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    コウノセイヤ@ダポの絵置き場

    @seiya_kouno

    怪異 爆速ダポ生産おじさん

    既婚三十路の二次元ホモおじさんです。
    ただいまダイ大沼にズブズブ。
    このポイピクはダイ大専用とする。

    -主にヤッてる妄想-
    ・転生パロダイポプ(19✗25)
    ・勇者帰還パロダイポプ(25✗28)
    ・何処かの彼方ダイポプ(40✗43)

    ■ご感想など!!!
    ウェイブボクス:https://wavebox.me/wave/blae5hyw5n8i69dx/

    自分の萌えは誰かの萎え。逆も然り。
    みんな違ってみんないい。
    俺の解釈食って死なないやつだけついてこい。

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    POIPOI 342

    ダポ
    転生パロ

    ダイ。19歳。大学生。
    元勇者。今は医学部一年生。
    原作エンディング後の記憶は特になくそのまま転生。



    ポップ。25歳。社会人。
    元大魔道士。今はシステムエンジニアの社会人。ワーカホリック。
    原作エンディング後は勇者を探しだすことだけを信念に動き、150歳くらいまで生きて大往生の末転生。

    注)
    世界観的にはなんでもありな現世くらいに考えていただければ…実在しないものがあったりなかったり設定が史実とまぜこぜだったり。
    なるべく固有名称などは入れていない…はず。
    学科が違ければ大学も違うと思いますが、この世界では総合大学的な、なんか、いろんな学科が詰め込まれてる大学があるってことにしてください。

    大事な注意喚起 )
    小説後半のエロシーンでは、えっちをしている部分で【AIのべりすと】に手伝ってもらってる箇所があります。全部ではなく流れの下地を作ってもらって、流したい方向に文章を追加修正している感じです。AIの利用に抵抗がある方は閲覧注意です。

    ##転生パロ
    ##ダイポプ

    転生パロのダイポプ。 -再会して恋をして、身体を重ねるまで-…結局勇者は帰還したかって?

    そりゃお前、考えればすぐに分かんだろ、

    帰らなかったのさ。

    何年も待ったさ、
    何十年と待ったさ。

    その間にまた世界がピンチになったこともあったかもしんねぇけど、

    それでもアラ不思議。

    勇者は最期まで、俺達の元には帰還しなかった。


    帰還しなかったのにサ。

    何気に寄ったコンビニの店員のあんちゃんが突然「あっ」と声を漏らしたかと思ったら、

    「ただいま、ポップ」

    なんて懐かしい笑い顔で言ってくるモンだから、

    俺は年甲斐もなく、コンビニのレジ前でひと目も憚らず号泣した。



    :::



    「…覚えてない?」

    バイト上がりを待ってすぐに自分のアパートに呼んだ。
    覚えている限りでいい。あの後何があったのか、どこにいたのか、とにかく聞きたかった。最期を。生き様を。

    だがいざ聞いてみると、ダイの中にはあの後の記憶が何一つなかったみたいだった。
    家にある適当な飲み物をコップに注いで渡すと、困った様子のまま「ありがとう」、とそれを受け取った。

    「お前を蹴り飛ばして、太陽に向かって、周りが明るくなって…その後はもう何も。気が付いたら、『生まれてた』…っていうのかな」

    なんとも感覚的だ。
    らしいっちゃらしい。

    「こっちは死物狂いだったってのによ。そら見つからねぇワケだ」
    「ははっ…ごめん」
    「謝んなよ。こうやって逢えただけで十分だ」
    ローテーブルの向かいに座ってコップを握る相棒に慰めの声をかける。
    「それよりもよぉ、俺なんかよりもっと謝った方がいい人いっぱいいるぜ?マァムとかヒュンケルとか、特に姫さんなんかホント最後のほうはやつれちまって、見てらんなかったよ」

    マァムはあの後、俺と共にダイを探しまわった。どんどん強くなりながら。武神流の門下生なんかも増えていて、最期は弟子たちに囲まれながら旅立つのを看取った。
    …そういえば、ダイを探すことに夢中で、お互い付き合うこともなく終わったことをふと思い出した。

    ヒュンケルもラーハルトと出たきり、最期まで何処にいたかを聞けなかった。ヒムとは連絡をとっていたらしい、程度の情報だけ。必死にダイを探す俺の耳に細かな話が入ってなかっただけかもしれない。でもきっと、アイツなりにダイを探していたんだろう。

    姫さん…レオナは気丈だった。
    王族としての責務を果たしながら、時々俺達と一緒について来てダイを探した。「息抜きも必要よ」なんて言っていたが、内心いつまでもダイが見つからないことに焦燥感を感じていたに違いない。
    ダイを早く見つけたくて、時々静かに部屋で泣いているのを見かけたこともあった。
    最期にはダイの剣の近くで、静かに息を引き取っていたのを見つけた。両頬に伝う涙の跡よりも、笑い皺の方が深く刻まれていたのがせめてもの救いだったと思う。

    少し愚痴っぽく洩らすと、きょとんとした顔でこちらを見る。
    「…レオナたちにならもう謝ったよ?」
    「は?」
    「同じ大学の同期。マァムとレオナ」
    「…」
    「あとヒュンケルも大学のOBだし、アバン先生も教授で…」
    「お前…俺と同じ大学の後輩…?!」
    ダイを指差しながら、情けない声が口をついて出る。
    恐ろしい程の知り合いの密集率だ。

    確かに大学に入った時にアバン先生がいたのには驚いた。流石に髪先の巻き具合は控えめだったが、でかいメガネとどこか掴みどころがないおちゃめで優しい顔は『生前』と変わらない姿だった。「またお会いしましたねぇ」なんて声を掛けられた時、腰を抜かしたのを覚えている。

    「待ってくれよ、俺、ヒュンケルが先輩なんて聞いてないぞ」
    それどころか今でもたまにアバン先生とは連絡を取ってたのに、ダイのことも、レオナやマァムのことも何も聞かされていない。
    人が悪い。悪すぎる。ローテーブルに突っ伏して盛大に頭を抱え、ため息を漏らす。
    目だけやると、ダイはクスクスと笑った。
    「でも俺も知らなかったんだよ、お前が『ここ』にいるの。だって先生は何も言わないし、「いたとしても、『前世』とは違う道を歩いていますよ、きっと。出逢えれば運命かもしれませんが、無理に会うのは、きっとお互いのためにならないことだってあるかもしれません。」なんて言うからさ」
    バツが悪そうに、「でも先生の言いたいことも分かるんだ、なんとなく」と困った顔をしたダイ。

    はたと、自分の人生も含めて考える。

    『ポップ』は『前世の名前』だ。
    『今世』は違う名前で生きている。
    それはきっと他の奴らも同じだろう。
    アバン先生だって、堅苦しい、この地域に根付いている命名方式の名前になってた。
    今のダイの話を聞いた限りじゃ、みんな『前世』の記憶はあるみたいだ。でも「全員が全員『今世』で再び逢いたい」と思わない可能性がある。深入りはしないように。と、先生は言いたいんだろうか。



    「それより、さ」
    ダイは飲み終えたコップをいじりながら、こちらを向き直った。
    「きっとみんな、ポップも居るって聞いたら、逢いたがると思うんだ。それに他にも合わせたい人達がいるんだ。きっと驚くよ」
    冒険していた時に見せていた変わらない笑顔で言う。
    「だから」
    歯切れが悪そうに、パーカーのポケットから携帯端末を取り出す。
    「何改まってんだよ。喜んで教えるぜ?」
    俺もポケットから緑のケースをつけた端末を取り出した。

    碌な連絡先なんか詰まってない端末に、大切な相棒の連絡先を、青色のマークをつけて保存した。



    :::



    衝撃の再会から二週間経った頃。

    卒業した大学へ立ち寄った帰り道に、俺はダイと共にダイの家に向かっていた。
    「みんな元気そうで良かったぜ、名前は違えど姿形は同じなんだから驚きはしたけどな」
    レオナに持たされた高そうなチョコレートの紙袋を見ながらダイに話す。
    「ダイ君のご両親と一緒に食べて!」とのこと。
    「俺も入学式の時驚いたんだ。だってレオナみたいな人が、レオナの声で祭壇で代表挨拶し始めるんだもん。しばらく呆然としちゃったよ」
    「マァムも変わってなかったし、ヒュンケルもあの怖い目つきのままだったな。」
    目の端を指で吊り上げてモノマネをする。
    「いくらなんでもそのまま過ぎて逆に怖いぜ。夢じゃないよなぁ?」
    俺の頬をつねる仕草を見てダイは笑う。
    「俺も、いつ夢が覚めるのか怖くておっかない気分だよ」
    「バカ、そこは夢じゃないって言えよ。せっかくお前に会えたのに、目が覚めてまたお前がいないなんて、冗談キツすぎる」



    「ここが家」
    駅からだいぶ歩いた先の住宅街。
    白い屋根の立派な一軒家の前で、ダイは立ち止まった。フェンスを引いて「お先にどうぞ」と促され、一歩足を踏み入れた。
    整った庭先は綺麗な花が色とりどりに植えており、きっと母親の趣味なのであろうガーデニンググッズが丁寧に並べてある小さな納屋もあった。
    ショルダーバッグから鍵を出し、かちゃりと玄関を開ける。
    「ただいま」
    俺に言ったわけではないのに、その言葉になんだかまた目頭が熱くなってしまった。
    「上がって、適当なスリッパ使ってよ」
    そう言いながらも、ダイは緑に近い色のスリッパを俺の足元に置いた。お言葉に甘えて靴を脱いでいると、ぬっ、と大きな影が視界に入り、俺を覆った。

    「久しいな、ポップ」

    呼ばれた『名前』に驚き、顔を跳ね上げるように声の主に向けた。

    「…バッ…!」

    バランだ。
    目の前にいて、声を掛けてきたのは紛れもなく『超竜軍団長、竜の騎士』。
    ダイの親父さん、バランだった。



    「…」
    リビングに案内されたのはいいものの。
    高そうな木製のコーヒーテーブルの向こうでバランとダイの母親が赤を基調としたソファーに座りこちらを見つめている。俺の横にはダイが、同じく、ご両親の座っているものと対であろうソファーに腰掛けている。
    「…ほっ、本日はお日柄もよく…」
    最終的には一時共闘した相手ではあるが、『あの時の文字通りの死闘』を忘れているワケではない。体が強張らない訳がない。
    紡ぐ言葉を考えて口をもごつかせている自分の顔が、出してもらったコーヒーの水面に情けなく映し出される。
    「そうかしこまるな」
    一口、美味しそうにコーヒーを含んだあとバランは話し始めた。
    自身が死んだあと、『永い夢』を見ていたと。
    ダイと同じように『ここ』に生まれ、『今世』を生きている。あまりにかけ離れた『世界』。生き方一つ違う様に最初は戸惑い、苦労したと蓄えたヒゲを撫ぜる。
    息子がどうなったか想いを馳せているうちに、奥方に出逢い、愛を育んだ。息子の人生が豊かであることを願い、自身もまた家族を欲し、想い人との間に子を儲けた。産まれてきた小さな命は、今度こそ手放さないと誓った。そしてまた、思わぬ奇跡に繋がった。
    「私も驚いた。ディーノ…ダイだけではない。お前が『ここ』にいることも、私自身また、ダイの親として生を受けることも」
    目元を細めたその視線は、真っ直ぐにダイを見つめる。
    「あんな人生を歩んだにもかかわらず、また、こうやって…」
    奥方の手を握り、声を震わす。そこにいるのはあの恐ろしい『竜の騎士』なんかではない。ただの人として生を受け、ただ愛しい家族を得た、恐ろしく平凡で幸せな男だ。

    「あのね」
    互いを見つめる両親を尻目に、ダイは小声でこう続けた。
    「母さんもね、『ここ』にいるんだ。今。父さんの横に。」
    奥方の方を見る。なんで気づかなかったんだろう、その優しそうな瞳も顔つきも、ダイにそっくりだった。
    「…奇跡のバーゲンセールが過ぎやしないか?」
    素っ頓狂な声で話すと、ダイは小さく吹き出す。
    「そうだね、うん。すごいや」
    両親を見つめ返す相棒の横顔は、照れくさそうな、でも嬉しそうな顔だった。

    話し終えたバランは今度はこちらに向き直し、
    「良かったら聞かせてくれ。お前の。ダイの。その『生き様』を」
    …と、崩すことなく、細めたままの暖かな眼差しで俺を見つめた。
    「…俺なんかの話で良ければ」
    少し冷め始めたコーヒーで喉を潤し、気持ちと姿勢を正して語り始める。



    玄関を出た頃には、すっかり日も落ちていた。
    「夕飯まで、ごちそうさまでした」
    バランとその奥方、ソアラさんの方に向き直り、軽く頭を下げる。
    「また遊びに来てね、ダイが喜ぶから」
    ダイと同じ優しい顔でソアラさんが笑う。その横でバランは奥方の肩を抱き寄せて立っていた。
    「俺、駅まで送ってくる」
    スニーカーをトントンと履き、小走りで近寄る。
    「駅から遠いもんな。頼むぜ、相棒」
    ご両親に手を振り、ダイの家をあとにした。

