男には密かな楽しみがあった。
「よお、ソンシク」
大柄な体躯を屈ませ、イ・ジャンギルはニヤリと口元を綻ばせた。
漢城冷蔵の中庭にはどこからやって来たのか分からない野良猫が出入りしている。
にゃあ
傷一つなく磨かれた革靴にすり寄っているのは少し痩せた一匹の黒猫だった。
ジャンギルがつま先を動かせばたちまち逃げて行きそうだが恐る恐る様子を伺いながら、硬く艶を帯びたそこへ頬を擦り付けていた。
(ほんと、誰かさんにそっくりだな。)
ジャンギルはそっと指先で猫の額を擽った。
びくりと身を竦ませたが男が何もしてこない事がわかっているのか、逃げる事はしなかった。
ジャンギルがこの猫見つけた時は今よりももっと痩せこけていて警戒心の塊のような眼をしていた。一歩踏み出そうものなら数メートル先でもぴやっと飛び去る勢いだったのだ。
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