を言われたって問題ない。でも司くんが庇ってくれて、なんでかなあ…嬉しかったんだよ。だから本当はやっぱりちょっと気にしてたんだね」

    類は自傷気味に笑った。司が次の言葉を待っていることを察して、また口を開いた。

    「一番嬉しかったのは、君が僕の努力をちゃんと見てくれていたことだったんだ。僕が人並みに努力せずいるんだって昔からずっと言われてた。普通の人より覚えがいいのはその通りだけど、僕がお小遣いから興味ある本を買ったり、それを擦り切れるまで読んで自分で考えたり、何度も調べて何度失敗しても頑張って…何かを作ったとしても、当たり前のように捉えられてしまって。
    僕はこれを努力とは思ってなかったけど、努力してないと言われるのは妙に心外だった。勉強はしたことがあまりなかったけど、数学や文学に関しては学年の誰よりも触れてきたつもりだったから。これは努力として認められないのかなって、小学生の時くらいまでは柄にもなく傷ついてきたことを思い出してしまった。

    ……ありがとう。僕を天才や変人なんて言葉で全て片付けないでいてくれて。僕を、見てくれて」

    類は一つだけため息をつくと、最後に言った。
    「僕の良いところをいっぱい言ってくれて、嬉しかったよ。ありがとう。でもね、前にも言ったけど庇わなくていいよ。それが司君のためだったとしても」
    「なぜ」
    「君が傷つくと、僕も傷つく」

    司は、類が自分のズボンをぎゅうっと握ったのを視界の隅で捉えていた。
    「君が怪我をしたら、僕も同じように痛いと思う。君が泣きそうなほど辛いなら、僕も同じように辛い」
    類は不安げで、普段の猫背をさらに強くした。声は力なく震え、手も震えていた。
    司は類の話が終わったことを確認すると、口を開いた。

    「前にオレが演技のことに対して誹謗中傷を受けた時があったな。初めこそ真っ当な指摘だったが途中から人格否定に切り替わって…。なかなか堪えた、それを気にしている自分にも。何せ指摘自体は本当だったから、後半の悪口さえも本当のように感じてしまった」
    「あれは…酷かったね…」
    「前に教えてくれただろう。悪口を気にしてしまう理由の話だ。人間の本能なんだと。…人間は社会的な生活を営む種だって。噂一つで自分の種の存続が怪しくなるような社会を長い間経験した人間という種は、自分を貶める言葉には本能的な恐怖を感じるんだと。不思議だな、ああいう言葉は頭から締め出そうとするたびにぐるぐる回るんだ。暫く落ち込んでいて、咲希にも冬弥にもえむにも寧々にも相談できなかった。ミクにもカイトにも言えなかった。きっと、悲しむから。
    ああいう言葉が真実のように聞こえるのも本能のせいなんだって、振り回されるのなんて馬鹿らしいって、類がそう言ってくれて、なんだか心が軽くなったのを覚えている」
    「……」
    「しかもそのあと、類はオレの良いところを100個、いや若干重複する物も含めたら120個言ってくれた。オレと目を合わせて、面と向かってな……正直に言うと、オレがトルペの演技について詰まっていた時、慰めてくれた冬弥のことを思い出した。」
    「……覚えてるの?」
    「忘れるわけがないだろう!オレの隣に座って懇切丁寧に言ってくれただろうが。未来のスターとしてのオレだけでなく、天馬司としての良さはこうなんだ〜って言って…。でも、恥ずかしくなって途中でやめろと言ったことを心底後悔するくらいに嬉しすぎて一字一句覚えているぞ、言ってやろうか」
    胸を張って言う司に、類は目を丸くした後頬を赤くする。
    「いいよ、言わなくて」
    「そうか?…つまりだな」

    「あの時、類にそう言ってもらって嬉しかったから、オレも返したくなっただけだ!心配してくれて、あの時声をかけてくれて本当にありがとう。あの時間は今でもオレの―――宝物なんだ。お前が仲間でよかった。お前はオレが暴力を振るわれるとか、陰口を言われることを危惧しているんだろうが、オレはそんなことでへこたれはしない!それに、お前の悪口を言われてそれを黙って見てる方がよほど辛い!
    オレの仲間はこんなに素晴らしいのに、優しいのに!
    これからもきっとああ言う場に遭遇したら口を挟んでしまうかもしれん。だが、オレが傷付いたらお前も傷つくように、オレもお前が傷付いたら、自分のことのように痛いんだ。だから許してくれ、類」