    「日が落ちると涼しく感じるようになってきて、いいことだ」
    背伸びをして身体を解す。顔が優しくなったとはいえ、やっぱりあの親父さんといると緊張する。
    「最近暑かったね。この地域はなんていうか、空気の通りがあまりよくなくて。デルムリン島が恋しいよ」
    顔をくしゃっとさせてダイは笑った。久しぶりに聞く『出逢いの島』の名前に、俺も思わず顔が綻んだ。
    「お前を探してる時もブラスのじいさんによく会いに行ってたよ。元気に暮らしてたぜ」
    「そっか…じいちゃんが元気だって聞けてよかった」
    何も言えずにお別れになっちゃったから、とダイは少し唇を噛み締めた。
    「心配しなくていいぜ、じいさんもお前を信じて待ってた。居なくなったことを「そのうち帰って来るじゃろ」、って最期まで笑ってたよ」
    「…でも俺は」
    「帰って来なかったことに誰も不満なんてなかった。不満だなんて考えてもなかった。いつか帰ってくるさ。それだけを胸にみんな天寿を全うした。戻って来なくても、お前はみんなの心にいた。誰もお前を責めるやつなんかいないよ」
    「…」
    「だからきっと、『今』逢えてるんだろうさ」
    少し前を歩いていた俺は後ろを振り返り、ダイを見た。
    泣きそうな顔が街灯に照らされて、少しだけ潤んだ瞳がキラキラと光る。
    「逢えたんだ。だからもうなんも心配しなくていいんだよ、お前は」
    「…うん」
    涙声で返事する相棒に近づき、肩を叩いてまた駅までの道のりを歩き出した。

    横を歩くダイを見上げる。
    記憶の中のダイはとにかくちんちくりんだった。
    俺よりも年下で、小さいわんぱく小僧だった。
    その小さな体で想像を絶する旅をした。
    みんなの、世界の期待を背負って、がむしゃらに3ヶ月戦った小さな勇者。

    最初にコンビニで見かけた時はなんともでかい男が小さなレジの機械をいじってる、と思う程度だった。
    俺より遥かに身長の高い男を、誰があの勇者と思えるだろう。
    ただいま、と声をかけてきた男の面影は、あの小さい相棒のままだった。


    「身長、今いくつよ」
    もごもごと口をすぼめて聞く。
    「この前測った時は…193だったかな」
    「ひゃっ…!」
    デカイ訳だ。俺より25もデカイ。
    「『前世』と親父さんが同じだから、『前世』でもきっとその大きさになってたんだろうな…」
    『前世』で無事にダイに逢えていたら、二度敗北を期すところだった。
    「今ちょっと会えなくてよかった、って思ったぜ」
    肩を丸めて、道端の小石を蹴る。
    「酷い話」
    小さかった勇者はその面影のまま、からからと笑った。


    すれ違う人も疎らになってきた頃、俺達は駅に着いた。
    「ホント、わざわざありがとな。今度はなんか土産でも持っていくからさ」
    改札を越えて振り向き、声をかける。
    「うん、また会おうね。もっと話、聞きたいから」
    パーカーのポケットに手を突っ込んでダイは笑った。
    「電話も、メールも出来る。仕事で返事できない時もあるかもしんねぇけど、入れてくれたら必ず返す」
    「うん」
    「だから、またいつでも声かけてくれよな。相棒」
    「…うん」
    今生の別れみたいな顔すんなよ、相棒。
    俺も帰りにくくなる。
    また夢なんじゃないかなんて思って、足が竦んじまうよ。
    笑って手を振り、背を向けて歩き出した。

    「…今日もきっと、帰ったら泣くのかな」
    大柄な男は、体躯に似合わない小さな声で呟いた。



    :::



    『今世』の言葉で言うと。
    俺はワーカホリックというやつらしい。
    ノートパソコンを持ってオフィスを右往左往したり、プロジェクトの進捗とクライアントの我儘に振り回され一喜一憂するシステムエンジニア。寝ても覚めてもプロジェクトの進行とシステム構築を最優先させる、まさに仕事中毒者である。

    この『世界』に『魔法』はない。
    『大魔道士として全うした人生』は『今世』ではただのお伽話に成り下がる。
    それでもプログラムの組み方や、即座に反映され結果を映し出すシステム開発などは、なんだか魔法に少し似ている気がして、2徹だろうが3徹だろうが、気にせず、飽きずにこの仕事を続けている。
    金は貯まる、使う時間がないだけで。
    出会いも無い。時間がないので。
    週の始めからそろそろ4徹に片足を突っ込みそうになったとき、金の貯まり様と出逢いのなさとに想いを馳せてトイレでサボっていたところに、ふと自分の携帯端末に連絡が入っているのに目が止まった。

    【今週どこか暇だったりする?】

    最後に遊んだのが数カ月前だ。ダイから短いメッセージが届いていた。

    「『お前の為なら、喜んで膨大に溜まった有給使うぜ』…っと」

    使い道がないと思ってた有給を、初めて”溜め込んでてよかった”なんて思いながら、返事を返してトイレを後にした。



    :::



    来る次の週終わり。
    バッチリ有給も使って3連休。
    シーズンも終わりそうな海に行こうと、ダイから提案された。
    海なんてガキの頃以来だ。
    水着はいるか?日焼け止めもか?換えのパンツとバスタオル。かさばるから小さいのにしよう。
    移動は電車だから、暇つぶしに携帯ゲーム機でも持って行こうか?ダイもおんなじゲーム機持ってっかな、同じゲームで遊べっかな。
    気分は遠足前の小学生。男なんて『どの世界』も一緒なんだと気付いて準備しながら笑ってしまった。
    思ったよりパンパンになってしまったメッセンジャーバッグを担いでアパートを飛び出し、時間に余裕しかないのに駅に向かって走りだした。

    始発に乗って、お互いの電車が合流する駅のホームで待ち合わせた。
    ただ遊びに行くだけなのに、女の子とのデートに出かけるような胸の高鳴りを覚えた。まぁ、相手は男なんだが。

    「おはよう」
    空色を基調としたフードだけ白いパーカーに、ヒザ下まである瑠璃紺色のハーフパンツ。白いスニーカーとゴールデンイエローのショルダーバッグを引っ提げてダイが現れた。
    「分かりやすい色味だこと」
    「青好きだから。ポップだって緑じゃん」
    薄緑色のカジュアルシャツの下に白いTシャツ、深緑のチノパンに黒のスリッポン。パンパンになっている白と黒の格子柄が目立つメッセンジャーバッグで出迎えた『元大魔道士』をみて、『元勇者』は笑った。
    「カバンパンパンすぎ。水着持ってきた?海に入るか分かんないけど」
    「念の為な、換えのパンツと…ゲーム機も持ってきた。おんなじの持ってる?」
    「バイト代貯めてて中々手が出ないんだ。お裾分けプレイ?とかできる奴でしょ?興味はある」

    電車が来るまでの間、他愛のない話をする。
    それすらも『前世』ではなかなか叶わなかった些細な事だ。
    まだ薄暗い空を眺めながらホームで二人、目的の電車を待った。

    「専攻学科、なんだっけ?」
    「医学」
    「なんだか想像付かねぇなぁ、医学部」
    「『前』はさ、勇者だったけど、『ここ』にはそんなのないだろ?どうしよっかなって考えた時に、みんなのこと思い出したんだ」
    少しずつ明るくなってきた遠くの空を見つめて、ダイは続ける。
    「俺はみんなによく「回復呪文」とかかけてもらったりしてさ。じいちゃんにマァムにレオナにポップ…アレってなんか嬉しくてさ。カラダがぽかぽかするっていうか、みんなの「頑張れ」も一緒に流れ込んでくる感覚。アレが嬉しかったんだ」
    釣られて俺も遠くを見つめながら、静かに聞く。
    「そう考えたら、『この世界』での「回復呪文」とか「解毒呪文」は、「医学」なのかなって思って。俺もそれが出来る人になりたいなって思ったんだ」
    「それで医学部か」
    「うん。違う形になるけれど、誰かの助けになれたら、やっぱり嬉しいから」
    そこまで喋って、恥ずかしそうに顔を逸らす。
    「なんだよ」
    「…こんな話したの、お前が初めてだからさ」
    ダイは小さく笑いながら目元を細めた。
    相棒の「初めて」に付き合うのも悪くないもんだ、と顔を出し始めた輝く太陽を見て思う。
    「…ま、勉強法で分かんない事とか、詰まった部分があったら言えよな。医学のことは分かんねぇけど、勉強の仕方なら教えられる。なんたって俺は」
    「お前は昔から天才だったもんね、ポップ」

    久方ぶりに聞いたその言葉に、まだホームに突っ立ってるだけだが既に胸が一杯になって泣きそうになった。



    電車を乗り継いで3時間程、季節が外れかけている中海についた。
    雲ひとつない空…とは言い難いが、天気は悪くなかった。
    チラホラと水着で遊んでいる人もいて、水着が無駄にならなくて済みそうだと二人してホッと胸を撫で下ろした。

    野郎二人の水着の着替えシーンなんか楽しくもなんともないので割愛するが、相変わらず青色のダイと緑色のポップだった、とだけ伝えておこう。その様を見てまたお互いにケラケラと笑った。

    レンタルのサーフボードで波に乗ったり、沖の方まで出過ぎて監視員に大目玉をくらったりしたが、休憩で入った店の軽食が美味かったとか、可愛い女の子を見れたりとか(しただけでナンパまでは繋がらなかったが)、かなり楽しく一日を過ごすことができた。



    日が沈み、辺りが暗くなる。
    人の数が減ってからシャワールームに向かい、海のべたつきを洗い流して服を着込む。シャワールームからでると、昼間はそれなりにいた人の数も減り、もう砂浜に残っているのは俺達二人と夜の波打ち際ではしゃいで歩くカップルくらいだった。

    まだ時間はあった。砂浜に座り込み、ぼーっと空を見上げる。空気が都会とは比べたら失礼なくらい澄んでいるからか、少しずつ星が見えるようになってきた。
    「一日、割とあっという間に過ぎてくな」
    横で体育座りをするダイにぼそっと呟いた。
    「ホントだね。楽しかったなぁ」
    砂を掴んではさらさらと掌から零しながらダイは言う。
    「この後の予定は?」
    「何にも考えてなかったや」
    「じゃあ、気が済むまでここで寝そべってるか。時間ならある」
    「有給がね」
    「それならまだ沢山弾があるぞ」
    「社会人は大変だ」
    二人で空を見上げてクスクスと笑った。



    ふと目をやると、それまで笑っていたダイが海の彼方を思い詰めた瞳で見ていた。
    「どうした?」
    上体を起こして砂を払う。ハッとした顔をして「何でもない」と言いかけた口が、静かに閉じて少し唇を噛んだ。
    「なんか悩みごとか?もしかして相談があって声かけたか?」
    「違うよ、遊びに誘いたかったのは本当で」
    歯切れが悪そうに遠くを見つめる。こちらに顔も、視線も合わせようとしなかった。
    「俺じゃ聞いてやれない悩みか?頼れる兄貴分だと思ってるぜ、俺は自分のこと」
    暗くて表情が見えない。俺から次の言葉を投げる前に、ダイは小さく言葉を発した。

    「…今日、すごく楽しかったなって」

    何故だろう。
    自分の心臓がさぁっと冷たくなる感覚がした。

    「おいおいおいおい。やめてくれよ、なんだか怖いこと言い出しそうな雰囲気じゃねえか」

    声が震える。
    もう「置いて行かれる」のはゴメンだぜ?

    「あっ、いや。違う。違うよ」
    何かを察したのか、ダイは慌てた様子で顔を振り向かせる。
    相変わらず暗くて顔はよく見えないが、声色はかすかに困惑の色を滲ませていた。
    「ごめん、もうみんなを置いてどこかに行ったりしない。それは約束するから」
    「なんだよ、俺はてっきり…」
    「…聞いてくれるかな」
    肩を窄めたシルエットだけが視界に映る。どうぞ、と言葉を促すと、ぽつりぽつりと話しだした。

    「今日楽しかったなって言うのはホントにその通りで、ホントはレオナとかマァムとかも誘おうと思ってたんだ。…ほら、『帰ることも、お別れを言うことも出来なかった』からさ…みんなと一緒に、楽しい思い出作れたらなって。

     …だったんだけどさ。なんだか急に思うところがあって。一番に謝んなきゃいけない奴がいるなって思って。そしたら、他のみんなを誘うのは今度にして、今回はそいつにいっぱい謝って、遊んで、俺は元気だよって。伝えなきゃいけない気がして」

    横でただ海を眺めながら、ダイの声に耳を傾けた。
    さざなみの音が遠くに聞こえる。その音よりも低い声で、ダイは話し続けた。

    「そいつはね、最初はすごく情けないやつだったんだ。鼻水垂らして逃げまわって、置いて行かれたりもしたな。

     遠く後ろにいると思ってたやつで。でも気がついたら少し後ろまで近づいてきて、次の瞬間には俺の真横に立っててくれてた。俺を追い越して、もっと先に進みそうな勢いで。心強かったな。先生にもない、兄弟子にも姉弟子にもない、お姫様にもなかった絆。最高の親友、相棒。

     …俺は最後の最後で、その相棒の手を振り払ったんだ」

    俺の手にダイの手が重なる。
    がっ、と痛いくらいにそれを握られ、顔をしかめる。
    「ダイ」
    「俺はただ、お前に、みんなに、生きてて欲しかったんだ。俺に出来ることをしたかった。それが、逆にみんなを、お前を、傷付ける結果になると思ってなかったんだ」
    「…ダイ、落ち着けよ」
    ぎりぎりと軋む骨の感覚に気づいてか、ダイはぱっ、と手を離した。そのまま向きを戻し、また海を見つめる。
    「前にも言っただろ。誰もお前を責める気持ちなんかもってないんだよ。無事であれと願いはしたが、誰一人として、帰ってこなかったことを咎める奴はいない。それだけみんな、お前が好きで大切なんだよ」

