意外性「えっ局長が倒れた」
コ調査官が何処からか仕入れてきた情報にドンジュが酷く驚いた顔を見せる。
「ええ。登庁した時から調子が悪そうだったとか」
「やだ、何か差し入れ要りますかね」
ヘヨンが目を丸くして言った。
「そうね、今独り暮らしらしいから」
「えっ、局長既婚者なんですか」
「まぁ、一応色々あったらしくて今は、ね」
アン班長とヘヨンのやり取りを聞き流しつつ、ドンジュが
「皆さんを代表して僕がお見舞いに行ってきます」
書類を早々に片付けるとおもむろに立ち上がった。
「そんな、私が……」
「僕が行きます」
ドンジュはヘヨンの言葉を遮り、代わりに収支計算書の確認を頼む。
「そんなに心配」
「変なの」
いそいそと部屋を出ていくチーム長の背を部下たちは見送りながら揃って首を傾げていた。
5局があるビルからそう遠くない所にヨンのマンションはある。行き慣れた道だ。すっかり覚えた部屋番号と暗証番号でスムーズに主の元へ向かう。
室内は静かで、意外にも整頓されている。散らかすほど長居することがないとも言える。
人の事は言えないが、生活感がない空間だった。広いリビングを抜ける。テーブルに錠剤の瓶が転がっているのを見遣ると、ドンジュは迷うことなく寝室へ向かった。一人で寝るには広い部屋の真ん中にダブルベッドが鎮座している。その中央にこんもりとした山。
「局長」
ドンジュの声に山がぴくりと動いた。
「大丈夫ですか」
枕元のナイトテーブルにコンビニのレジ袋を置く。胃に負担のかからないものやドリンク、水など、思い付くものを色々買い込んできたのだ。
「局長」
身を屈め、ベッドを覗き込むと寝苦しそうに眉を寄せて目を閉じるヨンの姿があった。
いつも整えてある髪はボサボサで額に浮かんだ汗が辛そうだ。
熱のせいか頬が上気している。
「辛そうですね」
普段見ないヨンの表情に、胸が締め付けられるが、ドンジュは静かに部屋を出てキッチンへ向かうと自分のハンカチを濡らした。
「汗、拭きますね」
ヒヤリと肌に触れる感触に驚いたヨンが薄く目を開けた。
「……あ」
ぼんやりと霞む視界に見慣れた姿が浮かんでいて、夢だろうかとヨンは思った。
額と首周りを優しく拭うと少しすっきりしたようで、ヨンの表情が和らいだ。
「少し冷たいですよ」
ドンジュがレジ袋を漁り、冷却シートを取り出すと、熱い額に貼り付けた。
「つめた……」
びくりと肩を竦めるヨンの声は小さく掠れている。
「過労じゃないんですか」
「だれのせいだ」
「僕のせいだなんて心外だな」
他人事のようなドンジュにヨンはじとりと視線を寄越し、溜息をついた。
「皆、心配してます」
「うん……悪い…」
熱のせいだろうか、ヨンの口調はたどたどしく、何時になく素直だ。
「今日の局長、素直ですね」
ドンジュはベッドに腰掛け、ヨンの頬に触れた。
「なんだそれ」
ヨンが笑う。
「笑い事じゃない。あなたが倒れたって聞いて」
「ああ」
「飛び出してきたんです」
「大袈裟だな……少しふらついただけだ」
そう言いながらもヨンが起きようとしないのはやはり体が辛いからだろう。
「少し寝ればだいじょうぶだから、心配いらない」
「……局長」
かわいい。
脳裏を過る言葉に自分で呆れてしまう。
覚束ない口調と緩慢な仕草、何よりドンジュに身を任せる無防備さが堪らない。
「はやくもどれ」
「え」
頬をくすぐるドンジュの手を取りヨンが言った。
その掌は熱く、しっとりしていた。
「こんな状態のあなたを放っておけない」
ヨンの状態によっては仕事に戻るつもりだったが、そんな気はすっかりなくなっていた。
素早く班長に戻れない旨のメールを送る。
「側にいます」
「……」
額の髪を掻き上げ、そっと唇を落とす。
「ドンジュ」
ややあって、されるがままのヨンが控えめに名前を呼んだ。
「すこし、期待してた……」
「はい」
「お前が……来ること……」
「」
ヨンの言葉にドンジュは動揺した。
「かっ、えっ、きょくちょ、ちょっとまって」
目を見開いてヨンを覗き込むが、本人はすでに穏やかな寝息をたてている。
安心してくれているのか。
「いや、ちょっと、これは……」
非常にまずい。
まだ日も高く、時間はたっぷりある。
素直なヨンの破壊力にドンジュは自制心が怪しくなっているのを感じた。