    司は類に向けて、誇らしげな笑みを浮かべた。類が金の目を大きく開く。蜂蜜のような瞳だ。類はくしゃりと自らの髪を握る。その表情は悔しそうで、それ以上に身を切られたように痛そうで、切なげだ。
    「…僕が言いたいことはそう言うことじゃなくて…っはあ……君って本当に、なんていうの?本当に…ああもう――――」
    一際大きな風が吹いて類の次の言葉は掻き消えた。なぜだか焦ったさを覚えた司は類の手をまたしても突然掴み「類、行こう!雨が降る前にファミレスにでも!」と言って駆けていく。
    「腹が減ったんだ、まずハンバーグとステーキと白飯2杯は欲しいな!」
    類は手を引かれるままだった。
    (「ああもう――――」)
    その続きは、聞いてはいけない気がする言葉だった。司の鋭いのか鈍いのか分からない直感は、凄まじい速度で司の次の動作を決めていく。本当は家に帰るべきなのに2人で食事をしようとしているなんておかしいはずなのに、司はなぜだか類とご飯を食べたくなった。司は自分の相反すると言っても良い直感を同時に信じて類の手を引いた。きっと類は続きの言葉を今は、口にはしないだろうなと思った。
    食事に誘った。それだけのことだった。

    食事に誘った理由を司はついぞ見つけられないでいた。




    屋上に来た2人は少し競り上がったコンクリートの上に並んで座った。司は弁当の包みをあけ、類は購買で買ってきたハンバーガーを取り出す。箸を取り出した司に類はハンバーガーをぐいっと押し付けると「野菜、どうぞ」と言い笑った。
    「お前が食べて欲しいだけだろう」
    胡乱げな顔をすると、類はわざとらしい泣き顔で言い訳を口にする。暫くの押し問答の末ついに司が折れ、ハンバーガーから野菜を抜き去る。司が弁当を食べている間類は片手にハンバーガーをもって演出案の書かれた資料を読み込んでいた。
    最後の一口を飲み込むと、司はとうとう本題を切り出した。

    「それで、このチケットは一体なんなんだ?」
    司は弁当を片付けると、代わりにズボンのポケットから先ほど類に貰ったチケットを出す。なんの変哲もないチケットだ。
    「ん…?この劇団、最近海外にも進出したというあの劇団か?」
    「そうそう、旭さんが所属するアークランドにはひとつ劣ると言われてるけど、それでも日本最高峰の劇団だよ。最近海外の有名劇団からやり手の演出家が来たみたいでね、急成長を遂げている劇団だ。その劇団のチケットが当たってね、僕の好きな小説が題材だったからダメ元で応募してみたら当たったんだよ。どうせなら誰かと行きたくて2人分予約したんだけど、父さんも母さんもその日は用事があるみたいでね。勿論君も用事があるなら仕方ない、寧々やえむくんに聞いてみるよ」
    「いや、全然大丈夫だ!土曜日か…用事も何もないぞ。それに、見てみたい」
    「ふふ、よかった。司くんって原作があるショーを見る時、先に原作を見るタイプかな」
    「場合によるな。今回は…読んでみようと思う」
    「ふふ、そう思って、ほら!」

    類はにやりと笑うと、カバンの中から本を6冊取り出した。予想だにしなかったそのどれもが『嵐ヶ丘』と書かれている。6つのうち2つはソフトカバーで、もう4つはハードカバーだ。単行本の方は比較的真新しいが、ハードカバーの本は角が擦り切れ、よれている。六つの本を膝に置き、類はまたカバンを漁る。大きいタオルを用意するとそれを地面に敷き、それから本を一つ一つ並べ始める。