    世界を救った、俺達を救ってくれたその小さな勇者を、誰が咎めようか。

    生きていると確信した。
    毎日仲間たちと共に太陽の方角を見据えた。

    お前が帰ってくると確固たる自信を持ち、みんなは、世界は、俺は、お前を待ったんだ。

    「現にお前は、帰ってきてくれたじゃねぇか」

    『時代』も『世界』も飛び越えて、こうして再開できたじゃないか。もう何も悩まなくていい。俺達はもう、それで十分なんだよ。

    さぁさぁと続く波の音。
    お互い沈黙したまま、変わらず引いては寄せる波を見続けた。

    「…お前を悲しませたのが、一番辛かったんだ」

    視線もそのままに、ダイは続けた。

    「『ここ』に来てからずっと後悔ばかりしてたんだ。お前の泣き顔が頭から離れなくて、「バカヤロー」の声も耳にこびりついたままで。

     何年も何年も、毎日なんだか真っ暗闇で。先が見えているようで見えなくて。そばにいてもっとたくさん遊んだり、いろんなことをお前と経験したかった。お前ともっと冒険したかった。それだけがこの19年間、頭の隅から離れなくて。

     コンビニで顔を見た時、他にごめんの言葉を考えてたのに、そんなのも全部抜け落ちて、ただ「ただいま」って言葉が口からでてた。

     楽しいも悲しいも、怖いも怒れることも、全部横にお前がいてくれた。それがいつまでも心強かったから、だから、ごめんよりただいまって言いたかった。

     遠く離れて初めて気が付いた。俺はお前と一緒に居たいし、ずっと俺の横に立って並んで歩き続けて欲しいんだって。

     この気持ちをなんて言えばいいのか、何度も何度も考えたんだ」

    遠くを睨んでいたダイは目を閉じ、口を噤む。
    意を決したようにまた目を開き、想いを吐き出す。

    「…考え抜いてたどり着いた答えが、もしかしたらこの想いは、”恋”なのかもしれない、と思った」

    思わぬ言葉に目を見開いた。
    あのちんちくりんの勇者とはあまりに無縁だった言葉に、思わず全身に力が入る。
    更にダイは続ける。

    「恋愛感情だと考えた時に、相手がお前ならいいと思った。お前がいいなんて変な感じだけど、嫌じゃなかった。むしろ嬉しくて、涙が出そうになって。

     他の誰でもない、お前だからこそ、俺のそばにいてほしいって、思ったんだよ」


    少しの間。
    ダイは「そうか」、と小さく声を洩らす。


    海を見ていた顔がすっ、とこちらに向き直る。
    いつの間にかてっぺんに昇っていた月の光で少しだけ照らし出されたその顔は、どこか切なげに映って俺の心を掴んで離さなかった。
    ダイの瞳が真っ直ぐに俺の目を見る。
    視線がぱちっ、と音を立てて重なったような錯覚を感じた時、その真剣な眼差しの奥に熱を帯びた色を見た。


    「『今』確信したんだ。俺、ポップのことが好きなんだって」


    紡がれた言葉のあとに、恐ろしく大きくコクン、と自分の唾を飲み込む音が頭の中で響いた。
    次第に熱を帯び始める自分の頬に、優しく潮風が当たっては後方に流れ去っていく。

    『いつもの』俺だったら茶化しただろう。
    何を面白いことを言ってやがるんだと。

    向日葵色の瞳の奥に見えた怖いほど深く、濃い炎のような揺らめきに当てられて、それが冗談だと茶化すことのできない大きな感情であることを思い知らされる。

    沈黙。
    遠くにあるはずの波の音が、なんだかやけに大きく聞こえる。
    その真剣な眼差しから目を逸らすことができない。
    激しく鼓動を打つ己の心臓。
    その鼓動の音が、沈黙の中で相棒に聞こえてしまいそうに思えた。
    見つめ合い、身動き一つ取れなくなった二人の間を、ただただ潮風が通り過ぎて行く。



    :::



    『俺自身』の話をしよう。

    世界一の大魔道士様はあの激戦の後は、ひたすら勇者を探す日々に明け暮れた。

    毎日魔法力を切らすまで飛び回り、人が立ち入らない領域にも足を運んだ。

    世界で見て回れる範囲を一周したら、二周目、三周目と周回を重ねていく。

    天界も魔界も地の果てまで探して回った。それも一周したら二周、三周。

    何度訪れても情報は更新されなかった。

    気が付けば二人の師が死に、兄弟子が死に、惚れた女が死に、一国の王妃が死に。

    しぶとく歳を重ねて長生きした師匠の年齢を遥かに超えても、相棒は見つからなかった。

    ただ一目見たかった。
    会いたかった。
    説教も、してやりたかったかもしれない。
    俺達を置いていったことを。自分だけを犠牲にしたことを。

    俺の覚悟を、一緒に持って行ってくれなかったことを。

    お前とならどこにでも逝けたのに。
    お前とならその先がなんだって構わないのに。
    蹴飛ばされた痛みより、何よりも心の奥底で刺となって残り続けた小さくも大きな痛み。


    最期の記憶は曖昧だ。
    姫さんと同じで、光り輝く剣の元にいた事だけは覚えている。

    そこにただ佇む剣に話しかける。

    「元気にやってんなら、きっとそれでいいんだけどさ」

    最後に涙したのは一体いつだっただろう?

    「せめて守った世界くらいは見てくれてるよな」

    空と海の青がいつまでも眩しい。

    「相棒。先に逝くかもしれねぇ」

    ゆっくりと目を閉じる。閉じても溢れ込む、陽の光。


    「待っててやれなくて悪いが、いつでも帰り、待ってるぜ」


    くるん、と視界が周り、暗転。

    きっとそれが最期だった。



    ::::



    波とそれを運ぶ風の音で我に返る。
    ダイの、返事を待つような色を見せる顔にはっとした。
    先程とは打って変わって震えて小さく揺らぐ瞳からは、己の発言に対して、ダイ自身も動揺していることを物語る。

    何か言葉を返してやらないといけない。
    必死に考えても、脳の回路が焼き切れてしまったように上手く言葉が出てこない。相変わらず心音は激しいままで、うるさいったらありゃしない。

    やっと絞り出した言葉に、情けなさが滲み出る。

    「それってさ、今俺、告白されたんだよな」

    帰ってきた言葉にびくん、と体を震わすダイ。
    唇を噛み締め、今にも泣きだしそうな笑い顔で言葉を絞り出す。

    「うん。お前が好き。もう離れたくない」

    やっとのことで、視線をダイから逸らした。
    「そっか」とだけ、言葉を返して海を眺めた。

    ダイの手が、戸惑う様子を見せつつも、もう一度俺の手と重なる。
    その手を振り解くこともせず、ただ握り返した。

    好きだ、と告げられたことに嫌な気持ちはない。
    ただこの告白をどう受け止めていいのか、俺にはわからなかった。

    俺もお前が好きだぜ。
    結構長い間好きで居てくれたんだな。
    ありがとな。
    そう言えたら、どれだけ良かったか。

    そんな単純なことでは済まない。
    ダイの告白を”嬉しく”思うよりも先に、"当惑"と"戸惑い”が脳を小突いた。
    『今の今まで』、”そういった感情”を向ける対象として、ダイを見たことがなかったからだ。

    こいつは俺にとって特別な存在だろうとは思っている。
    でもそれが"恋愛感情"に結びつくかといえば、違う。
    好きだ、という感情を向けられて嬉しくないわけでもない。人を好きになる気持ちは分かるつもりだ。

    ただ。
    その対象に見合う感情が、覚悟が、今の俺にはまだ備わっていない。

    俺にとってダイは大切な弟弟子であり、大切な仲間であり、大切な相棒だ。
    今はそれ以上でも以下でもない。
    この『勇者』に恋をすることが、今はまだ、出来ない。


    でも、今伝えられる言葉はあるはずだ。

    「俺のどこにそんなに惚れちゃったのかね、お前は」

    ちゃんとダイの顔を見て笑いかける。
    なんとなく、いつもの調子に戻せた気がする。
    ダイは一瞬目を丸くしたが、ようやく笑顔を見せた。
    ”好意的な返答だった”と受け取ってくれたようでひとまず安心した。

    そこからはまた昼間と同じ調子で会話ができた。
    そのまま『昔話』に花が咲いたりしたが、二人とも無意識に、"この先の事"と"お互いの気持ち"については避け続けた。

    話し込んでふと見上げた空。
    時間はといえば、とっくに水平線の奥から薄っすらと光が漏れ、太陽が起きようとしていた。



    始発の電車に乗り込む。
    お互い窓の外を眺めたまま、特に言葉を交わさない。
    流れていく景色が恐ろしくゆっくり見えて、時間が流れてるのかも分からなくなっていた。

    あの一瞬の出来事が俺に与えた衝撃はデカかった。
    まだそれ程時間は経っていないのに、なんだか遠く昔の記憶のようにも感じ始める。

    悶々と考えて隣を見ると、なんとも情けないくらいに視線を泳がせて、落ち着きなく座るダイが視界に入った。

    人に気持ちを伝えるのは重労働だ。
    欲しい答えが帰ってこない可能性を考えると、無闇矢鱈に口から出していいモンでもない、と考える。
    好きな子に、他に好きな奴がいたら?そっちと運命を共にする方がサマになってるとしたら?っていうか、告白して対象として見られてないと言われたらどうする?その先の未来をなんとか創造して振り向かせることは出来るのか?


    …なんだ、コレは『前世』の俺じゃないか。


    すとん、と何かが腑に落ちた。ならダイのあの気持ちをどうしてやればいいのか、答えはもう分かったも同然だ。

    膝を叩き、突然立ち上がる俺を見て驚くダイに、とびきりの笑顔を向けてこう言った。

    「よし、今からルームシェアの物件観に行くか!」

    他に誰もいない車内に響き渡る突拍子もない提案に、ダイはただ目を白黒させて俺の顔を見つめるだけだった。



    地元付近まで戻ってきて、お互いの生活圏で良さそうな物件を提示する不動産屋を見て回る。俺の会社から近くて、ダイの大学に近いところ。
    いざって時は在宅で仕事すればいいか、技能はあるから会社を替えてもいいな、なんて考えながら見て回っていると、ずっと困惑していたダイがシャツの裾を引っ張った。
    「どうして急に、こんな」
    さっき気持ちに気付いて告白したばかりの相手が突然同棲しようと提案したら、そりゃそんな眉の端が垂れた顔にもなる。
    「簡単な話よ、俺がお前との"未来"を検討するためだ」
    話が見えない、と目で訴える相棒に向き直る。
    「俺はね、好きって言ってもらえたのはすげぇ嬉しい。が、お前を恋愛対象としてはまだ見れちゃいないんだよ」
    素直に言葉を伝えて話を続ける。
    「だからこれからそれを"育てる"、"検討する"。その結果としてお前を恋愛対象として好きになれれば、お互い最高だと思わないか?」

    かつて惚れた女に言われた事だ。
    まだ今は分からない。でも、もしかしたら未来は。

    「そんで、それを育む"愛の巣"として、ルームシェアをご提案したってワケ。オッケー?」
    ふふん、と鼻を膨らませて話し終えた俺の顔を見て、ダイは俺の考えが少し呑み込めたようだ。
    口をもごもごと動かし考えるように宙を見上げたあと、フッ、と口角を上げて俺を見据える。
    「じゃあその気持ちを育てるチャンスをくれるんだ?」
    まるで「絶対に好きにさせる」と言わんばかりの瞳の奥に、一瞬『碧』にも似た色合いの炎が揺らめいたように見えた。
    「お前次第だよ。精進し給え、勇者クン」
    この勝負、まだ始まってないのになんだか急に負けそうな気がしてきた。
    そんな気持ちを悟られない様、俺はウィンクを飛ばして誤魔化した。




    :::




    残った2日の有給で、驚くほどトントン拍子で事は進んだ。

    まずはダイの両親…バランにルームシェアについて説明しなければならないと考えた。

    まさかド直球に「二人で愛を育みたいので」とは言えないので、ダイの将来について必要な勉強へのアドバイスやサポートをしてやりたいこと、バイトや大学への移動の負担を減らして勉強に集中できるようにしてやりたいことなどを伝える。
    「ダイはどうしたい」
    突然の訪問に嫌な顔一つとせず話を聞き終えたバランは、コーヒーをくいっ、と飲み干したあとにダイに質問する。
    「入ったからには、ちゃんと医者になれるように勉強したい。そのためにも、ポップの協力が欲しい」
    ダイの真っ直ぐな目に見つめられて、バランは目元を緩めた。
    「お前がそうしたいなら、そうすればいい。ポップとなら、喜んで許可を出そう」
    キッチンの奥から見守っていたソアラさんも、嬉しそうにこちらを眺めていた。



