話を聞け数日後に5局が仕切る立ち入り調査の件でドフンは課長室にドンジュを呼び出していた。
当日の動線と押収物の分担を決めるためだ。
書類の束を渡し、説明をし始めるが、ドンジュはドフンどころか書類にすら視線を向けようとしない。
「おい、ファン・ドンジュ」
声をかけても上の空だ。ずっと窓の外に目を向けている。
確かに昔から好奇心旺盛なこの男はよくキョロキョロしていたけれど、今でもその癖は治らないらしい。
ドンジュの視線の先に何があるのか。
ドフンは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、目を細める。
「あ……あぁ」
ドフンがふんと鼻を鳴らし、ドンジュに冷たい視線を向けた。
何かと憎たらしい男の視線の先には、部下と談笑するヨンの姿があった。
前任の局長と違い、ヨンはよく事務所に顔を出し、職員たちとコミュニケーションを取っている。彼を疎む者もいるが、慕う者も多いようだ。
ドフンも幼い頃から彼を知っている。17年前から父イン・テジュンと決別し、以降辛酸を舐めたがそれまでは良好な関係だった。
人当たりもよく自分の面倒も見てくれた記憶がある。
実力と功名心があった故に周囲の妬み嫉みに巻き込まれた不運な人だ。
そして、今はファン・ドンジュという向こう見ずの厄介者に振り回されていることに多少の同情を禁じえない。
「ちっ」
ドンジュが舌打ちをする。
おいおい、オ局長が喋っているのはお前のチームの人間だろう。
ドフンは呆れた表情でドンジュを見る。
普段飄々とした顔をして爆弾を投げつけてくる男が今はどこか憔悴した顔つきだ。何がそんなに気になるのか知らないが、うっかり冷やかそうものなら100倍ぐらいにして返されそうな雰囲気だった。
「ハンビンのやつ」
ドンジュが低く唸る。
見ると、ヨンが1チーム調査官のキム・ハンビンの肩を叩き、その頭を撫ででいるではないか。彼も満更でもなさそうで、ヨンの手が届きやすくなるよう背を丸めている。
嬉しそうな表情にまるで大型犬だな、とドフンは思うだけだったが、隣の男はハンビンを射殺しそうな眼差しでその光景を見つめている。
逃げたほういいぞ、キム調査官。
和やかな雰囲気とは真逆の氷点下の課長室。
ドンジュとヨンの間に何があるのか知らないが、こんな嫉妬深いというか執念深い男に好かれると大変だろうと思う。
「せめて人の話を聞け」
ドフンは丸めた書類でドンジュの後頭部を叩くと、課長室をあとにした。
そしてそのままヨンたちの輪へ向かう。
「オ局長」
「ん?おお、ドフン」
自分を不愉快にさせた意趣返しと言わんばかりに、ドフンはヨンに声をかける。
小さく頭を下げると、ヨンが笑って手を上げた。こちらは大分上機嫌のようだ。
血相を変えたドンジュが飛び出してくるまであと数秒……。