    「ソフトカバーの方は2010年代に翻訳されたもので、ハードカバーの4冊は1950年代から2000年代にかけてと幅広い年代のものを揃えたよ。最も古い本は相当に文体が難しいし今の言葉とは感嘆符から語尾にまで違う。
    嵐ヶ丘の著者であるエミリーブロンテの長編小説は嵐ヶ丘1冊だけだけど、話はとても精巧に作られている。本を読むとわかることだとは思うけど、この小説には徹底した対比や二重構造が存在するんだ。当時の法律にも沿っていて、話としてはとんでもないけれど、よく考えられて作られた小説だって思う。昔は酷評されてきたみたいだけどね。何度か原書を読んだけれど話の内容から出てくる単語まで全て難解だ。イギリス、ヨークシャーという地方の方言が頻出するんだ、それ故に屈指の翻訳難度を誇る…その道のプロでも誤訳するくらいにはね。
    でもこの本は特に翻訳者の癖が顕著に出ていて面白いところなんだよ。粗暴な使用人の言葉尻一つでも翻訳者一人一人全く違う印象を受ける。たとえばこの本では少し丁寧な口調だし、それに比べて…この本はこの中で一番口調が荒い」

    類は6冊の本を順番に手に取ると、一つ一つ説明を挟んでいく。地の文からセリフ、文体の雰囲気の違いを懇々と話す類に頭が混乱してきた司はとうとう根を上げた。首が痛くなりそうで、司は一旦空を見上げる。もうすぐ雨が降りそうだった。風もどんどん強くなっていっている。それでも2人とも屋上から離れようとはしなかった。たとえ雨に降られても類となんでもない話がしたいのだと、そう、司は思う。
    「お前が一番おすすめなのはどれなんだ」
    司がそういうと、類はソフトカバーの上下巻ある本を纏めて司の方に差し出す。
    「内容を把握するならこれかな。一番最近出たものだよ。昔のものは日本語がまず古めかしくて難しいからね。この翻訳者のものは僕もお気に入りなんだ。原文の雰囲気と同様に少し硬い印象を受けるけれど、雰囲気を掴むという点ではピッタリだね。柔らかい話ではなく、激しい話だから」

    「…いったいどんな話なんだ?」
    訝しげな様子で疑問を投げかけた司に、類は劇団のチケットをひらひらと見せびらかした。

    「大まかにいえばここにかかれた煽り文句の通りだよ。キャサリン•アーンショウという地主の娘に裏切られた拾い子ヒースクリフが立派な姿になって舞い戻ってくるんだ。過去自分を虐げたアーンショウ家やリントン家、そして自分を貶め裏切ったキャサリンに対して復讐をする為に。というような、ね」

    随分とおどろおどろしい内容の小説だ。司はソフトカバーのうち1冊を手に取り、パラパラとめくってみる。当然文章は見えないが、この本が途端に恐ろしいもののように思えてきた。復讐、司にとってそれは実感のない、遠い話のように思えた。よく考えれば当たり前だ。そんなことをする機会なんて殆どの人間にないだろう。仕返し程度ならあるかも知れないが、そんな大仰なことを経験するのは難しい。

    しかし復讐か。
    あまりそういったことに命を捧ぐ役を演じたことはなかった。そもそもワンダーステージは家族連れが非常に多い。家族向けのワンダーステージという特性上あまりに仰々しく考えさせられるようなラストは似合わない。観劇後に晴れやかな気分になるようなものばかりだった。
    この本を読んで、一度自分だったらどんな演技をするのか考えられるきっかけになればいいと思い、司は上下巻あるソフトカバーの小説をまとめて持ち上げて、類に問いかけた。
    「これを貸してもらって良いか?」
    類はまたしてもニヤリと笑った。
    「勿論」


    「次、感想聞かせてよ」そう言って類は4冊の本を片付け始める。「この本と出会ったのはいつなんだ?」司はふと気になり問いかけた。類は暫く思案した様子でいたが「初めて読んだのは小学生の時だよ」と言った。