    その日のうちに俺のアパートに戻って、次は金銭面。
    …と思ったが、どうやら俺はかなり金を貯めこんでいたようで、当分は二人で余裕を持って暮らせるだけの貯えがあった。携帯端末から確認した貯金額を覗き見たダイが唾を飲み込む音が聞こえて、それがなんとも可笑しくて。
    「でも二人で一緒に暮らすんだし、俺もお金出すよ」
    「気持ちだけ貰っとくよ、気にすんなら出世払いでもいい。まずはバランに約束したように、無事卒業して就職することだな」
    自分のベッドに端末を放り投げ、ソファーに腰掛ける。
    続いてダイも俺の横に座って、手に持ったカップを口につけた。
    「なんだかよく分からないスピードで話が進んでる気がするけど、コレって現実?」
    イマイチこの状況が信じられない、とダイは頭を掻いた。
    俺はお気に入りのマグカップからミルクティーを飲み下し、コトン、とローテーブルに置く。
    「まぁ、"思い立ったが吉日"とも言うし、何もしないよりはいいんでない?」
    「そういうモンかな」
    「そーそー、そういうモンだよ。上手く行ってるならいいことじゃねぇか。気楽に行こうぜ、相棒」
    カップの中身を飲み干したダイに笑い掛ける。
    それを見てか、釣られてダイも口元を緩めた。



    最後に物件。
    必要最低限な条件としては、

    ・ダイの大学やバイト先に近いこと
    ・ダイの通学の便が悪くないこと
    ・できれば静かなところ
    ・部屋は一人ずつ個室が持てるようにすること

    あとは俺が在宅になった場合、一箇所に留まらず動き回りながら仕事する可能性があるので全体的に部屋が広めなことや、バス・トイレ別など、欲しい機能なんかもいくつか選ぶ。

    それだけの条件を盛り込んだ物件が、一件だけ、お誂え向きに近所の不動産屋に開示されているのをパソコンから突き止めた。
    家賃も難なく出せる額だったので、家にダイを泊めて翌日真っ先に内覧と契約を済ませた。
    怒涛の勢いで全てが片付いてしまい、昼頃にはあとは引っ越すだけ、とだいぶ先の予定だけがタスクとして残った。

    引っ越しは半月後。
    お互いまとめる荷物も少ないので、荷物詰めすらも時間つぶしにはならなそうだ。



    :::



    引っ越し当日。
    アバン先生に事情を話したところ、面白半分に「トラックを出してあげますから」、と手伝いの申し出をされた。
    「雰囲気、大事ですよネっ」と何故か卸したての真っ赤なつなぎで俺のアパートに顔を出した。
    「ほほう、流石独身男子の部屋ですねぇ。なんにもない。あなたのことだから、もう少し荷物が多くてゴチャゴチャさせてるかと思ったのですが」
    人の部屋に入るなり、つつー…っと窓の縁を指でなぞる。
    「世に聞く姑さんみたいなことしないでくださいよ、先生」
    ダンボール数個と家具を運びだそうと玄関まで移動する。
    埃が付かなかった指先を残念そうに眺めながら、先生は
    「あっ、そうそう。強力な助っ人を呼んでおきましたよ」
    と眼鏡の端をくいっと持ち上げ、得意げに笑った。
    がちゃっ、と玄関を開けると、そこには切れ長な目をした白髪の男が。
    「…ヒューンケル、断っていいんだぜ、こんなこと」
    狭い玄関先で腕を組み、仁王立ちで佇む『兄弟子』に呆れた声で伝えたが、その『兄弟子』は「好きでここに来た」と言わんばかりの顔をする。
    「彼なら荷物運びも一発ですよ、あらゆるバイトに精通していますからね」
    俺の背後からひらひらと先生は手を振る。
    「…お前バイト戦士なのか…」
    「一箇所に留まっているのが性に合わないだけだ」
    ひょい、と俺の手から荷物を取り上げると、ヒュンケルはそのまますたすたと廊下を歩いて行った。
    「実はですね…彼から手伝いの申し出があったのですよ」
    いつの間にか真後ろに立っていたアバン先生が、俺の肩越しに囁く。
    「『弟弟子』達が可愛くて仕方がないんでしょうね。『彼の成長』は、本当に嬉しいものです」
    優しく目元を細めてヒュンケルが通った道を眺めた。
    「…自慢の『兄弟子』ですよ、俺にとってもね」
    俺も釣られて目を細めた。イケ好かない、カッコイイ『兄弟子』だ。

    三人掛かりでも指折り数えられる程度の往復で荷物の運び出しが完了した。トラックの荷台にはまだ余裕がある。
    「では、このままダイ君の家に移動しますよ」
    荷台と比べて狭い車内に男三人、ぎゅうぎゅう詰めになりながら、次の目的地へと出発した。
    運転するのはアバン先生として、二人と比べれば体軀が小さめな俺は、悔しいが真ん中の助手席に座らざるを得なかった。とても狭い。静かに目を瞑って窓際に座るヒュンケル。そのまま静かにトラックの振動に身を任せた。
    「しかしあなたたちがルームシェアとはね。仲が良くて嬉しい限りです」
    アバン先生はニコニコと笑いながら言った。
    「本当の兄弟の様ですからね、二人は」
    それを聞いてヒュンケルも口元を緩める。
    兄弟の様、か。
    そんな二人のルームシェアの本当の目的は、コレから何ヶ月、何年とかかるかもしれない惚れた晴れたと言い合うための大恋愛成就大会だってんだから、なんだか申し訳ない気持ちになる。


    暫くトラックを走らせて、ようやくダイの家の前に到着した。
    玄関先では既にダイとご両親が待っており、荷物を運ぶ俺たちを尻目にバランとアバン先生が握手を交わす。
    「うちのダイが『世話になった』。『この度』もよろしく頼む」
    「お父様にお会いできて光栄です。ダイ君は本当に『いい子』ですよ」
    そう言えば二人は『前に』で会ったことがなかったのか。
    なんだか不思議なものを見た気持ちでいる間に、俺よりも少ないダイの荷物が積み終わった。


    結局はかなりの隙間が空いた荷台となった。
    ベッド二人分に机や椅子。ソファーとローテーブルと生活用品。キッチンの棚や洋服ケース。大きいアイテムが多いが、それでもまだまだ荷物が積めそうだ。

    ここで問題が発生。トラックの定員は三人。
    これでダイも乗り込んだら、間違いなく俺は「重圧呪文」だ。
    どうしようかと考えあぐねていると、ヒュンケルが自身のカバンをトラックから下ろす。
    「俺はここまでだ。荷物の多さ的に言っても、残りは三人でなんとかできるだろう」
    バタン、とトラックの扉を閉め、そのままカバンを持って立ち去ろうとする。
    「おいヒュンケル」
    引き止めようとしたが、ヤツはただ肩越しから視線を送り「またな」、とだけ言って歩いて行った。
    「相変わらず不器用な男だな」
    バランもその背中を見守った。
    「素直じゃないところは本当に『昔から』ですねぇ」
    アバン先生も苦笑する。
    「今度なんかお礼送ろうよ」
    そうダイに言われて「そうだな」と答えながら、その不器用な男の背中を見送った。


    「さてさて、そろそろ出発しましょうか」
    ソアラさんに持たせてもらった軽食を抱えてトラックに乗り込む。
    「ポップ、ダイをよろしく頼んだぞ」
    「言われずとも」
    バランの頼みに軽い口調で返す。
    「本当に、お前たちはまるで兄弟みたいだな。ダイ、小さい兄の言うことをよく聞くんだぞ」
    バランはククッ、と小さく笑う。
    ダイもふざけて「うん」なんて返す。小さくて悪かったよ。アンタらがデカいんだよ。
    「二人とも、体には気をつけるのよ」
    ソアラさんもひょこっ、と爪先立ちでドア越しに俺とダイを覗き込んだ。
    「うん、母さんに料理教えてもらったし、栄養に気を付けて過ごすよ」
    「医者の卵に診ててもらえるんなら、大丈夫だと思いますよ」
    二人して笑いながら返事を返した。
    「ふふっ、本当にいいお兄ちゃんが『できてた』みたいで良かったわね」
    ソアラさんにまで仲良し兄弟として認識された。

    そんな仲良し兄弟はコレから惚れた晴れたと言い合う…やめるか、この話。


    「それじゃ、行ってきます」
    エンジンを蒸かし、トラックが前に進む。
    走り出したトラックを見守る夫婦が、どんどん小さくなっていく。
    ダイは両親が見えなくなるまで、その視線をサイドミラーから離さなかった。
    その横顔はまだまだ子供で、こんなデカい図体とはいえ、中身はまだ未成年なんだった、と今更ながら驚いてしまった。



    新しい我が家に向かってトラックは街を走る。
    ソアラさんの持たせてくれたサンドイッチはちょうどいいサイズで、三人で仲良く完食した。
    「手作りの飯、どんくらい振りに食ったかなぁ」
    いい感じに満たされた腹を撫でて、口に残った味を堪能する。
    「あなただって自炊くらいできるでしょう」
    運転しながらもぐもぐと口を動かす先生。行儀がわるい、とダイは笑った。
    「あのねぇ先生、社会人舐めてもらっちゃ困りますよ。夜中の1時とかに帰ってきて、飯作る気力なんてありゃしませんて」
    相変わらず大きい体の二人の間に挟まれて(ダイがヒュンケルよりでかい分、さらに圧迫感がすごい)、身動きできないまま喋る。
    「じゃあこれからはダイ君に作ってもらいなさい。ソアラさんのサンドイッチがこれだけ美味しいなら、きっとダイ君のお料理も美味しいですよ」
    ペロリと口の端についていたソースを舐め、先生は笑う。
    「おっ。じゃあうまい飯期待していいのか、ダイ」
    「まっ、まってよ。まだ習ったばかりで調味料、塩くらいしか使えないよ」
    慌てふためくダイをみて、俺はからからと笑った。
    「まぁ一応、俺も基本的な自炊はできるからさ。助け合って行こうじゃねぇか」
    「フッフッフ、いいですねぇ。まるで新婚さんみたいでいいじゃないですか」

    知ってか知らずか。
    先生はメガネを光らせて、なんの気無しにそう言う。
    そんな言葉を聞いて、思わずダイの方に視線を向けてしまった。
    そのダイはと言えば、逆にあらぬ方向に視線を泳がせ、少しずつ耳を赤く染める。
    先生は運転しているのでもちろん俺たちの表情には気づいていない。

    陽気に鼻歌を歌う先生とは反対に、狭い車内で重なるお互いの体温を意識してしまい、俺達二人はただ気まずい雰囲気の中、静かに、もじもじと、目的地に着くのを待つことしか出来なかった。



    新居につく頃には先生以外は心労でヘロヘロのヘトヘトだった。
    荷物を運び込んで一息つく間もなく、アバン先生はそのままトラックに乗り込んだ。
    「飯位は奢らせてくださいよ」
    「いえいえ、私も、まだまだ忙しい身でしてね。帰って明日の授業の支度をしたり、生徒たちの提出物を片付けなくてはいけませんから」
    トラックの窓から顔を出し、ニコニコと笑う。
    続けて「ダイくんもちゃんと課題を提出するように。まぁあなたは今のところ提出率100%ですけどね」と一言添えて、先生はトラックのエンジンをかけた。
    「二人とも、新婚ではしゃぐのもいいですけど、ご近所さんに迷惑をかけてはいけませんよ。早朝深夜の大騒ぎで追い出されるケースも多いですから」
    指を振ってもう一言添える。
    「新婚って、男二人になに言ってるんだよ先生」
    意識してか、少し語気を強めにダイが返事すると。
    「おや。仲の良さで言えば、あなたたち二人がそう評されても、なんだか私は驚きはしませんけどねぇ。『昔から』お互いを支え補い合う、おしどり夫婦みたいでいいじゃないですか」
    ニコッと笑って手を振り、先生を乗せたトラックはそのまま走り去ってしまった。

    「…先生にはなんかその、お前相談とかしてないよな」
    「うん、なにも」

    本当に"表現の一つ"として使われた言葉は、今の俺達を動揺させるには十分すぎる言葉だった。

    「…」
    「…」
    「…部屋、入っか…」
    「…うん…」

    またもじもじとお互いを意識し始めてしまった。
    俺は心の中でアバン先生のメガネが指紋でベッタベタになるように呪った。



    ルームシェアに選んだ部屋は、優しく差し込む陽の光で明るく、居心地が良かった。
    寝るのに真っ先にベッドを整えて、あとは各々の部屋の荷解きを手伝いあう。とは言っても、本当に荷物が少なくて、お互い「必要なものは後で買い揃えればいいか」程度にしか考えていなかったので、それすらも一時間程度で終わってしまった。
    「ポップ、殆ど食器持ってないね」
    ダンボールの中のコップ類を棚に並べながらダイは言う。
    「部屋なんか寝に帰るくらいだったからなぁ。飯もコンビニで済ませてたし、食器洗うの面倒くさいし」
    しかし、これから二人で住んで、ダイが飯を作ってくれるなら、流石に皿なしなのはよろしくない。
    「後でネットでなんか見繕うか、お気にのマグカップも長く使ってヒビ入ってきてんだ」
    「それならさ」
    ダイは自身のカバンから、分厚いカタログを取り出す。
    「母さんが、良かったらコレ使いなさいって」
    ローテーブルに出されたのは、なんの変哲もないギフトカタログ。
    「俺、コレ使い方よく知らないんだけど、母さんが余ってたからって」
    「へぇー、祝い事の時とかによくもらったりする奴だろ?好きなものが決まった値段の中で選べる奴…はえー、旅行とかも選べるんだな、初めて見た」
    パラパラとページをめくる。思ったより内容は充実しており、眺めているだけでも楽しい。
    食器、カトラリー、生活小物、バスタオル…一際目立つ高そうな肉のページで手が止まる。
    「俺コレ食いたい」
    「それを置くお皿が先だよ」
    「いんや、コレがいい。見ろこの霜降り肉。絶対うまい」
    「お前ねぇ」
    食い入るように肉のページを見る俺の背後に周り、フフッ、と笑いながら覆いかぶさるようにダイもカタログを見る。
    最初は全く気にも留めていなかったが、ふと背中からゆっくりと伝わってきた人の体温に驚き、ほぼ真横にあったダイの顔の方に、勢いよく己の顔を振ってしまった。
    ダイも覆いかぶさっているその体制に気付いておらず、本当にただ"兄"になんとなしに寄りかかっただけに過ぎなかったのだろう。ぶつかる視線。本人も俺の驚く顔を見て、あっ、と小さく声を洩らし慌てて離れた。

