代償珍しい所で珍しい人を見つけた。
中央地方検察庁の検事キム・ヨンテは庁舎のエントランスで意外な人物に出会う。
「オ局長」
声をかけると、彼の人がキョロキョロと辺りを見回したあと声の主に気がついた。
ヨンテが軽く礼をすると、
「キム検事だったか」
ヨンが破顔して、駆け寄ってくるではないか。
5局長のことはサンジョ銀行の一件でドンジュに紹介されたのだが、噂では昼行灯だとか、給料泥棒だとか散々な言われようでどんな人間かと不安だった。しかし、実際会ってみるとかなり人当たりが良く、サンジョ銀行部長ナム・ジュスンと対峙した時は、眼光の鋭さと肝の座った様子に息を飲んだ。17年間牙を隠しながら密かに研ぎ続ける精神力は並大抵ではない。
あの変わり者のファン・ドンジュがドヤ顔でヨンを連れてくるのにも納得できる。
「珍しいですね」
「あぁ、ちょっと調査対象が面倒な事件に足を突っ込んでいてね」
地検の調査部と情報共有に来たのだと言う。
「あいつのパシリをやらされてるよ」
「ああ、ドンジュの奴……上司までこき使ってるんですか?今度きつく言って聞かせます」
昔から人使いが荒い男だったがそれは国税庁に行っても相変わらずだ。
目的の為なら手段を選ばない気質は頼もしい反面綱渡りのようで危うい。周囲を巻き込んで嵐の如く突き進むドンジュはいくら宥めすかしても聞きやしない。
「今更じゃないか。そういえば、あいつとは友人だとか」
「ええ、腐れ縁ですけどね。あいつも色々あって周りの人間が離れて行ったけれど、僕は不思議と今まで付かず離れず……」
応対用のテーブルで和気あいあいと話していたところに、息せき切って走ってくる影があった。
「局長!」
自動ドアをすり抜けるや否やドンジュが目を見開いてヨンに声をかける。
「何でお前がここに!?」
ヨンが驚いたように声を上げた。
「いや……ちょっと心配になって……」
「お前がここに来たら意味ないだろうが!何のために俺がわざわざ足を運んで来たと……」
「でも、あっちはソさんに任せてきたので」
「バカか……」
寸劇のようなやり取りにヨンテは呆然と二人を交互に見遣った。
パワーバランス的にドンジュが強いかと思いきやこれはオ局長のほうが上なのか?
首を傾げ腕組みをするヨンテだったが、
「何でお前が?」
急にドンジュが話題をこちらに向けてきて思わず視線を外してしまう。
「いや、別に……」
「お前には関係ないだろ」
いや、そこはフォローしてください!こんなのとんだとばっちりだ!
じとりとあからさまに不機嫌な様子で睨まれ、ヨンテは引き攣った笑みを浮かべるしかない。
「キム検事」
すると、短く息を吐いたヨンが立ち上がり、ヨンテの肩を叩く。
「色々大変な奴だがこれからも良くしてやってくれ」
耳元で囁くと、意味ありげに笑みを浮かべ目の前を通り過ぎた。
「先行くぞ」
頑として動かないドンジュを雑にあしらい、ヨンは颯爽と庁舎から去って行く。
「局長と楽しそうに話してたな」
「あ?まあ……楽しかった、かな」
感想を言っただけなのに、ドンジュが目を細めて睨んでくる。
本気で怒っている時の目つきだ。
「何でお前が怒るんだよ」
「別に」
「嘘つけ」
「局長に何言われたんだ?」
「何って……なに、お前嫉妬してるのか?」
どうにも挙動が不審だったが、ヨンと話しているのが気に入らないというのであれば合点がいく。
「嫉妬!?」
ドンジュが呆れ顔で言う。自覚がないのか。
「違うならお前が気にすることじゃないだろ」
「……いや、よくない」
「だったらお前もあの人と楽しく会話すればいいだろ!」
どうやら禁句を口走ったらしい。ヨンテが言い訳をする前に、ドンジュがショックを受けた顔をしてふらふらとヨンテに背を向けた。
「おい……ドンジュ?」
「ヨンテ……」
「なんだ?」
「金輪際局長をお前に会わせない!」
相当重症な言動だよ、それ。
「何だよ……もう、俺を巻き込むな」
嵐のようにやって来て嵐のように去っていった男の残像に頭を抱えたヨンテが椅子にどかりと腰掛ける。
精神疲労が酷い。
「言われなくてもお断りだ」
ドンジュに関わると碌なことがない。
本来の目的を思い出したヨンテは重い腰を上げると憂鬱な気分で調査部へ向かった。