    「ショー…舞台芸術家を志す者はなかなか手広く物を知らないとやっていけないものだ。音楽や古典小説、歴史から文化までね。例えばショーといえばその源流はオペラにある。オペラは基本的には声楽だが演劇の要素も勿論兼ね備えるものだ。イタリアやフランス、イギリスなどのヨーロッパ圏の創作物は劇と密接に結びつくだろう?ヨーロッパの主要な小説や詩、古典は読みこんだね。僕なんかまだまだだけど…」
    「…オレはあまり知らない、もっと読むべきか?」
    「ショーとオペラは関わりが深い。司くんはピアノが得意だろう?なら音楽から興味を持てば良いよ、興味がなければ挫折するし続かない。文学はそれからでいいだろう。シェイクスピアの4大悲劇は司くんも知っているし、何も知らないわけではないだろうけど…ショーの題材にしろ、音楽にしろ、文化にしろ、知見は広いほうがいいからね。
    そうだね…例えばカルメンのハバネラなんかは君も弾いたことがあるかもしれない。そこから小説のカルメンを読んで当時のスペイン風土やジプシー…あまりこういう言い方は良くないな。ロマ、ロマの文化を知るのもよし、カルメンというオペラを作ったのはビゼー…フランス人だから、フランスの文化について調べるのもいいだろう。彼の作った美しきパースの娘というオペラが僕はとても好きだから、それについてもいつか君と語らいたいね」

    カルメンのハバネラ。音色を頭の中に想起し、司は無意識に指を遊ばせていた。時折バラエティでも使用される有名曲で司も何度か弾いたことがある。
    「…カルメンか、あれもなかなか凄まじい話だな」
    司はカルメンの内容を頭に思い浮かべる。ドン・ホセという真面目な衛兵がカルメンというロマと恋に落ち、愛故に罪を犯すが、しかしカルメンによって裏切られ、最後にはホセはカルメンを殺害してしまう。

    「オペラのカルメンは…元々メリメという作家が書いた小説が元なんだろう。そこから入ってみるか」
    「さすが司くん。小説版とオペラでは最後に至るまでまったく展開が違うからね。カルメンの設定も違う。最後にカルメンがホセによって殺害されるところは変わらないけれど」
    「そうなのか?」
    「ふふ、そうだよ。ただ他の監督が作ったカルメンはその大筋さえ変わっているものもある。例えばホセが恋のために死ぬのではなく、国のために命を落としたりする。こうなってくると、原型はないね」

    つらつらと語る類は楽しそうで、司もいつの間にか身を乗り出して真剣に聞いてしまっていた。滔々と語っていた類はふと目の前の本から視界を司に向けると、司の金の糸のような髪を熱心に見はじめた。
    「ん?どうしたんだ?」
    「…ああ、ところでカルメンといえば赤い薔薇のイメージがあるけれど、元々彼女が持っていた花はアカシア…キンゴウカンという花なんだ」
    「アカシアはきいたことがあるが、きんごうかん?」

    「アカシアの和名だね。黄色の可愛らしい花だ。とても…とても強く甘く香るんだよ。ただ…あまり舞台映えしない。カルメンという女をより情熱的に見せるために、いつしか彼女のイメージは赤い薔薇になった。メリメは意図してキンゴウカンにしたと思うんだよね。もしかしたら草葉の陰で泣いてるかも」

    類はスマホをしばらく操作すると、司に花の写真を見せる。黄色く丸っこいぼんぼんのような花だ。

    「可愛らしいな!」
    「そうだろう?」
    「何でお前が自慢げなんだ…?なんにせよ、カルメンか」
    「カルメンだねぇ。ある意味この本…嵐ヶ丘と似ているよ。出てくる女性全員、すごいからね」
    「嵐ヶ丘の女性もその、つ、強いのか?」
    司の疑問に類は首をゆったりと横に振りながら答える。

    「強いなんてもんじゃない。ある評論家に言わせるとキャシー、ああ、ヒロインね。あの女は化け物のようだって。さっき発表当時は酷評されていたと言っただろう?あまりに登場人物の気性が荒すぎるせいだった。
    当時の評論だし、その本が書かれた1840年代は貞淑な妻や女っていうのが今以上に求められていた時代だから、そういう評価をされても違和感はないけれどね。この本では男だって理性がない。
    キャシー…僕は好きだけど難しい人間ではあるね。気まぐれで、男を翻弄する。そういう表面的な部分だけ見ればキャシーとオペラ版のカルメンは似ているかもしれない。
    ただ…カルメンは自由を求めていたけれど、キャシーが自由を求めていたかというとそれは違うように思うよ。他にも違うところはすごくあるけど、ある意味って言ったのはつまりそういうこと」