    またも発生する沈黙。
    お互い背中を向けてしまい、視線を泳がせる事しか出来ない。

    ダイの"気持ち"を告げられてから、変に意識し始めてしまったお互いの距離感。こんな風になってしまうと誰が予想出来ただろうか。
    俺から申し出たルームシェアの話ではあったが、もう少しゆっくり距離を詰めた方が良かったのか?人と付き合う距離ってどんなだっけ?
    性急過ぎた行いを少しばかり悔いながら、俺を含め、この空間には今「童貞(恋愛初心者)」しかいないことを思い出すのだった。



    :::



    引っ越して数日。
    初日の触れ合いにお互いギクシャクしていたが、日が経てばまたいつもの距離感に戻る。
    ダイも通学とバイトに何不便なく行き来できているとのことで、とりあえずは安心した。
    俺はというと、多少前のところよりは通勤の時間を取られるようになったが、難なく仕事を続けられそうだ。
    家に帰れば人の作った飯があり、時には暖かい湯船につかれる。ベッドのシーツが洗いたてになったり、ワイシャツが丁寧にハンガーに掛かっている。通勤時間が伸びたことよりもメリットがでかい。人としてのマトモな生活が手に入ったんだから、ルームシェアが性急だったと後悔した気持ちは一週間立たずに吹き飛んだ。

    そんな矢先、待ってました!と言わんばかりに、取引先のクライアント様の傍若無人が炸裂する。

    「とっ、泊まり込みで仕事…?今から?!」
    雷に打たれた様に、ダイは声を上げた。
    「もうホント参っちゃうよなあのクライアントクソ野郎覚えてろよ畜生馬鹿野郎」
    ローテーブルにめり込むほど顔を押し付けてオレは項垂れた。
    「仕様の変更はもう少し前から申告しておけって言ったじゃねぇか、一日二日でなんとかなるモンじゃねぇんだぞ、くそぉ…」
    頭を掻きむしり、ただただ愚痴が口から溢れ出る。
    オロオロとするダイに顔を向け、申し訳ない気持ちで謝った。
    「悪ィな、せっかくの愛の巣で育むラブラブ大作戦だったのによ」
    へへっ、と笑うと、ダイは首を横に振った。
    「お前を助けてやれないけど、俺は俺が出来ることをするからさ」
    相変わらず頼もしい相棒だ。立ち上がり、ダイの頭を撫でてやる。
    「うっし、じゃあお言葉に甘えて俺は出陣してくるぜ」

    ワイシャツにネクタイ、スーツを着込む。必要最低限の道具をビジネスバッグに詰め込んで、俺は新居を飛び出した。もう夜の七時を回っていて、すれ違う人はみんなこれから帰宅するだけの同じ社会人たちだ。
    早くコトを済ませてダイを安心させてやる、美味い飯作れるように頑張ってる相棒の飯かっくらってやる、もっと勉強のサポートして俺よりホワイトな職場に放り込んでやる。そのためにもクライアントの息の根を(仕事の出来で)止めてやる。
    少しでも早く帰れるように、少しでも早く仕事を片付けられるように、走って駅に駆け込んだ。



    :::



    「⚪︎▪︎、仕様書は?」

    ⚪︎▪︎は俺の『今世』の名前だ。
    忙しそうにデスクに駆け寄る先輩に目を向けずに、ひたすらキーボードを叩く。
    「もう再提出済みです。どうせクライアントまともに目も通さないでゴーサイン出して捨てると思いますけど、念のため議事録とバックアップを共有ファイルの中にぶち込んでおいたんで、みなさんで共有してください」
    「悪い、助かる。新しいところに引っ越したばかりで早々に泊まり込みとか、ついてないな」
    ははっ、と先輩は笑った。
    「ぜってークライアント泣かせてやります。工賃クソ程ふんだくってやる」
    プログラムを仕込みながら意気込んだ俺を見て、「その粋だ、頑張れよ」、と先輩はまた忙しそうに駆け出して行った。

    クソクライアントクソ野郎の気まぐれ仕様変更令から十日ほど。
    オフィスには俺を含め4、5人の男たちが、ひたすらカチャカチャとキーボードを叩いていた。
    他の部署の人間が出入りをしたりして、深夜を回っているのに妙に活気がある。
    液晶画面との睨めっこで負けそうになってきた目に目薬を刺しながら、もはや何本目か分からないエナジードリンクを喉の奥に流し込む。元々積まれていた空き缶の上に、飲み終えた缶をそっとさらに上乗せした。仮眠をとっていてももはや頭はまともに回らなくなっており、積み上げた空き缶の数と高さのみを誇らしく思えてきていた。

    手元にある携帯端末の画面が光る。
    「おっ、夜更かしか?相棒」
    律儀に毎日何かしらの連絡を入れてくれるダイからのメッセージは、この過酷な仕事の中での唯一の癒しになっていた。

    【今日は魚を焼いた】
    【レオナとマァムの三人で買い物】
    【道にいた猫】
    【夕陽が綺麗だよ】

    なんてことはない、短い日記のようなメッセージ。
    せっかくの二人暮らしが始まったばかりだったのに申し訳ねぇな、と思いながらも、意外とこう言うやりとりも悪くない、と送られてきた画像を保存していく。

    【まだ頑張ってるの?休んでる?】

    既読のついたメッセージに反応して、返信が届く。

    【今仕事やっつけてる。お前も夜更かししすぎるなよ。】

    タタッと返事を返して、またキーボードを叩く仕事に戻る。
    直ぐに返事がついて、通知を見る。

    【うん。おやすみ。また明日。】

    明日もまた、何か何気ないダイの日常が見れるのか。
    それだけで十分元気を貰えるもんだ、とまた画面と睨めっこを始めた。


    そこで無意識に、“早くダイに会いたい”と願った感情に、俺はまだ気がついていなかった。



    :::



    さらに二週間かかり、なんとか要望よりも遥かに出来のいい仕上がりで仕事を片付けた。
    これ以上の出来は今後ないだろう。文字通り(急な仕様変更のため請求金額を爆上げして)クライアントを泣かせてやった。

    一大プロジェクトも終わり、夕日を拝む前に会社を出ることができた。
    カンヅメだったが、なんとなく定時みたいな時間に上がれたのは気分がいい。ダイに土産でも買って帰ろう。甘いものがいいか、食いでのあるものがいいか。立ち寄った自販機で買ったコンポタージュを飲み干して小腹を満たす。


    「 」


    小さく聞こえた悲鳴。
    かすかに恐怖が交じるどよめき。
    よせばいいのに『昔』の癖だ。自然と足が声の方に向いて動き出す。


    人通りの多い道に出た。
    早くに帰宅できる社会人や親子、年寄りと年齢も性別も様々。客引きの声、笑い合う大学生、惣菜の匂い。
    先ほどの悲鳴は、その中心部。駅近くの定食屋の前からだった。

    「うあああああああ」
    刃物を振り回す男が一人。
    その周りからなんとか逃げようと人が押し合って人だかりが出来ている。
    「てめぇ、金、返せよ。俺のだぞ。国のだぞ」
    支離滅裂なことを口走り、虚ろな目で人を追いかけては刃物を振るう。
    「なんなんですか、あなたなんか知りません。誰か、警察を」
    見境なしに襲っている様子で、誰も男の名を呼ぶ奴もいない。となると、通り魔なのかもしれない。心神喪失で捕まっても罪って確か軽いんだっけ?
    『向こうの世界で起きた事』と比べたらなんてことのない事件だ、と思いながら遠巻きに見る。今のところ怪我人は居ないようだ。

    人が引き、男との距離が少し近くなる。
    ばちっ、と視線がぶつかった刹那、男はコチラに向かって刃物を振りかざして走ってくる。

    まずいな、『ここ』じゃ『ただの人間』だ。
    魔法が使えれば帰宅だって楽だったのに。
    定食屋の店主と思わしき老輩の男性に声をかけた。

    「おっちゃん、ちょっとのぼり借りるぜ」
    纏うのぼり旗を引き千切り、棒を構える。
    間合いに入った男を難なく交わし、すれ違いざまに背中を小突いて距離を取った。

    『ブラックロッド』が伸びたのをいいことに、カッコつけて棍術を習得していて良かった。
    まさか『ここ』でも役に立つとは思わなかったが。

    「お前、金」
    ヨロヨロと振り向き、刃物を振り回す。
    『修行』で飛んできた石なんかより遥かにゆったりだ。
    軽くいなして距離だけは取り続ける。
    人が少ない場所まで誘導しつつ、意識が俺以外に向かないようにあれこれと話しかける。

    「金、大事だよねー。遊び回るには最近は物価が高すぎる」
    「今すぐ返せよ、倍にして返せよ」
    「いくら借りたか覚えてないんだけど、返せそうな額だったかな」
    「財布、サイフだ、捕ったな、俺から財布」
    「そんな、落ちてた財布なら交番に届けちゃう善人だぜ?きっと人違いだ、な?どちらかって言うとそのナイフ落として欲しいんだけどな、今は」

    かなりの距離を稼げたか。パトカーのサイレンも遠くから聞こえてくる。
    素早く男の手から刃物をはたき落とし、間合いを詰める。

    「悪ィな、もっと話聞いてやりたいんだが、俺も帰らなきゃなんねぇんだ。あとはポリ公サン達に人生相談してくれや」

    男の懐に入り込み、そのまま棒を上に振り上げる。
    見事に相手の顎にクリーンヒットし、男はそのまま後ろに弧を描きながら吹き飛んでいった。

    がらがら、がしゃん。

    大きな音を立てて店先の空のケースにぶつかり、項垂れる。
    そのままぴくりともせずに男は気を失った。

    「おっちゃん、棒あんがとね。暖簾とか弁償したいんだけど、幾ら?」
    カバンの中から財布を取り出そうとしたが、店主に大丈夫だよ、と止められた。
    「兄ちゃん強いな、なんの人だい」
    …『大魔道士』、なんて言っても通じねぇもんな。
    「ただの気のいい男ですよん、ちょっと強いだけのね」

    ファンファンと大きな音を響かせて到着するパトカー。
    ことが済んで立ち去ろうとしたが、駆けつけた警官に呼び止められる。
    群衆から聞こえるカメラのシャッター音。
    取り押さえた男を見る好奇の眼差し。
    指を指して別の警官に「あの人が抑えてくれました」と興奮気味に話す店主。
    警官は職務を果たすために話を続けた。
    「詳しい話をお聞きしていいですか」

    あんなに明るかった空は、もうとっぷりと闇に染まって微かに星さえ見えている。
    定時あがりとは何だったのか、と肩を落として警官の職務に貢献した。



    まぁ長引いた。
    家に帰り着く頃には普段の仕事中毒生活の帰宅時間となんら変わらない時間帯だった。

    玄関の前に人影。
    久しく見ていなかったでかい図体の男は思い悩んだ顔で俯いていたが、俺の足音に気付いて顔を上げて駆け寄ってくる。

    「おかえり、テレビ、見た」

    焦った声音で言葉を吐き出すダイに「ただいま」と呑気に言葉を返したが…

    ん?テレビ?



