夜の静けさ夜更けの書斎。蝋燭の揺れる光が古い紙の上に影を落とし、頼光は静かに古文書を読み解いていた。解析に夢中になった彼の周囲は静寂そのもので、夜の深まりを忘れさせるほどだった。
以前は、こんな風に夢中になっている頼光を気遣い、「そろそろお休みの時間です」と声をかけてくれる存在がいた。その習慣は鬼切が出奔してからすっかり途絶え、頼光は自分一人で時間を忘れて過ごすことが増えていた。
しかし、扉が突然パッと開き、頼光の視界にちび切くんが現れた。以前と違いべったりと付き添うことはなくなった彼が、このタイミングで現れるのは珍しい。
「まだ起きているのですか?そろそろ寝る時間では?」
その言葉に、頼光は手を止めて顔を上げた。声の響きに、彼の心の奥で眠っていた記憶が呼び起こされる。
「以前はよくそう言われていたな」頼光はふっと懐かしむように微笑みながら答えた。
鬼切はその言葉に、一瞬だけ表情を揺らしたが、すぐに顔を背けて照れたように苦笑いを浮かべた。
「そんなに昔のことではありませんが。そして、あなたは俺の言うことを聞いてくれたことがありませんね」
皮肉めいたその返答に、頼光は短く笑い、「そうだったかな」ととぼけた表情を浮かべた。そして、鬼切の言葉を受けて、静かに本を閉じる。
その様子を見た鬼切は、驚きを隠せなかった。
「もう寝るのですか?」
これまでは「もう少し」と言い続ける頼光だったはずなのに、今は素直に休息を取ろうとしている。その反応に鬼切は、今の頼光が昔の彼とは少し違うのだと感じた。
頼光は机を片づけながら、大げさに肩をすくめて答えた。
「お前が休めと言ったんだろう」
鬼切はその言葉にさらに驚きながらも、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「あなたが俺の意見を取り入れるとは……でも、悪くないですね」
頼光は静かに笑いながら、手際よく机を片づけていく。そして、何気ない調子で言葉を続けた。
「お前の意見を無碍にしたことはないと思うが」
その言葉に、鬼切は一瞬黙り、目を細める。そして白けたような顔でため息をついた。
「どうでしょうね……」
しかし、その表情にはどこか柔らかさが滲んでいた。頼光が素直に休息を取る姿に、鬼切は少しの安堵と嬉しさを感じていた。
蝋燭の灯が消え、書斎に残るのは夜の静けさと心地よい余韻だけだった。頼光が部屋を後にする背中を見送りながら、鬼切はかつての日々とはまた違う、穏やかな絆を感じ取っていた。