    類はカバンに本を詰め終わると立ちあがった。司も立ちあがろうとして、ふとスマホを見ると予鈴がなる5分前だった。司が腰を上げたところで、類はポツリと呟く。

    「…ホセは離してやるべきだったんだ。ホセと離れたいと願うカルメンの言葉を聞かなかった。元から自分を愛してくれる婚約者まで裏切って、最後にはカルメンを殺すだなんて。カルメンを自分の所有物としかみていない。相手が望んだなら、たとえ自分がどれだけ苦しくても離してやるんだ。
    ――――愛って、そういうものだろう?」

    類は司に問いかけたかのように見えたがその実、類は自分がその言葉を口に出していたことなど気づいていないようだった。どこか自戒をこめたその声のあまりの質量に、司は無意識に身震いしていた。
    最近、類が妙に末恐ろしく感じる。司は普段の飄々とした類と、今のどこか鬼気迫るような類を交互に思い浮かべてみては、途端に疼く足を何度も組み直していた。
    気軽に話をふれるような雰囲気が微塵もないことは、流石の司でも否が応でもわかっていた。

    …いや、自分だけなのだろうか?

    司に意識も向けず考え込む類を横目に、司は目を伏せた。
    よく見れば、もう直ぐ昼休みが終わり予鈴がなる時間だった。司は心機一転すぐさま立ち上がり、扉へ足を歩ませる。
    「もうすぐ時間だ、類はいかないのか?」
    座り込んだままの類に対して司は問いかける。
    「今日はサボるよ」
    「お前な…あまり先生を困らせるなよ」
    「ふふ、テストなら大丈夫さ」
    「そういう問題ではない!」
    「まあまあそんなに怒らないでくれ、もう少し演出案を練りたくてね」
    司は呆れた表情をしたが、すぐに気持ちを取り直して今度はふんふんと鼻歌を歌いだした。ずいぶんハバネラが気に入ったようだ。「ご機嫌そうだね」というと、司は鼻歌をやめ「お前とランチできたからな」と言った。司はそれっきり振り返ることなく屋上のドアへと近づいていく。


    司がふいに呟く。
    「恋は野の鳥、気まぐれ気ままか」
    類は疲れ切った声で返した。
    「呼べどまねけどあちらを向くばかりだね」

    類は司が小さく笑った音を聞いた。

    司が出ていき、ガチャリと扉がしまる。

    その瞬間大きく風が吹いた。類が空を見上げると重苦しい鼠色の雲はずいぶんと低い位置にまできたようだ。この様子だと鮮やかな青い空と太陽は明日になるまで顔を見せないのではないかと思う。このままでは雨に降られるかもしれない。

    しかし類はどうにも屋上から離れられないでいた。そのまま地面に座り直すと目を閉じ、フェンスに体をよりかからせる。


    類は思う。
    カルメン、その毒婦、魔性の女。

    キリスト教のみならず数多の宗教で女というのは賢明で屈強な男を悪の道に惑わす悪魔のような側面を常に持ち合わせているのだと考えられてきた。カルメン、ヴィオレッタ、マノン・レスコー、ナナ、そしてキャサリンという女。数多の有能な男を地面に、いや地獄に這いつくばらせる女達。その女たちの前では、どれほど逞しかろうが、どれほど知性があろうが、誠実であろうが、美しくあろうが、王座に座ろうが、一度彼女達に目をつけられたらこの世で築いてきたものは一切合切全て奪われ崩れ落ちる。どれほど豪華な冠も転げ落ち、どんな謀略も賄賂も意味をなさない。宝珠も軍隊も王笏も紋章も旗幟も全て彼女らに差し出す羽目になる。

    そういう女に堕ちる男は大体の場合自分の末路を予感しているものだ。それなのに、離れられない。自分が破滅することを予期していながら、彼女達を離せない。
    恋を、――――司を知らなかった頃、類はそんな最後を迎える男達をどこかで軽蔑していた。何億といる女のうち1人にうつつを抜かし、あまつさえ人生を棒に振るなどあり得ない話だ。

    類自身、自分が求められる側の人間だということをしっかりと認識している。目的のためなら女だって誑かしてみせるし、場合によれば男だって手中を納めるのも容易だ。自分にはそれができる容姿も頭も声もある。自分は選ぶ側なのだと信じて疑わなかった。
    しかし今なら魔性の女によって身を滅ぼす男の気持ちもわかるというものだった。

    だって違うというのなら。
    それなら、司くんという男に恋をしている僕はどうだというんだ?