    「…本日18時頃、人通りの多い〇〇の駅付近で刃物を持った男が暴れているのを、現場付近の市民が通報しました…」

    「…一時騒然となりましたが、スーツ姿の男性が男を牽制し、警察に…」



    ダイの言う通り、テレビには先ほどの格闘が速報として報道されていた。男が刃物を振り回し、俺が棒でいなして吹き飛ばすところまでバッチリだ。
    近年の携帯端末のカメラ性能の良さを物語るかのように、俺の顔がハッキリと、眼の色まで分かるくらいに鮮明に映しだされていた。

    「…これはこれは…」
    頭をぽりぽりと掻きながらなんと説明しようかと考えた矢先、後ろから強く抱きしめられる。

    「心配したんだ。何もなくてよかった」
    俺の頭のてっぺんに顔を埋めて力なく呟く。
    「なんにもなかったよ。帰ってきただろ」
    肩に回された腕を優しく撫ぜる。微かに震えているその腕が、なんともダイらしくない、と思った。

    「コレが、『あの時』のみんなの気持ちだったんだな」

    その行いを改めて悔いるように、ダイは言葉を洩らした。

    「まだ気にしてたのか、それはもういいって言っただろ」
    「っ気にするな?!出来るわけ無いだろ?!俺はお前を、みんなを!こんな、こんな悲しい気持ちにしてっ!」
    大きな声を張り上げて、ダイは怒鳴る。
    強く肩を掴まれ、そのままダイの方に向きを替えさせられる。見上げたダイの顔は、悲しみと、どうすることもできない怒りが滲んでいた。
    力が籠る指先が、ぎりぎりと肩の肉に食い込んでいく。
    「痛ェよ、ダイ」
    身動ぎしたが、余りの力の入り様に全く振り解けない。俺は痛みに顔を歪ませた。
    「だって、ポップ、俺は」
    今にも泣き出しそうな声でダイは語気を強めて行く。
    「危ない目に遭っていたお前を見ただけで、こんなにも悲しいのに」

    『あの時』のみんなは、残されたお前は、もっと。

    そう言いたげな口元を見せて、ダイは押し黙る。

    「…なぁ、ダイ」
    漸く離れたダイの腕を摩り、俺は続けた。
    「お前の良いところは、その優しいところだよ。お前が優しいから、俺は『あの時』生きてたんだ。そこは誇ってくれ。お前が救ってくれた、俺の命を」

    生きていたから、こうして『また』お前に逢えた。
    時間は掛かったが、お前はみんなの元に帰ってきたんだ。

    「『あの時』は本当に、みんなを救ってくれて、ありがとうな」

    だからどうか、それ以上自分を責めるのはやめてくれ。

    「…おかえり。ダイ」

    少しでも、お前の気持ちが安らぐように。
    伝え逃していた言葉に、ダイは大粒の涙を流しながら、わんわんと泣いた。




    「…落ち着いたか?」
    夜通し泣いたもんだから、ダイの目は兎の如く真っ赤になっていた。
    「うん。ありがとう」
    鼻を啜り、俺からコーヒーの入ったマグカップを受け取る。
    ソファーに2人で腰をかけ、しばらくは、少しずつ明るくなって行く空を眺めた。

    「ポップ」
    「んー?」
    「やっぱり俺、ポップが好きだよ」

    自分の口に運ぼうとした、ミルクティーの入ったマグカップを持つ手が止まる。
    横を見ると、まだ真っ赤な目元を細めて、ダイは笑った。
    「やっぱり好き。大好き」
    「ダイ」
    「お前を守りたい。そばにいて欲しい。お前といろんなコトをして、いろんなところに出かけたい。お前の笑顔を見ながら、笑い声を聞きながら、『この』人生のその最期の瞬間まで、俺はお前と並んで歩み続けたい」

    その言葉は、なんとも耳に心地よく聞こえて。
    真っ直ぐにこちらを見つめる瞳に射抜かれて、ただ茫然とダイを見つめた。

    「ねぇ、だから、ポップ」
    ふと顔が近づく。
    向日葵色に輝く瞳には、少しだけその瞳に魅入ってしまった自分が映る。


    「早く俺に、恋に落ちてよ」


    がしゃん、と中身が入ったマグカップが床に落ちる。
    フローリングをだくだくとミルクティーで濡らしながら、マグカップが転がって行く。
    はくはくと口を動かす俺と転がったマグカップを、驚いた顔でダイは交互に見入った。

    俺、は。
    反射的にソファーから飛び上がり、そのまま自分の部屋へと逃げ込んだ。
    ただただ唖然とした顔のダイをその場に残して。




    どくどくとうるさく騒ぐ心音を聞きながら、小さく声を絞り出す。

    「はぁー…マァムもこんな気持ちだったのかなぁ…」

    頭を冷やすためにベランダの外に出て空を仰ぐ。
    『今世』で知る初めての"感情"。
    意中になかった相手に"想われている"事を意識すると芽生える"気分の高揚"。
    自身が"想われる"側になって初めて、これは中々に消化しきれない、"眩暈"や"立ち眩み"の様な感情だ、とベランダの手摺りに腕を掛け、項垂れた。
    「なのにマァムはあんだけの完璧な答えを返してくれたのか…すげえ女だよ。やっぱり」
    命を賭した場面で交わした会話。もう『何十年と前』の記憶。

    ー その先があるなら、きっと ー

    やっと少し落ち着いてきた思考で『昔』を振り返る。
    「まぁーそのあとは”ダイの大捜索”でなんとなくお流れになっちゃってたなぁ」
    人を好きになったのが、『あの人生』ではあれが最初で最後になってしまった。
    「恋とか愛とか、それどころじゃなくなっちまったよなぁ」
    他のことにかまけていられないくらい、とにかく必死に探して回っていた。
    あいつが見つかってたら、もしかしたら俺はマァムと付き合い、結婚していたかもしれない。
    いや、どうだろう。フラれてヒュンケルとくっつくところを目の当たりにしていたかもしれない。
    「今にして思うと、それももしかしたら楽しい人生になってたかも知れねぇな」
    ククッ、と口の端を上げて小さく笑った。



    空に微かに顔を出してきた太陽の色に、先程射抜いてきた向日葵色の瞳を思い出す。

    「さっきの…すげぇビビった…」

    手摺りの上に組んだ腕に顔を埋める。
    あの向日葵色の瞳が、脳裏に焼き付いて離れない。
    あのまま見つめ続けられていたらどうなっていたか。
    それこそ、“恋”に落ちてしまいそうな。

    「…”恋”、か」

    人に"恋"をするのは、きっとそんな、本当に一瞬なんだ。
    それは儚くも、猛スピードで燃え尽き、流れて落ちていく流星の如き一瞬。

    “恋”とは、ヒトが独自に発展させた感情。
    離れた距離に関係なく、相手を求める気持ち。
    恋い焦がれ、どうにもできない心に打ちひしがれるもどかしさ。
    最終的に行き着く、他の誰にも当てはまらない相手への特別な想い。

    一緒にいたい。離れたくない。触れあいたい。
    心身共に相手と一つになりたい。

    その気持ちが一方通行でなくなったら、それは。


    「あっ」

    がくん、と膝から力が抜け、その場にへたり込む。

    やっと、”恋”に落ちた。

    簡単な話だった。
    あの時マァムが俺にしてくれたように。
    ただ受け止めてやるだけで良かったんだ。

    俺を好きだと言ってくれる想い。
    そばに居たいと願う言葉。
    共に高めあい育む気持ち。
    守りたいと決意する心。
    今度こそ、人生の終わりまで共に生きるという願望。

    その溢れ出す想いを、全てを、ただ自分の心の中に流し込んでいくだけでよかった。
    そこに全部の答えがあって、あとはそれを”抱き留めてやるだけ”の話だった。

    何か別のものに“変質”してしまうと思い続けた俺たちの”絆“。
    それが一歩踏み出せない足枷となっていたと今なら分かる。
    『前』の時も、『ダイはダイだ』、とすべてを受け止める覚悟があったじゃないか。
    その想いに偽りはない。
    そして“恋”は、“別の何か”では無い。
    それは同じ絆の中に生まれた、同じく相手を想う気持ち。その延長線上にいる気持ち。
    ”変質“なんか一切しない、相手を大切に大切に想う心。

    だから、俺も、ダイを。

    「俺、ちゃんとダイのことが好きなんだぁ…」

    切ない想いが籠る吐息に混じり、その”恋心”は産声を上げた。
    新たに芽生えたその"恋心"を自覚した瞬間、顔も耳も、手足の先まで燃えているように熱くなる。
    ベランダの手摺り越しから空を見上げる。秋の冷たく澄んだ空気が顔に当たっても、中々頬の熱は取れない。

    恋に落ちるまでの期間は、『昔の大冒険』で費やした時間よりも遥かに少なかった。



    :::



    リビングのソファーで待っていたダイは、泣き疲れて寝息を立てていた。
    落としたマグカップをキッチンに運び、フローリングに零した中身も綺麗に拭いてくれていたようだ。
    持っていたタオルケットを肩に掛けてやり、改めて自分の為にミルクティーを淹れる。
    ヒビが入っていたお気に入りのマグカップは取っ手が取れていて、試行錯誤して瞬間接着剤でどうにかできないか試した後が見て取れた。ただ元に戻す事はできなかった様で、申し訳なさそうにシンクの端に寄せられていた。
    いじらしいコトをする勇者サマだ。
    まだまだこどもの様に振る舞う相棒の横に座り、淹れたてのミルクティーを口に含んだ。
    茶葉の薫りとミルクの優しさ。喉を通り過ぎても残る砂糖の甘さ。
    甘さと言えば、そうか。
    ダイの顔を覗き込む。まだまだこどもの様、と言ったがその通りだった。
    『前世』と『今世』の歳を合わせても、俺の『前世』の年齢よりも遥かに『子供』だった。
    「そのお子ちゃまに恋されて、恋に落ちたのか」
    歯痒い気持ちはしかし、決して悪い気持ちにはさせなかった。
    「なぁ、ダイ。どうやら俺は、お前にちゃーんと、恋したようだぜ」
    マグカップを口に寄せ、呟く。
    「早く起きてくれよ、そしたら俺も、ちゃんと返事するから」
    飲んだ中身に映る自分の穏やかな顔は、きっと、『あの後』一切出来なかった顔。
    「俺も、お前が好きだって」


    「目を見て、言ってくれる?」


    ハッと顔を上げる。
    横を見ると、イタズラそうに笑うダイがこちらを見つめ返していた。

    「お前」
    「ねぇ、ポップ」

    どんどん顔を近づけて、こつん、と互いの額が当たる。

    「俺の目を見て、もう一回言ってよ」

    相変わらずきらきらと光るその瞳をこちらに向けて。
    窓から差し込んだ朝日が、燃えるように咲き誇る向日葵色をもっと際立たせて眩く輝かせる。

    「ポップ」

    観念した俺は、熱を持ち始める顔と耳を意識しないようにしながら、”恋“した相手に想いを伝えた。

    「俺も好きだよ、ダイ。お前が」
    「うん。うん」

    嬉しそうに頷く相棒の顔は、ほんの少しだけ、大人びた顔にも見えた。



    :::



    晴れて恋人同士になったので、まぁ、特に変化は無かった。
    惚れた!晴れた!と騒ぐこともなく、以外にも"恋人"という言葉だけがカテゴリとしてなんとなく増えただけで、普段の生活が変わったりすることはなかった。


    いや、変化がまるっきりなかった訳ではないかもしれない。

    「ポップ」

    「ポップ」

    ただ用事もなく、名前を呼ばれる回数が増えた気がする。

    真面目に机に向かってるかと思うと名前を呼ばれ、振り向いて顔を合わせても向こうはただ微笑む。呼んだ本人はその後大変満足そうな顔をして、特に何を言うこともなくまた勉学に励み始める。

    …うん。
    やっぱり全く変化がなかった訳ではない。

    買い出しに出かけたり家で仕事をしたりしているときにも、ダイがやたらと俺を触る回数が増えた感じもする。

    最初はそう気に留める程度のものではない、肩を触ったり、頭を触ったり、それこそ"普通に仲のいい兄弟"のようなスキンシップだった。

    それがいつの間にか指先を触り、腰を触り、髪先を触り。

    距離も少しずつ詰められてきている気がする。
    思い返すとあからさまだ。あからさますぎる。

    余程"その"仲になれたのが嬉しいのか、もはや隠す気も加減するつもりも無いような振る舞いだ。

    童貞かよ、と童貞は思った。

    いや、分かる。多分分かるよ。
    俺もきっと『昔』マァムとくっついてたら、あんな感じの"あからさま"なドヤ顔で横に立ったり、腰を抱いたりしていたかもしれない。
    ヒュンケルに向かって(そもそも何も勝負してないのに)勝ったぜ、と勝ち誇った顔をして鼻を膨らませていたかもしれない。

    しかし、だ。
    それは十代で済ます感情であって、もうそろそろ成人する大人がもたげさせる感情ではないのではないか。
    …と思ったが、『前世の年齢』にプラスされた経験値はたったの7年、何なら12年はやり直しているに過ぎないので、150以上は『生きた』俺と比べては行けないのかもしれない。

    新しく構築している開発プログラムの構想を練っていたはずだが、気が付くとただ腕を組んでうんうんと"後輩童貞"の行く末を心配する俺が出来上がっていた。



    「あのさ」
    とある週末の夜。飯も食い終わってそろそろ寝ようかという時間。
    寝巻きでベッドの上で寛いでいると、ダイが部屋に入ってくる。
    「どうした」
    「えっ…と」
    手をもじもじといじりながら、視線を泳がせるダイ。
    「勉強で分からないトコロでも?」
    「違うんだ。あの。もしよかったら、今日は『昔』みたいに、一緒に寝れないかな、と、思って」
    そういえば『冒険』してた時は野宿でよく隣合って寝てたな。懐かしいコトを思い出したもんだ。
    「構わねぇけど、どうやって寝る?流石にお互いのベッドに二人乗るにはちぃとばかしお前の方がデカイ気がするんだが」
    二つ返事で答えると、ダイは「俺のベッドマット持ってくる!」と急いで部屋に戻っていった。

    ぱたん、と俺のベッドの真横にマットレスを敷き、その上に大きな図体がちょこんと乗る。
    俺が電気を消してテーブルライトだけにすると、ダイはいそいそとブランケットを掛けて横になった。
    「よくこうやって横になって星、見てたな」
    今は天井しかないが、『記憶』の中にあるあの大きな星空が、今でも鮮明に思い出せる。
    今の時期は少し冬に近い。都会から少し離れているこの辺なら、意外と空には星が見えそうだ。
    「うん、大変だったけど、楽しい旅だったなぁ」
    ダイもきっと同じ空を思い出しながら微笑む。
    「そうだ、今度プラネタリウムとか行こうぜ。星座の催し物とか高校の時見に行ったことあるけど、設備によっては迫力あって面白いんだよなぁ」
    『今世』の経験も交えながら、またどこかへ出掛ける提案をしてみた。遊園地もいい。博物館でもいい。どこに行ってもきっとコイツと一緒なら、なんでも楽しくて面白くて、ワクワクするんだろう。

    フッ、と視界が暗くなる。
    横で寝ていたはずのダイが、俺の顔を覗き込んでくる。
    なにか言いたそうなその顔を俺も見返す。
    「どーした?まさかお休みのチューがないと寝れないお子様じゃないだろ?」
    頭をわしわしと撫でてやると、少し驚いた顔を見せたあと、
    「うん。欲しい。お前からのお休みのちゅー」
    …と、恥ずかしげもなく、真剣な顔で返事した。

    はた、と今の自分の状況を思い出す。
    そういえば俺達は"恋人同士"になっていたんだ。
    過度なスキンシップが増えていたとはいえ、露骨に"そういうこと"はされなかったので、すっかり頭から抜けていた。
    瞬間。
    かっ、と顔が一気に熱くなる。
    ふざけて放った言葉が"きっかけ"に化けたことに焦る。
    こちらはまだ心の準備はできていない。しかしダイの方は違った。
    真っ直ぐにこちらを見てくる。絶対に逃さないという気迫すら感じられる。
    「あの、俺、まだ心の準備が」
    人間素直が一番だ。慌ててそう伝えると、ダイは口の端を持ち上げて笑う。

    「お休みのちゅー、ほっぺじゃないんだ?」

    その一言に呆気にとられる。
    そうだ。ダイは一言も"どこに”なんて言っていない。
    なのに俺が早とちりして、"唇が触れる方"を想像した。
    いや、恋人同士ならそう考えてもおかしくない筈だ。多分。きっと。
    まんまとハメられた俺の顔を見て、イタズラが成功したような顔でダイは笑った。
    「じゃあしてくれる?俺のここに、ポップが。キスを」
    自身の唇をつんつんと触りながら、俺に催促する。
    イタズラに笑うその目は、相変わらずきらきらと光っている。
    なんとかやらずに済まないか、と考えたが、しないとしないでこのまま長丁場になりそうだ。ダイは一度決めたことを諦めるやつじゃない。『昔の経験』でよーく知っている。
    観念して、身体を起こす。
    嬉しそうに胡座をかいて待つダイ。ベッドの縁に腰をかけ、覚悟を決める。
    顔を近づける。ダイの瞳に映り続ける自分の顔と目が合う。
    「…あーのさ、目は瞑ってくれ、恥ずかしい」
    そう促すと、なんとも素直に瞳を閉じた。
    そのまま更に顔を前に進め、ゆっくりと唇を近づける。

    軽く、当たった。
    当たった箇所はほんの少しだが、今までに触ったことのあるどんなものよりも柔らかい。
    くっついている箇所から少しづつ、ぱちぱちと電気のような刺激が、最初は唇から、次第に顔、首、肩にかけて走り抜けていく。
    その刺激が心臓にまで行き、胸の奥をぎゅっと締め付けてくる。息が上がりそうな胸の締め付けに、少し、顔を引き離そうとした。
    スッ、とダイの手が俺の後頭部に周り、そのまま頭を優しく抑え込まれる。逃げられなくなった唇に、今度はダイの方から唇を押し当ててくる。
    力が篭っていても、唇だけは柔らかかった。柔らかい唇同士がただ重なっているだけなのに、すでに心臓が破裂しそうな程の心音を上げる。うっすら目を開けると、先に顔を覗かせていた向日葵がこちらを眺めていた。
    次の瞬間に、唇を割って舌が入り込んでくる。初めてのことに驚き、どんどんとダイの胸を叩いて逃れようとしたが、次第に口の中を支配される感覚に全身の力が抜けていく。
    少しだけ隙ができて、可能な限り息を吸う。それでもまた唇を覆われ、舌や歯を、上顎を執拗に舐めまわされる。
    まだ破裂せずに持ち堪える心臓。力なく垂れる己の腕。唾を飲み込むのもやっとで、頭ももうはっきりとしない。
    最初に小さく聞こえてきていたちゅっ、という唇同士の音は、次第に水音に変わっていく。脳内がその音に支配され、意識を手放しそうになった時、やっと、ダイは唇を離した。
    辛うじて残っていた意識でダイを見上げると、満足そうに瞳を揺らしていた。
    「お前、なんつー…」
    「へへっ、上手だった?」
    初めてなのに分かるもんか。
    そうツッコむ力すら全身に入らない。
    「どこでこんな、覚えて」
    「女の子ってね、耳年増なんだよ。休憩時間に講堂で待ってると、たまにこういう話が聞こえてくるんだ」
    ニッ、と口の端を持ち上げるダイをみて、お前も休憩中に聞き耳立ててるじゃねぇか、とはまだ口から出てこなかった。
    「ポップ、気持ちよかった?」
    腕の中で息も絶え絶えな俺を抱え、ゆっくりと俺のベッドの方に押し倒す。
    そのまま頬を触り、優しく撫ぜる。
    それだけなのに、余程さっきのキスがよかったのか。
    頰から与えられる刺激に全身が震え上がる。感じたこともないしびれが、全身を駆け回る。切ない胸の痛みにまた苦しくなる。小さく息を二、三回吐き、息を整えようとしたが、それすらもうまく出来ない。
    頬を触っていた手は次第に首、鎖骨へ移動し、胸へと到達する。
    くっ、と親指でソコを押し上げられ、身体が跳ね上がる。
    「ここね、男の人でも性感帯になる人がいるらしいよ」
    スウェットの上から親指の腹でぐっ、ぐっと押し上げられる。その度に身体は跳ね、息も上がる。今度は爪で引っ掻くように刺激され、腰ががくがくと揺れ始める。
    「ポップは好きそうだね、良かった」
    してることはえげつないのに、なんとも子供のような顔でダイは笑う。強い刺激ばかりで思考は全く働かない。ただダイの寝巻きにしがみつくことしかできずに声を洩らす。
    「あっ、ダイ」
    驚くほど情けない声しか出ないこの喉に、ダイは優しく舌を這わせる。
    ちゅうちゅうと喉元と鎖骨を吸い、少しずつ紅みが帯びてきた肌を眺めていたその顔は、これから味わうご馳走を如何に美味しく食べようか、と吟味する竜のようだった。

    服の上からだった刺激は早々に服をたくし上げられ、直に肌を刺激するものへと変わる。
    少しずつ汗ばみ始める身体。熱がどこにも逃げず、身体の奥に留まり続ける。
    胸の突起を吸われ、あられもない声が洩れる。その恥ずかしい声に、俺は自身の手で口を覆った。
    「手、退かせて」
    手首を捕まれ、そのままベッドに縫い付けられる。
    力が入らないのをいいことに、ダイは俺の手を摑んだまま、胸を舐め続ける。
    口を強く結んでも洩れ出る鼻にかかった甘い声。おおよそ自分の喉から出ていると思えない声が溢れ、自身の耳すらも刺激する。
    「あっ、ん」
    また、唇を塞がれる。手が解放されたかと思ったが、両腕はダイの片手で難なく頭上に持ち上げられ、逃げられないように強くベッドに押し付けられる。
    もう片方の開いた手で胸を撫で回し、ダイはキスをしながら感触を楽しんでいるようだった。
    塞がれた口から少し洩れ出るくぐもった声。初めての刺激ばかりに驚き、怯え、興奮している、吐息混じりの高めの声。相変わらず自分が出していると思うと頭がおかしくなりそうだ。
    段々と、その手は胸から脇腹へ。脇腹から臍へ。臍から、ズボンの中へ。
    怒張し、苦しそうに勃ちあがっているそこには直接触らず、内ももや太ももをゆっくりと触る。その刺激すらもただただ俺を興奮させ、目が涙で滲み始めた。
    ようやっと、唇が解放される。
    乱れた息を整えるように呼吸する。ダイはそれを、愛おしそうに眺めた。
    目から溢れ出そうになる涙を、口を寄せて吸う。合わせて、目尻や頬に口づけを落としていく。
    俺はやっとのことで息を整え終えると、ダイを見上げた。
    向日葵色の瞳が妖しく揺れる。恋人になったこの男は、思ったよりも野性的で色気のある顔をしていた。普段ののほほんとした顔とのギャップを思い出し、また身体が興奮で震える。
    まだ腕は頭の上で拘束されたまま。力なく身動ぎしたが、身体は思うように動かない。そこへダイはまた耳、首筋にキスを落とす。わざと音を立ててキスをし、二人の行いを意識させる。
    大人しく太ももに添えていた方の手がまた動き出す。それは一度上に上がり、腰を撫ぜた。そのまま今度は背面へと移動し、腰のラインに沿って下っていく。
    尻たぶを少し撫でたあと、中心に向かって更に下に移動する。
    いち早く目的地を察した身体が強張る。それに気付いたダイが、耳元で低く囁く。
    「大丈夫だよ、酷いことはしないから」
    囁かれた言葉よりも、その声の低さに電流じみた刺激が背筋を駆け上る。小さく色付いた声を洩らし、俺は身体を震わせた。
    そっと両腕を掴んでいた掌が離れ、両の手を背後に回される。中心部に向かって進み、また下っていく。
    そこに、指を押し当てる。ゆるゆると擦って、少しずつ刺激していく。
    同時にこちらの気を紛らわせようとしているのか。ズボンを下ろしようやっと主張し続けていた腹の下にある竿を優しく掌で包み込まれ、小さく悲鳴を洩らす。
    そのままゆっくりとダイの手が上下し始め、その快感に意識を持って行かれる。
    「あっ、ダイっ、ダイ」
    咄嗟にダイの頭にしがみつき、快楽に溺れる恐怖に抗おうとする。ダイは器用に竿を扱きながら、俺の胸の突起を舐った。上下から与えられる快感で頭の中が真っ白になる。全身からさらに力が抜けていく感覚の中、上下に動かしていた手が急に動きを止め、親指を先端に押し付ける。ぐりぐりと撫で回し、少し強く、押し潰すように爪を立てる。
    「んうっ」
    俺はまた悲鳴を洩らした。もはや口元は閉じられず、口の端からよだれが顎を伝っていく。
    「ポップ、俺も」
    そう言い、ダイも自身の怒張したものを引っ張りだすと、俺の竿に宛てがい一緒に扱き始める。お互いの荒い息と、くちゅくちゅとしごきあげられる竿同士の水音。気持ちよさと恥ずかしさですでに思考はまともにできず、ただだらしなく口を開けて喘ぐことしか出来なかった。相手を見ることも出来ないくらいで、ダイの顔がどうなっているかも分からない。ただお互いの興奮しきった吐息が混じり合い、どちらのものか分からないほど熱く荒い呼吸音だけが部屋に響く。
    「ポップ、ねぇ」
    ダイは手を動かしながら俺の耳元で吐息混じりに名前を囁いた。その声が鼓膜を通り、俺の脳を刺激する。普段の声とはあまりにも違う、低く熱のこもった色のある声に腰が、胸が、身体全体が跳ねる。そのままダイは舌を耳に挿し入れ、舐め始めた。ぬらぬらとした感触とざぼざぼと鳴る水音が頭の中に響き渡り、首筋を下っていく快感で意識を飛ばしかける。
    とどめにダイの吐息が耳の奥に注ぎ込まれる。
    「あっ、だめ、やだ」
    果てるには十分すぎる刺激だった。身体を痙攣させ、俺はダイの手の中で熱を吐き出す。
    自身は果てていないが、ダイは手のスピードを緩め、俺の熱を竿から絞り出す様にゆっくりと握って上に擦り上げた。とぷ、とぷ、と先から吐き出される白濁がダイの手を汚し、そのまま太ももをつたって流れ落ちていく。
    浅く呼吸を繰り返す俺を眺めていた向日葵色はその手を止めぬまま、白濁で塗れた手を俺の後ろに回し秘部に指を当てがう。
    入るか入らないかくらいの力を入れられ、少しずつくりくりと穴を広げていこうとする刺激。その刺激は腰まで伝い上がり、さらに登って胸の奥をきゅうと締め付ける。半開きの口は空気を吸おうと懸命に呼吸するが、上りくる甘い刺激に、同時にため息の様な吐息を漏らそうとぱくぱくと動かすことしかできなかった。胸に残り続けるその締め付けは次第にじんわりとまた体温を上げていき、己の秘部から与えられる刺激をただ受け入れて目に涙を浮かべる。
    少しづつ広がり始めたそこに、初めて指が侵入する。
    押し広げられた痛みに眉を顰めると、ダイは俺の顔を見ながらゆっくりと指を中で動かし始めた。中の壁を擦られ、最初は違和感しかなかった行為が、ダイのおかげで少しづつ快楽を拾いだす。
    「大丈夫?苦しく、ないかな」
    耳元で愛おしそうにダイは呟く。ぞわぞわと引いては返す快感に唇を噛み締めながら俺は小さくうなづいた。
    次第に中の指の動きが大振りになり始める。とんとんと壁を刺激したかと思えば、快楽に意識を持って行かれている間に指が2本に増えていた。それすらも慣れてきたと判断され、3本目の指も入り、どんどん押し広げられていく。
    最初の違和感はもうなく、押し広げられ暴かれていく様に自身の腰の揺らめきが止まらない。無意識に刺激を求めてダイにしがみつき、俺も無我夢中で声を漏らす。
    「ダイ、ダイ」
    名前しか呼ばなくなった俺を、それでも愛おしそうに眺める。ちゅっ、ちゅ、と優しく頬にキスをされるが、相変わらず下半身への刺激が止められることはなかった。
    だいぶ慣れてきたそこから指を抜き、ダイは改めて俺に覆い被さる。まだまだ元気に主張する怒張にどこからか取り出したゴムを被せ、自身の枕を俺の腰の下に敷く。