    類は常々司に薄寒いものを感じていた。他ならぬ司の手によって、深く暗い穴ぼこに落っことされそうになる感覚が常にあった。自分自身の、守るべき最も深い部分に手を突っ込まれて、いたって優しい手つきで不気味に改造されていくような気さえしていた。
    司にあの時屋上で声をかけられたのが最初だ。それから右往曲折ありながらも司はもう一度類に手を差し出した。それから類の失敗によって司は怪我をし、そこで初めて司を自分が思う以上に大切に思っていることを知った。司の背中を見るのが好きだった。彼の立派な、しかし自分よりは小さいあの体を抱きしめたいと思うようになったのはいつからなのだろうと思案しても、思い当たる節が山ほど出てきて仕方がない。

    彼は魔性だ。人を惹きつけ離さない魅力がある。根っからの先導者だ。旗を掲げ人々を導く革命の神のような勇ましさがある。そのくせ、彼は自分の夢に一直線で、その強い輝きには誰も敵わない。類は妙に確信めいたものを感じていた。

    神代類にとっての魔性の男、運命の男、オム・ファタール。

    いるとしたら、彼以外にはありえない。

    そう考えに至った時類は心底ゾッとして、全身に震えが走るのを止められなかった。彼は美しいし、人をたらし込む。そのくせ自分の本当の魅力というのをまったくわかっていない。カッコいいポーズができるのが本当の彼の素晴らしいところではない(それも確かに素晴らしいし司くんらしいが)根拠のない何かを信じさせる力があり、清廉で潔白な所。今の彼の想いに矛盾や汚れは一つもない。爽やかさ、晴れやかさ。彼には常にそう言った雰囲気を纏っている。人心を掌握する人間はいつの時代もそういうものを持ち合わせる。

    かつてある作家が言っていたことを類は思い出す。
    『清潔なものは必ず汚され、白いシャツは必ず鼠色になる。人々は、残酷にも、この世の中では、新鮮、清潔、真白、などというものが永保ちしないことを知っている。だから大いそぎで、熱狂的にこれを愛し、愛するから忽ち手垢で汚してしまう』のだと。

    自らが手垢のついた人間ではないとどうして言い切れる?自分が司くんを消費していないとどうして言える?
    司くんはこんなにも廉直な人間であるのに、どうして自分が熱狂的に愛さないでいられる?

    …恋、いや、執着?それとも愛?

    今司くんに抱いているものはいったいなんなのか、類はまだ答えを出せないでいた。一応恋としているが、実際のところどうなのかはわからない。そして類は司にこの思いを打ち明けるつもりは一切なかった。この感情が司に向けるべきではないということはわかっていた。それでも時折堪えきれず彼に触れる時がある。その度に司はうっそりとした瞳をして類を見るのだから堪らない。
    もしかしたらと思ってもっと勇気を出して触れてみるも、司はそれ以上の反応を返さなかった。
    類は司の底知れぬ魅力が心の底から恐ろしかった。それでも手を伸ばさずにいられないのだから、やはり彼は魔性の男だった。
    例えば――――アークランドの引き抜き、あれを断った一番の要因は、彼の凄まじいまでの迫力を感じる演技を見てしまったからだ。

    司という1人の男によって、自分の人生はとてつもない大きく動いたのではないか。自分が間違った道に進んでいるとは思っていない。しかし、自分がドンホセやアルマン、デ・グリューやヒースクリフのようにならないとどうして言えるのだろう?今この場にはカルメンやヴィオレッタ、ナナ、マノン・レスコー、キャサリンと似たような、類にとって退廃的で破滅的な魅力が醸し出す男がここにいるというのに。