    はた、とダイが何かを思い出した様な顔をする。
    「その、すごく今更なんだけど」
    ぽりぽりと頭をかき、続けて
    「もし大きい声出そうなら言って、落ち着くまで動かない様にするから」
    と困った顔で笑う。

    言いたいことを察した俺は、目線を泳がせて言葉を返す。
    「そのことなんだけどさー…実はここ、防音なのよねー…」

    契約書を見た時に、記載されていた一文。
    特にナニ、という訳でもなかったのだが、はずだが。こんなことで役立つというか、あの一文を思い出して安堵したというか。決して、決してこの事態を予測していたとか、そんなことは本当に、微塵も。
    自分の感情にしどろもどろになっているのを見て、ダイは小さく噴き出した。

    「じゃあこの先、続けていいんだ?」
    「…嫌だって言って止まるクチかよ」
    「そうだね」
    フフッ、と子供の様な顔で笑ったかと思ったら、目元を細めてその向日葵色の瞳を妖しく光らせる。
    「ごめん、きっと優しくできない」
    低く唸る様な声で宣告したダイ。俺の脚を開かせ、自身をそこに当てがった。

    指よりもはるかに太い怒張は、先の慣らしでほぐれた秘部にゆっくりと割り入ってくる。
    圧迫感の強さに、俺は腰を反らせて息を吐く。
    腹の中を押し広げられる息苦しさにまだ快楽は拾えない。ただの圧迫感と苦しさに俺は声を絞り出す。
    「んっ、ダイ、やだ。腹、くるしい」
    「ごめん、まだ先しか入ってないんだ。あと少しだけ、ごめん」
    泣きそうな顔で息をする相棒はそういい、また少しづつ己を俺の中へと埋めていく。
    半分ほど入ったところで、とん、とんとダイはゆるく腰を振り始めた。まだまだ圧迫感は強いものの、身体を揺さぶられるにつれて少しだけ気持ちよくなってくる。先ほど吐き出した熱で少し滑りが良くなってきているのか、ずんずんと奥に侵入され中を満たしていく。
    不意に、一瞬気持ちよく感じる箇所を擦られる。それまでに感じなかった大きな快感に、一際大きな声を漏らして俺は身体をしならせた。
    「あっ」
    上擦った高い声でダイが気づかないわけがない。すかさずそのイイところを擦る様に同じ動きをくり返す。繰り返す度に少し、また少しとダイの侵入を許し、思考が白く飛び始めた頃にはすでにみっちりとダイが己の身体の中に全て埋め込まれていた。
    まだ圧迫感はあるが、圧迫感よりも中が満たされる感覚に胸が苦しい。

    空気を求めてはくはくと口で息をし、ダイを見上げると優しく笑う顔がそこにあった。

    「やっと、やっとお前と」
    その向日葵色の目には大粒の涙が溜まり、今にも黄金の雫となって降り注いできそうな程だ。
    「お前を好きだと気付いて10年くらい経った。こうすることが絶対じゃないのは分かってる。だけど、でも、こうしてお前と一つになれたことが、こんなにも嬉しいなんて。幸せだなんて。俺は『帰れなかった』のに。こんなに幸せな気持ちでいいのかな」
    未だに怯え続ける『過去の行い』にダイは涙を流して言葉を綴る。
    その顔が、俺を蹴り飛ばした顔と同じ、未だに一人で全てを背負って駆け登っていこうとする勇者の顔をして俺を見下ろす。

    「やめてくれ、もう、その顔は」
    絞り出した言葉と、堪らずに俺も涙声でダイを抱き締めた。
    「いいんだ、頼むよ、幸せになってくれよ。お前が一番幸せになんなきゃ行けないんだよ。小さなお前が成したことはそれだけデカかったんだ。笑ってくれよ、『昔』みたいにさ。無邪気に、楽しく、全てを明るく照らすように」

    俺に"恋"をしてくれたことがお前の幸せでいいのだろうか。
    もっと他に幸せになる方法も、出来る相手もいたんじゃないのか。
    それでも俺に募らせた""恋心"でダイが幸せで、念願かなってこの先も共に生きていけるのなら、コイツにとってこれほど幸せなことはないのかもしれない。
    その共に生きる道を俺も幸せと感じることが出来る様に、ダイは俺を"恋に落とした"。
    ならもう俺達はひとつだ。
    もう一人にはさせない。今度こそ。一緒に最期まで。

    「もう離さないからな。俺は、お前と共に生きる」
    力の限り抱きしめて、ダイの耳元で囁く。
    今度こそ届いてくれ、そして離してくれるな。
    お前と共に生きる俺の覚悟を。
    そう願いを込めて。

    ダイは小さく嗚咽を漏らし、抱き締め返した。
    先程から続いていた息苦しさや圧迫感は消えて、ただじんわりと伝わってくるダイの体温で身体も心も暖かかった。

    無意識。だった。
    ダイの頭を撫でてやったところ、少し身動ぎをしたダイが腰を擦りつけた。だけだ。
    ダイの全てが埋まっている己の中にふと意識が戻る。
    戻ったその瞬間、俺は今の状況を思い出し、ぐっ、と身体に力を入れてしまった。

    「うっ」
    それは本当に些細な力加減。
    それでも感極まって感情が昂ぶっているダイにとっては大きな刺激となったようで。
    「ポップ」
    涙色を見せていた目元は少し高揚し、またきらりとその瞳を輝かせる。
    「動いていいの?」
    そう聞きながらもすでに腰はゆるゆると動き始めており、俺は堪らずに上ずった声を漏らす。
    「ば、か、もう動いて」
    「うん、だって」
    幸せそうに笑うダイを見て、それ以上咎める気も起きなかった。
    「ねぇ、最後まで、いいでしょ?」
    俺の返事なんか待ちもせず、ダイは腰を振るスピードを少しずつ上げていく。
    腰を振りながら、また俺の竿も擦り始めた。
    再び与えられた刺激にまた硬さを取り戻し、その快感にもはや身を委ねる他なかった。

    中に収まった怒張が、少しずつ俺の中で我慢の限界を訴えているように感じた。
    ダイは腰を動かしながら、時折耐える様に唇を結ぶ。その余裕のない顔と汗の滴る顔が、どうしようもなく愛おしく思え始めたのは、まんまと相棒に”恋”をしてしまったからかもしれない。
    「ポップ、ポップ」
    譫言のように名前を呼ばれる。
    「ねぇ、俺を、好きって言って?また離さないって。一人にしないって」
    ダイが泣きながら俺の目をみるその姿に、思わず胸が締め付けられる。
    「ダイ」
    ぐっ、と腹に力を入れて身体を起き上がらせると、ダイは驚いた様に俺を見た。その後頭部に手を回し、こちらに引き寄せて唇を重ねる。
    舌を割り入れてから歯をなぞり、上顎を舐る。ダイが俺にしたように優しくキスをし返す。
    口を離すとお互いの間につぅと糸が伸びる。
    「ダイ、俺もお前が好きだよ。今度は絶対に離さねぇからな。俺たちはもう、最期まで一つだ」
    その揺れ動く向日葵を真っ直ぐに捉えて口から想いを放つ。
    魔法の詠唱にも似た想いが、どうかその心の不安や恐怖を穿つように。
    「っ」
    ダイはまた顔をくしゃくしゃにして泣き始める。無遠慮に腰を叩きつけてきながら、俺の名前を呼び続ける。
    「ポップ、俺も、好き。ありがとう。好き。俺の横にいて。ごめんね。もうどこにも行かないから。必ずお前を連れて行くから」
    溢れる涙が胸を濡らす。お互いに求め合う様にまた唇を重ねると、ダイは腰を振るスピードを速めた。
    打ち付けられる腰の感覚が短くなる。はぁはぁと漏れ出ていた吐息は、やがて短い呼吸へと置き換わり、お互いの限界が近付いことを物語った。
    瞬間、ダイは一際強く俺の中を突き上げた。その刺激で完全に意識が遠のき、目の前が白く霞む。自身の中でダイの怒張が大きく脈打ち、じわっ、と更に熱を孕んだのできっと果てたんだろう。
    どくどくと自身から熱が放出されていることで自分が果てたことはわかったが、そのまま意識を手放してしまい、ダイの最後の言葉は聞き取れなかった。

    「ポップ、俺の大切な魔法使い」



    :::



    がばっ、と勢いよく身体を跳ね上げた。
    時刻はどう考えても昼過ぎ。とっくに太陽は朝日を木々に与えて成長を促している。
    何時に寝た?今日のスケジュールは?仕事の穴は?次の段取りは?
    急いで携帯端末を手に取り弄ると、今日はなんてことのないただの週末の休日だった。

    ひどく安堵して携帯端末を放り投げ、二度寝をしようとした時に、自身の身体の違和感に気づく。
    そう、全裸である。
    確かにスウェットを着込んでベッドに上がり、端末を眺めながら寛いでいたはずだ。その後は?

    その後は。



    全てを思い出した。
    ダイと俺は。
    俺は。
    ダイと。



    顔に爆裂呪文を食らったかのような急激な熱の上がりように俺はただ悶え苦しみながらベッドの上でもんどりをうつ。
    頭を抱えてじたばたしていると、ドアが開き元凶が顔を覗かせる。

    「おはよう。身体、大丈夫かな」

    ドアの端で小さな子供のようにたれた眉でこちらを眺めたダイは、手にトレーを持って部屋に入ってくる。

    「…はよう」

    驚くほどしゃがれた声で返事をしてしまい、俺は口をつぐんだ。
    「ごめん、その、声、出させすぎちゃったのかな」
    もじもじと下を向きながらとんでもないことをいうダイに危なくクッションを投げつけそうになったが、グッとこらえて歩いてくる相棒を待った。

    トレーには簡単なトーストにバター、はちみつとミルクティーと。
    ベッドに腰を掛けてそれを膝に置き、ダイは改めたこちらの顔を覗きこんだ。
    「昨日は本当にごめん。あの、いや、もちろんああできて良かったんだけど」
    抑えが効かなくて、とか。どうしてもお前と一つになりたくて、とか。
    しどろもどろに言葉を繋げてなんとか会話を続けようとする相棒。それを見てもはやそれすらも愛おしく感じ始めてしまい、俺はもう完全にこの"恋人"に"恋"をしてしまったのだ、と心の中でひとりごちた。

    「ポップ」

    おろおろとしていた顔は、少し間を開けてきゅっと引き締まり、俺の目を見据える。

    「ありがとう、俺を好きになってくれて。これからも、最期まで、よろしくね」

    小さな勇者の面影を残したまま、ダイは向日葵を輝かせて笑った。
    その顔が幸せに満ちた彩りに塗られ、永く望んで夢見た光景を俺に見せる。
    『150年とちょっと』の時間なんて、簡単に吹き飛ぶような光景だ。

    鼻の奥がツンとする。
    また年甲斐もなく泣きそうだ。
    でも見たかったんだ。
    お前が幸せに笑う姿を。

    それを俺が引き出せた。
    お前に引っ張ってもらって走りだして駆け抜けた、情けなくて泣き虫で頼りなかったこの俺が。

    この先一生お前と歩むことを誓おう。
    今度こそお前を一人にはしない。
    もう何があっても手放してやるもんか。

    「ダイ、俺も、俺を好きになってくれてありがとうな」

    きっと鼻が垂れてる情けない顔で、俺はダイに精一杯の笑顔を向けた。



    遅い朝食後のつかの間のトイレにて。
    俺はこの先の展開を想像しながら壁を眺めていたのだが、ふとこの先俺は一生童貞であることが確定した事実に気づき、先に童貞を卒業した恋人にどう文句をたれてやればいいのか、別の悩みに苦しめられる羽目となった。
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    riza

    REHABILI【rizaのエメ光♀】
    「デートみたい?デートだよ?」
    #この台詞から妄想するなら #shindanmaker
    https://t.co/hckXrMQeba
    これは開き直ったエメトセルク

    いつものミコッテ♀ヒカセンだよ
    ※謎時系列イマジナリーラザハンにいる
    ※実際のラザハン風は多分違うと思う

     まだ土地勘のないラザハンで、ほとんど拉致されるように連れ込まれた店にはウルダハでもなかなかお目にかからないような服や宝飾品が並んでいた。
     彼が選んだ数着のドレスごと店員に任せられたかと思ったら試着ファッションショーの開催となり、頭に疑問符を浮かべたままサベネアンダンサー仕込みのターンを彼の前で決めること数度。
     そういえばこのひと皇帝やってたんだっけと思い出すような審美眼で二着が選ばれ、それぞれに合わせた靴とアクセサリーが選ばれる。繊細な金の鎖のネックレスを彼に手ずからつけてもらったところで我に返ると、既に会計が済んでいた。
     当然のような顔をして荷物を持ってエスコートしてくれるまま店を出たところで代金についてきけば、何故か呆れたように、プレゼントだと言われてしまった。
    「今日なんかの記念日とかだっけ……?」
     さすがに世間一般的に重要だとされるような、そういうものは忘れていない、はずだ。そう思いながらおそるおそる問いかける。
    「私にとっては、ある意味で毎日そうだがな。まあ、奢られっぱなしは気がひけるという 1255