    「あはは…はぁ………」
    キツく目を閉じる。
    …ハバネラ、ハバネラか。
    類はあの歌を思い返した。有名なアリアだ。ドンホセを生涯にわたって惑わす女カルメンは、愛を乞う若衆を軽くあしらいながら舞台上に現れる。真鍮の糸で鎖を作っていた真面目なホセに対し、カルメンがアプローチとしてアカシアを投げつけるという一連の流れの中、このアリアは歌われる。その花(カルメン)にホセは魅せられ、それはいつしか2人の破滅へと繋がっていく。

    類は無意識に重いため息を溢していた。鬱屈した何かを外に放出しようとして失敗したように、長く深いため息は体内の空気を全て吐き出すまで続いた。
    朝にはそうでもなかった空気は、すっかり湿っていた。顔を手で覆うと、じっとりと汗をかいていることに今更気づく。

    「ああ…」
    もう嫌だ、もう嫌だ。―――元来心を乱されることを過度に嫌うことは自覚している。自分で序破急を作り出すことは好むのに、自分が翻弄されるのはどうにも慣れなかったし、煩わしささえ感じていた。

    それが、このざまだった。

    いつのまにか、心を乱されることすら幸福に思えてくる。
    自分でも驚くほどのことだった。だからこそ、のめり込み様が怖かった。
    妙に寒い、苦しい、辛い。息の詰まる感覚は、漫画や映画であるような「恋」とは全く違っていた。柔らかく甘い砂糖菓子のようでは断じてない。どちらかといえば、そう―――例えば男が愛する女に裏切られる物語の、その最序盤。綺麗な恋に隠された不吉で不穏な気配のような。
    やがて哀れな末路を辿るであろう人間が、道を逸れ出すある出来事。この後行方不明になり、今も帰ってこない人間が、いつもと違う道を選ぶ瞬間。それを同じレイヤーで見ているような、他人事には思えないぞっとしない瞬間の「嫌さ」を、この恋の奥深くにはあった。
    そしてその「嫌さ」は、この深い恋情の芯から手を伸ばして、類の背後に迫っている様な気がしてならない。その「嫌さ」は司から出たものではなく、自分から出たものなのだ。

    類は意識して他のことを思い浮かべようとした。しかし思いつくのはあの柔らかな髪やその丸い瞳ばかりだ。この脳は最近、どうにも思い通りにならない。コントロールできない頭に鬱憤がたまる。

    「ああ、くそっ」
    自分らしくない言葉を吐いて苛々を吐き出す類の脳裏には、ハバネラの壮大な音楽と共に、あるフレーズが繰り返し流れていた。

    『Si je t'aime,Prends garde à toi』(もし私に愛されたなら気を付けろ!)
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    DOODLE類はオレに復讐をしに来たのだ。
    な類司です。
    捏造ありモブあり
    こっからすれ違いがあり類と司はバラバラになります。数年後アメリカで成長した司が出会ったのは、同じくアメリカで新進気鋭の演出家として活躍する類でしたが、すれ違ったあの事件がきっかけで類は司に対して恋心と言うにはドロドロしすぎたような感情を抱いています。
    まだ起承転結の起でもないです。

    引用は三島由紀夫の終わりの美学から。
    復讐類司A組の教室内は昼休みに入っていた。1人で気ままにランチを楽しもうと、弁当を持って廊下に出る。階段を登ろうとしたその時、司の耳に聞きなれた声が届く。
    「司くん」
    B組からこちらまでやってきたのだろう、ふらっと現れた類が司に向かってくる。遠くに見えた類はゆるい猫背のせいかすこし小さく見えるが、すぐ近くまでくると流石に大きい。もうすこしきちんと立てばもっと見栄えも良くなるのにと司は常に思っていた。
    類はショーキャストの癖に普段の外見にはひどく無頓着だ。舞台の上にいるみたいに胸を張り、背筋を伸ばせば、類の魅力はもっと校内中に知れ渡るだろう。コソコソと噂され遠ざけられるには惜しい人材だ。
    しかしこの無頓着さやある種の複雑性も類の個性の一つだと思い直す。そうしてそんなことを思う度に、学校中の皆が類を一般人とは違う、常軌を逸した変人だと一線を引いてしまう今の状況もつられて思い出してしまうのだ。
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